あらすじ
21世紀の現代の善と悪の原点こそ、フォン・ノイマンである。彼の破天荒な生涯と哲学を知れば、今の便利な生活やAIの源流がよくわかる!
「科学的に可能だとわかっていることは、やり遂げなければならない。それがどんなに恐ろしいことにしてもだ」
彼は、理想に邁進するためには、いかなる犠牲もやむを得ないと「人間性」を切り捨てた。
<本書の主な内容>
第1章 数学の天才
――ママ、何を計算しているの?
第2章 ヒルベルト学派の旗手
――君も僕もワインが好きだ。さて、結婚しようか!
第3章 プリンストン高等研究所
――朝食前にバスローブを着たまま、五ページの論文で証明したのです!
第4章 私生活
――そのうち将軍になるかもしれない!
第5章 第二次大戦と原子爆弾
――我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない!
第6章 コンピュータの父
――ようやく私の次に計算の早い機械ができた!
第7章 フォン・ノイマン委員会
――彼は、人間よりも進化した生物ではないか?
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ノイマンがいかに世界を認識し、どのような価値を重視し、いかなる道徳基準にしたがって行動していたのかについては、必ずしも明らかにされているわけではない。さまざまな専門分野の枠組みの内部において断片的に議論されることはあっても、総合的な「フォン・ノイマンの哲学」については、先行研究もほとんど皆無に等しい状況である。
そこで、ノイマンの生涯と思想を改めて振り返り、「フォン・ノイマンの哲学」に迫るのが、本書の目的である。それも、単に「生涯」を紹介するだけではなく、彼の追究した「学問」と、彼と関係の深かった「人物」に触れながら、時代背景も浮かび上がるように工夫して書き進めていくつもりである。
――「はじめに」より
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ノイマンの思想の根底にあるのは、科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきだという「科学優先主義」、目的のためならどんな非人道的兵器でも許されるという「非人道主義」、そして、この世界には普遍的な責任や道徳など存在しないという一種の「虚無主義」である。
ノイマンは、表面的には柔和で人当たりのよい天才科学者でありながら、内面の彼を貫いているのは「人間のフリをした悪魔」そのものの哲学といえる。とはいえ、そのノイマンが、その夜に限っては、ひどく狼狽(うろた)えていたというのである。クララは、彼に睡眠薬とアルコールを勧めた。
――第5章「第二次大戦と原子爆弾」より
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人類史上 最恐の頭脳!
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Posted by ブクログ
人類史上最も頭脳明晰との評判が高いノイマンの生涯を追う。こういった特異な人のエピソードはとても面白く、まさに事実は小説より奇なり。フォン(貴族)の称号は父の時代に得られた、ノイマンが示す通り「〜マン」ユダヤ系であることが名前で分かる。「最恐」と表現されているのは、ノイマン哲学は科学至上主義で、どんな人道上の問題があっても科学が優先されるため。朝鮮戦争でも、ソ連に対する予防戦争でも核兵器の使用をためらってはならないとの恐ろしい主張であったが、実際にアメリカが主導で軍事的な裏付けのある国際機関が実現できていたら一時的に戦争は無くなったかもしれない。しかし、アメリカの価値観で押さえつけられることに世界は反発し、争いの種はやはり無くならなかったであろう。被爆国の日本にとっても非常に考えさせられるところだが、日独伊三国同盟が崩壊した状態で徹底抗戦を進めようとした軍部の姿勢がなければ原爆投下もなかったのではないかとの指摘は正しく思う。著者の指摘では、故郷ハンガリーをナチス、ソ連に蹂躙され、またマンハッタン計画でも協働したドイツ出身の共産党員でソ連に原爆情報を売ったフックスの存在が、ノイマンの強硬な姿勢の背景にあるのではないかとの分析がある。
ノイマンと同世代で、もう1人の天才とされる不確定性原理のハイゼンベルクはナチス体制下で核分裂の研究を進めていたことになり、ここでの対比も興味深い。シュレディンガーの波動とハイゼンベルクの行列を統一して考える偉業はノイマンによる。そしてヒルベルト学派の旗手でありながら、不完全性定理をゲーデルに先に気づかれたことは大きな挫折の経験となり、ゲーデルこそ天才だと度々公言し、数学基礎論の論文はその後出さなくなったエピソードもある。同じ情報理論の父とされ、天才と名高いクロード・シャノンについては本書では触れられていない。
Posted by ブクログ
フォン・ノイマンが科学の色んな分野に驚異的な進展をもたらした天才であったことはなんとなく知っていたが、その残した功績の大きさは、最初の「はじめに」を読むだけでおよそ普通の脳構造の人間1人ができる芸当ではないことを思い知らされる。これでコミュ力あってジョークも言えて、お茶目さもあるとか普通じゃない。ただ運動はできず、運転も下手くそで事故りまくって、ゲーム理論作ったのになぜかカジノは負けまくってた模様でかわいい。程度の差こそあれ天才は現代もいるだろうが、そういう人が、自分が悩んでいる研究を見てその場で瞬時に暗算で解いたりしたらすごい絶望を味わいそう。ノイマンといえど第二不完全性定理の証明について、ゲーデルに先を越されたという敗北経験がある。徹底的な科学主義・非人道主義。
Posted by ブクログ
AI関係の本を読んだ時に名前が出てきたので興味はあったがここまで凄い人とは知らなかった。生い立ちから死後まで網羅してある。凡夫からすると天才としか思えない数学者達が本書には登場してくるがそれを上回るノイマンの超天才ぶり。孤高ではなく社交性もある人で悪魔には思えない。戦争における考え方をどう評価するかだが合理的思考に基づく判断としては間違いでもないと思う(日本人からしたらたまったものではないが)。
彼の業績については本書を読むと分かるが自分の知能が低すぎて本当に凄さが理解できたか怪しい。それでも今この文章を入力しているスマホの源流もノイマン型コンピュータにあるので全人類に影響を及ぼした人という認識はできた。あと天才のくせにギャンブルで負けたりと人間臭さもあるし悪魔だとしても魅力的な人物といえよう。
本書を読むでいてこの人の美点に思ったのは他の天才を排斥しない事。チューリングをスカウトしようとしたり文字通り本物は本物を知るという事をしている。こういう素晴らしさは見習いたい。
20世紀最大の天才というか21世紀にも影響を及ぼしているということで本書も改めて購入したい本。
Posted by ブクログ
