三浦展のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
5年後にはこの本で言われていることが統計的に優位といわれるほど傾向がはっきりしてくるのだろうか、という目で読むと面白いかもしれない。
もし著者がもっと社会調査に精通していたらどんな結果が出ていたのだろうかと思うと楽しいかもしれない。
「おわりに」と「あとがき」は読むべき。
ただ素人目で見ても怪しい調査結果だとやっぱり思う。個人的には好きだけど。
(2008年10月29日追記)
「はじめに」の7ページにこういう記述がある。
『階層意識は単に所得や資産だけでなく、学歴、職業などによって規定される。しかも自分だけでなく親の所得・資産、学歴、職業なども反映した意識である。しかも興味深いことに、階層意識は、その人の性格、価値観、趣味、幸福感、家族像などとも深く関係していることが調査結果から明らかになっている。』
とあるように、単純な格差と捉えずに、その人の性格・価値観といったことと結びつけたところが面白い。こういう理由で格差が生まれるとなると、単純な格差問題では片付けられないと思うから。
例えば、上流は旅行好き・外交的であり、下流は地味で目立たない、パソコンを良く使う、自分らしさを求めるのは下流だそうである。 -
Posted by ブクログ
前著『下流社会』に続く第二弾!
前作ではデータの取り方、母数に問題があったため批判も多かったがインパクトを大きかった。
本作では上流、中流、下流の意識について、男女別、職業別(経営者、管理職、正社員、派遣、フリーター、ニート)、年齢別、結婚の有無、暮らし(一人暮らし、親元など)について母数を大きくとり、そこから何がいえるかなどを考察
面白いと思った結果は
『年収が半分になると既婚率が半分になる』
またよく読む雑誌によってそれぞれの上流、中流、下流の分布が出ている。
よく、不況が非正社員を多数生み出したとちょっと前に言われていたが、そうでもないらしい。中には非正社員であることを希望していたり、ニートであることを満足しているとのデータも出ている。
またフリーター、ニートほど自分らしさを追及している。
非正社員の女性ほど癒しの消費者になっている。
女性の勝ち組は既婚で正社員
女にすがりたい男とすがらせない女の関係
などなど
多くのアンケートからいろいろな現象や事象が見えてくるのが面白い。
三浦さんの本は社会科学系の研究をする人には非常に参考になると思う。データの取り方、質問の仕方によって答えかたに違いがでる。などフィールドワークするに当たっても注意が必要なことが伝わってくる。
下流社会、格差社会に興味ある人は見てみるとよいかも。『下流社会』を読んだ人はパラパラ面白いところだけ流し読みがよし
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Posted by ブクログ
すげータイトルだが、なし崩しに男というステイタスを「降りる」ケースがある、みたいな雰囲気は出てるか。膨大なデータを出し、そこからあれこれ、というパターンは前と同じだが、因果関係が逆かもしれないじゃん、みたいな突っ込みどころが多々あるのも同じ(^^;)。稼げない独身女性は対人関係に難ありと自認、みたいなのも、対人関係に難があるから稼げないのか、稼げない(非正規で働く)という現象について対人関係がだめだからという理由付けをしているのかは実際にはわからないわけだ。データ的に右傾化状況とか述べているが、プーのカテゴリに入る人が全部ウヨとかそういう風にある種本質的に読めてしまうところが、この人の本がウケるところでもあり、この人の本の大問題でもあり。
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Posted by ブクログ
古くは戦前から、そして高度経済成長期に開発分譲された東京郊外の住宅地の成り立ちを紐解いた一冊。
まずは古本屋から手に入れたという不動産たチラシの強烈なこと。今の感覚では見るからに怪しい。昔はこんなので釣られたのですね。
