あらすじ
「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性が気になって仕方のない〈わたし〉は、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で彼女が働きだすよう誘導し……。ベストセラーとなった芥川賞受賞作。文庫化にあたって各紙誌に執筆した芥川賞受賞記念エッセイを全て収録。
感情タグBEST3
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おもろい。
語り手(主人公)が空気すぎる笑
友達になりたい目的があるものの、やっていることは四六時中監視しているストーカー笑
ただ、うっすらと同一人物?と感じることも、、
芥川賞受賞記念エッセイも素敵でした!
Posted by ブクログ
ずっと不気味な雰囲気で、違和感を覚えながらも読む手が止まらなかった。ラストはいろいろな解釈ができるらしい。もう一度読んだら何か別の発見ができそう。
Posted by ブクログ
ここまで鳥肌の立つ不気味な作品は初めてだった。きっとどの街にも名物人物と言うか家族或いは地域で大体の人は知っているような少し変わった人みたいなのはいると思う。実際私の街にも居る。そんなことを小説として書き切ったような作品だった。
しかしこの不気味さはそんな名物人物(作品内ではむらさきのスカートの女)が作り出しているのではない、それを追いかけ執着する主人公が生み出した不気味さなのだ。主人公はむらさきのスカートの女の行動全てを見届けようとする朝のバスから何から全てをだ。少しコミカルに軽快に描かれる一挙一動が逆に不気味さを増している。
そして彼女が何を着ていても主人公の中でむらさきのスカートの女は頑なにむらさきのスカートの女なのだ。主人公は彼女をストーキングする。そして彼女もまた所長(主人公とむらさきのスカートの女の勤め先の上司)をストーキングする。いつの間にか主人公は自らを黄色いカーディガンの女と呼び、自らをむらさきのスカートの女と同化させる。むらさきのスカートの女が居なくなった時、黄色いカーディガンの女はむらさきのスカートの女の帰りを待ちながら、むらさきのスカートの女専用シートに腰を掛ける。そしてきっとこの連鎖は途切れない。次は赤いシャツの女かもしれない。まるでむらさきのスカートの女を筆頭としたその街の名物人物という概念だけが宿主を変えて生き続けているかのように思える。そしてそれは私たちも同じで、自分と同じような人間が過去にも居てこれからの未来にも生まれるのかもしれない。そんな果てしない考えに迷い込んでしまう。そしてその考えは自分という存在を曖昧にして、不安や不気味さを生み出す。
もしかしたらこの作品を俯瞰していた自分が次のむらさきのスカートの女なのかもしれない。
妖しい雰囲気に耽溺
⚫️至ってシンプルな文章にもかかわらず、妖しい夢を見ているような世界に誘われる。⚫️何が言いたいのかはワケワカメであった。読了感はTV版エヴァンゲリオンを観た後に近い。⚫️むらさきのスカートの女はコミュ障気味のようだ。コミュ障が最低限度の社会生活を営むためには、元気な挨拶と一人でも友達を作ることが必要である。友達作りはハードルが高いように思えるが、ボッチだと思っていても、黄色いカーディガンの女のように友達になりたいと思っている人は意外といるものだ。至ってシンプルな感想を持つ。
Posted by ブクログ
芥川賞とは相性が悪いのだが、この作品は良かった。
主人公「黄色いカーディガンの女」が、「むらさきのスカートの女」を観察(というより覗きやストーキングなんだが)している前半も不穏で良いのだが、ギアが入った後半の怒涛の展開が良い。
純文学、意外とこんなことも出来るんや。舐めたらアカンなぁ。
芥川賞受賞関連のエッセイはちょっと退屈だったかな、もう1篇短編を載せてくれた方がありがたかった。(寡作で用意できなかったかもしれないが)
Posted by ブクログ
冒頭数ページで面白さを感じた
読みやすい
不気味
語り手が、一般的な小説の語り口みたいな時と、登場人物としての主観的な時が曖昧に混ざってて、新しい感覚だった
Posted by ブクログ