1人の科学者の生涯が書かれた本を初めて読んだ。彼の残してきた功績の華々しさに惹かれたことがきっかけだった。信じられないほど多岐にわたる分野での活躍に彼の脳内を覗きたくなった。大学で化学を学んできた者にとっては、聞き慣れた人物や理論が続出し、科学者の繋がりや心情の一部を知れたこともこの本の醍醐味であると感じた。数学出身の人は尚更であろう。
科学に対する考え方が人それぞれであり、特に原爆に関しては大きく意見が分かれ、派閥があったことなどは如何にも人間らしいと思った。その中で、ノイマンはタイトルにも書かれているように、「人間のフリをした悪魔」と表現されていたが、彼の人当たりの良さや癖や意外な一面も多数あり、ノイマンという人物に非常に好感が持てた。
もっと有名になっても然るべきだと思える人物であり、私がこの本を通して、ジョン・フォン・ノイマンを知れたことは幸運な事だと思った。
Posted by ブクログ
名レビュアー渡辺由佳里氏が運営するサイト「洋書ファンクラブ」を閲覧していた時のこと。
天才数学者フォン・ノイマンをテーマにした小説“The Maniac”のレビューにあった一説に目が行った。
「歴史に詳しい(映画『オッペンハイマー』の)視聴者の中からは『なぜNeumann(ノイマン)のことが描かれていないのか?』という疑問の声も上がっていた。というのも、オッペンハイマーは原爆の開発を後悔して水爆の開発に反対して公職から追放されたのだが、フォン・ノイマンのほうは水爆の開発に積極的であり続けたからだ」
自分も映画を鑑賞したが、確かにノイマンという人物はワンシーンたりとも登場していなかった。「『マンハッタン計画』の科学者集団の中心的指導者」だったにも拘らず、だ。
しかしそれ以前に自分は、彼の名前すら聞いたことがなく…。試しに”The Maniac”を調べてみたが未邦訳だったので、代わりに本書を手繰り寄せた。
難解ワードが頻出するだろうと身構えていただけに、ちゃんと読み進められて拍子抜けした。時代背景や関係者の解説を交えながら彼の価値観および人物像を浮き彫りにしているので、評伝と呼んでも良い。
難解ワードもバランス良く盛り込まれていて、「歴史と数学、両方の世界を熟知しているからこそこんなにも分かりやすいのか」と著者の力量に敬服した。
オーストリア・ハンガリー帝国はブダペストの生まれ。
オッペンハイマー同様、幼少期からとんでもなく頭脳明晰で運動が苦手だった。家族はそんな息子に惜しみなく愛情を注いだ。
幸せなエピソードを知っていくたびに辛くなる。「どうして将来あんなことをしたのか」と。
「フォン・ノイマンは、我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない、という興味深い考え方を教えてくれた。[中略]それ以来、僕はとても幸福な男になった」
専門の数学以外でも標的を正確に狙う確率を計算する、プログラム内蔵方式のコンピュータを考案。現在も戦闘機などにそれが応用されている。(冒頭に書いた”The Maniac”は、ノイマン考案のもとで開発されたコンピュータの名前)
広島・長崎に投下された原爆の設計を考えたのもまたノイマンだ。他の研究者らが使用を躊躇する中、「科学的に可能だと分かりきっていることはやり切るべきだ」とのちの水爆同様に積極的だった。まさに「人間のフリをした悪魔」をよく表している。
「日本も何故もっと早く降伏しなかったのか」と日本側の事情も深掘りされているので、アウェイ感にならなくて済んだ。「ドイツの直後に降伏していれば投下は免れた。間接的にであれ、日本の戦犯者は原爆で国民を更に虐殺した」と著者は語る。
ノイマンの死因はガンで、核実験で何度か浴びた放射線が原因と言われている。他人の介入する隙を見せなかった、彼らしい最期だったのかもしれない。
それに一方的に命を奪われた日本国民とは違って、死を実感しながら自分の研究・信念の正しさを今際の際まで信じていられた…。
最後までとうとう、彼を人間として見ることができなかった。
Posted by ブクログ
ノイマンの魅力と狂気を紹介したもの。今の時代からこの時代の彼を悪魔と評価するのはフェアではないが、それでもかなりこの時代の中でも突出して狂気じみていたようだ。
天才の魅力的なエピソードも沢山紹介されている。その彼がいかに生まれ故郷のハンガリーがソ連の属国のようになったとはいえ、また、フックスの裏切りに恐怖したとはいえ、ソ連に対する憎悪は大きすぎないか。
Posted by ブクログ
天才と呼ばれる科学者の天才っぷりは、想像をはるかに超える。
天才はなろうとしてなっているのではなく、生きているだけで自然にもう天才なのだなぁ。
一般の人が自分を聡いかどうかなんて考えるのも愚かしいと思うくらい本当の天才はぶっちぎっててすごい。
今も名前が知られている著名な天才たちの繋がりが興味深い。ギムナジウムや研究所で出会ったりしていている。20世紀の欧米は天才の宝庫。
原爆が作られ落とされるまでの展開が、感情を入れず事実のみで語られているのがよかった。淡々としているからこそ科学者目線での当時の様子を素直に感じることができた。
戦争と科学者を並べてみて改めて見えてくるのは、天才科学者であってもポストを得たり望む研究ができるかどうかは才能だけではまったくなく、生まれ育った環境、人脈、タイミングなどが絡み合って生じる偶然の結果なのだなということ。
原爆の研究や製造、投下についても、関わった要人や科学者が一枚岩だったわけではなく、反対してい
た人物も多くいたことが知れたのもよかった。
原爆投下はこんなに止めた人がいるにもかかわらず誰も止められない流れだったのが残念でならない。
科学者それぞれが違った立場、思想で争ったり協力したりしながら研究をしている。
きっと今も昔も天才たちは天才としてしか生きられない。晩年のノイマンの忙しさを鑑みるに、多くの才能を持って生まれてしまった天才にとっては人間のひとつの人生では時間が足りず不幸なのかもしれない。
Posted by ブクログ
『フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔』(高橋昌一郎)
ノイマンの頭の中の回路はどうなっているのか知りたい…そしてこんな人を知らなかった自分の教養のなさを恥じたい。。
Posted by ブクログ
目的のためには手段を選ばない非人道主義、科学の発展を優先する科学優先主義、虚無主義(過度な相対主義)なところが悪魔と言われるゆえんなんやけど、死ぬ前にはカトリックの司祭と話したがり、ハンドルを握っては事故を起こし、スカートをのぞく悪癖があった。原爆は皇居への落下に反対、京都に落として日本人の戦意を徹底して削ぐべしと主張、戦後も一刻も早くソ連を破壊すべきと考えた。
ぼくとしてはいくら頭がよくてもやっぱり先は読めないんやなぁと思うことも結構あって、それが新鮮に感じた。
Posted by ブクログ
よく創作でフォン・ノイマンを模したキャラクターが狂人的扱いなので気になって読んでみた。全く理解できない感じの天才なのかなーと勝手に思って読んでみたけどどこが悪魔的なのか全くわからなかった。むしろ常識人寄りだと私は思ったのだが…。良識ある大人では???このタイトルと正反対なのがアピールポイントなのか???
