高橋昌一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「知性の限界」高橋昌一郎
哲学思考ディベート。無色。
講談社現代新書。
2冊目も流し読み…ですがやっぱり面白い。
もともと本屋でこちらを手にとって、先に1冊目があるということで「理性の限界」「知性の限界」と読みました。
スルメのように、ちょっと読んだだけでもイイ味出してる、さらに読み込んだら味わい深い、そんな哲学本。
本書では、ウィトゲンシュタイン、ポパー、ファイヤアーベントを軸に取り上げながら、
・クワインの不可測性…「ウサギ」が〈その動物〉を指示するかどうかは語り得ない
・ナイトの不確実性…統計・確率で予測不可能な"起業家への投資リスク"が存在する
・カントの不可知 -
Posted by ブクログ
読み応えのあるゲーデル本。やはり縦書きの本であり、不完全性定理の証明のテクニカルな側面よりも、歴史的な背景と哲学的な意義について詳しく解説している。1930年のケーニヒスベルク会議と、1951年のギブス講演について詳細に書かれているのがとても嬉しい。ケーニヒスベルク会議は、ヒルベルトの記念講演「自然認識と論理」に加えて、数学基礎論における3学派(論理主義、形式主義、直観主義)の討論会が行われたり(フォン・ノイマンも講演している)と、華々しく開催されたのであるが、皮肉なことに、ゲーデルが初めて不完全性定理のアイデアを公表したのも、このケーニヒスベルク会議だったのである。結果的に数学界では受け入れ
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Posted by ブクログ
科学はここまで迫ったのか~!というのが第一の感想です。
ヒューリスティックやアンカリング効果は知っていましたが、それが『自律的システム』と『分析的システム』による二重過程理論として説明し、また機械的運命論と非機械的運命論を一歩進めて『両方存在する』としたのはビックリです。
神様の気持ちになれば、『せっかく世界をつくったけれど、機械的に決められた世界は面白くないだろうなぁ。ランダム要素を入れた方がいいかな?』なんて考えたりする……という考え方にはなるほど納得です。大学生Aの思考が最新の科学で明らかに……というのは刺激的です。
感性の限界。感性といえば、うまく言語化できないインスピレーションを想 -
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講義を実際に受けていたので、あぁそんな話題もあったなぁ、とか、!!?この東大生Eって自分じゃない?などという楽しみ方ができた。
高橋昌一郎先生の講義は東大では一度しか行われなかったようで、受講することができて幸運な講義のひとつであると言える。(自慢できる)
学生の意見に対して口癖のように「おもしろい!」と言って広げてくださる、大変おもしろい方であったと記憶している。
他の著書、「理性の限界」、「知性の限界」など変わった形式でわかりやすく書かれている。
この本がベストセラーになった暁には、講義を受けていた学生を集めてパーティーを開催してくださるようなので、広く宣伝して行きたい、いやパーティーに行 -
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前著「理性の限界」の姉妹編になる作品で、「理性の限界」のシンポジウムが終わった所へ、女子大生が駆け込んでくる所から話は始まる。
「ウィトゲンシュタインのパラドックス」「ニューカムのパラドックス」「バタフライ効果と複雑系」「宇宙論的証明と存在論的証明」などが、今回もシンポジウム形式で分かりやすく紹介されている。
前著「理性の限界」は、運動選手がA子さんを競技に誘うところで終わったが、今回のシンポジウムでも「また僕の競技を見に来てくださいね!」と言って終わる。「また」ということは、シンポジウムは数日間行われていて、シンポジウムが行われなかった日に実際に見に行ったということだろうか。ともかく、運動 -
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高橋さんの本はスマリヤンから数えてこれで5冊目になるが、どれも外れがなく良書だといえる。今回の論理学の本も、うちの大学でもぜひやってほしいと思うほど中身に充実感があり、だからこそ、そこに集う学生も議論に花を咲かせることができたのではないかと思う。中でも特に面白かったのが、4回目と5回目の講義であり、社会的ジレンマとナッシュ均衡に関するところは手をとめて考えさせられるほどであった。人間と動物を分けているのが理性だとされる中で、理性的であろうとするがゆえに、思惑であったり、感情であったりが付きまとい論理的でいられなくなるのが滑稽であった。論理をする上では、いかに心を捨てきれるかが大事になってくる。
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Posted by ブクログ
『東大生の論理』といわれると、ロジカルシンキング等の類の本…?と思ってしまいそうなのですが、全然違います。
東大の理科学生対象の「論理学」の授業において繰り広げられる学生と教授のディスカッションの様子や、教授が投げかける問いに対する東大生の考察などがつらつら書かれた一種のエッセイのようなものです。
「そもそも論理学ってなにー?」って感じですが、簡単に言うと、この授業では主に、論理的に考えるということ、また論理的に考えようとするがゆえに陥るジレンマや限界が扱われています。
講義の中では社会的ジレンマやゲーム理論、功利主義のような政治哲学に関わる話題が出てきて、「これって文科学生対象の授業じゃ -
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.@ShoichiroT氏著。東大での講義を通してわかりやすくゲーム理論について知ることが出来、同時に東大生の振る舞いを垣間見ることが出来る。
さすがの東大生は、頭がいいなあと思う。
それだけに、個人の能力と全体の結果は負の相関があるんじゃないかとと思えてならない(合成の誤謬?)。
東大生のように個人の能力でモノを言わせてきた人種においては、
自分の能力を高く評価し、全体よりも個人を大切にするのか、
結束・統率力が問われる問題に対して正解がわかっていても、
出すことが困難なのかと。
もしこれが弱点になるのなら、東大に対するコンプレックスは和らぐかな。
ところで、大学にこういう素晴らしい