あらすじ
「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性が気になって仕方のない〈わたし〉は、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で彼女が働きだすよう誘導し……。ベストセラーとなった芥川賞受賞作。文庫化にあたって各紙誌に執筆した芥川賞受賞記念エッセイを全て収録。
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最初はむらさきスカートの女の異常行動を楽しむ小説かと思っていたら徐々に内容が移り変わっていった。ストーリーの時系列が一本でわかりやすく尻上がりに面白くなる作品だった。
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再読。今村夏子さん作品独特の不穏な空気感がやはり好き。
作中の異質なものに対する人々の無遠慮な眼差しを通して、確実に自分のなかにもある選民意識に気付かされていつも胸騒ぎがする。
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夏になると読み返したくなる本。
初めて読み終えた時は、派手な展開は無いけど読み進めると違和感が積み重なって不気味に感じ、誰かを気にすることと執着することの境界が曖昧になっていくような不思議な感覚になった。また来年も読み返すと思います。
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狂っているのは、見られている彼女か。それとも――。
淡々とした文章の裏に潜む、底知れぬ狂気。
ラスト数行で世界がひっくり返る最高に危険な傑作。
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ここまで鳥肌の立つ不気味な作品は初めてだった。きっとどの街にも名物人物と言うか家族或いは地域で大体の人は知っているような少し変わった人みたいなのはいると思う。実際私の街にも居る。そんなことを小説として書き切ったような作品だった。しかしこの不気味さはそんな名物人物(作品内ではむらさきのスカートの女)が作り出しているのではない、それを追いかけ執着する主人公が生み出した不気味さなのだ。主人公はむらさきのスカートの女の行動全てを見届けようとする朝のバスから何から全てをだ。少しコミカルに軽快に描かれる一挙一動が逆に不気味さを増している。そして彼女が何を着ていても主人公の中でむらさきのスカートの女は頑なにむらさきのスカートの女なのだ。主人公は彼女をストーキングする。そして彼女もまた所長(主人公とむらさきのスカートの女の勤め先の上司)をストーキングする。いつの間にか主人公は自らを黄色いカーディガンの女と呼び、自らをむらさきのスカートの女と同化させる。むらさきのスカートの女が居なくなった時、黄色いカーディガンの女はむらさきのスカートの女の帰りを待ちながら、むらさきのスカートの女専用シートに腰を掛ける。そしてきっとこの連鎖は途切れない。次は赤いシャツの女かもしれない。まるでむらさきのスカートの女を筆頭としたその街の名物人物という概念だけが宿主を変えて生き続けているかのように思える。そしてそれは私たちも同じで、自分と同じような人間が過去にも居てこれからの未来にも生まれるのかもしれない。そんな果てしない考えに迷い込んでしまう。そしてその考えは自分という存在を曖昧にして、不安や不気味さを生み出す。もしかしたらこの作品を俯瞰していた自分が次のむらさきのスカートの女なのかもしれない。
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キモおもろい主人公の一挙手一投足が妙にクセになって一瞬で読み終えた。ずっと正気じゃない感じが実際の状況描写だけじゃなく、あまりにもカラッとした文体からも滲み出てた。
もしかしたらむらさきのスカートの女が巷で名物になってるのも、この主人公が語るから嘘なのかもしれない。
むらさきのスカートの女視点の、『きいろいカーディガンの女』があってもおかしくなさそう。
妖しい雰囲気に耽溺
⚫️至ってシンプルな文章にもかかわらず、妖しい夢を見ているような世界に誘われる。⚫️何が言いたいのかはワケワカメであった。読了感はTV版エヴァンゲリオンを観た後に近い。⚫️むらさきのスカートの女はコミュ障気味のようだ。コミュ障が最低限度の社会生活を営むためには、元気な挨拶と一人でも友達を作ることが必要である。友達作りはハードルが高いように思えるが、ボッチだと思っていても、黄色いカーディガンの女のように友達になりたいと思っている人は意外といるものだ。至ってシンプルな感想を持つ。
