柳田国男のレビュー一覧

  • 日本の伝説

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    各地方に伝わる庶民的な昔話を収集し
    内容ごとに整理して検証したもの。
    杖をついて湧き水お出す大師様の話は
    史実と関係なく全国的に広がっているという。
    その他目次を見ると
    咳止めのおババ様・片目の魚・機織り・お箸から大木
    地境・たもと石・石の背くらべ・神戦・伝説と児童と並ぶ

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    2014年08月17日
  • 遠野物語・山の人生

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    100分de名著で「遠野物語」を読んでいる。その第二回について、こちらに書く。

    三人の女神が統べる遠野三山(早池峰山、石上山、六角牛山)は、女神の嫉妬を恐れて女性は登らない。反対に男性の成人儀礼の山となっている。

    面白いのは、他の山は男の神様が統べるようになっている。混沌とした神様の体系。ギリシャの神々ともまた、違う。恐ろしい部分と豊かな部分を見せる。まさに自然そのもの。

    里や家の中に神様がいる。
    オシラサマ、座敷童。
    家に福をもたらす神様。
    実際にあった豪農の盛衰を語る。孫左衛門の家のことが繰り返し語られる。

    柳田は神様は本当にいたと思っていたか。
    「不思議であることをそのまま認めて

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    2014年06月19日
  • 火の昔

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    なぜ、便利なもの、必要なものほど、新しい手段ができるとすぐに忘れ去られてしまうのだろう。

    過去のこと、しかもそれが自分の生まれる前となると、人に聞くか、本を読むかで、手段は実に少ない。今なら映像に残せたりするのだろうけれど、一定以上の昔になるとそうもいかない。

    そして、火にまつわる文化は当然古い。作者が語るように、新しい物が広がり忘れ去られてしまっているような事柄・物事も、限りないほどあるのだろうと思う。
    想像力さえあれば”不便さ”はわかるとはいえ、それを解決する”工夫”や”努力”は忘れ去られれば届かない。

    街灯から、家の明かり、かまど等々、多くの場所で使われてきた火の歴史からは、生きる

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    2014年05月06日
  • 新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺

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    おしらさま、座敷わらし、さむとの婆・・・大好きな遠野。曲がりやの主人の囲炉裏を囲んだ夏がよみがえります。学生時代、何回も遠野を訪れ、物話の場所をひとつひとつたずねました。やさしい暖かい方言・・。柳田さんの、この本は民俗学だけでなく、不思議な世界や、自然への畏敬がぎっしりつまっています。いつ読んでも、どのページをみても、感慨深い!日本の良さがここにあります。

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    2014年12月11日
  • 妹の力

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    いつかは読もうと思っていた本。なかなか時間が掛かった。ある程度晦渋な本でも段々スピードが上がってくるものだが、この本は終始手こずった。
    言葉遣いが古いし、当時の常識や話題を当然と書かれていると、何のことやらと考えてしまう。
    フォークロアで収集した様々の説話の披露は多すぎて、興味を覚えつつも、この話はいったいどういう趣旨になるのかと思う処も多かった。

    とは言いながら、最終的な論旨には正直驚いたことが多い。
    ・田植えは日神と水神の婚姻。稲の神の誕生の儀式。暮れる日を招き返す奇跡は田植えの日ならばこそ。
    ・タマヨリヒメの名は固有名詞ではなく、一般名称。
    ・田植えの日、食事を配る化粧した女性。ヨメと

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    2013年12月21日
  • 日本の祭

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    日本人の生活に溶け込んでいる「祭」の原始的な姿とは何か?をひたすらに問い続けた一冊。
    現代に存在する祭式儀礼は、拝礼ひとつ取ってみてもすべて簡略化されたものだという指摘は驚き。
    本来の意味から語呂だけが抜け出して全く異なる祭礼になるパターンも面白かったな。