これはむらさきのスカートの女であり、黄色いカーディガンの女
読み進めるうちに境界が曖昧になっていく
どこからが他人でどこからが自分か
どこからが憐れみでどこからが嫉妬か
他人を見ているようで自分を見ている
他人を助けているようで本当に助かりたいのは自分ではないか
こういう陰湿な話私は好き
Posted by ブクログ
むらさきのスカートの女を眺める、きいろいカーディガンの女の一人語りですすむストーリー。
むらさきさんもなかなかだが、きいろさんもかなりヤバい。
ラストに明かされるちょっとしたホラー?があり、うぉってなる。
Posted by ブクログ
ある女性を執拗に観察する「わたし」の視点から人間の執着や狂気を描いた不気味な小説です。
派手な怖さではなく日常の中にある違和感が徐々に大きくなっていくのが魅力だと思います。
誰が本当におかしいのか分からなくなる、じわじわ怖い作品。
Posted by ブクログ
「紫のスカートの女」という対象を追いかける主観描写の小説。
理由のない執着を見せつけられる本作は、
詳細な心理描写からか、
終盤まで劇的なことこそなかれど、
手に汗握るといった読書体験を楽しめた。
結局主人公の属性は何一つわからないが、
異様なまでの執着を持つことは楽しい、
という非道徳的な愉悦を体験できた気がする。
俗物的な言い方だが「最低最悪の推し活」。
Posted by ブクログ
序盤からの精度の高いストーキングにびっくりしたけど、続きが気になって一気に読んでしまった。日常的にいないものとして扱われているからこんなにも自分と近しいものに執着するのかなと思った。
Posted by ブクログ
言ってみれば何も起こらない、ただある街での小さな出来事のお話なのに。
読者である私は、気づけば「むらさきのスカートの女」を観察する「黄色いカーディガンの女」を観察する女になっていました。
はじめは「むらさきのスカートの女」がどこか異質で、鈍臭く、近寄りがたい存在として感じていた私ですが、次第にそんな彼女を執拗に観察し、もはやストーカーのように追い続ける「黄色いカーディガンの女」に対し気味の悪さを感じてしまい、、、
一体何が起こったんだろうと思わせる、はっきりとは示されない結末にサイコ的な怖さを感じます。
そして本を閉じて、表紙を見てまた静かな怖さを感じました。
Posted by ブクログ
権藤の常軌を逸したストーキングも、悪いことをしているという意識のない語り口からあまり怖さを感じなかった。しかし少しずつ少しずつ体を蝕むように「むらさきのスカートの女」に魅入られ、自分自身の生活が崩れていく様子が、最後の方では身震いするほどの恐怖を感じた。
帯にもあるように「なぜ執着し続けるのか」明確に語られることはなかった。でも、たぶん「むらさきのスカートの女」になりたかったんだと思う。なんで成りたかったのか。どんな形であれ人に注目されたかったのかもしれない。人に相手にされたかったのかもしれない。
誰にも相手にされない自分。誰にも印象に残らない自分。「むらさきのスカートのおんな」が羨ましかったのだと思う。
Posted by ブクログ
最初あまりにも「わたし」がむらさきのスカートの女について詳しすぎるため、もしかして二人は同一人物で自分自身を俯瞰して見ているのかとも思ったが、読み進めて行くとそうではないことがわかる。
序盤は周囲から浮いた存在であったむらさきのスカートの女は次第に「普通の人」として受け入れられていく。
それと対照的に「わたし」、「黄色のカーディガンの女」は作中ずっと存在感がなく、むらさきのスカートの女のような存在感ある人に憧れてるのではないかと思った。そしてその憧れがエスカレートすればするほど、自分自身の異常な行動(無断欠席遅刻、家賃滞納、盗難などなど)に気づかない。むらさきスカートの女のことなら手に取るようにわかるのに、自分自身のことはなにもわかってない、客観視できてない。
最後には子供にポンっとタッチされて自分がかつてのむらさきのスカートの女と同じ立ち位置に、つまり目立った存在になるわけである。しかし、それは悪い意味での目立ちである。
今までは目立ってなかったからこそ、無銭飲食や、バザーでの備品の無断売買もむらさきのスカートの女に擦り付けることができていた。しかし、自分を客観視できていないまま、目立ってしまった今、この先起こることが良い結末になるとは思えない。
