加藤諦三のレビュー一覧
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購入済み
転んでただでは起き上がらない。
自分はどちらかと言うと他人に迎合して消耗していくタイプ。夫や姑はどちらかと言うとキズナ喪失症候群。
気が付けば、不満と怒りで辛い事が多々ある。その時は自分の気持ちを売って過ごすけど、後から段々いいように扱われてると不愉快になる。自分の生い立ちや育った環境を振り返ると嫌な出来事や辛かった事もあったな。でも、全部が嫌な過去ではなく、両親も自分の気持ちを犠牲にして私の甘えを許してもらった事もたくさんある。自分の子どもには私が悪い意味で辛かったことは経験させたくない。人格形成の基盤となる土台をなるべくしっかりと丁寧に育てていきたい。
この本を読んで、たくさん自分自身のことを気づかされました。次こそは、抗議します。そして、自分の好きな事や子育てにエネルギーを使っていきたい。私の人生なんだからもっと自分をもって生きたいなと思いました。 -
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ネタバレ先日著者の「心の資産を高める生き方」という本を読んだので、その続きでこちらも読んでみた。内容的にも非常に関係性が深いと感じた。
ここでいう「言いたいことが言えない人」(本書では、「恥ずかしがり屋」と呼んでいる)とは、前掲の著書で述べられている「非生産的いい人」と根を同じくしており、生きづらさを感じながら戦っている人のことであると思う。
同じ根っことは、いわゆる育った環境(両親の影響など)が要因であるということであり、本人にはそもそもの責任がなく、運命的な要素が強い。
であるけれども本人は、自身の問題として悩み多く、その悩みと力の限り格闘している。著者は、その忍耐力や努力に対し、非常に能力のある人であるとし、その能力が発揮できることとなるきっかけを著書の中で提示している。
本書では、「まえがき」で、「この本は恥ずかしがり屋の人が自分自身を理解するための本であり、恥ずかしがり屋でない人が、恥ずかしがり屋の人を理解するための本である。」と述べている。
本書によれば、次のようなことに思い当たるならば、恥ずかしがり屋の人に該当する可能性が高い。
・認めてもらいたいのに気持ちをハッキリ伝えられない。
・さみしいのに人と接すると居心地が悪い。
・気まずくなれば自分の殻に閉じこもり、非難されると不機嫌になる。だから摩擦を避ける。
■恥ずかしがり屋の人の症状
・自分を責める
→端的いうと親の子に対する姿勢に問題があり、親の顔色ばかりうかがうようにして育ってしまった人は、自己主張ができなくなり自分を責める
・低い自己評価
→親から高い期待を課せられ、高すぎる基準を自分に設定してしまうため自己実現できず、それにより自己評価が低下し、それを取り戻すためにまた高い自己基準を設定し、また挫折という悪循環に陥る
・矛盾した心理
→親の圧力等により一方で従順となるが、その根底には納得がなく、従順の裏に敵意があるといった生き方になってしまう。また優劣だけで評価されて生きてきた結果、優劣に敏感になり、他人より優れたいと思う一方、劣等感も強い。
・予期不安
→全てのことに対して起こる前から、こうなるのではないかという不安に苛まれている。
■恥ずかしがり屋の人にある4つの社会的恐怖
①失敗するのが怖い
②他人から評価されるのが怖い
③断られるのが怖い
④親しくなるもの怖い
※①~③は一般的に誰でもあるが、その恐怖のレベルが極度に大きい。
①:失敗した子供を励ますのではなく、さらに責める親(子どもの失敗は親自身にとって都合悪い為)
→失敗を恐れる大人になっていく→自己選択能力がなくなる
②:自分で既に自分を低く評価している→他人の評価が自分の価値と考えているが、他人の評価に良し悪しがあっても、悪い評価しか響かない→チヤホヤされたり褒められることが心理的安定
③:人から拒まれるだけでなく、会社や世の中から拒否されることを恐れる。出世や権力を求めるのは、会社が世の中から拒否されるのを恐れている。
④:作った心の壁を壊される恐怖
このような分析の後に、どうすれば悩ましい症状や、恐怖から脱出できるかを手段として体系的に述べられているわけではない。
自分が本書の結論と捉えたのは次の一文である。
”恥ずかしがり屋の人にとって必要なのは「私は信じる」という決断である。”
例えば、「失敗してもどうってことない」と信じる、「他人の評価なんかどうでもいい」と信じる。
「誰でも人から拒否されることがあるし、逆に自分のことを受け入れてくれている人がいる」ということを信じる。
そして、一部の人を除いて、「心の壁を取り除いていってもよい」と信じていくことではないだろうか。恐らく当人にとっては、非常に勇気のいる困難な取り組みであろうが。
