3つの脳の構造的な特徴
①最初に、重要性で篩にかける
②次に、できるだけ大きなところから選択しようとする
③最後に、ランダムに選択する
さて、この項の最後に重要な3つの語句を解説しておきます。
【ブレファレンス】 本書にとっても最も重要になる言葉、そのサイコロの目(その候補に割り振られた確率)のことを「プレファレンス(Preference)」と呼びます。そのブランドや、その選択肢がもつ、相対的な好意度を意味します。ビールの例でいえば、アサヒのプレファレンスは50%で、キリンのプレファレンスは30%という言い方をします。
【エボークト・セット】 そのサイコロに含まれるいくつかの候補の束のことを「エボークト・セット (Evoked Set)」と呼びます。先のビールの例では、ビール購入におけるエボークト・セットには3 つのブランドが入っていて、それらはアサヒ、キリン、サッポロである、のように使います。ちなみにエボークト・セットにそもそも自社ブランドが入っていなければ、選ばれる確率はゼロです。マーケターにとって最重要な仕事は、まずは自社ブランドを消費者のエボークト・セットの中に入れることです。多くのカテゴリーにおいて調べてみると、1人の消費者のエボークト・セットには、だいたい3つ前後の選択肢が入っていることが多く、3~4個の中から1つをランダムに選んでいることが典型的です。そのカテゴリーに対して、その人のこだわりが強いほど、エボークト・セットの中の選択肢の数は増える傾向にあります。
【ポアソン分布】 このようにブレファレンスに沿ったランダムな選択による結果を「ポアソン分布」と言います。ポアソン分布とは、ある一定の確率に沿ってランダムな試行の結果が一定になる確率分布のことです。簡単にいうと、皆さんがよく知っている6面体のサイコロを振った結果は、1~6までの目が6分の1ずつ一定にポアッン分布します。また、ある特定の交差点における年間の交通事故発生件数は、大きく構造が変わらない限りポアソン分布する、つまりだいたい毎年一定になります。考えてみれば、毎年の日本全国のテーマパークの入場者数もだいたい一定ですし、革新的な新薬や治療法が出れば別ですが、癌での死者数もだいたい一定です。自殺者数も交通事故死者数もだいたい一定。どれも構造がほぼ同じであれば、 そこで事案が発生する確率はほぼ一定になります。それらはランダムな施行で結果がポアソン分布する構造になっているからです。
消費者の個人の選択も、同じようにランダムで選ばれているので、 その結果がポアソン分布するのです。その確率分布を決めている構造こそが、脳内にあるサイコロの目、つまり「プレファレンス」に他なりません。プレファレンスに基づいてランダムに選ばれている、 そのせいで結果がポアソン分布する。これが消費者の購買行動、 場構造の本質です。
…マーケティング戦略においてリソースを割くべき焦点は、「プレファレンス、認知、配架」の3つしかありません。中でもビジネスの最大ポテンシャルを決めているのは消費者のプレファレンスであり、プレファレンスで決まる最大ポテンシャルを認知率と配荷率で「制限」する構になっています。
知らなければ買えないですし、店になければ買えないですし、脳内サイコロで選ばれなければ買えないわけです。どれか1つでもダメなら買ってもらえないのです。したがって、実際の消費者の購買確率は、これら3つの条件付き確率の掛け算になっています。
①認知率(そのブランドを知っている確率)
②配荷率(店舗などで物理的に買える状況にある確率)
③プレファレンス (消費者の脳内のサイコロでそのブランドが選ばれる確率)
「ある目的に対してある戦略が必然性をもつとき、その戦略に対してもその目的が必然性をもつ」ということです。そして私はいつしか、その下位階層の複数のリソース焦点から導き出す“上位階層の突くべき1点”のことを「重心」と呼ぶようになっていました。「重心」とは、絡み合う複数の条件を同時に満たす1点であり、その戦局においてはリソースを集中すべきたった1つの焦点であり、戦略階層から見れば上位の目的実現に直結します。