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    2013年10月02日
  • 昔話と文学

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    先日読んだ『桃太郎の誕生』の続編のような位置にある本。やはり「昔話」を中心主題とし、それと「文学」=書かれたものとの接点を探る。
    冒頭扱われる「竹取物語」は、やはり当時既に広まっていった昔話を活用して書かれたものだ。柳田によるとこの物語の原型は全国に広まっている「羽衣談」の変形でもある。
    天上からやってきた天女が、地上の人間としばし過ごし、福をもたらしたのちに、再び天上へと去ってゆく。そういえば鶴の恩返しもそうである。しかもどうやら、この「天上」というのは富士山の山頂ではないかということが、この本ではほのめかされている。かぐや姫が生まれた「竹」自体が、富士山山頂にイメージされていたのではないか

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    2013年09月27日
  • 遠野物語・山の人生

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    昔の精神錯乱と今日の発狂との著しい相異は、実は本人に対する周囲の者の態度にある。我々の先祖たちは、むしろ怜悧にしてかつ空想の豊かなる児童が時々変になって、凡人の知らぬ世界を見てきてくれることを望んだのである。

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    2013年09月05日
  • 柳田国男 山人論集成

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    柳田国男は「山人」を、はじめ日本の先住民族の末裔と考えていたらしい。海をわたってきた倭人(大和民族?)が、先住民族を隅に追いやって、結果、先住民族が山に立てこもったということが、実際古代にあったと考えられないでもないが、冷静に考えて、彼らがほとんどそのまま江戸・明治付近まで、ずっと山に住み続けたというのは考えにくい。
    柳田国男もそう思ったのか、『山の人生』の頃にはこの考えを撤回したようだ。
    この本の編集者大塚英志氏の考えでは、もともとロマン主義的なパッションを秘めていた柳田が、結局そのような自己を抑制したということになる。
    ロマンというか、柳田国男がひどく文学者気質であることは間違いない。かれ

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    2013年08月26日
  • 日本の祭

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    柳田『日本の祭』は実は既に持っている本に入っていたので、改めて買う必要はなく、単に間違ったのである。しかし、ほとんど覚えていないこれをこうして読み返してみた体験は得難いものだった。
    たぶんこの書は柳田国男の代表作の一つと言ってよいだろう。比較的体系的に、日本の民俗的な祭について書かれており、いつもより散漫さが少ないし、読みやすく、民俗学入門書としてもわりといいのではないだろうか。
    一カ所印象的だったのは、近頃の日本人は正月の意味もわからずに「おめでとう」とばかり言っている、と柳田がぼやいているくだり。そういえば正月もまた神事であったかもしれない。しかし世は移ろうものであり、民俗的事象も、日本が

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    2013年06月29日
  • 海上の道

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    『近年まったく本ものの旅ができなくなったために、行って聴けば何でもないようなことを、知らずにいい加減な想像ですませようとしている問題が幾つかある。』これを七十七になって言えるかですよ。若手でもサボってる学者はここでドキッとさせられるのでは。私は学者でも何でもないが、ドキッとしました。

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    2013年06月19日
  • 毎日の言葉

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    この本に収められた文章は、どれも「言葉」をめぐる民俗学的検証である。だから見ようによっては、言語学がなすべきだったかもしれない仕事を、民俗学者柳田国男が博識を注入して、独特の視点でやってしまっているという奇妙さが感じられる。
    たとえば「ありがとう」「もったいない」といった、極めて日常的な言葉をとりあげ、歴史的な文献をもとに、それは「元はそういう意味ではなかった」という指摘を次々に繰り出してくる。
    柳田はここで、みんながそれぞれの日本語の由来をより深く学び、もっと美しい日本語を話して欲しい。という思いを打ち出している。しかし言語は通常、誰が規定するのでもなく、人々のあいだで自然に成長・変容してい