・天才数学者エルデシュ~「同じベッドに1週間以上寝ることはない」と言われるエルデシュの放浪癖が始まった。~世界各国の数学者がエルデシュを迎えて自宅の部屋や宿を提供し、食事を与え、彼と共同研究する栄誉に浴した。到着すると彼は「私の頭は営業中だ!(My brain is open!)」と奇妙な英語で宣言し、「君の頭は営業中かね」と尋ねた。ノイマンと本質的に異なるのが、エルデシュが、あらゆる世俗的最高の重荷から解放されて、数学だけに人生を捧げた点である。彼は、定職や役職に就かず、住宅も貯金も所有せず、妻も子供も持たなかった。エルデシュは「私には心理的異常があってね、性的快楽を理解できないんだ」と述べている。~ハーバード大学数学科に合格したにもかかわらず、学費を出せない学生の話を聞いたエルデシュは、その学生と面接して才能を見極め、1000ドルを貸した。10年後、その学生はミシガン大学で教える立場となって、その金を返したいと連絡を取った。エルデシュは「私がしたようにせよ」と答えて、金は受け取らなかった。
・新貴族は、家紋も定めなければならない。マックスは
野原に咲く三本のマーガレットのデザインから、新たな家紋を作らせた。このことからも、マックスが妻マーガレットを大切にしていたことがよくわかる。~そもそもユダヤ人がヨーロッパで姓を名乗ることを許されたのは16世紀である。ただし彼らは自由に姓を選べたわけでなく、自然由来の姓を名乗るように強いられた歴史がある。「ノイマン(新しい人)」や「フリードマン(自由な人)」や「ゴールドマン(金のある人)」のように接尾辞「マン(man)」の付く姓は明らかにユダヤの出自を表している。
・この時期すでに、ノイマンの頭脳は色々な意味で同級生の遥か彼方を進んでいたのだが、それを誇示するようなことはなかった。彼は、周囲から浮き上がらないように、皆から好かれるように、懸命に努力していた。このノイマンの周囲に気を配って人あたりよく接する傾向は生涯続いた。
学力って家庭が学習環境を与えるかどうかっていう影響もあるのかなー、と思う。そういう頭の良さ、頭の使い方ってなんだろうなんて言えばいいのか…一族に伝わっていくような伝統の部分もあるのかなー、なんて思った。頭の使い方を教える、みたいなの理解できるかはわからないけれど。
・クララ・イマヴァール~クララは、夫が毒ガス開発に関わることに猛反対し、何度も止めるように懇願したが、ハーバーは聞き入れなかった。イーペルの戦闘で、夫の指揮により毒ガスが使用され、多数の犠牲者が出たことを知ったクララは、五月二日、ハーバーの軍用拳銃で自殺した。
・ノイマンに「偉大な数学者であるということは、どういうお気持ちなんですか」と尋ねた。ノイマンは答えた。「『偉大な数学者』だったら、一人しか知らない。ダフィット・ヒルベルトだよ!」
・ラースロー・ラーツ~「御子息にギムナジウムの数学を教える事は時間の無駄であり、罪悪です。彼には、大学レベルの数学を教えるべきです」と主張した。~セゲーは、初めて10歳のノイマンに会った日、試しに大学レベルの問題を出したところ、ノイマンがあまりに見事に解いてみせたため、感激して涙ぐんで帰って来たとセゲー夫人が証言している。
・数学科ではノイマンが「天才少年」と騒がれたが、物理学科で「そばかすの神童」と呼ばれたいたのが、ノイマンより二歳年上の私講師ヴェルナー・ハイゼンベルクである。~ノイマンがハイゼンベルクの講義に強い刺激を受けて、非常に興奮した様子だったと証言している。ノイマンはおそらく生まれて初めて、過去に類を見ない新しい理論を創造する「同世代の天才」と出会ったのである。
・ウィーン大学の24歳の論理学者クルト・ゲーデルは、述語論理の「完全性定理」もついて証明の概要を述べている。(ノイマンより二歳年下)~ゲーデルの不完全性定理~セッションの終了間近、ゲーデルは立ち上がり「いかなる形式体系においても、その内容すべてが表現可能であるとは限りません」と述べた。ノイマンが「直感主義的にも許容できる推論規則を形式化できるかどうかは、まだ結論付けられていないでしょう」と発言した。ゲーデルが「不完全性定理」を公表したのはこの瞬間である。彼は「古典数学の無矛盾性を前提とすると、その形式体系において、内容的には真であるにもかかわらず、証明不可能な命題の礼を与えることができます」と言った。つまり、ヒルベルトが会議初日の記念講演で述べた「決定不可能な問題そのものが存在しない」という主張が古典数学の公理系では成立しないことを宣言したのである。この歴史的発言~この場で即座にゲーデルの発言の重要性に気付いたのはノイマンだけだった。彼はセッション終了後にゲーデルに「非常に興味深い発見について詳しく知りたい」と言って連絡を取り合う約束をした。ウィーンに戻ったゲーデルは第一不完全性定理の決定不可能命題を多項方程式に書き換え、さらに衝撃的な「数学の無矛盾性はその体系内で証明不可能である」ことを示す第二不完全性定理の概要を加えた。~「ある日授業に来たノイマンが、突然、『ヒルベルト・プログラム』は達成不可能だと言った。彼は、それを証明したウィーンの若い論理学者の論文を受け取ったばかりだった」ノイマンのように生まれてから一度も人に先を越されたことがない天才にとって、自分が推進しようとしていた「ヒルベルト・プログラム」が「達成不可能」だろ論理的に証明されたこと、しかもその事実に自分が先に自分が気付かなかったことは二重のショックだったに違いない。~その後ノイマンはこの分野の第一人者をゲーデルに譲り、二度と数各基礎論に関する論文を発表しなかった。
・「ゲーデルは、余人をもって代え難い人間です。彼は、私がそのように断言できる唯一の存命する数学者です。……現代の科学界において、ヨーロッパの瓦礫の中から、ゲーデルを救出すること以上に、重大な貢献はありません!」結果的にゲーデルは「ありとあらゆる手段」によって救出された。ノイマンは天才には驚くほど親切だった。
