角川書店のレビュー一覧
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50代の方から頂いた手紙の終わりに、和歌が書いてあるのがかっこよかったし、素敵でした。私もお返しに書いてみようと手に取った1冊。“秋山の 木の下隠り 行く水の 我こそ増さめ 思ほすよりは”その時は恋してましたので、“秋山の木の落ち葉の下を、隠れてそっと流れていく水のように、表には見えないけれど私の方こそ、より深くお慕いしています。あなたが私を思ってくださっているよりも”な〜んて、お姫様気分をおもいっきり味わいました。最近家庭教師を引き受けたの件もあり、歴史を学びなおしていると万葉集がおもしろい!!遷都によって朽ちていく以前の都の虚しさを詠んだもの、有間の皇子が囚われて詠んだもの、弟を殺された大伯皇女の思い。創造力をかき立ててくれます。(右脳刺激で頭よくなるかな?)1冊読み終わった後で、自然とほかの古文も意味がわかるようになってきたことも、よかったこと。
今度は“朝寝髪”で始まる句を送れる人に出会いたいものです。あと、どなたかもっと万葉集を読みたいときにお勧めの本を教えてください。 -
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2025/7に「日本の神様に会いに行く ビジュアル大図鑑」を読み、なんとなく神代の全体像は理解していたつもりですが、
・いつか伊勢神宮、出雲大社に行きたい!
・いつか高千穂も行きたい!
と考えていたこともあり、このタイミングで一番読みやすそうな古事記の本を一冊読んでみました!
神の時代があって、、、オノゴロ島ができて、日本が作られる。
いろんな神様が出てきて、有名な「天照大御神」、そこから神武天皇にいたる物語が、とても読みすい現代語訳で書かれており、楽しく読むことができました。
有名な「ヤマトタケル」は、12代景行天皇の息子なのですね。もっと神代の時代の話かと思っていました。
第33代は推古天皇。このあたりになると飛鳥時代。リアルな感じになってきます。
伊勢神宮、出雲大社、高千穂。。。
奈良にもいきたくなってきました! -
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必要に迫られ、手っ取り早く(?)
このビギナーズの万葉集の本を読んでみることに
した。しかし‥勉強したはずなのに、こんなに
忘れているものだろうか。自分でも呆れる。
とりあえず覚えているのは、有名な
あかねさす紫野行き標野行き
野守は見ずや君が袖振る
〈額田王〉
春過ぎて夏来たるらし白妙の
衣干したり天の香具山
〈持統天皇〉
などなど
この本は初心者向きなため、あまり多くは
載っていないが、それでも読んでいると
万葉の頃の情景や、四季折々の美しさを詠み、
恋の情熱を詠んだその時代の人々の感情が
生き生きと感じられる。素敵だなぁと思う。
特に但馬の皇女の歌なんて、
人言を繁み言痛みおのが世に
いまだ渡らぬ朝川渡る
男性が女性の許に通う時代、皇女という身分にもかかわらず、恋しさのあまり川を渡った‥
なんて情熱的!
山上憶良の歌も、子を思う気持ちが溢れていて
ほのぼのする。
銀も金も玉も何せむに
まされる宝子にしかめやも
今の季節と言えば、この歌か?
川の上のつらつら椿つらつらに
見れども飽かず巨勢の春野は
(川のほとりのつらつら椿をつらつらと、
いくら見ても見飽きない。巨勢の春野は)
どれも素敵な歌ばかり。その中でも特に
私のお気に入りの歌は、
天の海に雲の波立ち月の舟
星の林に漕ぎ隠る見ゆ
(果てしなく広がる天の海に、雲の白波が
立ち、その海を月の舟が漕ぎ渡って、星の林に
隠れて行くのが見える)
月の舟!かっこよすぎるー!
