沼野充義のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
やっぱり...やっぱり読みづらい。
チェーホフの本、戯曲ばっかで読み慣れない。
が、内容は好きです。
たぶんハリウッドとか劇団四季からしたら卒倒するレベル(偏見)で話にまとまりがないというか、オチがないというか、グルグル回る気分。
そこがなんとも人間を描いているって感じで好き。登場人物みんなして悩みすぎ。人間性に難ありすぎ。これを喜劇とか言ってるチェーホフも尖りすぎ。
私もこの本をこんな風に楽しんじゃってる時点で、中高時代、流行りの少女漫画の話に全くついていけなかった事実を今更ながら噛み締めることになった。
この本のどこに喜劇性を見つけるかで、その人の人間感が問われようにも感じます。
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Posted by ブクログ
読み始めてすぐに緊急手術・入院、退院後の自宅療養と続いて
読み終わるのにめちゃくちゃ時間がかかってしまった。
昨年はロシア革命から100年ということで関連書籍がいくつか出ている。
本書もそのうちのひとつ。
ただ、タイトルにこそ「ロシア革命」と入っているが全体としては革命
前夜からのロシアの芸術・文学史を基礎において、ロシア民族を語る
という感じかな。
トルストイ、ドストエフスキー等の作家をはじめ、芸術家・音楽家の
名前がわんさか出て来るので、ある程度のロシア文化の知識がないと
ふたりの話について行くのが大変。
ロシア文学を読み漁ったのって10代後半から20代にかけて -
Posted by ブクログ
13篇の作品のそれぞれに、翻訳者によるとっても丁寧な解説が加えられています。チェーホフの作品を読むのは初めてでしたが、この解説のお陰ですんなり作品の世界に入っていくことができました。
残酷だったり、皮肉たっぷりだったり、冷笑的だったり、いずれの物語も真っ直ぐではなく捩くれていて、かなり暗くて危ないです。物語の背景となる自然や人々の暮らし振りの描写からして暗い。この暗さはロシアの風土と歴史と社会制度に根差したもののような気がします(因みにチャイコフスキーやショスタコーヴィチなどのロシアの作曲家の音楽も根が暗いですね。何だか似ていると思います)。
「この短篇はユーモア雑誌に掲載された」な -
Posted by ブクログ
文学の意義、可能性、使命について。
あとがきに見られる、沼野さんはいささかナイーブ過ぎる気がした。
・詩は上から目線。小説は下から目線。
・何回も読んでその世界に浸るのはもちろん歓びだが、それとは別に要約しなければつかめないものがある。そのように要約は一つの読み方、批評的な読み方なのだ。
・日本はタブーが多い。タブーがある社会ではユーモアが限られる。
・やっぱり伝えるためには距離を感じさせる必要がある。「過去は一種の外国だ。そこでは様子ややり方もみんな違う」
・シンボルスカ:分からないということにつかまっている。ホイットマン:beginning is studies.自分がずっと入口に立って -
Posted by ブクログ
前作よりも沼野さんの立ち位置がこなれてきた感じがする。それぞれの対談者の持ち味が感じられるから。
くり返される部分は編集の段階でなんとかできなかったのだろうか。くどい。
今回の「おわりに」は浅薄な感じがした。ただし、ブロツキーの引用はよかった。
・「もののあはれ」は、もっとダイナミックな、主観と客観の出会いを含んでいる。
・逃避というと悪い意味で使いがちだが、逃げることは必ずしも悪い事ではない。逃げ道がないと人間は生きていけないと言うだけではなくて、それによって出会えるはずもなかったものに出会ったり、新しいものを知るという積極的な意味がある。
・英語を学ぶのではなく、英語で学ばなければな -
Posted by ブクログ
対談としてはかみ合っていない。進行役の沼野氏が話しすぎ。これならば、沼野氏の単著として構想した方がよりよい本になったのでは。
だからといって、内容に眉をひそめる部分があるとか、得るものがないという訳ではない。
対談者を生かし切れていないのでは、という残念さが残った。
最後の亀山氏は良かった。
「おわりに」の言葉は力があった。
・日本文学も世界文学
