フェルディナント・フォン・シーラッハのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
フェルディナント・フォン・シーラッハ『刑罰』創元推理文庫。
読者に媚びを売らず、時に読者を突き放すような乾いた文体で、極めて淡々と描かれる物語は長岡弘樹の一連の短編と似ている。人生の機微と不思議な魅力を感じる捻りの効いた犯罪ミステリー短編12編を収録。
『参審員』。世の中には時折、皮肉な出来事が起きる。それは必然であり、偶然ではないという人生の機微。冒頭から一人の女性カタリーナの孤独な人生が綴られる。幸せなひと時から、人生に起きる様々な波乱。幾つもの波乱を乗り越え、新たな職を得ても自ら孤独な人生を選ぶカタリーナは参審員に選ばれる。裁判を通じて夫からDVを受けていた証人に自分の人生を重ね合わせ、痛く同情したカタリーナに裁判所の下した判断は。★★★★★
『逆さ』。この短編集の中では一番のミステリーであろう。やるせない結果となった事件を弁護したことが切っ掛けで、ギャンブルと酒に溺れた弁護士のシュレジンガー。妻とも離婚し、他愛のない弁護依頼を引き受けながら、自堕落な日々を過ごすうちに殺人容疑者の弁護を引き受けるとになる。全く勝ち目の無さそうな事件だったが、過去に弁護した男から謎に満ちたヒントをもらう。★★★★★
『青く晴れた日』。自らの過ちに気付くことの大切だが、気付いてからでは遅いこともある。何とも言えぬ含蓄を含んだ短い話。赤ん坊を死なせた夫の罪を肩代わりし、3年後に出所の日を迎えた母親が取った行動は。★★★★★
『リュディア』。人間以外への愛をどう受け取るのか。人には様々な考え方があり、様々な生き方はある。妻に裏切られ、妻と離婚したマイヤーベックはひっそりと孤独に生きていた。ある日、テレビのルポルタージュでラブドールの存在を知った彼はお気に入りのラブドールを購入し、リュディアと名付けた。★★★★
『隣人』。24年間、一緒に過ごした最愛の妻エミリーを失ったブリンクマン。ある日、無為な日々を過ごす彼の家の隣に夫婦が越して来る。夫の姿はたまに見掛けるだけで、ブリンクマンは妻のアントーニアと少しずつ距離を縮めていく。★★★★
『小男』。運が良かったのか、悪かったのか、何とも皮肉な結末。43歳で未婚のシュトーレッツは小柄な男で、リビングに小男の伝記をコレクションしていた。ふとしたことで大量の麻薬を手に入れた彼は密売を決意するが、飲酒の揚げ句に交通事故を起こし、麻薬所持の容疑で逮捕される。拘置所では小男と馬鹿にされることはなく、大物犯罪者として一目置かれた彼だったが。★★★★★
『ダイバー』。異常な性癖の果てに招いた悲劇。事実は小説よりも奇なり。妻の出産に立ち会ったのを切っ掛けに異常なまでの潔癖症になった夫。ある日、妻は浴室で黒いダイバースーツに身を包み、首をくくって亡くなっていた夫を発見する。しかし、妻は殺人容疑で逮捕される。★★★★
『臭い魚』。少年は時に残酷であり、何をするか分からない。様々な悪い噂が付きまとう臭い魚と呼ばれる男に少年たちの取った行動は。★★★
『湖畔邸』。大きな痣という肉体的な十字架を背負った男が平穏な暮らしを壊されたことに怒る。世の中は常に移ろいゆくもので、それに抗うことは時に愚かさとなる。仕事を辞めて、まるで引きこもるかのように祖父との思い出のある湖畔邸で平穏に暮らすアッシャー。しかし、平穏な暮らしも長くは続かなかった。★★★★
『奉仕活動』。人生の勝利は時として思わぬ形でもたらされる。僅かな望みも捨ててはいけないのだ。トルコ人の厳格な父親に育てられたセイマは大学に進み、弁護士になる。初めて弁護を担当した人身売買事件の被告はどこから見ても容疑は明らかだった。勝ち目のない裁判。★★★★
『テニス』。人生はいつどこで、どちらに傾くか解らない。テニスの腕が無いと夫に忠告される妻。夫の浮気相手の真珠のネックレスを見付けた妻は、これ見よがしにネックレスを家の階段に置いて、出張へと旅立つ。★★★★
『友人』。財産があり、美しい妻が居ても満たされないのが、人生。かつての友人も今も変わらぬ姿でいるとは限らない。ドラッグに溺れ、変わり果てた姿になった友人。そうなったのには、ある理由があった。★★★★★
本体価格720円
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Posted by ブクログ
ネタバレ主人公・ライネンは、弁護士になってやっと42日。
初めて殺人犯の国選弁護人になったが、容疑者、いや、犯人は犯行を認めるものの、動機を明かさない。
犯行に至るまでのどんな背景が事件にはあったのか、そして、なぜ犯人は動機を明かそうとしないのか。
何を書いてもネタバレにかすってしまうので、感想を書くのが難しいなあ。
これから読もうと思う人は、この先を読まないでね。
いまだにドイツに影を落とし続けているのが、ナチス時代に行った数々の非道。
犯人であるコリーニがなぜ殺人を犯さなければならなかったのか。
それもまた、現在に残るナチスの影のせい。
ナチの生き残りが作った戦後ドイツの法律が、ナチの犯罪をなかったことにする。
余談だが、この小説の出版がきっかけで、ドイツはナチの過去再検討委員会を立ち上げたという。
小説が政治を動かしたのだ。
閑話休題。
犯人は結局最後まで多くを語ることはなかった。
