今村夏子のレビュー一覧
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今村夏子のことはたぶん苦手だ。毎回「どうしてそうなっちゃうの!?」と思う。でもよくこんな物語、表現を作れるな、と感心する。
私は今村夏子の書く主人公に恐怖を覚えることが多いのだけれど、その理由を改めて考えてみた。彼らは悩み考え総合的な判断をするというようなことがなく、ただただ自分の一番大切なことに向けて一直線に動く。せめて逡巡する描写などがあればきっともう少し受け入れられるのだけれど、そういった内面描写がほとんどないのが大きい気がする。共感できない、得体の知れない人間に対するこわさがいつもある。
しかもまるでなんでもなさそうな物語、登場人物、文章からそれを描き出すから、いつもドキッとさせられて -
Posted by ブクログ
ネタバレ表題作は、読んでいて怖くて怖くて仕方なかった。ホラーの域だった。
最初はあひるの「のりたま」を飼うことになったという、可愛くて微笑ましい滑り出しだったのに、話が進むにつれて小さな違和感がやがて大きなズレになっていく。
名前すら覚えてない近所の子どもの誕生日パーティーを開くのも怖いし、当日誰も来なかったのも怖い。のりたまが3代目だということもみんなわかっているし、この家族は決して慕われているわけではない。
しきたりみたいなものは家の数だけあって、その家庭では普通のことが、外から見ると異様に見える場合は往々にしてあると思う。本人たちはその異様さにまったく気づかないのだ。
この居心地の悪さを、でも当 -
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ネタバレ「今村夏子は何について書いているのか」
本編を読み終わって、そのまま解説を読もう・・・と思いこの一文が目に飛び込んできて、あまりにも私が言いたいことすぎて強く共感した。そうそう、その通り!
著者の作品、読んだことはないけど何となくクセが強そう、ひねくれた人ばかり出てきそうというイメージで、実際は思ったほどではなかったけど、最後があっさりというか、オチみたいなものがない。元からある「不穏」は何も解決されず、起承転結からまた起に戻ったような印象。
だからこれは、主人公が成長するとか、家族の状況が少し良くなったとか、そういうお話ではない。物語の初めから最後までずっとある「不気味さ」を味わうものなの -
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「一生懸命さが痛々しいというか見てられないです。でもそこが魅力だと思います。」
登場する不器用な人たちはほとんどが孤独だが、でも見守っている存在、著者が一人いる。
時に暴走する彼女たちをどうも憎めないのはそこに著者の柔らかな愛情があるから 解説より
白いセーター
子供っぽくて嘘つきの女の人と無口で冷静な男の人
主人公は現在独り身 著者しか分からないが…
せとのママの誕生日
本音はママの死を待ち望んでいる 献花のようにママに取り上げられた商売道具を模した食べ物がママにのせられていく
モグラの扉
主人公がみっこ先生を最後まで利用しようとしている
父と私のさくらどおり商店街
娘はずっと友達が欲しか -
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作者さんの本は好んでよく読ませてもらっていますが、今作はあんましのめり込めなかったです。
以下、各短編の感想。
◼️白いセーター
なぜ主人公の女性は、周りからぞんざいな扱いを受けるのか。その辺りの情報は一切なく、モヤモヤしたまま終了。今村夏子っぽくて、良かった。
◼️ルルちゃん
ルルちゃんを盗んだ主人公はもとより、ルルちゃんの元の持ち主の安田さんもかなり参ってしまっている描写が随所にあるものの、それについてやはり深く触れることなく、物語が終わる。
自分たちの日常についても、きっと誰しもあるような、人には話していないことや見せていない姿をそれとなく演出していて、何が起こるのでもないけど、見 -
Posted by ブクログ
前からお見かけする作家さんでしたが、今回初めて読ませていただきました。
タイトルと表紙から父と娘のあったかいお話を想像していたのですが、大きくハズレて何とも言えない世界観の短編集でした。
7編ありましたが、どれも着地点がどこに行くのかわからないお話で、出てくる人たちも普通の感覚とはズレてる感じ。「ひょうたんの精」と「せとのママの誕生日」は思わず笑ってしまったけど、「モグラハウスの扉」のみっこ先生は怖いですね。表題作の「父と私の桜尾通り商店街」の娘がまた予想外の行動に出て、いやいやそこまでしないでしょって…。
解説の中で作家さんご自身が語っていたのでこういう作風なんだと納得しました。何か大 -
購入済み
宗教にはまった経緯からそのことによって起きた家庭内の変化を淡々とテンポよく書いているのでわかりやすく、ああ、こういうことありそう。と引き込まれながら最後まで一気に読んだ。しかし、セリフが多いわりにはそのほとんどがどうでもいい会話で、登場人物の感情をいまいち引き出せていないことが個人的に気になった。読後、よくある話しをただ書いたものを読まされたという感想に着地してしまい、宗教3世からすると、宗教当事者以外が小説を書くとこの辺りが限界なのかなと思ってしまった。(当事者性が必要とは思わないけれど)