加藤諦三のレビュー一覧
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ずっともやもやしていたことの原因がわかった。人と感じ方が違うなぁといつも周囲との違和感を感じて生きてきた。過去の経験を通して反応していたんだと。今を生きることに集中するマインドフルネスの状態で今この時を感じるように訓練していきたいなと思った。人を見て態度を変える事もしていきたい。今まで誰にも嫌われないように誰に対しても平等に振る舞っていたけれど、それでは幸せになれないんだね。信じられる人を信じると決めること、信じられないと感じた人とは距離を置いて生きていこうと思う。
普通の心が健全な人が当たり前にできることが、機能不全家族で育った自分にはできないことがずっと許せなくて、ものすごい努力をして普通のフリして生きてきたけれど、この本にある通り努力してもしても幸せにはなれなかった。育った環境が違うのだから、そこはもう仕方ないと受け入れて、過去に執着せずに今を感じて、その感覚を信じて生きて行こうと思う。それが自立と言うことらしい。 -
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ネタバレ「大人になりきれない人」を今の言葉で分かりやすくいうと「生きづらい人」。
そのような自覚があったので読んでみた。
作者に言わせれば自覚しているだけで「5歳児の大人」を抜け出すための大きな一歩は踏み出せているという。
自分が感じている生きづらさの正体が分からず苦しんだまま死んでいく人が少なくないことを考えたら私は恵まれている方なのだと感じた。
「5歳児の大人」とは肉体的・社会的には大人であることが求められる年齢にも関わらず、精神的には5歳児の段階で成長が止まってしまっている状態の人を指す。
その肉体的・社会的年齢と精神的な年齢のギャップで生きづらさが生まれるのだという。
一般的に精神年齢が低いと聞くと好き勝手に生きてきたろくでもない人というイメージを持つだろうが、実際は幼少期に「母なるもの」と接することができずに満足できなかった、そのために精神的には成長の段階を踏めずに止まってしまった不遇の人なのだ。
決して本人のせいではない。
子供の頃に子供らしい無責任な一方的に無償の愛を求めるような生き方ができずに大人になってもそれらを求め続けている。
そして子供らしい生き方をさせてくれなかった親や環境に深い深い憎しみを持って生きているのが「5歳児の大人」。
大人であることが求められるから憎しみを撒き散らすわけにもいかず抑圧する。
そして生きづらさの原因が分からないまま苦しんで生きている。
健康な精神を持った大人になるにはその憎しみをなくさなければいけない。
自分を傷つけた人々を許さなければいけない。
心の奥底に抑圧した憎しみがあるままでは全てのものがマイナスにしか感じられず、何をしてもストレスを受け続ける人生になってしまう。
疲れて疲れて仕方がない。
子供の頃、本当は愛してくれるはずの親に傷つけられた。
自分は何も悪くないのに精神的に大きなハンデを背負って生きなければいけなかった。
でもそれは過去のこととして割り切って許すことで憎しみから開放されて生きづらさが消えていくだろう。
実際にこれらを頭で理解しても簡単に憎しみを捨てるなんてことはできるものではないし、体で理解するためには色々な人と触れ合って迷惑をかけながらも精神の成長の段階を確実に一歩一歩のぼっていくことが必要だろう。
精神の健康を手に入れるまでには人生の大半を使うのかもしれないというのが当事者である私の実感。
様々な「母なるもの」に触れていきながら少しずつ成長できればいいなと思った。
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ネタバレ1.要約
本書は、誰にでも「いい顔」をしてしまう人を「嫌われたくない症候群」であると定義し、その心理のメカニズムや弊害、そして脱出方法について述べた書である。
人から嫌われているということが心にどう影響するかは、その人によって違う。大きな影響を被る人もいれば、ほとんど影響を受けない人もいる。「嫌われたくない症候群」の人は、嫌われているという事実よりも、嫌われることに恐怖を覚えて、自分を見失う人である。こうした人には自分を守るための心の砦がない。そうして、嫌われないために無理をしても、幸せに離れないし、自己喪失に陥り、人生が行き詰まってしまう。そこから脱出するには、「人間誰でも誰かに嫌われる」ことを受け入れ、自分の軸を持って生きていくということが必要である。本書を通じて得られた主な内容は次のとおり。
2.嫌われたくない症候群の行動原理
嫌われることを恐れて周囲に自分を出すことができずに、表面的に仲良く振る舞ってしまう。その結果、コミュニケーションは接待になってしまう。このため、他人にも、自分自身の心の本音が触れ合うことができず、のちに「もう一度会いたい」と思える人がいなくなる。逆に、「もう一度会いたい」と思える人がいるということは、心が触れ合っていた証拠である。