・すでに述べたようにノイマンは第二不完全性定理を独立して証明していたにも関わらずゲーデルが先に論文を書いたことを知って潔く発表を諦めた経緯がある。その後のノイマンは~量子論とゲーム理論、コンピュータ開発といった応用数学に突き進んでいった。~ノイマンが誰よりも高く評価しいていたゲーデルは集合や概念などの「数学的対象」が「人間の定理と構成から独立して存在する」こと、そしてそのような実在的対象を仮定することは「物理的実在を仮定することと全く同様に正当であり、それらの実在を信じさせるだけの十分な根拠がある」と信じていた。ところがノイマンはゲーデルの「数学的実在論」に真正面から対立して「あらゆる人間の経験から切り離したところに数学的厳密性という絶対的概念が不動の前提として存在するとはとても考えられない」と断言している。ノイマンはははあくまで人間の経験と切り離せないという「数学的経験」を主張しているわけである。さらにノイマンは数学が「審美主義的になればなるほど『芸術のための芸術』に陥らざるをえない」と皮肉を述べ「結果的にあまり重要でない無意味な領域に枝分かれし重箱の隅のような些事と猥煩雑さの集積に陥るようであればそれは大きな危険と言えます」と警告する。ノイマンの講演は実に簡潔明瞭で文学的にも洗練された印象を受ける。たとえば「何事も始まる時その様式は古典的です。それがバロック様式になってくると危険信号が灯されるのです」という言葉はノイマンのように幅広い教養がなければ発することのできないものだろう。要するにノイマンは「純粋数学」の限界を見極めて「応用数学」の重要性に目を向けるべきだと主張しているわけである。「経験的な起源から遠く離れて『抽象的』な近親交配が長く続けば続くほど数学という学問分野は堕落する危険性がある」というのがノイマンが未来の「数学」に強く抱いていた危機感だったのである。
認識の問題かなー、とは思う。ただ楽しいから数学を娯楽としてやるっていう人もいるだろうしなー。私はノイマン寄り、というかそういう線引きをしたい。経験と実用は繋がってるっていうか繋げていたい。
・ノイマンは親友ウィグナーの妹と結婚したディラックに対して、物理学上の議論は別として、温かく陽気に接した。
・エイブラハム・フレクスナー…「アインシュタイン教授は世俗から離れて科学的研究に没頭するために研究所に来ておられます。例外を認めると世間に知れて収拾がつかなくなりますから、一度たりとも例外を許すわけにはいきません」
教諭という感じはする。相性も大事かあ。
・1931年には~ナチスのプロパガンダに踊らされるドイツでは、知識人でさえ、もはや正気を失っていた。
この事実の重要性。
・毎年のように車をぶつけて破壊しては買い替えることになった。彼が何度も事故を起こしたプリンストンの交差点は「フォン・ノイマン・コーナー」と呼ばれるようになった。~「なぜキャデラックを買うのか」と問われたノイマンは「なぜなら、誰も戦車を売ってくれないからね」と答えている。
・ノイマンは「ゲーム理論」を創始した天才数学者でありながら、記録に残されている資料を見る限り、カジノでは負けてばかりだったのである!
・そして、ロスアラモスでは素人を相手にしたポーカーでも負けてばかりだったというのだから、おもしろい。彼の伝記を書いた作家ノーマン・マクレイは「ゲームをしながらも頭の中では常に10くらい別のことを考えていた」と述べている。たしかに彼の頭脳は常にフル稼働だった。それに幼少期から人当たりのよいノイマンは無理にゲームに勝とうとしなかったのだろう。
理論だけじゃないよね、なんでも。他人の欲とか利益も絡まってるんだから。
・1933年がナチス政権の誕生、38年9月がミュンヘン協定を指すことは間違いないだろう。ここでノイマンが「人間の良識に対する徹底的な幻滅」と強く批判しているのは、自由主義陣営が戦争を回避しようとするあまりにヒトラーに何度も譲歩し続けたこと、つまり5年余りも「融和政策」を取り続けたことに対してだと考えられる。「水晶の夜」の生じた「38年11月」はもはやノイマンの「徹底的な幻滅」の時期にさえ含まれていない。なぜならノイマンの頭脳の中にある方程式に「1933年から38年9月まで」の初期値を代入すれば「水晶の夜」からユダヤ人「絶滅」を導くシナリオが容易に導かれるからだろう。クララは、結婚前に何度も話し合った時点で、ノイマンの「陰鬱な未来」に対する見解が「驚くほど事実に近い」ものであり「いくつかの予想の正確さには身震いさせられるほどでした」と述べている。普段は感情を見せないノイマンが、ナチスに対しては「尽きることがないほど強い憎悪」を抱いていた。ここで重要なのはその「憎悪」以上に彼に「幻滅」を抱かせたのが、自由主義陣営の「融和政策」だったという点である。
・そこでノイマンとウィグナーは「人間の意識が量子論を収束させる」という「ノイマン・ウィグナー理論」を提起したのである。この理論によれば最初に箱を開けたシュレーディンガーが猫の生死を「意識」した瞬間に量子理論は収束し無限連鎖のパラドックスは消滅する。とはいえ、当然のことながらその「意識」は何かという新たな疑問が生じる。ノイマンは、それ以上は、量子論の解釈論争に深入りしなかった。そもそも「観測」を「意識」する定義するという理論についても、彼はウィグナーと共にセミナーの際に口頭で述べただけで、論文では一度も正式に触れていない。この事例にも表れているように、ノイマンは物理現象の解釈問題や、哲学的信念を伴うような論争には、基本的に立ち入らなかった。~彼は徹底した経験主義者であり、観念論争を嫌っていたのである。ノイマンは、感情的な人間とも議論しなかったが、それは言い争っても時間の無駄と考えていたからだろう。彼はパーティでもゲストが議論を始めそうになるとすぐにジョークで巧みに話題を逸らすというホスト役を務めていた。
・この三人のブダペスト出身の物理学者は「ハンガリー陰謀団」と呼ばれた。ただし同じくブダペスト出身のノイマンだけはこの陰謀団に加担していない。ノイマンは陸軍士官を志願したように「正攻法」で突き進む人物である。背後から迫る「陰謀」は好まなかったに違いない。
出来事と解釈の線引きってどこかで必要だと思う。そういう線引きの定義って自分の中で納得させておいた方が気付きとかがある気がする。
・ノイマンは自嘲的に「人の後から回転ドアに入ってきて、人より先に出てくるのがハンガリー人だ」というジョークを作ったが、まさにシラードがそういう人物だった。ただし、彼の発想が天才的であることも認めざるをえない。そこで生まれたのが「シラードは冷蔵庫に閉じ込めておいて、アイディアが必要な時だけ出せばよい」というジョークである。
・「いやいや、君はわかっていないね。君のような見方をしていても本質は捉えられない。ここは抽象的に考えなければダメだよ。この写真に写っている爆発は、一時微分係数が打ち消されてゼロになって、目に見えているのは、二次微分係数の痕跡なんだよ!」~電話を掛けて「君の言ったとおりだ」と伝えた。ベッドで電話を受けたノイマンは「君はそんな当然の話をするために私を叩き起こしたのか!これから私に電話を掛けるのは私が間違っているときだけにしてほしいね」と言ったそうだ。
