沼野充義のレビュー一覧
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映画「ドライブマイカー」と「愛を読む人」で立て続けにチェーホフが出てきて、この映画の本質を理解するにはチェーホフ読まないとダメなんじゃ?と思い、初ロシア文学。なので解説付きのこちらを手に取った。やはりロシア文学、独特のいいまわしが難しい。あと、なんとなく悲しい終わりのものが多い。ねむい、ワーニカ、牡蠣はかわいそうな子どもの話だった。チェーホフが子ども時代に辛い体験がおおかったからそう言う内容が多いと。知らなかった。
いたずら、はちょっと軽いタッチで伝えたい本質も伝わった。かわいい、は、それってかわいいの?と意を唱えたくなるが、男性目線から見れば自分がなく好きな人にひたすら染まる女はかわいいのかもしれない。愛を読む人で読まれてた。奥さんは子犬を連れて、は両思いながらも不倫関係で結ばれない2人の話だった。意外なテーマだ。本編とは別に、チェーホフの言葉で「結婚するなら僕の空に毎晩現れないお月様のような妻がいい」と言っていて、病気のチェーホフはそれが現実になった。この心理は意外とどの男子も持っている願望じゃないか。女性の神秘性や影のある感じ、いつまでも恋人でいたいという。一方で女性は、太陽のような明るく強い男性を好むだろう。そしていつもその温かな光で照らし守ってほしいという。男女の分かり合えなさの序章。もう少しロシア文学を読んで深めてみたいと思う。 -
Posted by ブクログ
SFの巨匠スタニスワフ・レムの名作。『エデン』、『ソラリス』と並ぶ、ファーストコンタクト三部作の一角。国書刊行会"スタニスワフ・レム コレクション"より、ポーランド語原典から訳された新訳版が発売されたので、この機会に手に取ってみた。
琴座の惑星レギスIII着陸後に消息を絶った宇宙船コンドル号を捜索するため、姉妹機であるインヴィンシブル号がレギスIIIに降り立つ。この砂漠で覆われた惑星で乗員らが目にしたのは、荒廃した"都市"の跡、そして"何か"の襲撃を受けて沈黙したコンドル号だった。コンドル号に一体何が起こったのか。この"砂漠の惑星"が抱える秘密とは――――。
「未知の惑星で目の当たりにする、想像を超えた"進化"。」
本作では、『ソラリス』で描かれた「宇宙生命体=意思疎通の出来ない異質な存在」というスタンスが継承されている。そこに人類が考えるような"敵意"はなく対峙すべき理由もないのに、"仇討ち"と息巻く乗員に違和感を抱く主人公の姿が、レムの宇宙生命体観をよく表しており印象的。
「宇宙生命体=意思疎通の出来ない異質な存在」と、作品のテーマとしては『ソラリス』と同様だが、作風は「"静"の『ソラリス』、"動"の『インヴィンシブル』」といった印象。コンドル号を襲った謎に迫るスリリングな展開から、現れた"未知の存在"との壮絶な戦いと、非常に映画映えする内容となっている。(個人的には、『ソラリス』の方が好みだったが。)
巻末には、本作への理解を深めることが出来る非常に良い解説が付いているので、本編で終わらず最後まで目を通してもらいたい。 -
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いやー、脳みそ疲れたー。(※鴨注:心地よい疲れヽ( ´ー`)ノ)
「架空の書籍を対象とした書評集」という、何をどうしたらそんな発想が出るのかというぐらいメッタメタにメタな作品なわけですが、ボルヘスが先鞭を付けているそうですね。文学の世界は奥深いよ・・・。
架空の書籍の構成を考え、さらにそれを評価する筋道も立てる必要があるという、面倒くさいこと極まりない構造をしていますが、虚心坦懐に読むとこれがなかなか面白い。特に、前半の小説パートは、こんな本が本当にあったら是非読んでみたい!と思わせる、エキサイティングで冒険的な作品が並んでいます。「親衛隊少将ルイ十六世」と「ビーイング株式会社」は、鴨も是非読んでみたいです。
一方、後半の論文系の作品に入ると難易度がぐっと増し、読み進めるのがかなり困難に(^_^;小説パートはとりあえず脳内にビジュアル・イメージを浮かべることができればついていけますけど、論文系は読む方もがっぷり四つに組んで自分の論理回路をフル稼働させないと、何が何だか分からなくなりますからねぇ(^_^; 正直、半分ぐらいは流し読みしました。でも、「生の不可能性について」「予知の不可能性について」の2冊組(も何も、存在しない本なのだからなーにが2冊組だって感じですがヽ( ´ー`)ノ)が面白かった!最後の最後に披露される、論理的どんでん返しの鮮やかなこと!