嫌われることを恐れて、自分の本心を犠牲にして周囲に合わせる。しかし、自分より弱い人がいるとその人に対してはずるい人となり、相手に犠牲を求める。
嫌われることが怖くて自立できない人は、対立したときに対処する道具を持っておらず、対立や対決においてものすごいエネルギーを消耗する。
嫌われたくない人は、心の根本に劣等感や恐怖感や怒りを抱えていて、弱点も含めた自分自身をありのままに認めることができない。善なるもの・価値は自分の外にあると認識して、完璧にこだわり人に優越することで自分を保とうとする。その結果、他者の評価に依存する。また、優越を求める心性は、優越により他者を貶めようとする敵意に基づく心性である。そのために他人も自分を貶めようとしていると感じ(自分の敵意の外化:自分の心の中にあることを周囲の人の中に見ること)、他人が怖くなる。
3.嫌われたくない症候群の弊害
自分の本心を隠し、他人にも自分にも本音を出さないことで、孤独感を高める。また、嫌われたくないということから、常に優越しようという方向にエネルギーを傾けるため、コミュニケーションができなくなる。嫌われたくないということで自己実現をせず、自分を欺くことにより、支配・服従関係の服従側に自分をおくことで、自身の恐怖心や憎悪を高めてしまい、最終的には人間関係が破綻する。そして、だんだんとうまくいかないことが増えて、最終的には、燃え尽きる。
4.嫌われたくない症候群から脱するには
自分自身の恐怖心、劣等感、寂しいという心を認識し、自分は欠点があっても愛されると思うことが大切。そして、自分をしっかり持つために、評価に関わらず楽しいと思えることを見つけ、自分の基準を持ちそれに答えようとすることが大切である。また、嫌われても問題ないということを認識し、自分の中の「嫌われてはいけない」という規範を捨てる。また、自分らしく、自分の能力に従って生きることが大切。
対立は、解釈の違い、正しいコトと正しいコトのぶつかり合いであり、その言い分をお互いぶつけ合い感情を整理することで、より良い関係を作るものと認識する。
また、そうして自分を毅然と出すことで切れる関係は、切れてよい関係である。人間関係に優先順位をつけて、誰に認められたいか、誰と関係を続けていきたいかを選択することが重要である。
5.感想
嫌われる勇気を持つには、幸せは外にはなく自分の内にあると信じ、自分の軸に従って生きていくということが大切と認識した。不適応的な完璧主義の要素である、厳しすぎる自己批判、他者への評価依存が「嫌われたくない症候群」を助長する要因であり、その奥底には、支配的人間に服従することで自分を保ち、きちんとできていないと認められないと考える自身の恐怖感があることを知った。そのため、自分を受容し、自分の価値観・軸を持って生きるということが重要と理解した。ただ、そうは言っても、現実に認識を変えることは難しいが、それをフォローしてくれるのが、セルフ・コンパッションによる自己受容だと思った。セルフ・コンパッションを高めて、自己受容し自分の価値観・軸を持ち、勇気をもって人とかかわっていけば、「嫌われたくない症候群」からも脱出できるのではなかろうか。また、不完全な自分も受け入れてくれる人との交流をはかり、安定的なアタッチメントを形成し実感することにもトライしたい。今後も、セルフ・コンパッションの瞑想やワークを続けて、高めていきたいと思った。 -
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タイトルから精神的に優しいこと(あなたは悪くない、あなたはあなたであるだけで好かれる、のような)が書かれていると思って読み始めたが、全く逆。
かなり厳しい。
言いたいことを言わないのは相手に気遣ったのではない。
相手に嫌われたくないから。そしてそれは逃げである。
あなたは相手のことをどうでもいいと思っている。そういう人は相手の幸せを心底喜ぶことができない。
なのに我慢しているから心理的に負荷がかかり「こんなに頑張っているのに……」と相手に求めてばかり。
誰々のために頑張っているのではない、ただ自分が嫌われないために、自分のために頑張っているのだ。
相手に対する優しい言葉も上っ面だけ。気を使っていますよ、とうだけ。心が伴っていない。
相手のために何かしないとと一生懸命に行動するが、そういう人のもとには、それを利用する人が集まる。多くの人はあなたを軽んじる。
・相手に嫌われるかも、不快に思うかも、ということが言えない。
・相手に気遣っているようで、いつも自分のことばかり考えている、本当は多分相手に興味がない、自分のことばかりの考えている人間。
・そんなこともできないの?と思われるのが怖い(仕事で)
などと自己認識していた自分にとって、この本の言葉は刺さった。
著者の「そういう人は悪口ばかり言う、だから自分も悪口を言われるのではと怯える」などは自分に当てはまらないと思ったし、所々反発したくなる内容もあった。
そういう環境で育てた親が悪いとか、鬱傾向の人に頑張らなくて良いよとか、優しい言葉はあまりない。
でも、だからこそ、自分の考えや言葉を見直すきっかけになった。 -