「重心」を見つけるための大まかな考え方を説明します。簡単ですから御安心ください。それは三角形の「重心」を求めるのと概念的に似ています。「重心」は、複数の必要条件を同時に満たす「解」を探すことで見つかります。目的を達成するために重要な「必要条件」 として3つ程度の要素 (4つでも5つでも良いですが)を厳選して挙げて、それらの条件をクロスで重複して満たすものを必死で考えるのです。たとえば、ある目的の実現に対して、必要条件A、必要条件B、そして必要条件Cがあったとして、AかつBかつCを満たす要素が「重心」である可能性が高いのです。その1点の探し方が平面や立体の図形から3点を取って、その質量の中心を探す数学的アプローチとの類似性を感じていた私は、いつしかその戦略の焦点を 「重心」と呼ぶようになりました。
我々は、以下の3つの条件を同時に満たす、構造的に強いブランド戦略の核となる「重心」を定めることを提唱します。強い 「Consumer Value」と、強い「Company Edge」と、強い「Co-mpetitive Defense」を同時に満たす、その3つの重なる部分を掘ることで構造的に強いブランド戦略の「重心」が見つかります。
まず、強い「Consumer Value(消費者価値)」。これは消費者の根源的な本能に刺さるほど強い「根源的欲求」であり、深い消費者理解に根差したWHOとWHATの組み合わせから見つけられます。3つの要素の中でこれが最も重要です。次に「Company Edge(自社の強み)」。これは自社の特徴を武器に変えるということ。目的のために、自社の持つさまざまな特徴をいかに最大限プラスとなるように活用できるかです。最後に、「Competitive Defense (競合防御)」。これは仮想敵である競合ブランドが反撃や追随をしにくい理由のことです。そのブランド・ポジショニングが成功するために必要な時間や、戦略の持続性を担保するために必要となります。
では、その「認識世界」はどのようにつくられるのか? もう少し踏み込んで構造をお話ししましょう。実は、1人の人間の「認識世界」は、別にある2つの世界が影響を与えることでつくられていきます。つまり、1人の人間には、認識世界に加えて、あと2つ、合計で3つの世界が併存しているのです。その3つは、現実世界、認識世界、そして記号世界です。それぞれを解説します。
まず、人間が認識できないことも含めて実在している「現実世界」。現実世界は、人の認識とは無関係に存在しますので、現実世界だけはすべての人にとって共通です。信長が知る前の広大な大陸や大洋も、あなたが知っている正しい地理情報も、あなたが知らない今朝の私の体重も、すべて「現実世界」に属している情報です。今こうしている間にも、人類がまだ知らない現実世界は圧倒的な情報量をもち、その瞬間にまた新たな情報が生まれ、無限に拡大し、その大きさは我々には想像すらできないほどです。我々は現実世界のほんの砂粒1つもまだ知らないというのが実情でしょう。
次に、その人の脳内世界である「認識世界」。「認識世界」は、認識することのみで成立するその人の固有の世界です。正しいか間違っているかにかかわらず、膨大な現実世界の理解として「正しい」 と認識したことで主に構成されています。人は、自身の五感を通してさまざまな情報を得ることで「現実世界」を知覚し、脳内に「認識世界」を構築するのです。しかしここに大問題があります。それは、膨大な現実世界を少しでも知りたいと願う人間の好奇心に比べて、1人の人間の時間と能力があまりに不足していること。1人で知ることには物理的に限界があるのです。たとえば、私はマーケティング領域における現実世界を少しでも知るために人生を使ってきましたが、エンジニアリング領域については全くの素人です。そこで人間は、「自分以外の人間が知り得た現実世界に関する情報(つまり他人の認識世界)」を知ることで、自分の認識世界を少しでも現実世界に近づけようとしてきました。そこで3つの世界の最後の1つが必要になります。
