柳田国男のレビュー一覧
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・遠野の人々は、動物も人間のような感情を持つ畏敬すべき存在、だと考えていました。
雌狼が子供を殺され復習にやってきた時、素手で応じる猟師の話があります。
子供への愛情から襲ってくる狼に対し、武器を持って戦うのは卑怯だと考えて、猟師は自分のワッポロを脱いで腕に巻き狼と対峙しました。その後、狼も猟師も深い傷を負ってまもなく死んでしまいます。
文明の利器である鉄砲で野生動物と向き合うのは、ある意味では卑怯で、
狼も人間も野生動物で、只の動物だとなった時には、素手と素手で戦うのが、最も敬虔な勝負というふうになるのだろうと思いました。
一方で、猟師であるならばより効率よく狩ればよく、鉄砲を使わず命まで落としてしまうのはナンセンスだと考える人もいると思います。
けれどもこれは現代人にとっては最も見えにくい(理解しがたい)、「狩猟民の精神」が垣間見えます。文明の利器によって人間はある程度、自然に勝ち、その効率の良さに甘んじてしまいがちですが、たとえば自然の猛威に触れ自然にはまるで敵わないことを思い知った時、人々のこれまでの生き方、在り方さえを問われると思うのです。
その時、「遠野物語」は非常に大きい意味のあるものだといえて、人間が人間だけしかいないというそういう世界ではなくて、動物とも自然界ともバランスを取りながら慎ましく生きていく、現代の中では無意味に思われがちな事でも全体として大きく見据えたとき、遠野の人々の考えから学ぶことは一杯あるのだということを知りました。 -
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日本民俗学の父と呼ばれる柳田國男先生。
岩手県遠野の民間伝承を採集して
まとめられた「遠野物語」。
日本の原風景を牧歌的に語るのではなく、
昔話のように教訓を含んだもの、
風習や伝説とともに、とりとめのない
世間話のようなものも含まれているのも
口承たるリアルさで面白い。
目に見えない世界が信じられ
怪異が不思議としてではなく、
人々の生活と地続きだった古き時代。
自然への畏敬の念、人々の暮らし。
時に閉塞感があり、時に温かみをもって
周囲と繋がり、年中行事で四季を感じ、
目に見えないものを想う心の豊かさ。
現代に語り継がれた物語などの原点も
たくさん含まれていて感慨深く面白かった。 -
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これまで読んだ柳田國男の本の中でもトップクラスの面白さだった。
「昔話」をめぐって、有名なさまざまなストーリーの交錯や混交を指摘してゆく過程がスリリング。最初の「桃太郎の誕生」あたりでは、意外にもグリム童話などの海外の「昔話」との比較民俗学的、人類学的な考察へと接近する。柳田が海外の民俗学についても知識をもっていたことを窺わせるが、やはり柳田のやりたかったのはあくまで日本国内の民俗学であった。
そして、どうやら昔話の内容的起源を神話に求めているようだ。庶民の民俗文化に宗教的傾向が流入してくるのは極めて自然なことであろう。
たくさんの典型的昔話とそのバリエーションを並べて比較していくスタイルは、レヴィ=ストロースの『神話論理』を思わせるが、もちろん柳田の手法はちがう。まさにそこに、「柳田民俗学」の手腕を垣間見ることができる。それを辿るのは知的な興奮を誘う体験であった。 -
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ネタバレ「遠野物語」
"願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ"
冒頭文がすばらしいの一言。
「共同幻想論」の後に読んだので、
共同体の抑圧の強さが民話の中から窺える。
たぶん、
小規模だからこそ共同体の幻想が強固にあったのだろうし、
国家が「父的」になればなるほど、
ムラ社会が解体されていったのは必然の帰結なのだろうな。
今はまた、
新たな共同幻想を構築する時期なのかもしれん。
「山の人生」
「遠野物語」のような文語体のほうが、
郷愁の念というか今は昔感というか、
味わい深くて好き。
解説に書いてあるように、
「遠野物語」は学問的というよりも、
文学的な色合いが強いのでしょう。
今では「トンデモ」な設定や話に聞こえるけれど、
当時の習俗に照らし合わせて考えると、
民話と科学的事実の間にある、
共同体の無意識が浮かび上がってくる(ような気がする)。
そういったいわゆる「共同幻想」は、
現在まで活きる「想いの科学」とでもいうのか、
そんな視座を与えてくれる、
という点で本書の試みは、
当時の実証主義的な歴史学への警鐘でもあり、
また活きる学問への啓蒙でもある。
今の日本人というのが、
もともと日本にいた土着の「国つ神」と、
海からの渡来の「天つ神」の混血という話は他の本にも出ていたけれど、
この本で言う「山人」が国つ神の末裔ではないかという考察は、
肯んずるに吝かではない。
というのも、
日本の律令制の導入には、
渡来の人たちが大きく関わっているわけだから、
(天皇家には朝鮮半島から来た人の血が入っているらしいし)
「古事記」や「日本書紀」にある、
国つ神から天つ神への「国譲り」もそのような文脈で捉えると、
結構わかりやすいんじゃないかしら。
そうしてヤマトタケルの東征の話にあるように、
天つ神の勢力が大きくなるにつれ、
国つ神が平地からどんどん追いやられていった。
それが「山人」なんじゃないかな、と。