なんて美しい歌だろうか。
この時代に、この感性、すごいと思う。
ああ、なんだか陳腐なレビューしか書けない
自分が悲しいけど、この本を読んで良かった、
という事だけは書いておきたい。
調子に乗って、折口信夫「口訳万葉集」に挑戦
しようと思ったけれど、当分時間がかかりそう‥ -
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角川ソフィア文庫の『ビギナーズ・クラシックス』シリーズ。
例によって、原文、現代語訳、解説の3点セットです。
原文が全文掲載されているのが嬉しいポイントです。
寸評やコラムもややコンパクトではありますが、名所旧跡におけるエピソードや芭蕉が引用する古歌や古事について解説されています。
現代語訳については、適宜必要な語が補われながらの訳となっており、わかりやすく文意が取りやすいと思います。はじめの一冊として読みやすいものです。
一方で、わかりやすさを重視した分原文の意味や雰囲気を損なうことがしばしばあったのがやや残念でした。また、これは個人的な好みなのですが、原文にない捕捉事項については括弧書きにするなり補註を付すなり、訳文とは分けて記載して欲しいなと思いました。
付録として掲載されている文庫本・研究書の紹介を足がかりとして、より詳しく探求したいと感じました。
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古典作品を初心者向けに分かりやすく紹介する角川文庫のビギナーズ・クラシックスシリーズから「おくのほそ道」。通釈つき現代語訳→総ルビつき原文→解説・コラムの構成がとても分かりやすく、とっつきやすい。巻末の付録では、より詳しい他の本・資料の紹介や芭蕉の足跡を辿る旅程図、年譜を紹介。
私はいま転勤で岩手県南部に住んでいるが、この辺で有名な観光地に行くと至る所で松尾芭蕉ゆかりの何々とか句碑だったりを目にするので、改めてお勉強。
「おくのほそ道」は、万葉集や古今和歌集などの古歌に用いられた歌枕 聖地巡礼の旅。
無知すぎて恥ずかしいのだけど、「松島や ああ松島や 松島や」って近代に作られた観光用のコピーで、芭蕉の句ではないらしい。てっきり芭蕉が詠んだものかと……。実際のところは芭蕉さん、松島ではあまりの絶景に感動し全く句が浮かばず、寝るに寝れない。旅の同行者・曾良の句を紹介するだけだった。 -
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はい、ビギナーズ・クラシックス・シリーズでございますよ
そしてまたしても平安絵巻でございます
米澤穂信さんの古典部シリーズを読んで、古典への興味が湧き上がって来た人にもおすすめです(そんな人いないわ!あれ古典とぜんぜん関係ないわ!)
今回は藤原道綱母の『蜻蛉日記』です
「かげろう」と読みます『かげろふの日記』とか書くと、古典好きの人に「おお、此奴出来るな」とか思われるのでお試し下さい
そして話が深くなる前に用事を思い出して下さい
内容は藤原道綱母(名前が伝わってないのよ)が、旦那さんである藤原兼家との結婚生活を綴ったものになります
この藤原道綱母という人はかなりの美人さんで天才歌人という知勇兼備じゃなかった才色兼備のお方なんですな、そんな方が名家の出で出世街道まっしぐらで美男のモテ男、藤原兼家に見初められて…というところがスタートなんですが
この藤原兼家の(当時としては普通なのかもしれんが)最低っぷりがすごい
駄々っ子か!というね
いいとこのお坊ちゃんで本人に実力もあるので、わがまま仕放題の甘え邦題
邦題過ぎてちょっと笑えない
いや平安時代の女の人は大変だったな〜とあらためて思うとともに、やっぱりちょっと藤原兼家うらやましいw
『蜻蛉日記』は面白かったんだけど、ちょっと解説というかコラムが少なめなで分かりづらかったので、全体としてはこの評価で
さぁ、次は何平安を読もうかな〜♪
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ネタバレ夫藤原兼家との儚い夫婦生活というテーマ。
21年に及ぶ蜻蛉日記。
上巻は15年間、中下巻はそれぞれ3年間。
解説にある堀辰雄の「愛せられることは出来ても自ら愛することを知らない男に執拗なほど愛を求め続け、その求むべからざるを身に染みて知るには及んではせめて自分がそのためにこれほど苦しめられたということだけでも男に分からせようとし、それにもついに絶望して、自らの憎しみそのものの中に一種の慰藉を求めるに至る、不幸な女の日記」
幸せなことはあまり書かれず、夫を待ち続ける女の悲みと恨みの思いが書かれていて、悲しくてせつない気持ちになる -