・リチャード・ファインマン「フォン・ノイマンは我々が今生きている世界に責任を持つ必要は無い、という興味深い考え方を教えてくれた。このフォン・ノイマンの忠告のおかげで、僕は強固な『社会的無責任感』を持つようになった。それ以来、僕はとても幸福な男になった」
。結果はTNT2万トン近くの破壊力で「人口30万~40万人の都市を焼野原にできる威力」と表現された。ノイマンは核実験の準備がうまくいった時点で満足してすでにプリンストンに戻ってコンピュータ開発に取り掛かっていた。ロスアラモスは沸きかえった。至る所でパーティが開かれ、ファインマンはジープの端でドラムを叩いていた。ところが、物理学者のボブ。ウィルソンだけはふさぎ込んでいた。「とんでもない物を造ってしまった」というのがその理由である。ファインマンは次のように述べている。「僕はもちろん、周囲の皆は、自分達が正しい目的で核開発をを始め、力を合わせて無我夢中で働き、それをついに完成させたという歓喜で躍り上がっていた。そしてその瞬間考えることを忘れていた。……ただ1人、ボブ・ウィルソンだけがその瞬間にも考えることをやめなかったのである」~ニールス・ボーア
刀とか銃とかを持って喜ぶ子供ってこういう感じ。よくよく考えると残酷な事なんだけど、意識はしていないんだよな…。
・同盟国のイタリアは1943年9月に早々と降伏し~1945年4月30日にヒトラーが自殺し5月7日にドイツが降伏した。この時点で枢軸国の日本が勝つ可能性は完全に消滅したのだから速やかに降伏の道を探るべきだった。ところが、日本の大本営はアメリカ合衆国・英国連邦・ソビエト連邦を含めて、ほぼ全世界に広がる連合国を相手に、たった一国で「本土決戦」を決定した。背後でソ連に講和の仲介を依頼する動きがあったとはいえ、もはや正気を失っていたのである。大本営は「国体護持」や「講和を有利にする」ための抗戦だと位置付けたが、結果的には被害を大幅に拡大させたに過ぎない。この頃になると当初は非常時出撃だった「特攻」が日常的な出来事になり、補給もなく前線に取り残された兵士たちは「天皇陛下万歳」と叫びながら敵陣に突っ込む「バンザイ突撃」を繰り返した。アメリカはこれを「狂信的な兵士」による「理解不可能な自殺行為」とみなしたが、日本人兵士が降伏しなかった最大の理由は、東條英機が示達した「戦陣訓」の一節「生きて虜囚の辱を受けず」という命令にあったのである。~7月16日の「核実験成功」のニュースは外国通信社が配信している。日本の大本宮も情報を得ていたし、物理学者の湯川秀樹は広島が投下目標であることまで知っていて、友人に広島を離れるように伝えたという証言もある。それでも日本の指導者層は無条件降伏を考えようとはしなかった。
・「『コンピュータの父』といえば、もちろんアメリカではジョン・フォン・ノイマンですが、イギリスではアラン・チューリングになります。自分がどこの国で喋っているのか、くれぐれも忘れないように!」
・幼年時代のチューリングは、すべてを子守やメイドに世話されるという「孤児のような生活」を送った。~すでに述べたように、ノイマンは、両親や祖父母、親戚一同と一緒に暮らす温かい家庭に恵まれ、早い時期から「抽象的思考」で天才的な能力を発揮した。一方でチューリングの特徴が強く表れているのは、少年時代から、手で触れる事の出来る事物に対する工夫や発明のような「具体的思考」に興味を持っていたことである。~このようにチューリングが誰も思いつかないような臨機応変の「発想」ができる学生であることは、シャーボーン校の授業が始まってからも、すぐに評判になった。~自分の部屋に籠って、一人で勝手に何かを実験しているチューリングの綽名は『錬金術師』になった。チューリングの天賦の才能が本格的に開花したのは、彼が15歳の頃、1歳年上のクリストファー・モルコムと出会ったことがきっかけである。モルコムはどの教科もシャーボーン校のトップの秀才で、とくに数学と科学では群を抜いた成績を誇っていた。この「初恋の相手」に気に入られようとチューリングは猛勉強を始め、ついにモルコムと一緒にケンブリッジ大学への進学を目指すようになった。モルコムは誰からも相手にされなかった「偏屈な変わり者」のチューリングに、音楽やマラソンの楽しさを教え、一緒に科学実験や天体観測を行った。ところが大学から合格通知が届いた直後、モルコムは結核のため急逝してしまった。その失意の底で何もできなくなったチューリングを、モルコムの両親は「息子の分も生きて欲しい」と励ましたという。
・チューリングの博士論文「序数に基づく論理システム」は1938年5月に受理された。この論文は「チューリング・マシン」における「計算不可能性」の限界を超えた「オラクルマシン」(神託機械)を想定する数学的に難解な内容である。そのイメージの中には現代の「オンライン・ネットワーク」えお予見するような一面もあった。ノイマンはチューリングの論文を非常に高く評価して、年俸1500ドルでプリンストン高等研究所の彼の助手にならないかと誘った。当時ノイマンの助手になることは研究者としての前途が約束された名誉ある就職だった。チューリングは、かなり悩んだが、結果的にイギリスに帰国する道を選んだ。~もしチューリングがノイマンと一緒にアメリカでコンピュータを開発していたら、コンピュータは異次元の進化を遂げていただろう。~帰国したチューリングは、ニューマンと共に、ロンドン郊外にあるイギリス情報局秘密情報部の暗号解読機関ブレッチリー・パークに赴任した。そこで彼は難攻不落と呼ばれるナチス・ドイツの暗号機「エニグマ」の解読に取り掛かった。この暗号機は、アルファベットに対応する26個の電気接点が並んだ円盤状のローターが何枚か組み合わされただけの比較的単純な構造であるにもかかわらず、ローター3枚だけで毎秒1000通り調べても30億年かかるほどの天文学的な配置の組み合わせを生じさせる。したがって、暗号の送り手と受け手が、3枚のローターが同じように初期設定された同一の「エニグマ」を持っていなければ解読は不可能だとみなされていた。~「エニグマ」暗号解読はナチス・ドイツを敗北に導いた最大の要因ともいわれる功績である。つまりチューリングは連合国軍を勝利に導いた「英雄」なのである。実際に彼は1945年「大英帝国勲章」を授与された。しかし「エニグマ」に関する情報公開は固く禁じられ1970年代まで国家機密だった。そのためチューリングがいかなる偉業を成し遂げたのかは家族でさえ知らなかったのである。