それから、
天狗が坊さんの格好してるのは、
修験道の開祖である役小角からくる山岳信仰が影響しているみたい。
ナウシカの「森の人」も「山人」の影響下にあると思う。 -
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遠野物語:1910年(明治43年)。
日本民俗学の開拓者・柳田国男の代表作。陸中遠野郷(岩手県の遠野盆地近辺)に口承で伝わる民話を柳田が編纂したもので、本邦民俗学の発展に多大な貢献をしたとされる名著である。民間伝承を、その原型を尊重し余計な装飾を排して聞いたままに記したとされるが、簡素ながらも気品のある美しい文語体で綴られており、日本民俗学の記念碑としてのみならず、その文学性も高く評価されている。
土の匂いのする物語だ、と思った。混沌が、混沌のまま残されている。のどかな民話集かと思って読むと、結構な衝撃を受けるだろう。座敷童、天狗、マヨイガなどノスタルジックな怪異譚も多いが、神隠しの話などは超常現象ではなく何者かによる拉致監禁ではないかと疑われる節もあるし、息子による母殺しという明らかな刑事事件も混在しているし、お伽話として片付けるにはあまりに生々しく泥臭い。閉鎖された寒村の心の闇をのぞいてしまった気がして、ちょっと背筋が寒くなった。「願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」という序文の言葉は、あながち誇張でもないようである。
しかし、慣れてしまうと妙に心惹かれるものがある。お酒に例えるならば、泉鏡花などに代表される純文学としての怪異譚は大吟醸で、こちらは地元の民家で作られるドブロクという感じだろうか。最初は飲みにくいが、いったん慣れると癖になる。これが民俗学という学問の「味」なのかもしれない。好き嫌いが分かれると思うが、私はこの味が嫌いではない。それを発見できたのが本書を読んでのささやかな収穫だった。折をみて、この分野のほかの本も読んでみたいと思う。 -
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昔話は、昔の人が残した作り話だと思っていた。単なる作り話ではない。石や樹、池や峠。何でもない風景の一つ一つに、土地の人々が語り継いだ記憶が宿っている。
不思議なのは、遠く離れた村々に、よく似た伝説が残っていることだ。弘法大師が杖を突くと水が湧き、巨人が山をつくり、姥や河童が土地の由来を語る。名もなき人々の口から口へ、物語は旅をした。伝説とは、事実を記録した歴史書ではない。けれど、そこには人々が何を畏れ、何を願い、どのように自然と暮らしてきたかが刻まれている。古い伝説をたどることは、失われた物語を拾うだけではない。私たちの足元の風景を、もう一度読み直すことなのだ。 -
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柳田國男の研究、論文については後続の学者達に批判されることが多いが、(多くの人が評価しているように)柳田國男がその分野(民俗学であったり山人であったり)にスポットライトをあて研究対象と初めてしたことから「ああでもない」「こうでもない」と議論されるようになったと感じるので批判=間違ったこと言ってた人、と思われないでほしいなと思う。最初は何事も「仮説」から始めると思う。
山にまつわるカテゴリとして、山に迷い込んで住んだもとは平地で暮らしていた人のこと、山で生計を立てていた人、同じ人間だけど別世界として暮らしており「神隠し」する人、神様あるいはそれと同等のもの(妖怪、鬼含む)と並べて総合的にまとめているのが面白く感じた。こういうことを一つ一つ研究していくことが差別(という言葉を使うと陳腐に感じられるかもしれないが)や歴史の誤解を解き、現在をいかに見据えるかという力がついていくのでは、気づきを得られるのではと思った。
印象的だったこと
子どもの小さいうちにすぐ立って歩けるようになったことや、生まれたときに歯が生えている子供を鬼の子などいうことがあるが、忌み嫌われていたのかと思っていたが、金太郎の伝説や、山姥からオツクネを拾って鬼の子が生まれたという伝説からは、かつてそのような子供を欲しがる社会があったという考察。凡人にそのような子が生まれたのは良すぎてしまうという解釈。英雄偉人には優れた伝説がありながら普通の人の家に生まれることは許されなかった、凡庸でなければならなかったという解釈。恐れながら(あるいは嫉妬から?)普通以上の才能やスペックに恵まれた子供は鬼や妖怪の産物、なるほど日本人らしい解釈かも。実はそういう存在をひそかに望んでいたからめぐりめぐってこのような伝説になったというのはすごくしっくりきて、目が開けたような思いだった。
かな山の役人と称した鬼の子を孕んで生まれた子が祖父母に惨殺された話、現在鍛冶の家が尊敬され、子供が生まれると必ずかなくそをもらってきて煎じて飲むをいう話から金属が非常に強大だった時代、昔は大切にされた地方の紙が妖怪変化の類に変じてしまったという話。なぜこのように退治される対象になるのかというにはこのようにかつて強大であったという経緯があるのだなあと思った。 -
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想像を膨らます
日本民俗学の古典的名著「遠野物語」のコミカライズである。原作の素朴でファンタジックな内容を、やはり素朴でやや稚拙な絵柄でよく表現している。原作の文章表現もいいが、この作品のように絵になったものも想像を膨らますのにとても良い。