おかえりなさい、黒猫先生。
1話
暗黒舞踏を見てみたが、生を思い切り表現しているなと思った。と、同時に独特の世界観に怖さを持った。
ポオの魔術と科学の話といえば、心理出の僕としては催眠術を題材とした話のほうが先に出てくる。
ひとり死へと向かう、向かわせる絨毯よりも誰かと乗って旅をする絨毯のほうがいい。飛べたらの話だけど。
2話
心理学的な解釈では頭のない人間は個性の欠落を意味すると聞いたことがある。
トリックは、江戸川乱歩の「二銭銅貨」やアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」を思い出させる。谷崎潤一郎の「私」もそれ系らしいが。
3話
世界の声を聞くという言葉にドキッとした。相手の世界を知ることは、簡単なことではない。それが面白みになることもあるが。
絶望の中に幸福を見出すというのは実存主義的だ。
4話
奇遇ですね、僕も3月生まれなんですよ(
黒猫先生の子ども時代にニヤニヤがとまらない。付き人もきっと同じだったはず。
「タール博士とフェザー教授の療法」は、べてるの家をはじめとする当事者を中心とするアプローチやピアカウンセリングに通じるものがあると解釈していたので、喜劇的に見る発想は自然だった。どちらかと言うと、本文内の解釈はアハ体験に近い?
お笑いは、緊張感から予想外の事態が生じるから笑ってしまうと聞いたことがある。きっと「タール博士と〜」もそうで、冷花さんの体験もそうなのだ。
5話
料理と音楽の重なり合い。2つがそれぞれ良さを引き出し合いながら、1つの場を、空気を 、気持ちをつくっていく。おしどり夫婦とはこのことを言うかもしれない。
6話
ボーカロイドは心を持つかという話を思い出した。
多くの人にとってはどうでもいいことでも、その人にとってはとても大事なことになることはたくさんある。どんな稚拙なものでも、大きな力をもつことがあるのだ。
だから、音楽の世界はおもしろい。
総括
森晶麿作品の中で一番好きなのが、黒猫先生。今回はどこか不器用なところが見え隠れして思わずにやついてしまった。
1作目同様、ポー作品をベースにしているとこもまた回帰。メルツェルのチェスプレイヤー以外は未読なので、後で読もう。