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『平家物語』の全体像を通読するのにはよかった。一通りそれぞれの話がどんな内容なのかが分かる。
ただ、本当にあらすじもあらすじなので、対訳付きで原文が読む部分以外に関しては、文字通りあらすじしか分からない。『平家物語』の雰囲気を感じられるのは、本当にごく一部なので、内容が知りたいというだけの人にはおすすめ。
原文と対訳になっているところが、冒頭の「祇園精舎」、「木曽の最期」や「那須与一」といった有名どころに、個人的に好きな「祇王」「忠度都落ち」「敦盛最期」などだったので、雰囲気としてもそこそこ満足だった。なんとなく解説は全体的にピンと来なかった。なんだろう。登場人物の評価が、個人的な感想感が強い。「日本人」といったワードが使われているあたりも、何とも古い感じがする。
読んで思ったのは、今更だけれども、灌頂の巻を除くとラストは、平家の嫡子、六代が切られるところで終わるのだなあということ。なんとなく壇ノ浦の戦いと、安徳天皇が抱かれて入水するところの印象が強くて、その後の展開の影が、自分の中で薄い。
十二歳で助命されたものの、頼朝の死後、平家の嫡流であり、謀反の罪で捕まった文覚の弟子だったことを理由に、三十余歳にもなってから斬られたとき、何を思ったのだろうかとは考えてしまう。延命されたがゆえに、十八年余りもの時間を経てから、父の血によって斬られるところが、すごくあわれに思った。今まで読んだことがなかったが、六代のくだりも原文で読んでみたくなった。
『平家物語』は、一般向けに色々な形で本が出ているが、本によってスポットが当てているところが違い、知識が積み重なるに従って、気になるところも変わってくる。原文を全部読めば早いのかもしれないけれど、そうじゃないアマチュアにとっては、これくらいのペースで少しずつ少しずつ好きなところ、気になるところを見つけていくくらいがちょうどいい。それぞれの著者、編者、解説者による視点の違いが、適度なガイドになってくれる。
そうやって、原文の雰囲気に触れていきたいと思う読書だった。 -
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大河ドラマ『光る君へ』を楽しく見ています。
何週か前の回で盛り上がったのは清少納言による『枕草子』誕生ですが、まずは道綱母による『蜻蛉日記』から読んでみました。
嘆きつつ独り寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る
『蜻蛉日記』といえばこの歌。百人一首にも入っているし、『蜻蛉日記』を読んだことのない人でもどこかで聞いたことがある有名な歌です。
『光る君へ』では、「浮気な夫をもった女性の恨み節」だけではなく、「身分の高い男性に思われた自慢話でもある」とポジティブに解釈されていましたが、いやいや、なかなかしんどくないですか。
一夫多妻制、通い婚の平安時代だとしても、夫が通ってくるかどうか、子どもが生まれるかどうか(しかも出産は命がけの時代)にすべてが依存してしまう女性の暮らしというのは本当につらい。
道綱の母は玉の輿婚ではあるものの、最初の方では時姫(藤原兼家の最初の妻)と身分的にも立場的にも大差ない。それが時姫は道隆、道兼、道長、超子、詮子と三男二女を産んだことで本妻として重んじられるようになり、ひとり息子道綱のみの作者は不安定な妾という立場に甘んじる。
男の愛情=通ってくる数=子どもの数、ではないはずですが、寵愛を失うことは経済的基盤や子どもの将来までガタガタになるわけで、たんに愛とか嫉妬とかではない問題。
当時の女性たちがどういうスタンスで男を待っていたのかはわかりませんが、ふらっとやってきた兼家に腹を立てて門を開けずに追い返してしまうというのは恋愛においては悪手でしょう。
そのほか、自分の家の前を素通りして他の女のところに行った兼家に手紙を出して嫌味を言ったり、男側からしたらめんどくさい妾なわけですが、そこが現代においてなお全女性たちが共感するところでもあるわけです。
そんなことをしたらますます煙たがられて足が遠のくのもわかっているけど、頭にくるし、自分のプライドも大切にしたい。しかも作者は美人で教養もあるので、それを歌に詠んでしまう。
壮絶なのが「町の小路の女」と書かれている兼家の浮気相手に対する作者の言葉。
産んだ子が死亡し、兼家からも飽きられて捨てられた女性に対して、
「あの女に、命を長らえさせ、私が悩んだのと同じように、逆に苦しい思いをさせてやりたいと思っていた」「私が苦しんでいるより、もう少しよけいに嘆いているだろうと思うと、今こそ胸のつかえがおりて、すっとした。」ですよ!