作者としては、その存在が、訴えたいことのすべてだったのかもしれない。
そもそもなぜイタリア人の犯人は、ドイツに暮らし続けたのか。
ずっと癒えない傷を忘れないためにそうしていたのか。
犯人の心のうちにあったものは、恨みだったのだろうか、それとも今は亡い人たちを慕い続ける思いだったのだろうか。
生涯独身を貫いた犯人は、愛する人を持つことはなかったのだろうか。
自分自身を生きることはできたのだろうか。
多くの疑問が頭の中をぐるぐる回るけれど、簡単に答えを出すことではないとも思う。
「わたし、すべてを背負っていかないといけないのかしら?」
「きみはきみにふさわしく生きればいいのさ」
それほど長い作品ではないのに、ずっしりと重い読後感が残された。 -
Posted by ブクログ
台本形式(戯曲)の書き方なので、芝居(舞台)をあまり見慣れていない人にはとっつきにくいかもしれませんが、法廷劇や戯曲が好きな人なら絶対に楽しめる作品だと思います。
ドイツでハイジャック事件が発生し、乗客164名を乗せた飛行機が満員のサッカースタジアムへ向かう。7万人の観衆を救うため、空軍少佐は命令に(あるいは憲法に)背いて旅客機を撃墜、164人を殺害した罪で起訴された。彼は大量殺人者か、それとも7万人を救った英雄か。
検察側、弁護側双方の主張はどちらも説得力がありましたし、(おそらく)観衆の評決によって被告人が無罪/有罪となる2パターンのエンディングが用意されているのも魅力的でした。
自分でも評決を入れる気持ちになって考えながら読むことができ、頭を使いましたが楽しい時間を過ごすことができました。
検察官の主張にある、「みなさんを縛るのは、法律となったものだけです。現実に存在する法律は、憲法に合致し、込み入った民主的な手続きを経て、わたしたちの議会によって公布されます。ですからモラルに反して間違っているように思えても、法律は有効なのです。……「モラルとしては正しい」ことでも、その意見が憲法を超えることは決して許されないことです。」という論旨には法治国家としてのあるべき姿を感じましたし、弁護人の主張する「生命を他の生命と天秤にかけることはできないというこの基本的な考え方は、わたしには疑わしいものであり、健全な人間の考えと矛盾するように思います。それに、より小さな悪を優先させることは正しいとする判決が過去に何度も出されています」という英米法の判例も、実生活に即した判断であるように思います。
それぞれのケースに応じて判断する(だからこそ判決に「揺れ」が生じて議論の的になるわけですが)こと、またその判断が適切であったかどうか検証して次に活かすことこそが重要なのだということを改めて考えさせられました。 -
Posted by ブクログ
よく考えようシリーズ。飛行機がハイジャックされ、サッカースタジアムに突っ込もうと目論むテロが起こる。7万人の観客の命を救うために、160人の乗客を乗せたこの飛行機を撃墜した空軍少佐。この小説はこの事件をめぐり逮捕された空軍少佐の裁判を演劇風に表現したもので、生存権とは、法律とは、市民を守ることとは、命の数を天秤にかけることの是非などの主張が対立する。いわゆるトロッコ問題を、テロを絡ませてとてもリアルに再現して問いかけている。私たちがもっとも苦手とする正解のない、果てしない議論であり、太平洋戦争時代から、シン・ゴジラが来襲した時にも首脳陣が見せた結論先送り・事なかれ主義的なことでは済まされない、論理的に考え方針を出す訓練になる。
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Posted by ブクログ
"哲学的命題。マイケル・サンデルさんの「これからの「正義」の話をしよう」の最初に登場するジレンマを戯曲にした作品という印象を持った。
1人を殺すことで5人を救えるとしたら、その一人を殺すべきなのか?
本書では、テロリストにハイジャックされた航空機をミサイルで撃ち落としたパイロットが被告として法廷で裁かれる場面を描いている。
テロリストの意思通りことが運べば7万人で満員になったスタジアムに墜落させ多くの人の命を奪うことになった。
乗客約200人の命と7万人のスタジアムにいる人々の命が天秤にかけられるべきなのか?我々は法治国家に生きており、すべてを法律原則通りに行動することが正しいのか?
命令に従うべきである軍人は命令違反をしてまで起こした行動は、どのような解釈をするべきなのか?
様々な命題が絡み合うように思える。
年に1回は読み直し、思索をしたい。" -
Posted by ブクログ
テロリストにハイジャックされた旅客機に乗った164人と、その飛行機が突っ込む先のサッカースタジアムにいる観客7万人−−。どちらかしか助けられない状況に、もし自分が陥ったら−−。空軍少佐は164人が乗った旅客機をミサイルで撃墜し、スタジアムの7万人の命を救った。そして少佐は逮捕され、裁判所で有罪か無罪かの評決を受ける。裁判ではさまざまな意見がかわされ、有罪を主張する検察側も無罪を主張する弁護側も、どちらの意見もまっとうであり理解できる。さて、評決は? 有罪でも無罪でも議論が沸き起こるだろう。結末はネタバレになるので書かないが、この裁判の模様を読むことで、本書は、各自がどのような態度をとるべきか考える良い教材となる。道徳の教材にぴったりではないだろうか。