"To be, or not to be, that is the question."(「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」<本書訳、以下同>)、"Get thee to a nunnery." (「尼寺へ行くがいい」)、"Frailty, thy name is woman."(「心弱きもの、おまえの名は女!」)など、数々の名台詞で知られるシェイクスピア悲劇。
結末では、主要登場人物のほぼすべてが死んでしまうという一大悲劇である。
ハムレットの人物像に関しては、古来、議論があるようだが、読み返してみても、すっとは呑み込めない「わかりにくさ」がある。
叔父が父を本当に殺したのであれば、さっさと皆に疑いを明らかにして、裁きの場に引きずり出せばよいではないか。気狂いの真似をするのが有効な手段とはあまり思えない。
「生きるべきか、死ぬべきか」とも訳された"To be or not to be."の"be"は何を指しているのか。
ハムレットの逡巡は、確かな証拠がないことによるのか。叔父の自白を待っているのか。
八つ当たりのようにかつての恋人オフィーリアに冷たく当たり、彼女の父を(過失とはいえ)殺してしまってもあまり後悔の色もない。
とはいえ、父王を殺され、母が邪悪な男の手に落ち、恋人も失い、ついには絶望のうちに自らの命も失うのだから、悲劇の中心人物であることには違いはない。
The Heart of the Matter タイトルが期待させる。中味は少し深刻。アフリカ植民地警察の副所長スコービーの生活を中心に描かれてゆく。妻、上司、部下、その他の人々に囲まれて、息の詰まる生活が続く。妻への始めの愛はもうない。しかし妻を傷つけまいと常に気を使い、そのために偽りの言葉を重ねる。この欺瞞と罪の生活から逃れるのは一人になること。妻も同じ思いからか、ついに南アフリカに去ってしまう。妻の重荷から開放されたスコービー。だが、難破船から救助された夫を亡くした16歳の少女に憐れみを抱き、それが愛に変わる。再び妻がいたときと同じ捕らわれの状態になる。妻、愛人、神に対して哀れみと偽りと罪の意識を抱き、そこから逃げようとする。その先にはなにがあるのか・・・。この本が描いたのは愛が生み出す孤独か、罪から逃れようとする人間と神の救いとの相克か、死の平安なのか、最後まで分からなかった。作者の心理描写のうまさに感服する。