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ネタバレ大人になってもず~っと心の中に「幼児性」が息を潜めていて、時折なにかの拍子にダダをこねて暴れ出す。「千と千尋の神隠し」に登場する大きな赤ちゃん「坊」みたいな、僕の中にも棲んでいる「大きな子供」の存在である。
この「大きな子供」という概念に初めて出会ったのは「成長マインドセット」という本だった。その後、心理学や仏教の知識を広げるにつれ、モヤモヤしたり、イライラしてたり、沸騰に達して怒ったりした後に自問すると、この「坊」の後ろ姿や暴れた痕跡、気配を感じられるようになってきた。
人生の長さだけ居座り続けている大きな子供。
だけに駄々をこねるとやっかいなのだ。
この「大きな子供」の存在感の大きさと、それがどれだけやっかいであるかを知りさえすれば、なだめる方法もあれやこれやと考え、試す努力を支払うようになる。
この本はその試行錯誤(あるいは「大きな子供」との付き合い方)の大変さを思い知ることができる。一読では僕にはカオスにしか思えない。いまのところ、マインドフルネスのスキルを高めて「坊」に注がれているネガティブなエネルギーを中断し、手放そうと試みるくらいしか思いつかないが、加藤諦三さんの本をもっと読んで理解を深めたいと思った。 -
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メンヘラとは自己消滅型の被害者意識の強い性格だと言える。自己肯定感が確立できていなが故に、自己蔑視による地獄に嵌る。
ナルシシズムはメンヘラと結びつく。ナルシシズムは他人に無関心で、自分にしか興味がない。もっと言えば、興味があるのは「自分のイメージ」であり、「現実の自分」はその対象にならない。
ナルシストは「幸せになること」ではなくて、「幸せだと人から思われること」にしか興味がないのである。
無関心は無責任に遷移する。無関心が蔓延る日本では無責任へと帰結する。日本にはメンヘラが育つ土壌があるのだ。
メンヘラの解消とは自分の過去のトラウマと向き合うことである。その過程で「素晴らしい自分」を発見でき、自己蔑視から抜け出せる。重要なことは自己肯定感を高めることである。 -
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くどく無ければ星5の出来だと思う。
今の大人になりきれてない宙ぶらりんな自分に刺さる内容が書かれている。
優しい人とはどういうものか、成熟した大人とはどういうものか、そういった心の成長という観点に対して定義付けをしてくれている。
人に与えることに喜びを見出せるようにならなければ、与える側、背負える側にならなければ、家庭を築いたり、人の上に立つべきではないのかもしれない。
大人になるためというか、人生を進めていく中で必ず遭遇する、別れ道・困難・問題点に対してのレスポンスとして、他人頼りの選択は確かに楽だしスピーディーに物事を解決することに長けるが、自己解決能力の成長や、選択の失敗の教訓を得られないのである。
まさに自分の悪いところが浮き彫りだなと、反省させられた。
また、自分の身の回りの大人たちの中で、強く逞しく頼りがいのある人とそうでない人とでどのような差があったのか、今までモヤモヤしていた疑問が解け、視界がスッキリ晴れたような心地がした。
余談ではあるが、シン・エヴァを見た時期が重なったことで、心の成長・大人になるための落とし前という観点に重ね合わせて作品を楽しむことができたと思う。 -
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人間の心理的依存がどこから来るのかについて書かれた本。
人は誰しもが甘えたい欲求を持って生まれ、幼少期に支配的な親の元で育った子供はその欲求を十分に発散できないまま成長するため、精神的に未熟な大人になるという。
基本的には、「こういう人は、ここが問題で、こうした体験に起因する」という指摘が主旨で、特に解決策が提示されるわけではない。
その為、ある種救いがない内容ではあるが、本質は突いていると感じた。特に「抑圧された感情は他の対象に投影される」というのは真理だと思う。
自分に当て嵌まるところがなかったからこそ、興味深く感じたのかとしれないが、良書。 -
Posted by ブクログ
心の中の急所を射抜かれすぎて、どこかで拒否反応が出るのか、読み進めるのが難しい本
加藤諦三さんの本は久しぶりに読んだけど、毎回こんな気持ちになるよなあ。
トラウマは存在しない(嫌われる勇気)の逆で、こっちの方がしっくりくる。
成育過程で甘えの欲求を十分に満たされなかった人が、大人になっても心のうちにその欲求を秘めている。
けれども、それを隠して表面上はいい人を取り繕うのが上手くて、周囲には気づかれない。
そんな人は周囲の好意を受け取ることも出来ずに満たされることがない。常にかわいている。
いい本ではあるんだけど、私は読むのは心に余裕があるときだけにしよう。
辛いときに読むと気分が沈んだまま帰って来れなくなる。