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    2013年03月23日
  • 新訂 妖怪談義

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    たぶんこれは、日本における「妖怪」に関する知の、黎明を告げる書物なのだろう。もちろん『雨月物語』など怪異譚はあったが、民俗現象として本書は「妖怪」を対象化し、各地のヴァージョンをまとめていくことにより、具体的な妖怪のイメージを提示した。そこから泉鏡花も、水木しげるもやってきたのに違いない。
    柳田国男の論理形式は相変わらず、首をかしげざるを得ないような飛躍を含んでいるが、全国各地の地誌を収集して「民俗学」という知のカテゴリへと上昇させた業績は大きい。

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    2013年02月26日
  • 一目小僧その他

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    この本では怪異的な伝説の類が収集され、テーマごとに論じた文章が集められている。たとえば一つ目小僧や、人間に化ける魚や鰻、白鳥に化身する餅、巨人など。
    一つ目小僧に関しては、隻眼の神のイメージが変容して妖怪化したものだろう、と柳田は結論づける。
    これはいいが、他の文章は読み進めていくと、どうも解釈−結論づけが恣意的のそしりを免れず、学問(科学)としてあまり緻密な検証が完遂されていないような気がした。『海上の道』は特にそうだったが、確かな証拠が少ない中で、あまりにも飛躍的に仮説へと進んでしまうような危うさを感じてしまうのだ。
    だがこのことは、開拓者としての柳田国男の価値を損じるわけではない。フロイ

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    2013年02月16日
  • 新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺

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    数行から、一ページぐらいの短い分量の、遠野の村人から聞いた話をたくさん集めた、民話集。
    使われている言葉は少し昔のものであるにもかかわらず、リズムが良いためか、あまり違和感なく、すんなりと意味が伝わってくる。文体としても美しく、味のある、いい文章なのだと思う。
    似た話しがまとめられて、続けて語られるので、これだけ狭い地域の中でも、同じような不思議体験をしている人がたくさんいるということが、リアリティーを感じさせる。
    結構怖い話しも多いのだけれど、語り口が淡々としているので、いかにもそれが当たり前のような感じになり、読んでいると、不思議とあまり怖さを感じない。
    やっていることは、人に会って、その

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    2020年07月15日
  • 遠野物語・山の人生

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    小林秀雄の「信ずることと知ること」(「考えるヒント3」に収録)、三島由紀夫の「小説とは何か」(「小説読本」に収録)を併せて読むことをオススメ。
    読まない先から、のどかな民話集だと思っている人もいるようですがww、序に、山神山人の伝説を「願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」という強い言葉が書かれているのを見れば、そういった類のものではないことが判るでしょう。
    この序が「名文中の名文」であるという三島由紀夫のコメントに何らの異論も覚えない。

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    2011年10月17日
  • 海上の道

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    柳田国男氏の著書、私たち日本人の祖先はどのような経路で我が国に移住してきたのか、
    伝承、神話、言葉の変化などの多角的な観点からその経路を分析して行きます。

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    2009年10月04日
  • 口語訳 遠野物語

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    口語訳ということで、読みやすかった。明治時代の地方の様子が垣間見えて興味深い。〇〇家はこのあたりで◯番目の金持ちで…みたいな話が何度か出てきて、順位まで出てるのか、と思った。笑

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    2025年12月15日
  • 禁忌習俗事典 タブーの民俗学手帳

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    禁忌には、理由がある。人々が「してはならぬ」と言い伝えてきた根の深さを見抜いた。田の神を驚かすな、夜爪は縁を切る――それらは迷信ではない。共同体を守るための生活の掟だった。科学が世界を照らした今、禁忌はただの古い影と笑う者もいる。だが “なぜそう言われたのか” に耳を澄ますと祖先の経験がひっそり息づいている。伝承はやがて風化するが用心深さは人間の生存戦略だ。古びたタブーは未来を考える手がかりにもなる。

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    2025年11月08日
  • 口語訳 遠野物語

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    私のように、幽霊の話よりも未解決事件のWikipediaの方が怖い人にぜひおすすめしたい。
    子どものころに聞いた親戚の大人たちの噂話のような現実味と、村社会で生きていくためのある種の工夫のようなしがらみをじわっと感じる。
    次は原文で読んでみたい。

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    2025年11月01日