本書では数多くの住宅地が紹介されている。馴染みのある地区のも多くて興味深く読めた。個別の住宅地については調査の限界からか食い足りないものも多い。
作者があとがきの中で述べている、'以前は生活や個人の経済的事情に合わせて、家の増築改築を繰り返していたが、昭和50年代くらいからは最初から容積率一杯の2階家を買うようになった。それは家に合わせて人が住む事を意味し、個性があまり感じられなくなった"という筆者の感想にいたく同感する次第です。 -
Posted by ブクログ
Twitterで見かけて読んでみたが、過去の著書からの引用(過去の研究を読んでいればわかるだろうが、独特の表現が多い)が多く、理解が進まない。でも、なんとなく言いたいことはわかったので、あまり深入りせず、アウトラインをざっくり読めば良書。
p.180 こうしたことから、私は団塊ジュニアの「下」のキーワードを「3つのP」と表現する。すなわち、パソコン.ページャー(pager)=携帯電話、プレイステーション=テレビゲーム以上、3つが団塊ジュニアの特に下における3種の神器であろう。ついでにワルノリして言えば、ペットボトル、ポテトチップスも加えて、5Pでも良い。パソコンの前に座って、ペットボトルの意味を飲み、ポテトチップスを食べながら、インターネットをしたり、ゲームをしたり、携帯でメールを打ったりしていると言う姿が浮かび上がってくるのだ。
p.204 また、教育社会学者で、東大助教授の本田由紀は、若者のライフスキル(生活上の技術)を分析する中で、「自分の意見を人に説明する」「よく知らない人と自然に会話する」と言うコミニケーションスキルが、学歴が高まるほど高まると述べている。
p.212 一定のコミュニケーション能力を身に付けた女性は、仕事でも恋愛、結婚でも自分の願いを成就する可能性が高いと言うことになる。自分を売り込む能力の高い女性は(もちろん、男性も)、就職でも恋愛でも勝利するのである。
昔のように、黙ってしおらしくしていれば、男性が声をかけてきた時代では無いからである。おとなしく、お茶くみコピー取りをしていると、勝手に上司が結婚相手を探してきてくれる時代でもないからである。自分の相手は、自分で見つけて、自分で声をかけなければならない。恋愛も自己決定、自己責任の時代なのだ。ぐーたらしていちゃ恋もできないのである。
このように、女性においては、従来的な女性らしい性格を持っていると、同時に、仕事ができて、リーダー的な新しい性格も両方あわせ持つ人が、最も上流意識を持つのであり、反対に、両方ともあまり持たない人が下流意識を持つのだということができる。これはまさに現代女性の格差の大きさを示しているのではないだろうか。
p.215 こうして、後に詳述するように、コミニケーション能力の高い男女ほど結婚しやすく、仕事もでき、消費も楽しむ一方で、コミニケーション能力の低い男女ほど結婚しにくく、ひとりでいることを好み、仕事にも、消費にも意欲がないと言う分断が生じる。つまり、男性であれ、女性であれ、コミュニケーション能力と言う性格によって、上流と下流に分かれていくのだ。そして言うまでもなく、上流の男性は、上流の女性と、下流の男性は、下流の女性と結びつきやすいのである。
p.256 おそらく地元の高校卒業して高卒に終わる階層の若者は、大学進学をする者や、中学高校から都立の私立に通うものに比べると、はるかに地元に密着した生活をすることになる。そうなれば、付き合う人間も固定化していくだろう。結婚しても親の家の近くに住むだろう。何年かすれば、親の家の周りに兄弟姉妹が何世帯家家を持って、孫もいると言うことになる。住む場所が固定化し、付き合う人間も固定化しているとすれば、それはマクルーハンのいうグローバルビレッジの時代と言うよりは、昔ながらの村に逆戻りではないか。しかも、先に見たように、団塊ジュニアの下流ほど、携帯やインターネットと言う手軽な自己愛的おもちゃに依存している。そしていつも同じ仲間とだけあっている若者は、狭いムラ、社会に住んでいた昔の農民とさして変わらない、いわば「新しい農民」なのではないかとすら思えるのだ。村や農民が悪いと言うわけではないが、そこに固定されたり、その状態に自足してしまったりするとすれば、問題であろう。
