小池昌代のレビュー一覧
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そのももの本質にまっすぐ根ざした、適切な重み。
そのときわたしは、日常のなかで、わたしたちの生にに、
気づかないほど微量に付加されている、
さまざまなものの、
さまざまな重みのことを思っていた。
(「蜂蜜びんの重み」より)
小池さんの目ににじむ光は、
やわらかい、のか、あいまい、なのか。
遮蔽物と投影面が近ければ近いほど鋭敏さを持つ光と影のコントラスト。
すべての作品において、人と人との関係や、感情、そして虚構性までもが、その境界線をゆらめかせている。
小池さんのファインダーは気まぐれか、確信的か。
物語の襞の中で、くっきりと浮かび上がるかにみえる思想や感情は、
単に読み手であるわたしの補正技術(願望)ゆえか。
老齢の写真家は言った。
「光の輪郭だけではないのだ。
重さ。
重さを撮ることが、写真というものなのだ。」
読み終わって思い返すと、
どの写真も、
すべて、ぼんやりしている。
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コロナ後の孤立した人間の孤独の話かと読み始めたら、和歌がちりばめられた、さまざまなイメージの宝庫で、詩のような物語のような、でも読んでてふふふと笑うところもあり楽しかった。
主人公は空き家で働くことになるが空き家は河原院なのでわけのわからないものが跋扈し家は滅びてしまう。空き家の主の甥の融さんはだんだん光源氏みたいな軽薄な本性をあらわしてくる。
終章、老いと死の描写がこれでもかと繰り返されて最後にポンと恋の歌が提示されて暗転するところ、読む人によっていかようにも感じかたが変わりそう。帯に恋愛小説と書いてあったけどそうなのかな。。。
和歌は百人一首くらいしか知らない自分も和歌の部分を読み飛ばさず面白く読めました。
作者のあたまに閃いたことを言葉を通じて共有する点では詩を読んでいるような気がしたし、ふふふと笑えるところでは話し言葉として聞こえてきた。言葉をあやつる達人だと思いました。 -
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岸本佐知子さんの編んだ書き下ろしアンソロジー、タイトルに惹かれてまず読んだ津島佑子の短編「ニューヨーク、ニューヨーク」が素晴らしかった。読みながら、読み終わってから、幾つものことを思った。
「ニューヨークのことなら、なんでもわたしに聞いて。それがトヨ子の口癖だった、という」冒頭のセンテンスを読んで、わたしも数年前の夏に数冊の本を読むことで行ったことのない「ニューヨークのことはもう分かった」と嘯いたことを思い出す。そこには彼女がニューヨークを思うのと同じように個人的で特別な理由があったのだけど。
その後に元夫と息子がこの世にいない彼女について語り合うことで明らかになり“発見”される、今まで知り得なかった「彼女の孤独や哀しみやささやかな矜持や希望」あきらめ、恨み、失望は、編者あとがきで岸本さんが書いているように「私たちみんなが心の奥に抱えているもの」なのだと思えた。少なくとも、わたしは同じようなものを抱えていた。改めてそれらを見つめることになる。さらにその語り合い、解釈を通して「なにか肝心なものが欠けた存在」では、と思いはじめる元夫、名無しの“男”の人生に自分を省みて、思い出し落ち込み、わたしも「少し涙ぐむ」。
そして、もういない人を語りあうこと、あるいは不在になったときに語られることについても考える。別の方向からの印象を聞き、ぶつかり合いすり合わされることで、新しい印象が浮かび上がる。それは勿論“正解”ではないのだけど、新たな、あなた、わたしが描き出される。何処までいっても憶測でしかないそれを、真実とその人自体だと思い込む、そうせざる得ないことは、実はとても恐ろしいことなのではと思い至る。しかし、人も含めた世界はそうやってしか捉えることが出来ないのなら、それは真摯に語られるべきだ。この小説のように。そんなことを少しこじつけて思う。とても素晴らしかったけれど、予想していなかった怖い思いもした短編小説だった。太宰治の娘だということはさっき知った。「電気馬」も読んでみたい。 -
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2024年の1冊目は、帰省時に駅の書店で衝動買いしたこちら。元歌、現代語訳、鑑賞文が一句一句にセットになっている。現代語訳の文章が美しいのに加え、鑑賞文では、なるほど、詩人というのは、この一言にこんな意味を見出すのかと感心するばかり。百人一首は、600年ころから1100年ころまでの和歌を、一歌人につき一首選んだもの。恋愛の歌が多い印象だが、新古今和歌集の時代になると、旅、孤独、自然を歌ったものも増える印象がある。新古今和歌集は現代に近いせいか、言葉もやや現代語に近い気もする。百人一種はこいうところも面白いのだな。
これからはこういう古典もたくさん読んでいきたい。 -
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ネタバレ12編のアンソロジー。
どの作品も変愛の名に相応しかった。この一冊に密度濃く詰め込まれたそれぞれの変愛。愛と一口に言っても当たり前ながら1つも同じものはない。
その中でも特に好みだった2つについて書きたい。
『藁の夫』
2人の間に嫌な空気が流れる、その始まりはいつも些細なことなのだと思い出させる自然な流れだった。あんなに幸福そうだったのに、藁に火をつけることを想像させる経緯、鮮やかな紅葉にその火を連想させるところがたまらなく良かった。
『逆毛のトメ』
シニカルでリズムのいい言葉選びが癖になる。小説ってこんなに自由でいいんだと解放して楽しませてくれた。躊躇なく脳天にぶっ刺す様が爽快だし、愚かな人間の頭に邪鬼の形相のトメがいることを想像してそのコミカルさに取り憑かれる。気づけばトメのことが好きになっていた。 -
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見返しにある代表作3篇のうち、「祝婚歌」、「I was born」は別格として、「夕焼け」に、じんときた。
娘への「奈々子に」がすごくよかった。
奈々子に