結局なにを伝えたかったのかを考えると、やはり何かに憧れると、自分自身を見失うということ。そこまでして憧れた人のようになることで本当に自分にとって良い方に向くのか、、、
盲目にならず落ち着いて生きたいな
みたいなことを思った小説だった。
匿名
あまり分からなかった
不気味でゾクゾクするよと進められた本ですが
私にはどこでゾクゾクするのかは分かりませんでした、主人公の観察力が物凄いところにはずっと違和感がありましたが、それ以外は普通の日常を書いたお話のように思えました
Posted by ブクログ
主人公は誰なんだろうと考えながら読むのが楽しかった。
むらさきのスカートの女と仲良くなりたいという気持ちだけでストーカーのような存在になっていて恐怖も感じた
Posted by ブクログ
君悪がられているむらさきのスカートの女は、一般的にあり得る範囲の善意や悪意を持ったただの人間で、「わたし」のような異常なものほど意外と気付かれることはない。
Posted by ブクログ
むらさきのスカートの女を観察する女の話。ここまでむらさきのスカートの女の事で期待させておいて、最後のオチが弱かった。権化チーフがなぜそこまでむらさきのスカートの女に執着するのか、よくわからなかった。
Posted by ブクログ
とても読みやすかったが、なにを伝えたい作品なのかが難しかった。他の方のレビューにあった周りの人の評価でむらさき色のスカートの女価値が変化していくという考察がしっくりきた。
Posted by ブクログ
書いてる内容は難しくない。よくわかる。誰が何をしているのか、何を考えているのか、それは特に迷うこともない。問題は、これは一体誰で、何のためにやっていることなのか。それをどう受け止めるか、それが難しい。物語としても、筋もあるにも関わらず、どう飲み込んだら良いのかがわからない。淡々と進むかと言えば突然ミステリーのどんでん返しのようになったり、そして明確に提示される答えはない。はっきりして欲しい派には消化不良にはなるが、その前提がわかっていれば、充実感はあるかもしれない……。
Posted by ブクログ
「むらさきのスカートの女」をひたすら観察するお話。
主人公のむらさきのスカートの女への執着というか、少しストーカーじみた狂気を感じた。
あまり抑揚のないストーリーで途中で気持ちがだれてしまうこともあったけど、頁数が少ないのでそこまで苦にならずに読み切れた。
オチは意外性があって面白かったです。
Posted by ブクログ
おもしろい
変人であるむらさきのスカートの女を、無口で疎まれている主人公黄色いカーディガンの女目線で書いた話。黄色いカーディガンの女はほとんどストーカーで、むらさきのスカートの女をずーっと観察している。
むらさきのスカートの女の性格の変わりようは見ていてたのしかった。
主人公との絡みはもっと見たかった。
バザーにだしたのは黄色いカーディガンの女の仕業なのかな?考えすぎかな?
Posted by ブクログ
「ふうん」という感想で終わった。今村さんの作品を読むのは今作で2作目だが、毎回「ふうん」という感想。
エッセイで今村さんが小説を書くときの心情を知れてよかった。
Posted by ブクログ
最後は拍子抜けした
日本文学において、オチを期待すること自体間違っているとは思うけど、、まあそうっすよね
読み終わって、将来に対して漠然とした不安を感じた。
むらさきのスカートの女、黄色いカーディガンの女に自分もなっている可能性がゼロではないということ、もしかしたらを考えないといけないこと、1人でも満足した日々を送れるのか。
曖昧加減が芥川ぽい
Posted by ブクログ
スラスラ読めた。すごい執着。こんなこと細かく詳細に他人のことを管理できるなんて。盗聴録音でもしないと把握できないんじゃないかと思うけど、ずーーーっとみてるしつけてるんだろうな。。しかもまぁまぁ近い距離感で。なのにばれない。誰にもその異常行為に気づかれない。どれだけ存在感薄いんだ。。と思ってしまう。
結局、黄色いカーディガンの女の目的は果たせなかったような気がするし、なんか続きが気になる。え。どうなったの。終わりでいいの?と。不思議な本でした。