3つ目は、他の人に伝えるために生み出される「記号世界」。「記号世界」は、認識(伝えたいこと)の内容を言語や映像などに変換した、文字どおり“記号”の世界です。たとえば、この本も「記号世界」の1つです。私自身が直接「現実世界」に触れて得てきたコンセプトについての認識(森岡の認識世界)を、四苦八苦しながら文字に記号変換してつくったものです。本のように書かれている文字、人が話す言葉、描かれた絵画や音楽などの芸術、動画による表現など、誰かが自分の認識世界を変換してつくり出した著作などの創作物もすべて「記号世界」の住人です。
また、記号世界は、他人の認識世界を吸収して取り込むためだけ。 でなく、自分自身が現実世界に直接触れたときの知覚を整理するための決定的な道具としても使われます。自分の中にある思索や感覚、 それらは混沌としていて、記号を使って整理しないと自分自身でも明瞭に認識することが困難です。私の場合も、言語や数字などの記号を使わずに、マーケティングの現実世界を自身の認識世界に取り込むのは不可能です。現実世界を数値化することで把握したり、自分の理解の整理や思考を深めたりするのに記号(日本語、英語、数字、数式など)がどうしても必要になります。日記をつける習慣のある人は、誰かに読ませるためでなくても、頭の中にあるものを書き出して客観視するだけで、心が落ち着く効用を体感していると思いますが、それも同じことをやっています。記号には、脳内にあるモヤモヤしたものを明確化して自分自身で認識しやすくする力があるのです。
現実世界をよりよく知るために、あらゆる「記号世界」のツールを使いこなせることが、他の動物と一線を画する人類ならではの突出した知性です。それによって人類は、一人一人は小さくとも、無数の個体の知力をつなげて機能させることで集団知としての無類の強さを発揮し、現実世界への傑出した対応能力で地上に君臨してきました。その集団知を蓄積できる構造を、同時代や同空間を生きる個体間のみならず、時代や空間を超えてそれぞれの「認識世界」に活用することができること。我々の繁栄は、太古の「文字」の発明から脈々と積み上げてきた「記号世界」の発展による“知のリレー” の賜物と言えるでしょう。人類の強さとは、新たに生まれたヒトが、 どうやって火を起こすかを自分で発明しなくて良いことに尽きるのではないでしょうか。
私はそのエラーを起こす人間の本質とは何だろう?とよくことがあります。今の私の見解は主に2つ。1つは感覚器のエーす。黒く見えた気がしたが、現実には茶色い猫だったというーン。もう1つは、人間の本能が解釈や認識に「バイアス(偏見かけていることです。言い換えれば、現実を認識するときにど真ん中の正しい理解よりも、自己保存の本能にとって「思楽観的に解釈したい」か、あるいは「思い切り悲観的に解釈しか、そのどちらかに振れやすい特徴が人間本来に備わっていか思えないのです。
自分に都合よく物事を解釈してしまうクセのある人も、い悪の可能性ばかりを考えてしまう心配性な人も、動物としての人間に備わっている自己保存の構造が、感覚器のエラーよりも実は大きな要因なのではないか?と考えています。「人は高度な知性ゆえに、 自己保存の本能に基づいて、現実を歪めて認識する習性のある動物である」。そもそも論として、人の意図というものは、ちゃんと考えて工夫しなければ、自然状態では相手には正しく伝わらないものだと考えておくべきなのでしょう。
そこまで考えると、3つの世界を往来するエラーを避けがたい運命に「認識することも、伝えることも、難しい!!」と、我々は頭を抱えて絶望して終わるのでしょうか? それでは何も始まりません。 では、我々はこの動かしがたい構造を前にして、どのようなアクションがとれるのでしょうか?
