無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
直接間接問わず、自分が関わった仕事やプロジェクトがうまくいかない、もしくは失敗すると、自分にその非が無いにも関わらず、自分の所為にしてしまう。必要以上に、あるいは人から『余計なこと』『何でそこまで?』と言われるくらいに自分を責める。
自分がしっかりしなかったから。ちゃんとしたフォロー体制を自分が敷いていなかったから。そこまで自分を責め立てると、かえって周囲の人間は自分で自分を責め続けるその状況に、うんざりしてしまう。かえってひかせてしまう。
そんな、自分の悪癖とも言うべきところを冷静に見つめ、直したい気持ちもあり、本書を手にしたのですが、予想していた内容とはかなり違っていたみたい…
本書は、第三者にそのような意図が無いにも関わらず、その第三者の一言一言、一挙一投足が、即座に「自分を責めている」と思いこんでしまう。それが積りに積って、はけ口をどこに見つけたらいいかを彷徨っていても見つかるわけもなく、結局は、漏れ出した暗黒の部分が残酷な結果へと引き金を引く。
「殺すのは、誰でもよかった」と。
文体は読みやすかったのですが、如何せんくどい。
「『被責妄想』となった人は、子供のころから、『弱者への攻撃』という名目で親(ほとんどの場合)から陰湿で粘着質な攻撃を受けていたこと」「責められることに対するストレスのはけ口を見いだせないまま大人になり、責められることが日常化すると、他者の言動全てにおいて自分を責めているように感じること」「他者のいかなる言動にも素直になりきれず、歪んだ解釈をした結果、良好な人間関係構築が出来ず、しまいには物質的暴力に及んでしまうこと」。
非常に簡単にザックリとまとめてしまうと上記のようになりますが、この内容だけで書籍の半分を占めているように見えまして。まるで催眠術をかけられているかのように、繰り返し繰り返し記述されているのです。
もしかしたら、本書を購読している、正に本当に『被責妄想』の症状にかかっている人に対し、これでもかというくらい自覚を促すことをしなければ、本当の意味で、自分の症状を理解できないのではないか、とも思いました。神経系ないし肉体への作用・症状に関することはほとんど触れられず、小難しい理論や単語も使用せず、精神的な作用が淡々と述べられているのみ。
そして最終章は、『被責妄想』だと思った人は、一旦立ち止り、己の今の状態と周囲の状態をよく観察し見極め、本当に自分は責められているのか、という自覚を促すこと。これが非常に難しく、人によっては数カ月から数年もかかる、ということ。それはそうかもしれません。子供の頃から『被責妄想』の火種を植え付けられ、そのまま成長してしまったのですから、簡単に鎖が断ち切れるわけではない。何しろ、自覚すらしていないことも考えられるのですから。
これまで起きた痛ましい事件の数々。その根幹となるのが、加害者の中で積りに積った『被責妄想』の塵の山。しかし、たとえ加害者がそれまでどのような人生を送っていたとはいえ、被害者にとっては大切な人を奪われたという事実には変わりなく、加害者に恨みを抱いてしまうことは吝かではありません。
しかし、実際に被害を被っていないその他大勢の人は、傍観者よろしく安易に加害者を責めるのにはちょっと待ったをかけます。勿論、安易に同情の余地を挟むこともしませんが。
被害・加害の関係から一線を画した人間であればこそ、冷静に、何故そのような事件が引き起こってしまったのか、その背景は何なのかを、きちんと見極める必要があるように思うのです。
だって、これから先、私たちが彼らと『同じこと』を全くしない、という保障はどこにも無いのですから。
Posted by ブクログ
筆者は、他人との人間関係を自ら進んでぶち壊しにする人の心理と自分からぶち壊しにすることはしないが孤独になっていく人の心理との共通性を、「被責妄想」というものに求める。筆者の言う「被責妄想」とは、常に他人が自分を責めているという感じ方であり、そのような感じ方をするように仕向けられた境遇で育った者は、そうでない者からすると何の変哲のないことでも、神経を研ぎ澄まして不安と闘いながら生きてしまう。そのような状況にある者が出来上がる仕組み、その者がその状況を打破する方法などが書かれている。
言われてみれば、そうかも知れないという気になることを延々と書いている。文章自体はつながりが曖昧で読みにくい。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
小説・文芸
ビジネス・実用
ビジネス・実用
試し読み