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いく通りもの読みが成り立つ作品であり、同時に、解釈など必要としない作品なのかもしれない。
主人公の観察対象である「むらさきのスカートの女」は、良くも悪くも他人の視線にさらされる存在である。物語の冒頭では少し変わった人として注目され、職を得てからは、挨拶の大きさや人当たりのよさによって職場の先輩や公園の子どもたちの心をつかむ。その一方で、やっかみによって噂の対象にもなっていく。
それに対して、語り手である「黄色いカーディガンの女」は、誰からもその存在を意識されない。もちろん、まったく見えていないわけではないのだろう。しかし、まるで存在しないかのように扱われている。だからこそ、ありえない距離感で観察を続けることが可能だったのかもしれない。
私には、「むらさきのスカートの女」よりも、語り手である主人公の存在を認められたいという承認への渇望、他者の視線によって成り立つ自己の方が、この作品の主題であるように感じられた。
そして印象的だったのはラストである。むらさきのスカートの女がいなくなった後、それまで誰にも意識されることのなかった黄色いカーディガンの女が、「見える」存在になったことをうかがわせる描写にはっとさせられた。
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面白くて一気に読んでしまった。
むらさきのスカートの女をストーカーしてる主人公がどんどん怖く感じてきてすごかった。
最後のエッセイは著者の心の弱さが垣間見れて読んでいて少ししんどくなってしまった
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むらさきのスカートの女 7/10 今村夏子 2025 2月18日
初めはむらさきのスカートの女がヤバい奴なのかとおもっていたが、ストーリーが進行しむらさきのスカートの女が人間としての輪郭が浮き上がってくれば来るほど"わたし"の狂気が浮き彫りになっていくに戦慄した。ただ単にストーカーなだけではなく無銭飲食したりバザーで備品売ってたり無断出勤したり。ほとんど"わたし"の情報は明かされず誰も気が付かないのが不気味でそんな人間が社会性を保ち日常に紛れているのがこの本の纏う薄気味悪さなのかなと感じた。
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終盤にかけての駆け足感はあったが、独自性のある設定で没入感のある読書体験だった。
主人公が紫のスカートの女に対する執着心がすごい。どこからそのモチベーションが湧き出るのか。と思ったが、他の人から見たら「なんでそんなことにそんなに執着するの」というものを自分も持っているかもしれないと気づかされた。主人公が紫のスカートの女に執着するように自分達もそれに準ずるものをもっていたりするのかな。
それにしても終盤の主人公の行動はすごい。所長と紫のスカートの女がトラブルになることを予期していないとあそこまで準備はできないのではないか? それともこうなることを見越していた?毎日紫のスカートの女の観察日記を書いているからこそ気づけたのだろうか。
紫のスカートの女が消えた後に、自分が紫のスカートの女になりきりながら?紫のスカートの女の帰りを待つところも主人公の異常性が垣間見られて面白い。執着すごすぎ。
それにしても、自分も主人公のような人物に観察日記をつけられていると思うと恐ろしい気分になる。
他の方が書かれているように主人公の異常性が面白く、こいつやべえな、、と思いながら読み進めていくのが楽しかった。
まだ巻末にあるエッセイと解説はは読めていないのでそちらも読んでいきたい。
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視点人物のおかしさにだんだんとのめり込んでいき、気づけば何が現実のことなのかが分からなくなってしまう。不可思議な小説だった。
黄色いカーディガンの女は、なぜそこまでしてむらさきのスカートの女に執着するのだろう?自分の社会的地位や外面をも顧みず、1人の人物を追いかけ続ける目的は、友達になりたいからだという。このこだわりは何らかの特性としか言いようがないと思う。
むらさきのスカートの女を追いかける黄色いカーディガンの女は、孤独だ。家族や友達は居なさそうであるし、職場でも孤立している。若くもなく、全くの希望が見えない。
