フェルディナント・フォン・シーラッハのレビュー一覧
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前作の『犯罪』と同じ系統の15編の短編を収録。
短編と言うよりも掌編小説と言った方が良いような小品もあり、前作に続き、不思議な魅力を感じた。全ての短編が創作なのだろうか。極めて淡々と冷めた視点で様々な市井の人びとの罪を描いた短編ばかりたのだが、救いのある短編もあれば、喪失感だけが残る短編、ミステリーの要素を感じる短編が混じる。
短編に描かれる数々の人びとのの罪は現実に起こりうるものばかりだ。もしかしたら、短編に描かれる登場人物の名前は単なる記号に過ぎず、主人公は人間ではなく、人間の犯す罪なのかも知れない。これは、最後の作品の『秘密』に著者の名前が出たのを見ると、あながち的はずれではないように思った。 -
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不必要な文飾を極端なまでに削ぎ落とした簡潔な文体で描ききだされるのは、人間の内面に抑圧されてきた狂気とも、悪とも、暴力とでもひとまずは言える。これが、ゲルマン気質なのだろうか。秩序を愛し、中庸を尊び、ひたすら恭順に世間を生きている人びとが、ひとたび、世間の秩序だった世界の中に自分が容れられないと気づくや否や狂気に囚われた戦士のように衝動的な暴力沙汰を起こす。まるで、それまでの自己が偽りで、今剥き出しにされたのが、本来のあるべき自己なのだとでもいうように。淡々と事態を叙する記述がかえって、その世界の酷薄さを物語るようで、居ても立ってもいられないような強烈な読後感をもたらす。主人公の内にあって常に抑圧を義務づけられた欲望のようなものはもしかしたら誰の裡にもあって、抑圧の激しさゆえに奇妙に捻じ曲げられ歪みきった怪物の姿をしているのではないか。読後、そんな恐怖感に襲われること必至。とんだクリスマス・プレゼントである。
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26の話がのっている。
各章には数字だけで、タイトルがない。
珈琲と煙草と同じスタイル。
後半により気になるストーリーあり。
エッセイか小説か、は関係なく、静かに染みわたる。
さらっと、気になった章をおさらい。
満点じゃないのは、なんとなく。シーラッハの曖昧感から。
3. 東京での話 パーク・ハイアットに宿泊。ロスト・イン・トランスレーションのロケ地。
アリソンという女性から聞く、悪くてよい話…
5.過去に弁護した男性か語る、語られていなかったこと。成功の足元をすくわれそうになり、でも、その成功を手放し、静かに生きるきっかけ…
8.誤解。それがきっかけで起こる不幸な夫の死亡事故。生き残った妻が、夫の埋葬後まもなく知る真実…
9.リベンジ…
16.リベンジ その2
17. プーチンの宮殿に衝撃を受ける。モナコの40倍の広さ、10億ドル以上の建築費…
そして、ジャコメッティの暮らしぶりが描かれる
ジャコメッティは理想だ
18.自分の尺度でものを測るのは危険、とよく思う。
いろいろなエピソードが、その裏には隠れている。
19.ハーヴェイ・ワインスタインの事件も、映画好きにはこたえた。今もいろいろなことが起る…
20.バカな男子学生というのは今もいる。
グループを率いたがる、意気がる、そして負ける…
頭だけでもダメだが、考えることは必要
21.ダメな夫に自分を犠牲にしてしまった妻のエピソード…
22.恵まれた出自の人には選択できる道
23.芸術家は大変。才能だけでは、生きていけないから。
24.ロレンツォ…
25.ヴィスコンティ…「山猫」のエピソード
ヴィスコンティはモドローネ伯爵だった
ランカスターは郵便局員の息子だった
ふう…
26.ジャコメッティ展に出かけた話
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ラジオで?誰かがシーラッハの話をされていて、読んでみた。
164人の乗客を乗せたルフトハンザ機がハイジャックされ、7万人の観客でいっぱいのサッカースタジアムへの墜落が目論まれる。知らせを受け緊急発進した空軍少佐が命令を無視して旅客機を撃墜。逮捕。裁判にかけられることになる。
この裁判の様子が描かれる法廷劇+フランスの雑誌『シャルリー・エブド』がM100サンスーシ・メディア賞を受けた際のシーラッハによるスピーチを収載。
有罪評決の結末と無罪評決の結末、両方が用意されていて読む人に考えさせるようになっている。
自分が裁判員になっていたら、パイロットだったら、報告を受けて指示を出す国防大臣だったら、とかまあ考えますな。
わたしは、検察官が検察側の証人にハイジャックの連絡を最初に受けてから旅客機の墜落までに52分間あったのだから、スタジアムに連絡して観客を避難させることができたのではないか?と質問したことが頭に残っている。
スタジアムが空になったとしても旅客機が墜落させられてしまえば164人は死んでしまうことには変わりがないのか?
