カレー沢薫のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレぐぬぅっ!?
よもや、この『カレー沢薫、漢を語る』が、この(2)で終わってしまっているとは・・・地味にショックがデカいッッ
漫画読みあるあるなのか、そこは断言できないけど、多くの人に読んでもらえるよう感想を書こう、って思えるほど面白い漫画が、(2)で終わってしまうのは、かなり辛い。
これが分厚めの単巻、もしくは、(3)で完結だと、まぁ、悲しいにしたって、そこまでじゃないんだけど、全2巻ってのは、相当に落ち込んでしまう。
ネタ切れってことは、まず無い。
何せ扱っているテーマが、数多の漫画に登場する魅力的な漢たちだ。
それこそ、最低、10巻まで出したとしても、描ききれないだろう。
となると、カレー沢薫先生が、他作品の執筆する都合などで、こちらに関わる余裕が無くなってしまったのかな?連載していたウェブ媒体に、アンケートみたいな機能があるのか、そこは解らんが、そちらの方が奮わなかったって可能性もあるっちゃあるか。
何にせよ、独特な視線で漢たちの魅力を掘り下げ、布教してくれる、この作品が完結ってのは悲しい。
前巻に続き、この(2)でも、漢のチョイスが絶妙だったんだよなぁ。
読んでいる作品、読んでいない作品もあったが、取り上げている男性キャラは、確かに「漢」と評するに値した傑物だ。『ケンガン』シリーズの関林ジュンや『葬送のフリーレン』のデンケン、『島耕作シリーズ』の島耕作などを挙げているのは、実に嬉しかった。
冗談抜きで、『帰って来たカレー沢薫、漢を語る』で、再び、名作漫画の中で輝きを放つ漢たちを語って欲しい・・・そして、今度こそ、藤田作品を取り上げて貰いたい。この(2)で、藤田作品のキャラの漢っぷりが語られていたら、ショックも、もうちょい少なかったかも。
これらの台詞を引用に選んだのは、同意もしくは納得が出来るものだったので。
取り上げた作品を、しっかりと読みこんで、自分の中に自分の意見がなかったら、ここまで、ちゃんとした説得力がある言葉にはなるまい。
「大衆にスゴい、と認められる人間って、逆に言えば『スゴさが凡人の理解の範疇』ってことだろ?現実世界における、真のスゴい男は、そのスゴさを理解されない、いや、むしろ・・・ドン引かれてなんぼじゃねぇか!?」(byカレー沢薫)
「どんだけキモがられても、己の『好き』を通すのが、『オタク』ってもんだからな。他人ごときが、どう思おうが関係ねぇ!」(byカレー沢薫)
「漫画だってよ、たとえ一冊も売れなくても、“俺はこれが描きたい”ってものが描けてりゃ、それでいいんだ!」
「出版社はそれじゃ困るぜ」
「でも、俺は別に描きたいものとかねーんだよ!常に読者の顔色を窺い、金とチヤホヤを追い求める漫画を描いて・・・!両方、手に入ったことがない!だが、それは、自分が悪い!漫画を好きで居続けられなかったのは、俺の才能と努力不足!」(byカレー沢薫、担当編集)
「人間は適材適所だが、全員に適所がご用意されているとは限らない」(byカレー沢薫)
「揺るぎない両想いであっても油断することなく、常に大和を『大事にしたい』と考え、行動してきた猛男だが、猛男は『大事にする』というのが、『相手だけを大事にする』ことではない、とすでに気づいているんだ。高校生、しかも初恋人!お互いのことしか見えなくなってもおかしくない。だが、それゆえに付き合いが悪くなったり、素行が乱れたり、周囲との関係が悪くなることもある。だが、猛男は大和だけではなく、大和の友達や家族など、大和の大事なものも含めて、大事にしようとしている」
「居酒屋での、『俺も昔はワルだったけど、いまじゃ武勇伝』は、フドウレベルの超更生をしてからでお願いします!」(byカレー沢薫)
「1秒でも早く、むごたらしく死んでくれ、でも、好き。こういうキャラに出会うと、どうなるか?すごく苦しい・・・」(byカレー沢薫) -