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一気読み。どういうこと?なぜ?と思いながら読み進めていると、いつの間にか最後のページに辿り着いていた。ミステリー小説のようにも感じたし、ファンタジーにも感じた。
「むらさきのスカートの女」「黄色いカーディガンの女」が登場し、語り手は「黄色いカーディガンの女」。読み終わった後に感じたことは、次の語り手は「〇〇の女(例えば赤いTシャツの女、とか)」とすることで、円環させることができるのではないだろうか?ということ。
読み終わった後も「どういうことだったんだろうか。」と考えていたが、納得のいく答えが見つからず考えることを諦めてしまった。。。どういった解釈ができるのか、色々な人の感想を読んで知識を深めていきたい。。。
Posted by ブクログ
不安な語り手によって展開される物語が癖になる。
存在感のない主人公が最後、存在を認められるというのがいいなと思った。
今村夏子作品は、大体気持ち悪いけど、どこかに抜け感があるというか、救いがある。
気持ち悪さと気持ちよさが同居しているのが魅力だと思う。
本作もその魅力が遺憾無く発揮されていると感じた。
あと、すぐ読み終われるというのも今村夏子作品の魅力。
平易な言葉で書かれているというのもあるけれど、読者を乗せるストーリー作りが上手いというのもあるのだろうなと思う。
物語を作るのが抜群に上手い作家。
もっと作品を読みたい。
Posted by ブクログ
初めて読んだ純文学。大好きな先輩のおすすめで買った本。読んでまず思ったのは、自分なら手に取らないであろう本だなということと考察のしがいがあること。いかにうまくさぼるかだったり、子供が自分たちで作った遊びをする場面だったり登場人物に人間らしさが溢れた作品だなと思った。主人公を除いて。読み進める中で主人公の歪さがとても気にかかった。自分が仲良くしたい人物とはいえ、あそこまで他人に尽くせる?(あれを尽くしてるというのは言葉が違う気がするのだが、、)主人公が1番変人だなと思った。でも作中前半ではむしろむらさきのスカートの女の方が周りから変な人物として扱われている点が対照的で面白かった。
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かなり独特な、ありそうでなさそうな味わいのある小説。寓話風の物語と思わせながら、地の語りに現実的過ぎる夾雑物が混ざり、一筋縄ではいかない。この作者の小説は初めてだが、気になる存在になりそう。
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異常な言動の数々がただ静かに淡々と書かれているので、自分が変なのか?と思ってしまったほど。
読み手によって解釈がかなり分かれそうで、読後、いろんな人の感想、考察を見るのが面白い。
匿名
あまり分からなかった
不気味でゾクゾクするよと進められた本ですが
私にはどこでゾクゾクするのかは分かりませんでした、主人公の観察力が物凄いところにはずっと違和感がありましたが、それ以外は普通の日常を書いたお話のように思えました
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最初から最後までぬるりとしていて私は結構好きだった。むらさきのスカートの女を観察する黄色いカーディガンの女を観察する私。読んでほどなく、おや?なるほどねと黄色いカーディガンの女から目が離せなくなった。読後感もぬるっとしていた。
Posted by ブクログ
どんな町にも存在する「名物おばさん」。そんな人物が子供たちの語り草になるのは世の常だろうと思う。タイトルにもある「むらさきのスカートの女」もそんな「名物おばさん」の一人である。主人公はその名物女に惹かれて、なんとかお近づきになろうとする。
読み進めるとわかるのだが、本作は主人公の方がやばい、端的に言って、異常者である。はじめのほうは「むらさきのスカートの女」のインパクトに覆い隠されているが、少しずつ主人公のヴェールが剥がれていく。異様な人物を通して異常な主人公を浮かび上がらせる作者の筆致はすごい。
いやもしかして「むらさきのスカートの女」はいたって普通の人物かもしれない。冷静に考えると「むらさきのスカートの女」の行動は常識の範囲内である。これは「信頼できない語り手」という小説技巧を使った作品なのかもしれない。フォークナーやカズオ・イシグロが得意とするこの技法はある意味で読者に語り手は信用できないことを明示してくれる。本小説は明示はされないが、種々の描写から語り手は信頼できないと解釈することができる。いやそう考えないと(そう考えたとしても)ラストの意味がよくわからない。多様な解釈が可能である(理解されることを拒んでいるのかもしれない)
