柳田国男のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
遠野旅行にあたって読みました。
遠野物語に触れるのはこの本が初めて。入り口としてとてもわかりやすく、注釈も丁寧で、楽しんで読めました。いつか柳田國男の原本にも挑戦したい。
とはいえ解説にある、
“『遠野物語』を柳田から遠野へと取り戻したいという思いが見え隠れしている”
という一文にも唸った。
遠野のふるさと村や伝承園、物語の館などを巡ると、遠野の人たちが自分たちの言葉で物語を残したいと思っていること、自分たちの語りを誇りに思っていることが伝わってきた。柳田國男より、語り手・佐々木喜善のプロフィール紹介が大きく扱われていたり。
遠野物語は柳田大先生のお陰で有名になった訳だけど、あまりにもブンガク的に消費されてしまい、当地の人々は困惑し、どこか違和感を覚えていた/いるのでは……なんて印象を受けました。
だからこそ口語訳の本書のほうが、遠野らしさがあふれているのかも? -
Posted by ブクログ
日本人が何をどのように信じ、どのように生きてきたか、「日本人の心の原風景」は文字に書き残されていない。そのために、日本人の心の探究は、民俗学というかたちをとらざるを得なかった。地方に足を運び、老人たちの物語りに耳を傾けて、それらをつぶさに記録するという、膨大なエネルギーを要する作業である。
その最高峰の仕事が、柳田国男と宮本常一であろう。
本書では、古来日本人が、人は死ぬとその魂は隔絶した世界に行くのではなく、山に帰っていく、と思いなしていたこと、山の高みに登っていく過程で魂が浄められて神々になっていくこと、この世とあの世は断絶しているのではなく、往還可能であり、盆、正月、彼岸には先祖は生者のもとに還ってくることなどを信じていたことが語られる。
そして、家々で祀る先祖とはふたつのカテゴリーがあり、ひとつはその家のルーツとなる先祖、もうひとつはその家で祀らなければほかの誰にも祀られることのない祖霊たちのこと、だと柳田は言う。
この本が書かれたのが、多くの日本人が死に、死者を祀る家まで多く死に絶えることになった大東亜戦争末期の、昭和20年4月から5月にかけてである、ということの意味の重さを噛みしめさせられる。
柳田国男の使命感の重さに、こうべを垂れざるを得ない。 -
Posted by ブクログ
鯨庭さんの作品が結構好きなので読みました!
この作品は遠野物語の行間を「補足」して創られた物語で、遠野物語原作をそのまま漫画化したものではありません。
鯨庭さんの「驚きながら、あなたも言い伝えの断片にある隙間について想像してみてほしい」という言葉の通り、遠野物語本編を読んだ上でこの作品を読み、実際に遠野を訪れてみて「言い伝えの断片にある隙間」を考えてみてほしい。人の営みを語り継ぐ意味や必要性、そもそもなぜ人は物を語るのか、原点に立ち戻るきっかけを与えてくれる経験になると思います。
昨年の夏に遠野に行った。花巻から電車で訪れたところ、確かに柳田國男が紹介しているように、周りを山に囲まれた真緑の盆地が広がっていて、風は木のよい匂いがして本当に驚いた。本当に風から木の匂いがした。
自分は遠野住民ではないために遠野の抱える問題等は何も知らないので一観光客という外野の立場から好き勝手言ってしまってると思います、と前置いて述べるが、遠野は人智を超えた脅威の自然と人間とが昔から共に生活を営んできた土地であると感じました。厳しい東北の自然環境に身を置く共同体のなかで人から人へ連綿と語り継がれる物語や時間を経て形を成した信仰が根差す土地のたいへんな歴史が強く迫ってきた覚えがあります。人じゃないものがたぶんここには見えないけど居ますね……という謎の確信を得て帰ってきました。また遠野に行きたいです。