購入済み
結局要るのよね、行動力
異世界転生もの(+いわゆるナーロッパ系ファンタジー)でよくあるシチュエーションに放り込まれた、カレー沢先生の思考実験を楽しむ本作。
私も日々を漫然と生きているだけなので、悪役令嬢や聖女、はたまた物語序盤で死ぬモブキャラに転生した方々の奮闘を読んで思っておりました。
こいつら、行動力エグいなって。
ついでに頭の回転もいいし、何より心身共にタフ。
前世で本やディスプレイ越しに知っていた世界とはいえ、あんな動けんです。
自分ならオロオロしている内に、気が付いたら死んでる自信があります。
本作はそんな、オロオロ1択な連中の生存戦略マンガでもあります。
なのでずーっと薄茶色な地味展開続きですが、実際こんなもんだと思います。
異世界転生しても、本人の性根が入れ替わるわけじゃないですしね。
でも地味でもいいんです。元気でいれば。きっと。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ後ろ暗い感情の言語化がとにかく上手い!
身に覚えがあって胃が痛くなりそうなほど、利己的に考える過程だったり醜悪で矮小な自意識を描写してくるので、読むのに体力がいる。氷の城壁を苛烈にしたらこの作品になる感じ。
救いがあるようでないようで、ある。無自覚にやらかしたあとここまで俯瞰的に自分の言動を反省できる主人公のメンタルには驚かされるし、自己中だけど清々しさを感じてしまう。根明そうに見えるのに根本で他人を拒絶する癖がついているのも人間味があって感情移入してしまう
・山口さんは他人を自分に一生繋ぎとめておける自信がないんですよ 自分の本性を知ったらみんな自分から離れていくと思ってるでしょ だからひとりでいようとするし相手が離れる前に自分から離れようとする(7巻)
・結婚が拘束になるのは自立できてない人だけ(7巻)
・後悔してほしいという悪意(10巻)
キラーワード連発すぎるけどこの上なくおもしろいし、ためになる -
Posted by ブクログ
「負ける技術」を読んで、カレー沢薫先生の世界観と筆致に完全に打ちのめされ、以来、見つかる限りのエッセイ本を現在進行形で拝読中。
この本は各エッセイのクオリティが高く、カレー沢薫先生の筆がノっている感じがします
この本に星5をつけたのには理由があり、第一部108ページ〜「お局」の項の存在です
どの職場にも存在しているであろう、「お局」タイプの女性についてその生態を述べた文章ですが、史上後にも先にも、お局の生態をここまでコンパクトかつ的確に、漏らさず捉えた文章は存在しないでしょう。数々のカレー沢先生のエッセイの中でもマイベストオブベストです。
カレー沢薫先生の観察眼と筆力がここで極致に達しています。
全体を通して、一見、女性に対する一面的な見方を助長するような本にも見えるのですがそれは違います。
この本は、人間がいかに「典型/ステレオタイプ」というものに囚われ、自分の生き方や他人に対する物の見方の自由を失ってしまっているかという真理を教えてくれます
カレー沢薫先生が私の中で神格化されつつあります。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ◾️record memo
人間は言わば、家の外(社会)という陸と、家の中という海を行き来して暮らす半魚人である。ひきこもりというのは極めて魚(ぎょ)に近い生物である、だから家の中では快適に暮らせ、外に出すと苦しみだすのだ。よってひきこもりは出来るだけ家の中で暮らすのが生物学上正しい生き方である。つまり、ひきこもりに対して「もっと外出た方がいいよ」と言うのは、魚を「陸の方が楽しいから」と水槽の外に出すぐらい頭の悪い行為なので、小学校低学年以上になったらするべきではない。