・途上国から、本当の文学が登場するかもしれない
・文学はどれを読むかではなく、読み方
・「ここに骨を埋めるか」という質問への怒り
・ノスタルジーの感覚こそが、生命感覚の根幹部にあり、それこそが生命の結晶なのではないか。ノスタルジーとは深い意 -
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文学とは何か、これからの文学は、文学の楽しみ方……と多岐にわたる文学講義は、元々中高生向けに開かれた(らしい)イベントでの講義を本にしたものだから、たいへん親切で読みやすく、こちらの視界を自然に広げてくれて面白い。読書案内としても良質。知らない作品に興味を持つのはもちろん、村上春樹は食わず嫌いだったのだけど、読んでみようかな、という気になった。それだけ紹介の仕方が絶妙。
そもそもは世界文学に興味を持ちたいと思って手にとったのだけど、のっけから「世界文学というくくりにどれほどの意味があるのか」「文学もグローバルである」という話で面食らった。安易にカテゴライズして苦手意識持ってすみませんでした。 -
Posted by ブクログ
宝塚星組公演で初めて「かもめ」を観た。それがとても良い公演で、久し振りに宝塚で良いお芝居を観た!という気持ちになったし、特にラストシーンは、今思い出しても胸がざわっとする。
それで、すごく好きになったので原作に興味をもったのと、宝塚版では喜劇としての演出ではなかった(と思う)ので、喜劇としてはどんななのかしらと思ったのだった。
でも結局公演の印象が鮮烈で、それが蘇るばかりで、それはそれでとても良かったし、あっけないけど恐ろしい幕切れはやっぱりたまらないんだけど、わたしの力では違う読み方がいまいち出来なかった…。もう一度読んでみようかなぁ。
他の舞台を観てみたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『世界は文学でできている』
沼野充義
つまり、世界文学というのは、私が、あなたが何をどう読むのかだということなんです。突き放した言い方に聞こえるかもしれませんが、最初から与えられたリストに従って「これだけは読まなきゃ」と時部を縛りながら読むのではなく、読みたいものを夢中になって読んでいるうちに、次に読みたい本が出てきて、その結果、自分の世界が世界に向かって広がっていく、というのが本当は一番いいのでしょう。(p99)
★リストというのは目安としてあることを忘れてはならない。小学生のころ、無為に図書室で選んでいたことを思い出す。
余暇自体は増えていないにもかかわらず、エンターテイメントのジ -
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チェーホフはなんかおもしろい。
みんながみんな片思いで報われないなんて筋書きだと、ふつうは悲劇色が強くなりそうなものだけれど、チェーホフはそんな状況を茶化しておどけてるように思える。
冷笑というよりブラックユーモア。そういえばウディ・アレン的と言えなくもないかも? まあそれはいいや。
決して書きすぎず、かわりに「間」をいれるのもかっこいい。
自由なかもめの象徴としてのニーナ。彼女はある日のかもめのようにトリゴーリンという文学者によって他愛なく抹殺される。でもトリゴーリンはそのかもめのことをまったく覚えてない(「覚えていないなあ!」の反復がいかにもおもしろい)。辛気臭いトレープレフはその死すら -
Posted by ブクログ
トリゴーリンの台詞に思わず胸がチクチクとした。いつも“そのこと”しか考えられなくて、一つ仕事が終わればまた次の仕事をしたくてしようがない…。大嫌いだけど、そうしなくちゃいられないっていう麻薬みたいな中毒性が創造することを生業とする人には付きまとって離れないみたいなんだ。そのこと、最近になったようやくわかってきた。
大作家ではないけれど、ある程度の成功を手に入れたトリゴーリンの苦しみと、まだ何も手にしていないニーナの彼への憧れ、やりたいことも中途半端で、周りからも認めてもらえないトレープレフの憂鬱…本当に共感できる。どれもこれも、一生涯のなかで散々味合うことになるんだろうな…。
ニーナの有名 -
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