・フラワーズは1905年にロンドンのイーストエンドで生まれた。父親は煉瓦職人、祖父は密猟で刑務所に収監され、母と祖母はメイドとして働いた。極度の極貧生活のなかで、機械工の見習いをしながらロンドン大学の夜間コースで電気工学を学び、ロンドン郵便局の電気通信部門で働いていた人物である。フラワーズはブレッチリー・パークに集結した研究者たちとはまったく異なる「階級」の出身だった。しかし、なぜかチューリングはフラワーズと会った瞬間から意気投合し彼を自分のチームの主任技術者に抜擢して迎えた。フラワーズは真空管のフィラメントが切れるのは電源を切り替える際にフィラメントに負荷がかかることが原因であり、電源を切り替えずに微弱電流を流し続ければフィラメントの信頼性は飛躍的に高くなると考えた。彼はその方法を使えば真空管を1000本から2000本組み合わせることも可能だと主張しチューリングの「全電子式暗号解読機」を製造できると提案した。ブレッチリー・パークの上層部はチューリングとフラワーズの「突飛な提案」を承認しなかったがチューリングはいろいろな部門に頭を下げて経費をかき集めてきた。フラワーズの製造チームは「目玉が落ちるほど」苦労して「通常ならば3年から5年かかる仕事」を10ヶ月でやり遂げた。~その名前が「コロッサス」(巨像)~「制御回路・並列処理・割り込み・ループ・クロックパルス」といった現代のコンピュータで用いられるような基本構造が組み込まれていた。その目的が暗号解読だけに特化していたとはいえ、1944年8月に試作品の完成する「ENIAC」よりも半年以上前の話である。
・ウィンストン・チャーチル首相は戦争中に何度かブレッチリー・パークを極秘訪問して、暗号解読チームのことを「金の卵を産むガチョウ」と呼んで激励していた。しかし第二次世界大戦が終結すると態度を豹変させて10機製造されていたコロッサスのうち2機だけ残して他のすべてを解体するように命令した。~特に彼が警戒していたのはソ連である。そのため彼はコロッサスの設計図や関連文書をはじめ「残った部品はそれが何に使われたかわからないように徹底して破壊せよ」と厳命した。
作るより壊すより治すのが何より難しいみたいな例では???チャーチルさん…どうなの…。
・メモを受け取ったゴールドスタインは101ページのタイプ原稿にまとめた。そこに描かれているのは、ハードウェアとソフトウェアの分離した、かつて人類史上に存在したことのない。まったく新たな機械の定式化だった。
・さて、コンピュータの特許権を競った陸軍、ペンシルベニア大学、ジョン・エッカートとジョン・モークリーの設立した会社に対して「誰も特許権を主張することはできない」という決定が下されたことはすでに述べたとおりである。ここで重要なのはノイマンが最初からコンピュータに関する特許権をいっさい主張することなくすべてを「学術研究」の一環として公開すべきだと主張し続けた点である。このように科学の進歩を何よりも最優先しようとするノイマンの方針は放射線医学の発展のために「ラジウムの抽出方法」を特許申請しなかったキュリー夫妻や「あらゆる科学的事実を科学者が共有すべきだ」と主張して「核分裂」の事実を包み隠さずに公表したニールス・ボーアとエンリコ・フェルミの姿勢に共通している。
我々は過去の偉人からものすごい恩恵を受けているんだな…。
・1949年8月ソ連がセミパラチンスク核実験場で核実験に成功したというニュースが世界を震撼させた。なぜアメリカ軍部の予想より10年も早く成功できたのか。実はソ連は何も「マンハッタン計画」と同じようにゼロから原爆を開発する必要は無くその出来上がりの情報だけを入手しればよかったからである。1950年1月27日アメリカの原爆情報をソ連に流していた物理学者クラウス・フックスがイギリスで逮捕された。この時点で彼はイギリスの原子力開発を極秘任務とするハーウェル原子力研究所所長にまで登りつめていた。~彼は無口だが陽気で周囲からの評判はよかった。エドワード・テラーは「フックスは好人物だった。親切で、有能で、いろいろな仕事にも気配りができたのでロスアラモスでは人気者だった」と述べている。~つまりフックスは多くの研究者と共に原爆を製造しその過程で生じた数えきれないほどの発明の詳細をノイマンと一緒に話し合って共著で機密書類をまとめた人物である。そのフックスが実はソ連のスパイだったのである。この事件がどれほど大きなショックをノイマンに与えたのか触れた文献は見当たらない。しかしそれまでの順風満帆な人生でその種の「信じ難い裏切り」を経験したノイマンは底知れぬ「恐怖」を感じたのではないだろうか。そして彼の「憎悪」がフックスの背後に存在する「ソ連」に向けられたのではないのだろうか。~このスパイ活動によってフックスがソ連から得た報酬は400ドル余りの経費に過ぎない。彼は「筋金入りの共産主義者」でありそうすることが人類の為に「正しい」という信念に基づいてソ連に情報を流したのである。
善悪が絡むから人間の統一なんていうのはむりだなって思うよ。
・12月12日、全米計画協会で行った講演が彼の最後のスピーチとなった。~「すべてを、機械が得意な事と人間が得意な事に分けるのが、今後の為に最良の手段です」と未来を通して語っている。
・死の直前、ノイマンは、カトリックの洗礼を受けた。もし「来世」があったら、そうしておく方が得だと、ゲーム理論的に結論付けたのかもしれない。
・ノイマンの死後「私の死後50年が過ぎたら開けてよい」と書かれた箱が見つかった。~しかし、もしかすると、50年の間にCIAが箱を開けて中身をすり替えたのではないのだろうか。晩年のノイマンは単なる科学者ではなく国際的重要人物だったからである。
・テラーは言う。「考えることを楽しめば、ますます脳が発達する。フォン・ノイマンは自分の脳が機能することを楽しんでいたんだよ」
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前半はエピソードトークに近い。後半は哲学というか信念/思想の話。経験に基づく因果な話で普通な印象だが、それがとてつもなく幅広い分野のとてつもない天才によるものなので影響力が大きい。終始、天才ぶりが凄いのだが、天才でも奇人・変人要素が少ないのも稀有な方。
ノイマンの話はともかく、戦時/戦後の周辺の状況は興味深かった。
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小さい時から天才で…というのはよくあるけれど本当にこういう人はいたのだろうかと思うくらいに飛び抜けている。(少なくとも日本人にはいないだろうなぁ)
