高橋昌一郎のレビュー一覧
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感性の限界
不合理性・不自由性・不条理性
著:高橋 昌一郎
講談社現代新書 2153
幻影;ライプニッツは、あらゆる問題を理性的に解決できると信じていた
限界とは、幻想と置き換えても分かりやすい
ただ、人類の進歩によって限界にたどりつくと、また、新しい地平線が新たになり、視野が広がっていく
高橋昌一郎氏の3つの限界シリーズ
①理性の限界:選択の限界、科学の限界、知識の限界
②知性の限界:言語の限界、予測の限界、思考の限界
③感性の限界:行為の限界、意思の限界、存在の限界 本書
内容は、けっこう辛辣です
本書が問うのは、なぜ理性的であるはずの人間は、このような愚かな集団行動をとる -
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1人の科学者の生涯が書かれた本を初めて読んだ。彼の残してきた功績の華々しさに惹かれたことがきっかけだった。信じられないほど多岐にわたる分野での活躍に彼の脳内を覗きたくなった。大学で化学を学んできた者にとっては、聞き慣れた人物や理論が続出し、科学者の繋がりや心情の一部を知れたこともこの本の醍醐味であると感じた。数学出身の人は尚更であろう。
科学に対する考え方が人それぞれであり、特に原爆に関しては大きく意見が分かれ、派閥があったことなどは如何にも人間らしいと思った。その中で、ノイマンはタイトルにも書かれているように、「人間のフリをした悪魔」と表現されていたが、彼の人当たりの良さや癖や意外な一面も多 -
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名レビュアー渡辺由佳里氏が運営するサイト「洋書ファンクラブ」を閲覧していた時のこと。
天才数学者フォン・ノイマンをテーマにした小説“The Maniac”のレビューにあった一説に目が行った。
「歴史に詳しい(映画『オッペンハイマー』の)視聴者の中からは『なぜNeumann(ノイマン)のことが描かれていないのか?』という疑問の声も上がっていた。というのも、オッペンハイマーは原爆の開発を後悔して水爆の開発に反対して公職から追放されたのだが、フォン・ノイマンのほうは水爆の開発に積極的であり続けたからだ」
自分も映画を鑑賞したが、確かにノイマンという人物はワンシーンたりとも登場していなかった。「『 -
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知的好奇心を擽る素晴らしい本。第一章は就活、第二章は他者との関係(人間関係)を踏まえた自己分析についての話で、就活の実情も踏まえ、非常に参考になった。第三章は哲学的な自己分析の話。ソクラテスからプラトン、デモクリトスなどに触れながら「私とは何か」の思索を追うが、デカルト以降はかなりややこしくなる。何が何だか分からない。けれど考えるしかない。実存は本質に先立つ。カミュが唱えた形而上学的反抗が印象に残った。しかし、それを達成するのは非常に厳しそう。そもそも「達成」などというものはないのかもしれない。現実に反抗するのは立派であり、知性の限界に挑戦する素晴らしいことのように思える。しかしそれ自体、「意
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行動経済学…とかのジャンル分けされても浅学なためによく分からなくて、常に「〇〇による先入観」として読んでた。
本当にどれも自分や周りに当てはまるからこの本読むと呪いみたいに「あーこれは〇〇バイアス掛かってるな」って脳内に出てきちゃう。褒め言葉です。
前作(緑)を読んだときの感想で、「人間臭さを決めてるのは何かしらバイアスから生まれる先入観だと思うので、だからこそ人間行動学や心理学、哲学などに繋がって来るとは思う」みたいな事をドヤ顔で書いてて、この本を読んだ時に「人はバイアスのない状態はありえない」ってもう書かれてあって、ドヤ顔してたのが恥ずかしい… -
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科学哲学の大家 高橋昌一郎氏の限界シリーズ
前著 理性の限界の前振りから
選択の限界 グー・チョキ・パーの三つ巴の状態では、二者選択の残りが勝者となることがある
科学の限界 科学者が不可能を言ったものも、のちに撤回されて実現されている
知識の限界 ゲーデルの不完全性定理、数学、論理学自体に矛盾を含んでいて、じつは不完全である。
言葉は不完全なので、科学的なやり方に従って世界を実証しようがテーマ
気になったこと
・ヴィトゲンシュタインは、過去の「哲学的問題」は「言語的問題」にすぎない
言語そのものが不明瞭なものであるので、哲学、美学で取り上げられてきた問題は実は問題と呼べない
・ヴ