Posted by ブクログ
語り手が何者なんだ…!?と思いつつ読み進めた。
むらさきのスカートの女よりも語り手が気になって気になって仕方がなかった。
むらさきのスカートの女に対しての執着が凄いし、もはやストーカーで、味方なのか敵なのかどっちなのか結果的にわからずじまい。
でもこのどっちなんだ!?と想像することすらも、楽しい作品だった。
ただ、語り手はそこまでするのんか?とリアリティな行動?というよりは小説的に動機がよくわからない行動をしてたけど、それ以外の登場人物が妙にリアリティで。そのちぐはぐさもまた新鮮で面白かったな〜
Posted by ブクログ
ずっと意味わからなくて最後まで意味わからなくて面白かった。あんなに他人の会話を鮮明に聞き取れるってことはほぼ同じ距離にいないと無理だから想像したら面白い。透明マント着てるって思ったら全部納得できる。
初めて読むタイプのお話。
Posted by ブクログ
終始、語り手の存在が何処にあるのかが気になり過ぎて、真に楽しむことができなかったのでは無いかと思った。著者の文章には細部の表現や描写に、計り知れないほどの魅力があると私は考えている。本作では、その魅力を魅力であると思う暇もなく読み終えた。それがこの本を読み終えた感想にしてしまうのは勿体無い気もするが、この感想で私は褒めているから、許して欲しい。とてつもなく読みやすいということ。芥川賞らしく無い、面白いエンタメ小説のように読んでしまったから、次読む機会があればもっと細部に目を向けたい。
帯に「何も起こっていないのに面白い」と書かれてあったが、それは全くもって見当違いじゃ無いか? とだけ思った。最初から最後まで語り手がストーキングしてるんだから、常に何かは起こってるだろと思った。
Posted by ブクログ
なんだこれという、一言では言い表せないような読後感。読みやすい文章と短い物語で一気に読み終えただけに、不可解で謎めいた雰囲気が際立った。純粋なミステリーやホラーではないのだろうけど、それに似た不穏で背後につきまとうような怖さを感じた。書評で様々な解釈ができると言われており、自分に当てはまる解釈を探し出してすっきりさせたいという気持ちになった。後味が悪いという意味でのモヤモヤではなくて、読んだ後の解釈への興味を駆り立てるワクワクにも近くて、中毒性があるというのも少しわかる気がした。サクッと読めて変わった読書体験がしたい方にはいい小説だと思う。
Posted by ブクログ
2016年芥川賞受賞作。
’黄色いカーディガンの女’の視点で話が進む。
’黄色いカーディガンの女’は’むらさきのスカートの女’と友達になりたいようで、ずっと意識して一挙手一投足を追っている。
むらさきのスカートの女を追うために、無銭飲食をしてそのことにまるで罪悪感を抱いていないかったり、その意識の仕方が異常で狂気じみている。
と、同時に自分の生活はままなっておらず、仕事先の備品を売ってお金を作っていたり、裁判所から明け渡しの催告状が届いていたり、、
色んな読み方ができる本だと思った。
・黄色いカーディガンの女は他者に意識が向きすぎて、自分の行動を顧みられていない。他者に意識が向いた分、自分を顧みるエネルギーはなくなるのではないか?(自分というか、他に注ぐエネルギー)
・むらさきのスカートの女はお話の中で他者によって印象や評価が変わっていく。社会の中で「その人自身」ということは存在するのか?
・黄色いカーディガンの女はなぜここまで、むらさきのスカートの女に執着しているのか?「友達になりたい」と出ていたが、どうして自分から話しかけたりしないのか?→自分の現実を直視できないから?
・お話の中で黄色いカーディガンの女の存在がここまで薄いのはなぜか、、、→ムラサキの女に意識が向いているので自分への他者からの視線などに気付いていない、、?
私は黄色いカーディガンの女は他者に意識が向きすぎて、自分の行動を顧みられておらず、自分がないがしろにされているように感じた。
他者に意識が向きすぎて自分のことを考えられなくなることは、自分に意識が向きすぎて周りが見えなくなることと同様に怖いことだと思った。
私は、客観的にみて、まずは自分を満たすために、自分が大切だと思えるものにエネルギーを注ぎたいと思った