科学優先主義、非人道主義、虚無主義それらがノイマンを人間のフリをした悪魔と呼ぶ理由かも知れないが、今の世界を見ていると人間の方が悪魔より悪魔らしいので怖さはない。
もう少しノイマンが長生きしていたらコンピュータがもっと早く発展したと思うけれど、今より早く地獄になっていただけとなるとどれだけ天才でも、どれだけ頭が悪くても人間は等しくただ愚かだと思った。
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日本人が生活する上で欠かせないコンピュータですが…
その基本構造(ノイマン型アーキテクチャ)は1945年日本を震撼させた原爆を作る際、弾道計算用に開発された。なんとも皮肉な話だが、結果として、あらゆる分野の学問が飛躍した。
コンピュータの父、ジョン・フォン・ノイマンの人間離れした才能と錚々たるキャリアに終始驚かされた。
甚大な被害をもたらした原爆の開発においても重要なポストについていたノイマンは科学で可能なことは徹底的に突き止めるべきだという「科学優先主義」の信念を貫いた。
その残忍さを『人間のフリをした悪魔』と称しているが、ノイマンは原子力爆弾の爆縮設計が完成すると、自分がやってしまったことの恐ろしさに恐れ慄く様子も読み取れる。
そんなノイマンのお茶目な一面が垣間見れる小話も面白かった。
プロポーズの言葉「君も僕もワインが好きだ。さて、結婚しようか」
無謀な運転を繰り返し、彼が何度も事故を繰り返した交差点は「フォン・ノイマン・コーナー」と言われた。
などなど…
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人間の脳は、フォン・ノイマンの脳になる力があるし、それ以上のものになる力もある。
脳を操作して力を引き出すことは難しいが、脳の外側に脳のようなものを作り出してきた。AI然り。量子コンピュータになると脳を上回るものになる。
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なんとなくしか知らなかったノイマンについて知りたく手に取ったが、ノイマンの業績や立ち振舞いを知ることが出来てとても良かった。
サブタイトル「人間のフリをした悪魔 」にはちょっと違和感を覚える。ノイマンに対しての内面的・哲学的考察が入っているのかと思ったが、そこについてはほとんど言及していなかった。そこを求めていなかったので、個人的にはだからと言って別に不満があるわけではない。
ノイマン自身については化け物としか言いようがない。一応経済学部卒なのでゲーム理論等はかじっているが、ちょちょっと片手間にゲーム理論を創設するという意味の分からないエピソードもしれっと書かれていて何がなんだか分からない、バケモン以外に彼を表す表現が浮かばない。
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ノイマンという天才の中の天才。私は名前くらいしか知りませんでしたが、彼の人となりや偉業功績を知るには格好の入門書です。
社交性もユーモアも兼ね備えていながら、自身の理想を追求し目的を達成するためなら他所には目もくれない。二面性とはまた違いますが、才能の一極集中ぶりがすさまじい。
違う時代に生まれたら『悪魔』なんて呼ばれずに済んだのだろうか…とはいえ、『悪魔』という言葉の中に崇高な響きも感じてしまうほどの頭脳の持ち主。
ノイマンの思想や哲学にもっと踏み込んだ本も読んでみたいと思いました。
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興味深いエピソードが多く語られるが、ノイマンの「哲学」であるという「非人道主義」、「虚無主義」についてさほど掘り下げられてはいない。
他にも奇人変人の類いの天才達が何人も登場するので、ノイマン自身は徹底的な合理主義者ではあるものの、むしろ常識人に思えてしまう。
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人間のフリをした悪魔というサブタイトルだが、本当にそうか。原爆への態度、科学優先主義に見えたからと言って、彼の脳内が非人道的な躊躇いを持たぬものとは決めつけられず、寧ろ達観、或いは距離感のある戦争に対し、脳が合理的に処置した結果。核を用いる事の抑止力、皮肉。今すぐにでもソ連を爆撃せよと言った『博士の異常な愛情』は、大国間の予防戦争を希求したか、それを通り越して、馬鹿げた人類への諦観、世界全体の不協和への戒めと軌道修正を期待したか。
コンピュータの父、ゲーム理論、マンハッタン計画、数学の天才として知られるノイマン。本著にはアインシュタイン、シュレーディンガーに加え、ノイマンが天才と認める多数の超人が登場し、そのプライベートな性格を覗かせると共に、到底入り込めない火星人たちの空間を味わうことができる。
その天才たちのドラマの中でも、ユダヤ人の凄さを垣間見る何気ないシーン。ノイマンの親友ウィグナーの妹が、ラブレターをスペルミスの指摘だけで返すような愛という感情が欠落した内向的な天才、ディラックを追いかけて子供まで作ってしまう所。天才の遺伝子のユダヤへの継承か、天才たちの世界観に圧倒された後で、その起源を垣間見た気がして、やけに頭に残った。
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コンピュータを作った人はそれだけで相当な天才だろうとは思っていたけれど、想像以上の広範囲。ゲーム理論・宇宙物理学・流体力学・気象学。マンハッタン計画を主導する立場だった事は知らなかった。その彼の「我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない」という考え方は衝撃的だけれど、そういう考えを持っていなければ原爆開発は出来なかったという事かも知れない。化学優先主義は今後の世界にも脅威になるだろうと思う。
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コンピュータの父にして数学や量子力学、経済学といった多様な分野で著しい功績と多大な影響を与えた偉大な天才、フォン・ノイマンの生涯で生み出した天才エピソードと彼の周囲にいた天才たちの天才エピソードとがてんこノンフィクション。柞刈湯葉が著作(まず牛を球とします)のあとがきで「小説よりも小説じみてる」みたいなことを書いていて手に取ったけれど、確かにこんな多様な分野で革新的な成果を挙げる人物を20世紀に成り立たせるのは創作ではリアリティラインを維持するのが難しいだろうという「万能の天才」ぶりである。副題が「人間のフリをした悪魔」であり、原爆開発を推進(日和る同僚を「われわれは科学的な課題解決に取り組んでいるだけど、(人道的な)責任を感じる必要はない」と鼓舞)したマッドサイエンティスト的な振る舞いや、戦後もソ連に対する先生攻撃を主張した背景が考察されるけれど、この辺の記述はわりとさっぱりしていてもう少し思想的な掘り下げが欲しかったとは思う。