最後に、最も恐怖的な解釈として、以下の宮本輝氏の選評を引用したい。(言い忘れていたが芥川賞受賞作である)
“「語り部である女が、この小説では最も異常性が顕著だが、読み手はむらさきのスカートの女を変わり者として感じてしまう。このふたりがじつは同一人物ではないかと疑いだすと、正常と異常の垣根の曖昧さは、そのまま人間の迷宮へとつながっていく」”
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まちの変人Aをまちの変人Bから見た視点で描かれる物語
まちの変人は周りが思っているよりかは普通だし、普通よりかはやはりどこか変
割と凡人は自分のことをどこかで特別と思いたい気持ちを抱えていると思うけれど、まちの変人には真の意味でそれがないから変人なんだろうと思った
読後に芥川賞受賞作と知ったけど、芥川賞の中ではかなり読みやすかった
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読みやすく一気読み出来たけれど、「うーん⁇これはどういうことだろう⁇」という疑問が渦巻いて、結局私の中では「さすが芥川賞!」という結論で落ち着いた。「藪の中」みが押し寄せてくる、みたいな。
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評判が良かったので読んでみたけれど、何が言いたいのかわからず、皆さんのレビューを読んでみたら、視点を変えて見ているのが面白いという意見で納得。
黄色いカーディガンのほうが、かなりヤバい笑
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2019年の芥川賞受賞作。前評判の通り、物語を通じて何も起きないのですが、主人公とむらさきのスカートの女の視点の移り変わり、小刻みなストーリー展開が面白く、一気に読んでしまいました。ミステリーっぽさがある一方で、エンタメ要素や現代社会に対する風刺もあり、何とも異彩を放つ作品です。基本的には主人公の語り口調で進みますが、実はむらさきのスカートの女は主人公自身なのではないかなど何通りもの考察ができる点も魅力の一つなのではないでしょうか。また、30代の非正規雇用かつ独身者、互いに名前ですら呼ばれないという主人公らの社会的信用の無さ、疎外感が物語に不気味さを与え、ある種の狂気染みた行動を繰り返すという点で、同じく芥川賞を受賞した村田沙耶香の『コンビニ人間』と重なる世界観がありました。
Posted by ブクログ
さくさく読めて面白かった。
主人公から見たむらさきスカートの観察日記みたいな作品。なんでそこまで詳細にむらさきスカートの女を観察してるんだよっていうシュールな笑いが出て、少しホラーかつコミカルな作品だなって思った。むらさきスカートの女は環境の変化により大きく変わって行くのに、主人公は何も変わってない点が対照的。
Posted by ブクログ
誰でも主人公のようになる可能性を秘めてるなと思わされた本。
人に執着し執着されることが最終的に主人公をとても異常者にさせてしまうのがとてもこわい。
最初は紫のスカートの女が異常者なのかと思っていたら、主人公の方が怖いのではないかと、、、
読み進めるたびに続きが気になり一気に読み終わった
Posted by ブクログ
最後はきっとこうなるんだろうな、と思って読んでいたら本当にそうなったので自分の気持ち悪さに驚いた。
こういった変な人ばかりが出てきて、誰にも共感できなさそうな話が苦手な人は多いかもしれないけれど、私は登場人物たちの滑稽さが楽しかった。
私も近所の商店街や行きつけのレストランなどで、「左側だけくせ毛の女」とか呼ばれているのかもしれないな、と自分ごとに置き換えて読むのも楽しい。
私のことを第三者が変なあだ名をつけて観察していたら、どう見えているのか。読むだけで色々な想像を膨らませてくれる素敵な物語だった。
Posted by ブクログ
イマイチ没入できなかった.....。
地元で有名になるぐらいの異質な人間(むらさきのスカートの女)が、突然社会に溶け込んでいる様子が違和感でそこから話が入ってこなかった。
黄色いカーディガンの女(自称)のむらさきのスカートの女への執着心に恐怖と共に笑いが込み上げてくる。
鼻をつまんだ話してない!に執着している時が1番面白かった。笑
Posted by ブクログ
むらさきのスカートの女が変な人なのかと思っていたけど、だんだんと誰が異常者なのかが分かってくる。最後はどうなったのか、結局どういうことなのかは分からないけど、人に執着するというのは本当に怖い。自分では考えられないような行動を当たり前のようにする”わたし”がとても不気味でした。