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“人間を描く天才”チェーホフの短篇13をロシア文学研究者であり名エッセイストの沼野充義氏が豊かな言葉を駆使して新しく訳した珠玉の作品集。個性豊かな登場人物が濃密なドラマを繰り広げる。今だからこそ読みたいロシア文豪の名作短篇。[目次]●女たち(かわいい/ジーノチカ/いたずら/中二階のある家 ある画家の話)●子供たち(おおきなかぶ/ワーニカ/牡蠣/おでこの白い子犬)●死について(役人の死/せつない/ねむい/ロスチャイルドのバイオリン)●愛について(奥さんは子犬を連れて)
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Posted by ブクログ
ロシア文学って“誤解を受けやすい”と思う。その思潮や言動が必ずしも日本人が美徳と考えているものと一致せず、この本は特に、他の露人文豪の作品を並べて見ても、日本人からすると不可解なものが多いように思える。 したがって、自分の感性に合う・合わないだけでこの作品群を評価してしまうのは早合点であり、もっと人...続きを読む間本来の真性に照らして“深く”読むべき。 そうなると分量としては少ないこの短編集の作品を読み終えるのは私にとって意外と時間がかかった。有り体に言うと「この作品、何が言いたいの?」と感じて終わる作品もいくつかあり、1つ読み終えました、ハイ次、とは中々ならず、熟考のためしばらく本を置くというのも1回や2回ではなかった。 そうなったらどうすればいいだろう?そのためのテキストを翻訳者の沼野さんはちゃんと考えて、各作品には「講義ノート」とでも言うべき解説文を付けてくれている。 沼野さんの解説で特に私が興味を引いたのは「せつない」に付けられた『ロシアの「トスカ」』について。 その前に「せつない」の筋に簡単に触れると- 辻ぞり(冬のロシアのいわば“タクシー”)の老御者イオーナは客待ち中に雪が体に積もるのも気にしない。そしてごくたまに来る客を乗せても、心ここにあらずといった様子。しかしイオーナはふと客の方を振り返り、唇を動かして何か言おうとしてるのか?そうとも見える。しかし言葉は出て来ない。そんなこんなで誰かに何かを話そうとするがいっこうに成就しない。それは聞いてもらえないというのもあるが、それよりも、イオーナは話したいのだけど、話すための何かが揃わないと話が喉でつかえてしまい、そのまま飲み込んでしまう、そんな感じ。実は彼は息子を不慮の病気で失ってしまっていた…(これはほんの導入部なので筋の全開はしてません。安心してください。) 沼野さんはトスカについて、ロシア語以外の言語への翻訳が困難な独自の語彙を持つと書いている。そして詩人リルケが、自分の中にある最も言い表したい感情がロシア語で言うトスカであり、母語のドイツ語ではその感情のあやが言い表せないと煩悶する様が詳細に引用されている。 つまりトスカとは「ペーソス」ではなく、また「心痛」や「憂鬱」も一面しか表していない。 私が「せつない」を読んで、沼野さんの説明も読んで感じた「トスカ」とは、本来の精神状態では真円の状態であるものが、言葉では言い表せない何か“欠けるもの”が(ごく一部でも)存在し、そのために他人からは真円、つまり普通に見える感情が真円たりえないために心の内部の整合性が取れず、精神的バランスを崩してしまうものと解釈してみた。 そうなると、一般的にはイオーナは誰にでも息子の死を話すことで同情をしてもらえることになるのだが、心に欠けたものがあるために、心が同情を本能的に拒絶し、そのため口から言葉が出なくなるということになる。 それは、他人からすると「同情得られたら楽になるよ」というつもりかもしれないが、イオーナからしたらわかってるかのような態度を取ってほしくない、大切なものを安っぽい言葉で汚してほしくないという感情に結び付き、これは日本でも震災での被災者が安直に「ケアしましょう」と言われるのをものすごく不快に思うのと同じ感情で、人間の共通する心理として理解できる。 