私たちのモラルや良心は揺らぐものだから、憲法という「原則の集合体」があるのだ、という検察官の論告もよく分かる。
しかしそれだと「上品な法治国家はテロリストになんら手を出さない」と保証してしまうことになる、という弁護人の最終弁論は、わたしにはへ理屈にも感じられなくもない。
しかししかし。。。 -
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『コリーニ事件』
この小説を読み終えた後、読者は深いため息をつくことになる。
シーラッハの長編はこの作品が初めてである。わたしもまた、深いため息をついた。
法と個が交わる難しい状況が描かれている作品だと、前提条件としてわかっていたが、読み進めていくうちに、更には社会や歴史も深く交わっていることがわかっていく。
「わたしは法を信じている。きみは社会を信じている。最後に軍配があがるか、見てみようじゃないか」
そして読み終わった後には、真実を解き明かすことそのものが個にとっては正義ではないのかもしれないという気持ちになる。
「マッティンガーはわずか2時間で、コリーニの父をもう一度殺したのだ」
死や殺人という言葉について、深く考えた。肉体的に殺される事はもちろん、社会的にも殺されることがある。存在までもが殺されることもある。
ナチ政権に関しては、酷く混み合った事情を抱えることがある。殺人や虐殺、処刑を行った者が時効によって許されてしまう事が多々ある。
、、、うまくまとめられない。あまりにも自分の知識の無さ、そして思考の浅さに眩暈がする。
しかし一つ言えるのは、弁護と私情が混じった時、人は何かを失うという事だ。 -
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感情を込めない淡々とした文章に戦争が及ぼす次世代への影響、法律の歴史、戦犯の別の側面などドイツが舞台ではありながら、どの国でも考えるべき問題が取り上げられています。
ページ数も登場人物も少なめです。心情もあまり語られないし、登場人物たちの行動から推しはかるという描写が多いです。
著者の祖父が元ナチスのユーゲント指導者だったという背景が作品に多いに影響していると思われます。この著者だからこそ描けた小説なのだと思います。最後の1ページが心に残ります。
実際にドイツの政治を動かしたとも言われる社会派小説。日本だったらどうでしょうね?自国の戦犯の話って自分も責められているようですごく辛い。ドイツでベストセラーというのがすごい。 -
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『犯罪』
シーラッハはわたしのお気に入りの作家の一人。
ドイツ文学は少し授業で齧ったりもしたけどこんなにも、のめり込む様な世界を与えてくれたのはフェルディナント・フォン・シーラッハだった。
「犯罪」と書かれた題名からして、そしてミステリーという区分に、きっとどんでん返しのストーリーが待ち構えていると誰もが思うであろう。
11章の短編で構成されたこの本はとても読みやすく、ドイツ文学初心者の方でもするりと入り込める。
しかし、どんでん返しものではなく、現実の話のように「まあそうなるだろうな」と進む話が多い。至って単調な話の連続のように感じるが、彼の描くストーリーは調書や報告書など事務的なものから遠く、話の中には実に多種多様な背景を持ち合わせた登場人物で溢れている。
妻との約束を、妻にどんな目に遭わされても最後まで守った男、数字に囚われた強迫性障害の少年、メルヘンな残酷さを背負った寡黙な男の生きがいに、とんだカニバリズムを持ち合わせた青年(私はこの本を読んで性的衝動によるカニバリズムが、多くを占めることを知った)
気になったのは主人公が男性であることが多い、ことだ。男女比率だと男の方が犯罪を犯す確率が高いからだろうか?
最後に一つ、読んでいてとても気に入った言葉がある。
「狐は多くを理解するが、ハリネズミはただひとつ大事なことを知っている」
紀元前の詩の一節を物語に落とし込む彼のユーモアが非常に好きだ。
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シーラッハの作品は、なんというかストーリーに余白があって余韻が心地よい。
決して居心地のよい話ではない事が多いのだが、読んだ後に、自分の心の中でいろいろなことが静かに共鳴する感じがする。
本作は、言ってみれば短編集なのだろうが、短編とも呼べない、掌編ですらないくらいの数行で終わる作品もあって、尚且つ各編にタイトルがない。ないというか、単純に連番が振られている。訳者によれば、共感覚者であるシーラッハには、それなりの意味があって振ってある数字なのかもしれないが、それがまた読み手には自分でイメージを膨らませる余地になり、一層作品を味わい深くしている。
作中にはいくつもの実在の小説や映画、歴史的事実が出てきて、また物語の視点となる人物の多くが弁護士であったりして、フィクションなのだけれど、どこか現実と混ざり合うような感覚もあって、それがまた作品に新たな響きを与えている気がする。
特に印象的だったのは〈16〉。映画館が出てくるせいもあるのだろうが、何か映画を観たような気分になる。
人間のおかしみや愚かさ、悲哀をふんだんに取り込んだ秀作。
読後のこういう感覚が好きだから、シーラッハの作品はいつも手にしたくなる。
そして、今の日本をシーラッハはどう見るだろうか。為政者たちに〈22〉を読ませたいものだ。