なお、本書では、「恥ずかしがり屋」の人が避けるべき存在について最後に触れられていた。それはヒステリータイプの人である。「恥ずかしがり屋」のタイプとは真逆のタイプであり、得てして「恥ずかしがり屋」の人は、ヒステリータイプの人に悪い意味で利用される傾向があるようである。 -
ネタバレ 購入済み
すこしわかった気がした
加藤先生の本を何冊も読んだけれど、なぜこんなに1人になると何もできなくなるのか、なぜこんなにいつも寂しいのか、を書かれている本に出会えてなかった。この本を読んで、すこし安心したし、その理由がすこしわかった気がした。自分の過去との向き合い方や、具体的な解決法がもっと知りたかったけれど、それはまた自分で読んで勉強していこうと思った。
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Posted by ブクログ
大人になってもず~っと心の中に「幼児性」が息を潜めていて、時折なにかの拍子にダダをこねて暴れ出す。「千と千尋の神隠し」に登場する大きな赤ちゃん「坊」みたいな、僕の中にも棲んでいる「大きな子供」の存在である。
この「大きな子供」という概念に初めて出会ったのは「成長マインドセット」という本だった。その後、心理学や仏教の知識を広げるにつれ、モヤモヤしたり、イライラしてたり、沸騰に達して怒ったりした後に自問すると、この「坊」の後ろ姿や暴れた痕跡、気配を感じられるようになってきた。
人生の長さだけ居座り続けている大きな子供。
だけに駄々をこねるとやっかいなのだ。
この「大きな子供」の存在感の大きさと、それがどれだけやっかいであるかを知りさえすれば、なだめる方法もあれやこれやと考え、試す努力を支払うようになる。
この本はその試行錯誤(あるいは「大きな子供」との付き合い方)の大変さを思い知ることができる。一読では僕にはカオスにしか思えない。いまのところ、マインドフルネスのスキルを高めて「坊」に注がれているネガティブなエネルギーを中断し、手放そうと試みるくらいしか思いつかないが、加藤諦三さんの本をもっと読んで理解を深めたいと思った。 -
Posted by ブクログ
モラハラにはいくつもの種類がある。代表的なものは大きく分けてふたつあり、ひとつが「攻撃的」なパターン、もうひとつが「迎合的」なパターン。この本は、より分かりにくい「迎合的」な方に焦点が絞られている。
(「攻撃的」な方は、否定的な内容が直接言葉に表れるので比較的分かりやすい。)
専門用語が少なく(ほとんどない)、さまざまな事例を元に分かりやすく説明されているため、特別な知識がなくても読み進めやすいと思う。
個人的にはもう少し内容ごとの章わけが整理されていた方が好みだが、この書き方には心に呼びかけてくるような効果があるような気もする。
本の内容としては、おそらく知っているのといないのとでは日常生活に違いがあるので、モラハラ被害者・加害者を自認している人だけでなく、自分は関わりがないと思っている人にも幅広くおすすめしたい。 -
Posted by ブクログ
<感想>
生きるスキルとして「諦める」ことの重要性・有用性を説いてくれる本。読後、「諦められない」「執着」が一種の病理と感じるようになった。人生にムダや余白を持つ必要がある。「意味のない時間」があるから「意味のある時間」が存在する。目的があれば、目的に関係ない時間が発生するのは自然の理。だが、全ての選択に意味を持たせようとして苦しんでいるのが執着性格。
解決策は書いていないが、現状の自分の姿をセルフフィードバックするために有効な書籍だった。
<アンダーライン>
・諦めるから立ちなおれる。
・「あれよりも、いまのほうがよかった」と感じられれば過去を振り切ることができる。
・待っていた時間をムダにするのが惜しくて別の車線に移れない。その時点でどちらの車線が自分に有利かを基準にするのではなく、自分が過去にしたことに意味を見出すことに執着して車線を決めている。
・「せっかく来たのだから」が執着性格
・執着性格の人はムダをしたくない。
・完全主義とはマイナスをなくすこと
・「たられば」は完全主義の象徴
・記念撮影をしているような生き方
・好きでもないことは、一番でもビリでも同じ苦しみ
・その心理状態を表現すれば「散らばっている」
・うつ病者は「いま」を生きられない
・生きることが快適でなければ、せめて生きることが何かに役だっていなければ生きることが辛くなる。いま生きていることが快適であれば、生きることが何かに役に立っていなくてもいい。
・「強すぎる願望」があるのは、生きることが快適ではないから
・意志を失うと経験がなくなる。自分の意志で何かしてはじめて、それが経験になる。
・報酬として認められることはあった。しかしそれは、ほんとうに認められるということではない。その人にとって何か役に立ったから、その人に認められただけである。
・うつ病になるような人は、自分のたいへんさを周囲に見せつけることに関心がいっている。だから相手を見てないし、相手が見えてない。