ただ、日本語ではそういう感情を的確に言う単語がないが、ロシア語だとそれは「トスカ」になるということだと理解した。 そうなると沼野さんは解説で『「せつない」は元々日本では「ふさぎの虫」と翻訳されていて原題のニュアンスがこれでは伝わらない』と書いてはいるが、私の『「トスカ」=心の中が何か理由不明で欠けている』説に立つと、「ふさぎの虫」(=気分がふさぐことを虫のせいであるとしていう語(大辞林))という邦題も言い得て妙、と言える。 以上のようにロシア文学の意義を正確に移すのがいかに難しいか!それを沼野さんは「キモい」「なごみ系のルックス」「ナンパ」という言葉すら翻訳で用いて、チェーホフの生きた息吹そのままをわたしたちの現代感覚で読めるように配慮している。 異論や批判もあるだろうが(私も正直少し違和感はある)、トータルでは私はこれもアリだと思う。この翻訳が合うか合わないかは時代が証明してくれるから、今結論は出さずに数年後に見てみればよい。ダメならば数年後には先人の訳が残りこの訳は淘汰されることになる。
“チェーホフの魅力、たっぷり丸わかり” チェーホフの作品を読んでみようと思ったきっかけは、『1Q84』(村上春樹)でした。 “チェーホフがこう言っている。(中略) 物語の中に拳銃が出てきたらそれは発射されなくてはいけない。” こんな記述があり、村上春樹さんが影響を受けているのはドストエフスキ...続きを読むーだけではないと知り、興味を持ちました。 訳者の沼野充義さんは、定訳となっているタイトルに変更を加えるといった、あらたな試みをしています。作品選択も素晴らしいです。 年がら年中、恋なしにはいられない、オリガちゃんのお話(「かわいい」)、家庭教師をしている少年の兄と恋愛中の場面をのぞき見されてしまうお話(「ジーノチカ」)、恐れおののく衝撃的結末(「ねむいの」)、ユダヤ人に対する偏見を切り崩そうとした小説(「ロスチャイルドのバイオリン」)、W不倫を描く(「奥さんは小犬を連れて」).......などなど どれも読んで良かったと思うものばかりです。 短編ごとに沼野さんの解説があり、これがまた良いのです。作品の説明だけでなく、チェーホフ時代のロシアのことなどが分かり、ロシア文学に接する上で勉強になりました。 チェーホフは幼い頃、しつけということで、父親から毎日殴られていたそうです。彼は医師でもありました。若いときから結核におかされており、その中での執筆。結婚生活も、とても短いものでした。享年44歳。 チェーホフの人物像も知ることができる本書は、チェーホフ入門として最良です。
初めてのチェーホフだったけど、沼野さんの細かな解説がありがたく、とても楽しく読めた。 チェーホフに限らず、ロシア文学には小さく、弱く、愚かな人によりそう優しさがあり、そのへんが好きな理由かなと思った。 ドストエフスキーとかと比べると登場人物がとても素直で、本心を語っている感じがよくわかる。(ドス...続きを読むト氏の登場人物は喋ってる内容が本心なのか嘘なのか判別しづらいと思う)
チェーホフがこんなにおもしろい短篇を書く人だなんて知らなかった。どの作品も不条理だったり残酷だったり皮肉っぽかったりと不思議な味わいがある。各篇の後に訳者による詳しい解説が載っていて、物語の背景や従来の訳との違いについて詳しく説明されているのもいい。
