フェルディナント・フォン・シーラッハのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
■命の尊さは数で比較できるか
旅客機をハイジャックしたテロリストが、7万人が詰めかけるサッカースタジアムに墜落させようと計画。 命令に反して、数百人が乗る旅客機を撃墜したコッホ空軍少佐を無罪にするべきか有罪にするべきか、という思考実験的な戯曲。
非常にナイーブな問題だが、自分が陪審員だとしたら断腸の思いで有罪にする。
理由は「どうして観客を逃がすことを考えなかったのか」という検事の一言に尽きる。
コッホ含め関係者全員「7万人か10 0人どちらを犠牲にするか?」ばかりを考えて、全員が助かる道を考え尽くしたといえない。
もし検事の言うとおり、「コックピットに乗客が押し入り、自らの力でテロリストを排除する」可能性があったとしたな らば、コッホは乗客が生き残ることができる一つの手段を奪ってしまったのである。
また、他人の思考を科学的に計るすべが無い限り、コッホの行為が正義感からくるものなのかを断定することはできない 。 結局、法で裁けるのは結果でしかない。一個人に生殺与奪の権利はない。
映画【ダークナイト】でも無辜の人々の命が同じように天秤にかけられたことがある。 テロリスト(ジョーカー)は罪人達だけが乗る船と、一般人が乗る船それぞれに爆弾を仕掛け、両方にスイッチを渡し、先にスイッチを押した方を助けると伝える。 一般人側が先に「相手は悪人だから」という理由でスイッチを押そうとするが、罪人達はそのスイッチを海に投げ捨てるのである。結果的に双方助かったのだが、仮にもしどちらかがスイッチを押してしまったら、 テロリストの言いなりになったも同然だろう。
ある意味、コッホも撃墜したことによってテロリストに加担してしまったとも言えるのではないか。
難しい問題に直面したときに、法治国家としてどこまで対処できるのか。法律を見直し続ける必要性を感じさせてくれる本だった。 -
Posted by ブクログ
ミネット・ウォルターズの中編『養鶏場の殺人』が、とても強く印象に残っている。ウォルターズとしては珍しく、実際に起きた事件を小説化したものであり、やはり実際に起こったことのほうがむしろ小説よりも奇という場合もあるのだな、とじわじわと背筋に迫る人間の怖さを感じたりしたものだ。ついでに言えば、当該作品は、2006年イギリスのワールドブックデイにクイックリード計画の一環として刊行されたものであり、普段本を読まない人に平易な言葉で書かれた読みやすい本として提供されたそうである。
さて、本書『罪悪』は、日本国内でも上位にノミネートされて話題を呼んだ『犯罪』に次ぐ、現役刑事弁護士シーラッハの第二短編集である。『養鶏場の殺人』を想起させたのは、シーラッハの作品がミステリという枠を超えて、どんな読者にも、ともすれば普段本を読まない人をターゲットにして読んで頂いても、読みやすく、そして感銘を残すのではないだろうかと、ぼくの中で勝手に想像が働いたからだと思う。
おまけに『養鶏場の殺人』と同じく、シーラッハは現実に体験した事件から材を取っている。そのために、普通のミステリーでは描けないほどの人間の不思議さに迫る作品がむしろ多いように思われることだ。亡き叔父の遺した「物事は込み入っていることが多い。罪もそういうものの一つだ」という言葉を刑事弁護士という仕事に取り組んでいるうちに、徐々に自らに身についてきた真摯な眼差しなのであろう。
主人公「わたし」の登場し扱ってきた事件の題材という形をどの作品もどうであれ採用していることで、それぞれの人間の起こす奇妙な罪の群像にリアリティという光を与えている点にも注目される。刑事告発された罪は、見たままのものではないことが多い。むしろ「込み入っていることが多い」のである。
偶然が罪を生じさせる有機現象のように見えるものもあれば、人間の弱さや懐疑心が唐突に、もしくは長い時間をかけて貯蔵され、唐突に喫水線を超えることもある。世の中のミステリ小説は、こうした人間の不条理を扱って模索されるものが多い。しかしシーラッハは極端に煮詰め込み濃縮し切った超短編という形でいくつもの例題を提示する。それはそれで恐ろしさをナイフの先のように読者の心理に突き立てる。文章のあざとさというより、文章の選ばれた短さ、断面性のようなものが、彼の作品ををよりスリリングなものに磨ぎあげているとしか言いようがない。
シーラッハという読書的新体験ゾーンへようこそ、と言ったところか。 -
Posted by ブクログ
犯罪、罪悪のような、淡々としてそれでいて怪しさをはらむ数式のような短編集。正直、シーラッハはすごく好きなんだけど前作「禁忌」が個人的にイマイチだったので不安だったが、これはヒット。
これぞシーラッハ節、というような芸術や文化たる整然さと人の業たるカオスさが混ざり合ってなんとも言えず不気味な雰囲気が全編にあふれていた。まさにブラッククリスマス。満足満足。…だけど、やっぱり最初に読んだ「エチオピアの男」を越える傑作短編は、まだない。
あれを越える話をこれからも求め続けるのは、シーラッハにハマった読者の業だろうか。来年再来年と、引き続きそれを期待しながら、また訳者の素晴らしくカオスを落とし込んだ日本語にも期待しながら、ゆっくりと過ごしたい。 -
Posted by ブクログ
作品紹介・あらすじ
ドイツでは、クリスマスに最も殺人が多い。十世紀から続く貴族トーアベルク家のクリスマスの惨劇を描いた表題作と、日本人の女子留学生に恋をしたパン職人の物語「パン屋の主人」、公明正大だった裁判官の退職後の数奇な運命を描く「ザイボルト」を収録。本屋大賞翻訳小説部門第1位『犯罪』のシーラッハによる珠玉の短編を、気鋭の版画家タダジュンの謎めいたイラストが彩る。ふたりの天才が贈るブラックなクリスマス・プレゼント。
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初めて読むシーラッハ。
名前はなんとなく知っていたし、「犯罪」が2012年本屋大賞の翻訳部門で1位を獲得したことも知っていたのでちょっと期待して読んでみたのだけれど、今ひとつ読み応えがなかった。
100頁足らずの中に3つの短編が収録されているので、著者が本領を発揮した作品ではなかったのかもしれない。読みが浅いと言われそうだけれど、内容も何となくありふれた事柄のようにも思える。さらにヒンシュクを買いそうな書き方をすれば、本編よりも「訳者あとがき」の方が読み応えがあって面白かった。
シーラッハは他の作品も積読状態になっているので、そちらに期待。