高橋昌一郎といえば同じ講談社新書『理性の限界』シリーズをおもしろく読んだ記憶があるけれど、本書も題材であるノイマンらのエピソードが強いというのもあるけれど、非常にリーダビリティに優れた著者であるなと。
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カズレーザーが今読んでる本としてYoutubeで紹介されていたので、試しに読んでみた。ノイマンの人柄や雰囲気はわかったが、あまり積極的な関心を持てなかった。ただ、ファインマンやオッペンハイマー、アインシュタインが出てくるので、この辺りの時代の解像度を少し上げられたのは良かった
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超天才ジョン・フォン・ノイマン。
同じ名前を原爆だったり、コンピュータだったり、ゲーム理論だったりいろんなところで見るのだが、全部同じ人間というネジの外れた超天才。
その、超天才の一生を描くというより、彼が関わった領域の他の天才も含めて描くという、世の中には天才がいっぱいいるんだとう言う絶望と諦観を十分に味合わせてくれる。
薄い本だし、深みはない。
ノイマンの人生にさほど踏み込んだ感じもない。
人間のフリをした悪魔と言うほどのエピソードもほとんどない。ただ、原爆を京都に落とそうと主張したところで、現世に責任を持つ必要はないという、科学至上主義者が言いそうなこと、あとソ連へ予防的核攻撃をしようと言ったこと。
やってないやん。
東京投下は止めてるし。
天才ゆえの、壊れた人ではあろうが、悪意を持った悪魔ではないと思う。
それをいうなら、民間人を狙った大規模空襲やった奴とか、民間人を狙って原爆落とした奴じゃないの、悪魔って。
ああ、あと主題に関係なく中途半端に大日本帝国の先の大戦についてぶっ込むのやめてもらいたい。
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ノイマンや関係のある人の伝記が半分以上。面白くないわけではないがちょっと水増しな感じ。
とはいえ、ノイマンが天才なのはとてもよくわかった。
副題にノイマンが悪魔とあるが、通念というより筆者の感想な感じがする。というかキャッチーな副題にして売ろうとしただけかも。悪魔と言及してるのは一箇所で、しかもノイマンは単に情よりも合理的な思考を優先していただけの逸話を大げさに取り上げたなあという感じ。
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コンピュータやゲーム理論の産みの親であり、原爆開発の中心人物であり、集合論や量子論、気象学でも多大な貢献のあった、20世紀最高の天才。
「我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない」と言い放ち、第二次世界大戦後、冷戦前の時点でソ連への先制原爆攻撃を頑なに主張したマッドサイエンティスト。と、本書の一部ではノイマンのことをこう評しているが、ノイマンは自身が、ひいては1人の人間が、世界に与えられる影響を過小評価していたのではないかと思う。
そんな天才も、自身も参画していたヒルベルトプログラムに深刻な影響を与えたゲーデル(不完全性定理)に対しては敗北感を覚え、「20世紀最高の知性は自分ではなくゲーデルだ」と返答している点が印象に残る。
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まるで天才頭脳というチート能力を持った主人公が無双するファンタジー作品を読んでいるような気分になりました。それほどまでにノイマンの頭脳が産み出したものの影響力の大きさと分野の広さは常軌を逸しています。
タイトルからは悪魔のようなノイマンの哲学が書かれた重い内容を想像していたのですが、そこは比較的淡々と書かれていて、天才ノイマンの人生を追うエンターテイメントになっている印象です。
彼の頭脳と哲学が、日本への原爆投下や米ソの核開発競争に大きな影響を与えたことを見ると、1人の人間がこうも世界を変えられるのかということに、驚ろくと同時に恐ろしさを感じます。
Posted by ブクログ
天才フォン・ノイマンがどういう人だったのか、どういう生涯を送ったのかを解説。いかにすごい頭脳の持ち主だったか、広範囲に影響を与えたかがよくわかった。どういう考え方を持った人だったのか、そこにどういう背景があったのかの掘り下げが少ないのが残念。
Posted by ブクログ
1.書店で見たときに、どこかで見たことがあると思ったので読みました。
2.オーストリアで生まれたノイマンは8歳の時点で大人顔負けの数学や暗記能力を発揮しております。その才能は学校に行っても発揮され、数々の大学教授を驚かせます。大学卒業時には学士と博士の両方の単位を取得し、社会へ飛びだちます。その後は、大学教授や研究機関に所属し、年間100本ペースの論文を執筆していきます。なかでも際立った発明は原爆とコンピュータの発明です。
このような数々の偉業を成し遂げたノイマンがどのような生涯を送ったのか、本書では本人の生い立ちと共に、友人関係と絡めながら書かれています。
3.スティーブ・ジョブズと重ねながら読んでいました。ただ、ジョブズよりも世界に影響を与えた人物ではないかと思ってます。
10歳の時点で既に大学生並みの知識と思考を有しており、大人になってからはコンピュータを作り出し世界に多大な影響を与えます。卓越した頭脳があってとても羨ましい限りですが、私生活を見ると、日頃のストレスの反動でかなり雑な生活を送っていました。この点については自分は納得がいかず51歳とで亡くなるのも無理はないなと思いました(当時ならば長生きに入るだろうけれど)。
天才は凡人には考えつかないことを考えるのだから、不思議だなーと思いながら読んでいました。
そして、
彼から学ぶことは「とにかく考えること」「たくそんの情報に触れること」だと思いました。