大学のゼミでこの本からとった「いたずら」の一編を読んだ時からすごく気になっていた。そして思ったとおりはまった。 訳者による気合いのはいった解説(もはや「ロシア文学講義」である)が短編ごとに挿入されるのは、ちょっと野暮ったくはある。けどそのおかげで童話「おおきなかぶ」の謎の「一本足」くん(とても笑える...続きを読む)にも出会えたし、リルケの「トスカ」という言葉をめぐる切実な手紙も素敵だし、なによりチェーホフの逸話はどれも面白いので良しとする。 なかでも自分的に大ヒットは「牡蠣」だ。絶賛。大拍手。 解説にもあるけれど、ピュアな想像力を前に「わ!うれしい!」となっちゃうこと請け合いなのだ。 あと女の人にまつわる話はぜんぶいい。 チェーホフの特徴としてあげられている、 ・呼びかけが届かない ・子供の話がとにかく残酷 の2点が気になる。 とりわけ「ワーニカ」における呼びかけの断絶は圧倒的だ。 子供がじいちゃんにはじめて手紙を出すが、そもそも宛名がきちんと書かれていない……という滑稽な話のなかに人間関係の根源的といってもいいような不条理を感じてしまう。それがなにしろ「生きるか死ぬか」がかかっている重大なメッセージなのにもかかわらず。 「ねむい」では子守の娘と泣きじゃくる赤ん坊……もちろん赤ん坊に「言葉」というメッセージを送るわけにはいかない。そう考えるとやはり、あの結末しか考えられない? 「言葉」が届かない状況で小説に何ができるか…というのはすごく今日性のある話というか、いや、小説が小説である限りつきまとうのかな…とか。 短編は普段あまり読まないけれど、「短編すごい!」と思える本だった。 長篇に劣るものとしての短編ではなく、この短さでしか伝えられないものがあるのだと思い知った。
初めてチェーホフの著作を読むこととなった。 新訳とのことで、くだけた形の訳も多く、分かりやすいのだが文学作品が・・・という印象も持ったが、読みやすかった。 自分自身のロシアに対する印象もあるが、明るいお話でも決して明るく感じることはなく、短いお話でも心を軽くえぐられるような内容のものもあり、不思議な...続きを読む深みがあった。
訳者の表現が偏りすぎな部分もあるが(とくに他のロシア文学も読んだことのある自分はナッちゃんで興ざめ)、作品ごとに解説があり、全体的に講義をうけているような雰囲気で、自分のようなチェーホフ初心者にはありがたい一冊だった。 解説は、近くて遠い国ロシアのわかりづらい文化などにも及んでいて、これをきっかけに...続きを読むロシア文化を知ってみようと思った。 もったいない。 いままでの人生でチェーホフを知らなかったなんて。 急に詩的な羅列が入る部分など秀逸で、その言葉の選び方のセンスまで憎たらしいほど素敵である。 訳者がチェーホフを「七分の死に至る絶望と三分のユートピア希求の夢」というふうに表現しているのだが、この分配がぴったりくる人にはたまらなくだいすきになってしまう作家だと思う。
話ごとに解説があってとても親切でした。新訳だったのででとても読みやすかったです。好きな話はナッちゃんが出てくる奴と「かわいい」って奴
思い切った改訳と、思い入れあふるる解説で、チェーホフがぐっと身近に感じられる一冊。「好きだよナッちゃん」といった訳し方の破壊力がすごい。でも、それとはぜんぜん別の次元でチェーホフはものすごい。 <収録作品> かわいい(可愛い女)、 ジーノチカ、 いたずら(たわむれ)、 中二階のある家ーある画家の話...続きを読む、 おおきなかぶ、 ワーニカ、 牡蠣、 おでこの白い子犬、 役人の死、 せつない、 ねむい、 ロスチャイルドのバイオリン、 奥さんは子犬を連れて(小犬を連れた奥さん)
好き、とかそういう言葉じゃない感じで、 私の中に残るんです、チェーホフ。 ロシア語に「トスカ」というのがあるのだとかで、 それは哀愁とか切ないとか、 日本語にはなかなか置き換えづらいものだそうで、 私はその「トスカ」というやつをいつも自分なりに感じていて、 チェーホフを読むとその「トスカ」をしんしん...続きを読むと感じます。 胸に深く残ったのは、 「いたずら」「ワーニカ」「ねむい」 でした。 特に、「いたずら」は、 もう私の中で忘れられない短篇になりました。
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