ポアロシリーズ12作目。1936年の作品。
テル・ヤリミア遺跡調査団宿舎の間取り図が出てきたところで、前に読んだことがあると気がつきました。そのあとで犯人も思い出しだので伏線とミスリードを確認しながら読んだのですが、これがなかなか楽しかった。
アガサ・クリスティーはやっぱり犯人がわかっててもおもしろいなあ。
遺跡発掘現場が舞台で、考古学者と再婚した美しきミセス・レイドナーが調査団たちに巻き起こす不協和音が事件の発端となるというのが、設定からして皮肉めいています。
アガサ・クリスティーが考古学者と再婚したのが1930年。とうぜん、彼の発掘調査に同行したこともあるでしょうし、その時に現場で敬われると同時に邪魔者扱いされたこともあったのかもしれません。
発掘現場である中東を美化していないところもいいです。
(15ページ)
でも、バグダッドの不潔さと混乱ぶりは信じられないくらい。『千夜一夜物語』から想像されるようなロマンチックなものなんてどこにもない。
(76ページ)
本当にがっかりだった。発掘現場は土と泥の山で、大理石もなければ、黄金もない。美しいといえるようなものは何もない。これなら、クリックルウッドにある叔母の家のほうが、まだ見栄えのする遺跡になるはず。
90年近く前の作品で、イギリスの上流階級の人々を中心とした登場人物といった違いはあるものの、ミセス・レイドナーをめぐる女性たちの嫉妬と羨望の視線は現代にもあるあるな感じで、こういうところがアガサ・クリスティーの普遍性だなと思います。
性格の悪さを隠そうとしないシーラが特に好き。
(221ページ)
「死んだひとの悪口を言っちゃいけないというけれど、それはちがうとわたしは思うの。事実はあくまで事実よ。言っちゃいけないのは、むしろ生きてるひとの悪口じゃないかしら。生きてるひとは傷つく。死んだひとは傷つかない。でも、死者がなした悪は死後も生きつづける。とかなんとか、シェークスピアも言ってるでしょ。」
クリスティーはいろんな出版社からいろんな訳が出てますが、どの訳でもいいなら、ハヤカワの旧装丁旧訳で満足なので、あえて新訳で読むというルールを自分に課していて、今回は2020年出版の新訳版を選んでいます。
旧訳と比較はできませんが、固有名詞が解説もなく結構でてきます。
「P・G・ウッドハウスの小説」とは美智子皇后が言及したことで日本でもちょっとブームになった『ジーヴス』シリーズあたりですね。
「セイリー・ギャンプ」はディケンズの『マーティン・チャズルウィット』に出てくる看護婦。wikiの訳ではセアラ・ギャンプ。
「イアーゴー」は有名だけどシェークスピアの『オセロ』の登場人物。
ミセス・レイドナーの本棚のタイトルも調べてみました。
『相対性理論序説』はベルグマン著。
『ヘスター・スタノップの生涯』
日本語訳だと法政大学出版の『オリエント漂泊
ヘスター・スタノップの生涯』が見つかりました。
『思想の達しえるかぎり』はバーナード・ショーの作品。
『リンダ・コンドン』も実在の小説のようです。
『クリュー列車』は日本語訳が見つからず。
どれもなかなか難しそうな本ですが、すらすらと説明しているポアロは読んだのか。
ミスター・エモットとの会話で『雪の女王』が出てきますが、カイ少年のことはおぼえていてもゲルダを忘れてるのが驚き。ゲルダ、主人公なんですけど!