すごく辛いが、定義に当てはまってないから問題として認識しないというのは「内臓が破裂しているような気がするが、熱が36.2度なので出社する」のと変わらない。自分の状況やコンディションというのは一般的な数字ではなく「内臓が破裂しているような気がする」という自分の感覚基準で判断した方が良い。周囲もたとえ平熱でも本人が「内臓が破裂しているかもしれない」と言って来たら、そちらを重視すべきである。
よってどれだけくだらないことでも相手がそれで悩んでいるというなら、まずそれを否定しないことが大事である。
しかし「会社は万病の元説」は昔からあった。健康になりたいなら酒やタバコなんぞを止めるよりまず会社を辞めた方が良い。そもそも会社のストレスで、ストロングゼロを静脈に直接打つ勢いで痛飲している人間だって大勢いるのである。
しかし諸悪の根源である会社を辞めると、今度は経済不安によるストレスや、飯が食えなくなるという物理で健康を害してしまうという、狂っているとしか思えないシステムを人間自ら作り出してしまったため、我々はデフォルトでちょっと病(ビョウ)であり、大人になると調子が良い日というのが基本的にない。もちろん体に悪いのは会社だけではない。人によっては学校も悪いし、PTAや自治会の集まりなども相当悪い。つまり「社会」、そして「他人」は体に悪いのである。
ひきこもりは、陸という社会より家の中という水の中の方が快適に生きられる生き物である。しかし、一生水から出ないということも不可能なのだ。たまには陸に上がって肺を鍛えておくことも、ひきこもりには大事なのである。
つまり孤独というのは、人間の脳みそを液状化して鼻から出させる力があるので、孤独にやられた人間は著しく知能と倫理観がなくなり、他人に迷惑をかけ、己の首を絞め、時には金すら失うような行為をさせてしまうのである。
その点、ひきこもりはパートナーが不在で寂しがるどころか「今日は帰らない」と言われるや否や、全裸になって全身にスパンコールをまぶし始める。それはそれで知能が下がっているような気がするが、テンションは上がっており「今夜のソロパーティーナイトをどうすごそうか」と、両手にスマホとニンテンドースイッチ、股間にリングフィットアドベンチャー状態になるので「寂しい」などと言って、マッチングアプリを立ち上げることはまずないのだ。「孤独」を「自由」というポジティブなものと捉えられるのはひきこもりの長所といえよう。
職場での会話など、要件が無事伝えられれば100点なはずである。そこに「オフっ」とか「ファっ」などの奇声を入れてしまい、85点ぐらいに減点されたとしても十分上出来の部類だ。ホンモノのコミュ症というのは、まず伝えなければいけないことすら伝えられないものだ。
しかし、家に帰って思い出すのは「15点の失点」だけで、85点取れたという部分には全く目を向けないので「今日の自分の発言はマイナス15点」となってしまい、俺はなんてコミュ症なのだ、と思い込んでしまうのだ。
このように、タタラ湯で生きづらさを感じている人間の中には、一日の終わりに「今日タタラ湯であった嫌なこと」だけを思い出して、何度も反芻しているタイプが一定数いる。本当に外で嫌なことしかないなら仕方がないが、楽しいこともあったのに嫌なことだけ思い出していたら、「外に向いてない」となってしまうのは当たり前である。もし、苦痛で仕方がないが外で生きざるを得ないという人は、まず外であった嫌なことを「思い出さない」ことから始めてみてはどうだろうか。そして万が一楽しいことがあったなら、そっちを味がなくなるまで、どころか、消滅するまで嚙み続けてみよう。
私が会社を辞めてひきこもり、丸3年外の世界や他人と関わりがなくても「孤独」を大して感じてないのは「孤独に強い」からではなく「一人でもやることがある」からな気がする。