なかなかやってこないと怒っていた上巻あたりはまだイチャイチャ感があるものの、こない日が一週間になり、30日になり、出家を本気で考え始める中巻、まったく訪れがなくなる下巻など、平安時代の女性の人生とはと思わずにいられません。
とはいっても出家を止めるために兼家が迎えにきたり、おそらく経済的にはずっとめんどうをみていたぶん作者はまだ大切にされていたはずで、『蜻蛉日記』自体、藤原兼家も公認していたから世に残っているのでしょう。
ビキナーズ・クラシックスなのでわかりやすいダイジェスト版ですが、中巻の山寺詣で紀行文の風景描写にも美しさがあり、ここらへんが単なる恨み節とか暴露本ではなく、日記文学の嚆矢たるところなのではと思います。
以下、引用。
嘆きつつ独り寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る
51
そうこうするうちに、今を盛りと時めいていた町の小路の女へのあの人の愛情は、女が子を産んでからすっかりさめてしまったようである。意地が悪くなっていた私は、あの女に、命を長らえさせ、私が悩んだのと同じように、逆に苦しい思いをさせてやりたいと思っていたところ、そのようになってしまい、あげくの果てに、大騒ぎをして産んだ子まで死んでしまったとは。
私が苦しんでいるより、もう少しよけいに嘆いているだろうと思うと、今こそ胸のつかえがおりて、すっとした。
52
私の幼い道綱が、片言などを言うほどになっていた。あの人が家を出る時、必ず「またすぐ来るよ」と言うのを聞き覚えて、しょっちゅう口まねをする。
110
年ごとに余れば恋ふる君がため閏月をば置くにやあるらむ
(ひと月を三十日で数えると、毎年五、六日ずつ余るので、恋心が余るあなたのために閏月をおくのかもしれないね)
130
「それでは、鷹が飼えませんよ。どうなさるの」と言うと、道綱はおもむろに立ち上がり走って行って、つないであった鷹をつかんで大空へ放してしまった。
『かげろふの日記』堀辰雄
229
瞞(だま)すならもっとうまく、私を苦しめないでくれないものか、と、弱りはてた私も、心がしじゅう転んで歩けぬようになっていることを知った。心というものは肉体は持っていないが、この大事の前では立って歩けぬことで、心にも形があることを、その悲しみとともにさとることができた。
『かげろうの日記遺文』室生犀星 -
Posted by ブクログ
これまで読んだビギナーズクラシックスの中では現代語訳も原文も読みにくくて時間がかかった。
大河ドラマで道綱が道長に「妾というものはどんなに大事にしても辛いらしい」と語っていましたが、たとえそれが当たり前の時代でも辛いに決まっていると思います。
あれだけプライドが高く素直になれないのに兼家への思いはもちろんあ町の小路の女の凋落への思いなど、包み隠さずあまりにもストレートに文にしている道綱母はなんだか可愛くも思えました。
兼家から望む愛を獲られず苦しみ、その苦しみさえ兼家には伝わることなく絶望し、兼家とのことが主題であるはずのこの日記も最後は身辺雑記的になっていき、そのまま幕を閉じてしまうとても切ないおわり方が身につまされました。