赤い林檎の頬をして
眠っている 奈々子。
お前のお母さんはの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいってしまって
ひところの愛するお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。
唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。
お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。
ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。
自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。
自分があるとき
他人があり
世界がある。
お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた。
苦労は
今は
お前にあげられない。
お前にあげたいものは
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。 -
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学生のときに古文をかじっていたから楽しく読めた。勉強していて良かった。
古文を古文のままで理解できない自分としては、現代語訳に頼ったり自分なりに訳したりしながら読むわけだけれど、どうしても型にはまった蓄語訳は分かるのやら分からないやらはっきりとしないと言うことが起こる。そこが楽しむことを目的として古典を読む際の障りとなってしまうので、こういう訳者のカラーが表れている現代語訳は面白い。
古文って行間を読む楽しさが詰まっているのだと分かる。町田康はやりすぎの感もあったが。
自分は森見登美彦、妻は町田康が好きなので、両者の需要が一致した一冊だった。
両作家が現代語訳を手がけた作品の方はまだ買ってないけどもそのうち買うと思う。 -
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「恋愛」ではなく「変愛」…変わった形の愛が描かれたアンソロジーです。
面白かったです。
ディストピア文学が大好きなので、「形見」が好きでした。工場で作られる動物由来の子ども、も気になりますが、主人公の子どもがもう50人くらいいるのも気になりました。色々と考えてしまいます。
「藁の夫」「逆毛のトメ」「クエルボ」も良かったです。藁の夫を燃やす妄想をしたり。クエルボはラストは本当に名の通りにカラスになったのだろうか。。
多和田葉子、村田沙耶香、吉田篤弘は再読でしたがやっぱり良いです。
岸本佐知子さんのセンス好きです。単行本から、木下古栗さんの作品だけ再録されなかったようですが。
表紙の感じに既視感が、と思ったら、多分小川洋子の「不時着する流星たち」の単行本の絵と同じ方でした。あったかいような不安になるような、好きな絵です。 -
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眠くなってきたので手短に。
去年、池澤夏樹さん個人編集の「日本文学全集08」を読みました。
ほかでもない、十数年追いかけている作家、町田康さんの「宇治拾遺物語」が読みたかったから。
いや、爆笑しました。
古典を読んでこんなに笑ったのは初めて。
中学、高校時代に出合っていたら、古典が好きになっていたに違いありません。
本当は古典って面白いものだと思うんです。
それを恐らく研究者や学者たちが、無用に格調高いものにしてきたんでしょうなぁ(恨み節)。
あ、で、本書はその日本文学全集で各作品の新訳を手がけた作家たちによる講義集。
もちろん、町田康さんの「宇治拾遺物語」の講義も含まれています。
私は、町田さんが、どんな手法でこの新訳に取り組んだのかに興味を持って読みました。
「破格な翻訳です。でも、ただ形を壊そうとか、元の話を裏切ってやろうとか、とにかくむちゃくちゃやればいいとかいうわけではないんです。原文を読んで、おもしろい、楽しい、なんでこうなるの? と思った気持ちがやっぱり大事です。そして自分で訳してみて、この訳文ええやんけ、とおもしろがれる気持ちが大事です。単なる破壊じゃあ、なかなか楽しくできませんから。」
誠実だなぁ、町田さん。
そこに惹かれます。
あ、他の作家の講義は斜め読み(すみません)。
古典に興味のある方もない方もどうぞ。 -
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池澤夏樹編集の日本文学全集を何冊か読んだので、気になって買いました。
『古事記』『日本霊異記』辺りは、男女の……とレビューでは言えないようなワード満載で、初っ端からこの勢いか!とビックリする。
でも、そんな赤裸々な『古事記』が日本のどこか源に流れているような気がして、ちょっと好き。
森見登美彦『竹取物語』も、読んだけれど、後から考えるとまだ大人しい。
かぐや姫の「地球に対するツン」発言は笑った。
どんな業を背負っているかは、地球人ごときが知る由もないこと、という解釈の仕方(ごめん、ごときとは仰ってませんが)は割とマトモで好き。
輪廻転生、盲点でした。
からの、町田康『宇治拾遺物語』!
そりゃ、なんや真面目に訳してもたわ、と嫉妬もされるくらい、色んな意味でヤバい。
自分でコメディー担当と言うくらいに面白い。
何よ、「これも、ルルル、昔のこと」とは。
質疑応答の巧妙なズレ感に、なぜか爆笑してしまった自分が少し恥ずかしい。
とりあえず、ここでクライマックスを迎える。
からの、『百人一首』。
はい、落ち着きましたー。良かった。
「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の」
の静けさに、とっぷり戻ってくることが出来ました。ありがとうございます。
和歌を現代詩にどう訳すかって面白い。
あくまで解釈を基にして。
でもこういう試みが出来たらいいなあー。
あっという間に読めてしまって、笑った。
今は『平家物語』をこのまま読み進めるか、町田康『宇治拾遺物語』をフライングして読んじゃうか、悩み中。
いやー。卑怯やわ。