今のご時世、ソシャゲを3つぐらい同時進行していたら「やることがない」などということは滅多にないし、去年からここに「桃鉄」が入ってきたため、もはやキャリアウーマンと言っていいほど忙しい。もしキャリアウーマンが孤独を感じるとしたら、「アタシってば仕事ばっかりして、気づけば婚期を逃しカレシもいない……」などという時ではなく、「久々の休みなのに意外とやることねー!」という時であり「待ってたぜこの時をよお!」と、シン・エヴァンゲリオンを一人で見に行くキャリアウーマンは孤独を感じていない気がする。
よって孤独を感じた時、その正体はただの「暇」かもしれないので、無理に人との繋がりを求め、マルチと不倫に定評があるテニサーに入ったり、元カレに「何してる」とLINEを送って股をドルチェ&ガッバーナする前に、「一人焼肉」などやってみてはどうだろうか。ソロ焼肉は忙しく、あれで孤独を感じられるのは井之頭五郎ぐらいのものである。あと単純に「腹が減っている」というのも、孤独の原因だったりする。
この考え方は家計にも応用できる。今の生活を見直し、生活のために必要な出費と、豊かな心のために絶対に必要な出費だけを残すことにより、家計もミニマム化できるのだ。
ただ他人とのコミュニケーションや人間関係は大事だが、全てが大事というわけではない。
一回しか使っていないサブスクに500円払い続けているのと同じように、どうでもよい付き合いに出費をし続けている場合も多く、その場合「飲み会代5000円」など単価も高いし下手をすると、大して祝福したくもない結婚に「ご祝儀代3万円」を払う場合もある。ひきこもりでなくても、そういう人間関係は早めに「解約」しておいた方が良い。
そもそも「逃げる」というのは悪いことなのか。『逃げるは恥だが役に立つ』という、5億倍売れている漫画もあるように、仮に恥であっても有益であるのは確かである。
また、それより大昔から「三十六計逃げるにしかず」という言葉もある。どんな戦法も逃げるに勝ることはなく、ある意味、外で戦い続けている人間よりも早々に家に逃げた人間の方が正しいまである、ということだ。つまり逃げを否定するのは、うちの孫子ニキが嘘をついているという言いがかりであり、ちょっと事務所に来て詳しい話を聞かせてもらっていいかな、という案件なのだ。
よって、ひきこもりが外で活動している人間と自分を比較して自己肯定感を下げるというのは、野球選手がサッカー選手を見て「あいつリフティングマジ上手いな」と落ち込んでいるようなものだ。
ひきこもりになったら外にいるプレイヤーのことは考えず、自分がフィールドに選んだ家の中で、どのようなスーパープレイをしていくかを考えた方が良いのだ。
ひきこもり一人を働かせるのに伝統工芸なみの工程を経ているような気もするが、逆に「社会に出て働く」ということの難易度が高すぎであり、それが「当たり前」と認識されている社会の方に問題があるのではないか。社会に出て働くというのは特別な才能を持った人のみが出来ることであり、カテゴリーとしては「プロ野球選手」と同じと言っても過言ではない。
パリコレでもたまに変質者以外何ものでもない服が出てくるが、それを着たモデルの「堂々」によりそれが「世界最先端のファッション」であるという説得力になっているのだ。
おしどり夫婦エッセイを書いていた人間が泥沼不倫離婚をすることもあれば、田舎でスローライフ最高と言っていた人間が数年後タワマン25階以上は虫が出なくて最高と言っている場合もある。
つまり、生き方に対する苦言の中には「何故自分よりブスの奴が自分より楽しそうに恥ずかしげもなく生きているのか」という、言いがかりでしかない嫉妬が一部含まれていると思った方がいい。
よって、そのようなことを言われても自己肯定感を下げるのではなく「自分も他人に嫉妬されるまでになった」と思って、むしろ肯定感を上げていってほしい。
肯定できる自分になるより、今の自分を屁理屈でもいいから肯定する方が簡単に決まっている。