(こういう視点で見ると雪の女王とカイ少年の関係って未成年誘拐みたいなもので結構ヤバい。)
(278ページ)
「子供のころ読んだ北欧の童話で、雪の女王とカイ少年が出てくる話があります。ミセス・レイドナーはその雪の女王です。いつもカイ少年を連れて歩いていました」
「ええ。ハンス・アンデルセンの童話ですな。たしか少女も出てきたはずです。ゲルダでしたっけ」
あと、「ヴァン・アルディン」は『青列車の秘密』に登場する大富豪「ヴァン・オールディン」のこと。
(137ページ)
「エルキュール・ポアロという人物をご存じでしょうか、博士」
「ええ、聞いたことはあります。ヴァン・アルディンという人物が高く評価していました。たしか私立探偵でしたね」
「人生は戦場なんです。ピクニックじゃない。」とか名言も多い。
(206ページ)
「わたしもよく冗談を言って笑います、マドモアゼル。でも、冗談ではすまないこともあります。わたしは仕事で多くのことを学んできました。そのなかでもっとも恐ろしいのは、殺人は癖になるということです」
以下、引用。
35
駅に着き、プラットホームにおりたって、まわりを見まわしていると、ひとりの青年が近づいてきた。顔はまん丸で、頬っぺは真っ赤。P・G・ウッドハウスの小説の登場人物のようだ。
41
パーティー会場で全部の男性からダンスを申し込まれないと気がすまないひとを、わたしはこれまで何人も見てきた。
48
「お待たせしました、みなさん。セイリー・ギャンプのお見えですよ」と、コールマンはディケンズの小説に出てくる看護婦の名前を出して言った。
59
部屋はきれいで、家具は簡素だけど、ベッド、整理だんす、洗面スタンド、椅子など、一通りのものは揃っている。
「お湯は朝とお昼と夕食のまえに持ってきてくれます。それ以外の時間なら、廊下に出て、手を叩き、使用人が来たら、こう言うのよ。ジブ・マイハール。覚えられる?」
68
〝ドナルドが(アーサーでも誰でもいいが)いまも生きていたら〟という言い方をする者は多い。でも、もし本当に生きていたとしたら、ごくありきたりの太った、気むずかしい、ロマンチックなところなどかけらもない中年男になっているにちがいない。
76
本当にがっかりだった。発掘現場は土と泥の山で、大理石もなければ、黄金もない。美しいといえるようなものは何もない。これなら、クリックルウッドにある叔母の家のほうが、まだ見栄えのする遺跡になるはず。
137
「エルキュール・ポアロという人物をご存じでしょうか、博士」
「ええ、聞いたことはあります。ヴァン・アルディンという人物が高く評価していました。たしか私立探偵でしたね」
142
「あなたはわたしを見くびっていますね、お嬢さん(マ・スール)。プティングの味は食べたらわかる、といいますぞ」
〝プティングの味は食べてみないとわからない〟、という諺のつもりだろう。
172
ポアロは手紙を受けとると、注意深く目を通しはじめた。指紋をとるための粉末を振りかけるでもなく、顕微鏡を持ちだすでもないので、少しがっかりしたが、考えてみれば、お年もお年なので、新しいものにはついていけないのかもしれない。普通に見て、読んでいるだけだ。
187
コールマンの立ち居振るまいは、血のかよった生身の若者のものというより、P・G・ウッドハウスの小説のなかの滑稽な登場人物のもののように思える。
206
「わたしもよく冗談を言って笑います、マドモアゼル。でも、冗談ではすまないこともあります。わたしは仕事で多くのことを学んできました。そのなかでもっとも恐ろしいのは、殺人は癖になるということです」
209
ポアロは紅茶に角砂糖を五つ入れて、スプーンでゆっくり掻きまわした。
221
「死んだひとの悪口を言っちゃいけないというけれど、それはちがうとわたしは思うの。事実はあくまで事実よ。言っちゃいけないのは、むしろ生きてるひとの悪口じゃないかしら。生きてるひとは傷つく。死んだひとは傷つかない。でも、死者がなした悪は死後も生きつづける。とかなんとか、シェークスピアも言ってるでしょ。」
222
「いわば女性版のイアーゴーといったところよ。あのひとにはドラマが必要だった。でも、自分が舞台に立つことはなかった。いつも裏で糸をひき、それを眺めて楽しんでいただけ。」
230
大人の男は子供のように保護され、守られているわけじゃない。ときには性悪女に出くわすこともある。あちこちでいろいろな女性と出会うはずです。スパニエル犬のように忠実な女性もいれば、〝死ぬまであなたのもの〟と誓う情の深い女性や、おせっかいで口やかましい鳥のような女性もいるでしょう。人生は戦場なんです。ピクニックじゃない。
278
「子供のころ読んだ北欧の童話で、雪の女王とカイ少年が出てくる話があります。ミセス・レイドナーはその雪の女王です。いつもカイ少年を連れて歩いていました」
「ええ。ハンス・アンデルセンの童話ですな。たしか少女も出てきたはずです。ゲルダでしたっけ」
344
それは本棚に並んでいた本のタイトルを見てもあきらかです。
『ギリシア人とは何者なのか』、『相対性理論序説』、『ヘスター・スタノップの生涯』、『クリュー列車』、『思想の達しえるかぎり』、『リンダ・コンドン』等々。
そこからわかるのは、第一にミセス・レイドナーが現代科学と文化に大きな関心を持っていたということ。つまり、それだけ知的な女性であったということです。『リンダ・コンドン』や『クリュー列車』という小説を読んでいたということは、男に束縛されない、自立した女性に共感を寄せていたということでしょう。レディ・ヘスター・スタノップにはその人間性に魅せられていたにちがいありません。『リンダ・コンドン』は女性による女性の賛美の書であり、『クリュー列車』の主人公は情熱的な個人主義者です。『思想の達しえるかぎり』は、感情的にではなく知的に生きよと説いています。