20代の自分、よくこれをハードカバーで読む気になったよな、としみじみ思いますヽ( ´ー`)ノ脳味噌を柔らかくするツールとして、オススメです! -
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文庫化されて飛びついた、
架空の本の書評群という体裁のメタフィクション短編集
『完全な真空』(1971年)。
順序が逆で、後から刊行されていた《実在しない未来の本の序文集》
『虚数』(1973年)を先に読んだので、
多分ついていけるだろうと思って(笑)。
収録は全16題。
■完全な真空
ワルシャワで出版された
スタニスワフ・レム著『完全な真空』の書評
(という触れ込みの文章)。
■ロビンソン物語
パリで出版された
マルセル・コスカ著『ロビンソン物語』の書評
(という触れ込みの文章)。
■ギガメシュ
ロンドンで出版された
パトリック・ハナハン著『ギガメシュ』の書評
(という触れ込みの文章)。
■性爆発
ニューヨークで出版された
サイモン・メリルの長編小説『性爆発』の書評
(という触れ込みの文章)。
■親衛隊少将ルイ十六世
フランクフルトで出版された
アルフレート・ツェラーマンのデビュー作である
長編小説『親衛隊少将ルイ十六世』の書評
(という触れ込みの文章)。
■とどのつまりは何も無し
パリで出版された
ソランジュ・マリオ『とどのつまりは何も無し』
の書評(という触れ込みの文章)。
■逆黙示録
パリで出版された
ヨアヒム・フェルセンゲルト『逆黙示録(ペリカリプシス)』
の書評(という触れ込みの文章)。
「逆黙示録」は創作活動という無駄(!)に
与しない者が助成金を受け取れる世界で、
あらゆる創造に対する控除額の一覧を提示する。
現代のある種のSNS上での投げ銭システムを予見し、
皮肉を投げかけているような気がした。
■白痴
ミラノで出版された
ジャン・カルロ・スパランツァーニ『白痴』の書評
(という触れ込みの文章)。
■あなたにも本が作れます
Universal社が著作権の消滅した古典文学を解体して
素材とし、どなたにもお好みの本が作れます、
という触れ込みで販売したDIYキットについて。
「超ミニ短篇小説を各家庭の即席文士が作って、喜んでいる」(p.161)
とは、まるで、現代のツイート文化を40年以上も前に
予見して皮肉っていたかのよう。
■イサカのオデュッセウス
アメリカ人の作家、クノ・ムラチェ著
『イサカのオデュッセウス』の書評
(という触れ込みの文章)。
■てめえ
パリで出版されたレイモン・スーラ『てめえ』の
書評(という触れ込みの文章)。
■ビーイング株式会社
ニューヨークで出版された
アリスター・ウェインライト『ビーイング株式会社』
の書評(という触れ込みの文章)。
コンピュータを使ったマッチングによって、
あらゆる事象を意図的に作用させられるようになった
――という一種のディストピア小説
「ビーイング・インコーポレイティッド」について。
■誤謬としての文化
ベルリンで出版された
ヴィルヘルム・クロッパー『誤謬としての文化』の
書評(という触れ込みの文章)。
■生の不可能性について/予知の不可能性について
プラハで出版されたツェザル・コウスカもしくは
ベネジクト・コウスカ教授が物した全2巻の
『生の不可能性について/予知の不可能性について』
の書評(という触れ込みの文章)。
■我は僕(しもべ)ならずや
アーサー・ドブ『我は僕ならずや』の
書評(という触れ込みの文章)。
ペルソナ(人間)とゲネティカ(創造)を合わせた
「パーソネティクス」という名で呼ばれるプログラムの住人、
人間に似た「パーソノイド」
――恐らく今日AIと称されるもの――について。
■新しい宇宙創造説
アルフレッド・テスタ教授による
ノーベル賞受賞時の講演のテキスト
(という触れ込みの文章)。
特に面白かったのは「親衛隊少将ルイ十六世」と
「てめえ」(笑)。
前者はナチスの元親衛隊将校ジークフリート・タウドリツが
第二次世界大戦後、アルゼンチンへ逃れ、
パリシアと名付けた奥地に王朝を築く――という、
コンラッド『闇の奥』を想起させる筋立ての小説評。
実在するなら是非読んでみたいと思ってしまった。
後者曰く、作品の原題はフランス語「toi」。
著者レイモン・スーラは作中で読者に語りかけるのではなく
“読者について”語ろうとしたのだと述べる。
野心的なアイディアではあったが、その試みは失敗に終わった、
何故なら著者が成し得たのは
アクロバティックな言語上の曲芸に過ぎなかったから。
書き手の読者に対する反乱の形式は
沈黙以外にあり得ないのだと、評者は語る。
いずれにしても、訳者の一人、
沼野充義先生の解説にあるとおり、
レムは架空の書物を書くことで、
作家と批評家という二つの相反する精神を結合させたのだろう。
作中に《書評家》の意識が織り込まれることで成立する
メタフィクションの魔術を堪能した。 -
Posted by ブクログ
「理解できない」というのが、正直な感想。
まず主人公が不在のため、どこに焦点を当てて読んでいいのかがわからない。焦点が定まらないためどの人物にも感情移入ができず、作中で起こる悲劇にも共感できない。
また、チェーホフは登場人物の悲劇を笑いに変えるシニカルな描きかたをするのだが、私には悲劇は悲劇としか感じられず、笑うポイントがわからない。
他の作品も読み進めているところだが、私には高度すぎて理解できそうにない。
ただひとつ言えることは、ドストエフスキーやツルゲーネフの去ったあとの時代を生き抜くために、主人公不在の気分劇を産み出したチェーホフの革新的な取組みはとても面白い。