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Posted by ブクログ
科学哲学の大家 高橋昌一郎氏の限界シリーズ
前著 理性の限界の前振りから
選択の限界 グー・チョキ・パーの三つ巴の状態では、二者選択の残りが勝者となることがある
科学の限界 科学者が不可能を言ったものも、のちに撤回されて実現されている
知識の限界 ゲーデルの不完全性定理、数学、論理学自体に矛盾を含んでいて、じつは不完全である。
言葉は不完全なので、科学的なやり方に従って世界を実証しようがテーマ
気になったこと
・ヴィトゲンシュタインは、過去の「哲学的問題」は「言語的問題」にすぎない
言語そのものが不明瞭なものであるので、哲学、美学で取り上げられてきた問題は実は問題と呼べない
・ヴィトゲンシュタインの結論 語りえないことについては、沈黙しなければならない
・『論理哲学論考』には、語ることができないにもかかわらず、「語りえないこと」があると認めている。
・ウィーン学団は、ヴィトゲンシュタインのスローガンをさらに進めて、世界を論理によって分析し、科学によって実証して認識しようとする「科学的世界把握」の立場を掲げました。
しかし、ゲーデルは、不完全性定理によって、論理学から全数学を導くことができないことを明らかにしてしまいます。
このことによって、ウィーン学団は、科学的な手法を失ってしまいます。
ふたたび、言語にもどってくるも、言語理解にも限界がある、相互理解という理想こそが幻想である
観察は常に一定の理論を背負っているわけで、理論に基づかない観察は存在しないといっています。
これを、観察の理論負荷性といい、演繹法をうしなった科学の帰納的アプローチである。
・帰納法のパラドックス:ニュートン力学は、人間がかかわる大半には、正確に予測することができている
・現実は、複雑系の中で成り立っていて,容易に予測はできない。
・なので、科学は論理的であるにもかわらず、現実を帰納的な方法でないとアプローチができず、演繹的でなければならない科学の検証方法に帰納法を使わなけれがならない矛盾が生じる。
これを帰納法の正当化という。
・ファイヤアーベントの「方法への挑戦」が紹介されていて、単に科学理論ばかりではなく、あらゆる知識について、優劣を論じるような合理的基準は存在しないというものだ。
ファイヤアーベントが言いたかったのは、何も科学を否定しているわけではなく、既成の方法論にこだわるなということいっている。科学と非科学、西洋文明と非西洋文明、合理主義と非合理主義は、それぞれどちらもおなじだけの権利で存在するということいっている。
どうやら、結論は、限界があるので、科学と理性にばかりたよるな。と理解しました。
目次
序章 シンポジウム「知性の限界」開幕「理性の限界」懇親会場より
第1章 言語の限界
第2章 予測の限界
第3章 思考の限界
おわりに
参考文献
ISBN:9784062880480
出版社:講談社
判型:新書
ページ数:279ページ
定価:900円(本体)
発行年月日:2010年04月20日 第一刷
高橋昌一郎氏の著書
■20世紀論争史~現代思想の源泉~
■ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論
■ノイマン・ゲーデル・チューリング
■フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔
■愛の論理学
■科学哲学のすすめ
■自己分析論
■実践・哲学ディベート
■小林秀雄の哲学
■哲学ディベート
■東大生の論理
■反オカルト論
■理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性
■知性の限界 不可測性・不確実性・不可知性
■感性の限界 不合理性・不自由性・不条理性
Posted by ブクログ
『形而上学者:そうなのですが、彼が科学を発展させるべきだと言っているのは、人類を幸福に導くためではなく、人類があらゆる知識をもって「宇宙的無意識」を「宇宙的意識」に進化させ、宇宙が二度と生命を生みだしたりしないように、絶対的に宇宙そのものを消滅させる方法を見つけるためなのです!
会社員:わかった!つまり、宇宙自身が自殺するということですね!
形而上学者:そのとおりです。二度と「存在の悲劇」が繰り返されないように、宇宙を永遠に消滅させるということです。』
分かりやすく面白い哲学解説書。デフォルメされた議論の参加者の発言が特徴を捉えていてうける。ハルトマン、ファイヤアーベント、ポパー、ロールズの著作はいずれちゃんと読みたいなぁ〜。
Posted by ブクログ
ネットの『理性の限界』評を読んで、本屋に駆けつけ、『知性の限界』を買ってきてしまった。こっちを先に読んだ方がいいかもとは著者の弁であるから、怪我の功名だが。
『理性の限界』同様、架空のシンポジウムが組まれ、論理実証主義者、哲学史家、数理経済学者、複雑系物理学者、方法論的虚無主義者などが侃々諤々の議論をし、フランス国粋主義者やら、精神分析学者やらが茶々を入れる。いろいろな立場を説明するのに、総花的にやるより、高橋昌一郎氏が「××論者」になりきって極端な意見を述べた方が論旨が明快というわけである。そのうえ何とか論者たちが難しい話にはいっていくと司会者が「もっとやさしく」と言ってくれるし、議論が脱線すると「その話はまた別の機会に」と言って、本書に書ききれない議論のふくらみを教えてくれるという仕組みになっている。
「言語の限界」「予測の限界」「思考の限界」の三章で、副題には「不可測性・不確実性・不可知性」とある。取り上げられたテーマの主要なものはだいたいかじったことがあるのだが、もう一度勉強させてもらうとともに、帯にもあるように、「哲学から経済学、宇宙論まで」様々な関連をたぐっていくところが、たいへん刺激的であった。そうすると、あっちもこっちももう限界だ、どうにもならない、ということがよくわかる本である。
後書きに『理性の限界』に対して「理性にも科学にも限界はない」と大槻義彦氏に叱られたとあるが、この限界とは原理的に予測不能であったり、確実性を得ることが不可能だったり、どうにも知り得なかったりということである。こうしたわれわれの知性の状況についてノイラートという学者が、大海に投げ出されてすでに海上を走っている船にたとえているという。エンジンに故障が見つかれば修理して、別の故障がデッキに見つかればふたたび修理して、とにかく沈没しないようにしながら、走り続けるしかないというのだが、なんて勇気づけられる言葉であろうか。
なに、人生だってそういうものだ。限界があるときにこそ、人間の創造性は最大限に発揮されるのだ。
それでは『理性の限界』を買いに行こう。
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