p.260 確かに、インターネットは、遠く離れた地域と瞬時にコミュニケーションが取れ、広い世界を縮小したという意味で「世界の縮小」をもたらした。しかし同時に、インターネットは、人間が実際に出会う他社の一生もしかすると、減らす危険もあり、実際に歩きまわる行動、半径と言う意味でのリアルな世界を縮小させる面があることも否定できない。つまり、もともと狭い日常の世界が、さらに縮小する危険もあるのだ。簡単に言えば、井の中の蛙を増やすのだ。インターネットと言う世界の窓(ウィンドウズ!)は、使いようによっては「バカの壁」となる。それに気づかず、広い世界が狭くなったと信じ込んでいるのは、馬鹿だというのが、養老半紙が言いたかったことだろう。自分と同じような人間とだけ付き合って、俺たちは皆、平等だ、主流だと思っていても、いつか知らぬ間に同じ世代の中ですら拡大している拡散に気がつかないと言う危険だってあるのだ。アメリカの郊外消費文化を鋭く批評した映画会「トゥルーマンショー」で、主人公のトュルーマンの乗った小舟が最後はぶつかるし、シーヘブンの壁もまさに「バカの壁」だ。人工的な快適な環境の中で、生きている人間は、自分たちの世界に壁があり、壁の向こうに本当の世界があることに気がつかないし、気がつく音もしないのだ。黒澤明の映画「天国の地獄」のように、下町の川べりの街から、丘の上の大邸宅を仰ぎ見て、社会の矛盾を感じ、社会を変える、そんな機会も若いときには必要だろう。ベルリンの壁は一夜にして築かれた。しかし気づかれれば、その存在に誰もが気づき、それを取り払おうとする。しかし「バカの壁」は、知らぬ間に築かれる。そして、築かれても、その存在に誰も気づかず、壁の中の快適さに耽溺(たんでき)する危険がある。「バカの壁」はまた「下流の壁」でもあるのかもしれないのだ。
p.270 また、学費が高いと、大学進学を機に、親元を離れて、一人暮らしをしにくくなる。結果、パラサイトが増えて、若者の精神的、経済的自立が遅れる。学費無料化は、若者の自立を促すのだ。 -
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東京を東西に結ぶ大動脈の中央線は街の新参者で、それを外せば古くから横たわる街の骨格が見えるとのコンセプトで新宿から始まり日野まで綴られている。訪れたことがある街以外はあまりイメージか湧かなかったが、興味深く読めた。今はどうしても中央線沿線周りが街の中心だが、そうではなくかつては別の場所に中心があったりしたようだ。
しかし、文庫版の最後の対談で思ったのは、この手の人は何故いつも最後は薄っぺらい開発や資本主義、既成政治への批判に行き着くのだろうか。せっかくの良い仕事が勿体無い。タワーマンションへの批判も何故か展開されており、まるでタワマンで親が殺されたのかと思えるほどだ。 -
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Twitterで話題になってたので読んでみた。
作者のたまに見せる毒舌が、こんなこと言って大丈夫か?と思う反面、好感的だった。
この本は、データに基づいて客観的に下流と上流の違いが見えて興味深かった。
今までは"自分らしさ"はなくてはならないものだと漠然と考えていたけれど、逆に上流の人は自分らしさを求めている人はそんなにおらず、下流の人に目立って多いという事実に驚愕した。
また、コミュニケーション能力が上流になる最大のポイントであることも興味深かった。
上流になる傾向として、親も上流であることが挙げられていてとても納得したと同時に、私立に通わせてくれた親に感謝しなくては、と考えさせられた。
しかし筆者も言ってた通り、親の影響で将来が決まる不平をなくすべきだと強く思った。
東大学費無料化は名案だと思う。
社会人になるにあたって、向上心を忘れずに上流でいたいと思わせてくれる一冊だった。