私の発想は「この“エラーを起こしやすい構造”を、むしろ逆手に取ることはできないのか!?」 というものでした。人間の脳がエラ一を起こす構造を熟知することで、避けられない“解釈のエラー/翻訳のエラー”を与件とし、消費者のブランドに対する認識を、悪い方ではなく、むしろ良い方向に誘導することができるようになるのではないか? その策を、その方法論を、ずっと、ずっと、ひたすら考え続けてきました。今振り返ってもこの研究テーマは、湧きたつような知的好奇心の衝動を注力するに足る、とても歯ごたえのある課題であり、現在進行形で探求中です。
2つの要素
戦略的発想力
①消費者理解の力: 消費者の言動を (マーケター自身の脳内バイアスの「解釈のエラー」によって歪めることなく)深く理解して、消費者の本能と購買行動の因果関係を読み解き、長期的にブランドが衝くべき本質的価値が何であるのかを明瞭に定義する力。そのために、消費者の文脈に自身を長時間にわたって深く浸らせる(限りなく状況を合わせて消費者のやっていることを自身で徹底的にやってみる)ことで、消費者の判断基準を自身の脳内に移植してくることを習慣化する。
②経営資源を増やす着眼力: 今までの歩みを全否定するのではなく、その中から消費者価値に繋がる「強み」となる特徴を発見する力。一見してマイナスにしか見えない事柄でも、消費者価値のプラスにひっくり返せれば+2の大きな援軍を生み出せる。 発想が閉じがちな逆境の中にあったとしても、常に物事の二面性を意識して、影をみたら反対側に光がないかを考える、影しかなければ影であることがプラスになるように「文脈」を操作する可能性を考える。まるで無意識に空気を吸っているように、 自分の頭が勝手にそういう機会を探し始める、そのような習慣を身につけることです。
③戦略思考能力: どんなに高い壁(目的)でも、階段(戦略ステップ) さえつくることができれば必ず越えることができます。 高い目的から逆算して階段を下ろして現在の足元まで繋がる一筋の太く整合性ある“勝ち筋”を構築していく能力。それが戦略思考能力です。広範囲に散らかる複雑な戦略に関わる要素を、目的⇒戦略 戦術に粒度正しく整理する。そして各階層においてやることを“選択”する(今同時にやらないことを選択する)ことで経営資源の集中を生み出す。さらに、それらのゲームプランをシンプルに定義できる高レベルの抽象思考が求められます。先述した「重心」を洞察する力を意識しながら、実際に自身の智嚢を振り絞る実戦の繰り返しによって、戦略思考能力は伸びていきます。
④ストレス下の決断力: 実行前にその戦略でいくことを決断しなくてはいけません。自己保存が危険にさらされる強いプレッシヤーがかかるときにも決断の時はやってきます。むしろ不確実性の高い逆境のときこそマーケターが戦略的判断によって、経営資源の集中を生み出して戦局をひっくり返さねばならない。 平常時で当たり前の決断ができることと、ストレス下でまっとうな決断ができることでは求められる精神強度がまったく違います。そしてその胆力は実戦経験を積まない限り鍛えることはできません。ブランド戦略の策定に関わることができて、実力相応にヒヤヒヤする判断をさせてもらえる組織に身を置き、その“決断経験”を積み上げる機会を貪欲に求めることです。
2つ目は需要予測に代表される“仮説検証力”。高難度の戦局では、1回でも大きな失敗をしたらゲームオーバーなので、その1回を実行する前に勝率を予知する能力がどうしても必要になります。ブランドの設計などの戦略仮説に基づいて、“なけなし”のリソースを投じる前に、成功の確率とそれに紐づいた必要条件を明確にする技術があれば、成功確率を投資前にどんどん高めることができるのです。グレート・ストラテジーを世に送り出せる確率を劇的に上げることができます。
さて、ここまで書いてきたことをまとめます。要するに「マーケティング・コンセプトづくりは、脳に対してどうやって「重要だ!」 →「好きだ!」→「なるほど!」とその順番で認識させるのか?というゲーム」ということです。ぱっと見て、ぱっと聞いて、脳に直感的に重要情報だと認識させ、ほぼ同時に直感的にプレファレンスを獲得し、ちょっと遅れて最後に納得性も補強する・・・・・・。この3つの関門を突破するゲームだと認識することがとても大事です。
ここで1つの略語を紹介します。マーケティング・コンセプトにおいて、自身の便益を有利にするために文脈を設定することを「STC (Setting The Context)」と呼んでいます。Theがついているのは、 その便益に対してまさにその文脈!というニュアンスが表れています。便益と文脈はほとんど固有のセットだからです。便益の価値を有利に操作しやすいSTC (文脈設定)の切り口は無限に存在しますが、その中でも主な切り口を3つほど簡単に紹介したいと思います。
STCで私がよく用いる3つの切り口
1) 価値を高めるシーンを設定する
2) 消費者のインサイト(消費者の隠された真実)を衝く
3) 消費者の“眼鏡(≒期待値)”を変える