フェルディナント・フォン・シーラッハのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ミネット・ウォルターズの中編『養鶏場の殺人』が、とても強く印象に残っている。ウォルターズとしては珍しく、実際に起きた事件を小説化したものであり、やはり実際に起こったことのほうがむしろ小説よりも奇という場合もあるのだな、とじわじわと背筋に迫る人間の怖さを感じたりしたものだ。ついでに言えば、当該作品は、2006年イギリスのワールドブックデイにクイックリード計画の一環として刊行されたものであり、普段本を読まない人に平易な言葉で書かれた読みやすい本として提供されたそうである。
さて、本書『罪悪』は、日本国内でも上位にノミネートされて話題を呼んだ『犯罪』に次ぐ、現役刑事弁護士シーラッハの第二短編集である。『養鶏場の殺人』を想起させたのは、シーラッハの作品がミステリという枠を超えて、どんな読者にも、ともすれば普段本を読まない人をターゲットにして読んで頂いても、読みやすく、そして感銘を残すのではないだろうかと、ぼくの中で勝手に想像が働いたからだと思う。
おまけに『養鶏場の殺人』と同じく、シーラッハは現実に体験した事件から材を取っている。そのために、普通のミステリーでは描けないほどの人間の不思議さに迫る作品がむしろ多いように思われることだ。亡き叔父の遺した「物事は込み入っていることが多い。罪もそういうものの一つだ」という言葉を刑事弁護士という仕事に取り組んでいるうちに、徐々に自らに身についてきた真摯な眼差しなのであろう。
主人公「わたし」の登場し扱ってきた事件の題材という形をどの作品もどうであれ採用していることで、それぞれの人間の起こす奇妙な罪の群像にリアリティという光を与えている点にも注目される。刑事告発された罪は、見たままのものではないことが多い。むしろ「込み入っていることが多い」のである。
偶然が罪を生じさせる有機現象のように見えるものもあれば、人間の弱さや懐疑心が唐突に、もしくは長い時間をかけて貯蔵され、唐突に喫水線を超えることもある。世の中のミステリ小説は、こうした人間の不条理を扱って模索されるものが多い。しかしシーラッハは極端に煮詰め込み濃縮し切った超短編という形でいくつもの例題を提示する。それはそれで恐ろしさをナイフの先のように読者の心理に突き立てる。文章のあざとさというより、文章の選ばれた短さ、断面性のようなものが、彼の作品ををよりスリリングなものに磨ぎあげているとしか言いようがない。
シーラッハという読書的新体験ゾーンへようこそ、と言ったところか。 -
Posted by ブクログ
犯罪、罪悪のような、淡々としてそれでいて怪しさをはらむ数式のような短編集。正直、シーラッハはすごく好きなんだけど前作「禁忌」が個人的にイマイチだったので不安だったが、これはヒット。
これぞシーラッハ節、というような芸術や文化たる整然さと人の業たるカオスさが混ざり合ってなんとも言えず不気味な雰囲気が全編にあふれていた。まさにブラッククリスマス。満足満足。…だけど、やっぱり最初に読んだ「エチオピアの男」を越える傑作短編は、まだない。
あれを越える話をこれからも求め続けるのは、シーラッハにハマった読者の業だろうか。来年再来年と、引き続きそれを期待しながら、また訳者の素晴らしくカオスを落とし込んだ日本語にも期待しながら、ゆっくりと過ごしたい。 -
Posted by ブクログ
作品紹介・あらすじ
ドイツでは、クリスマスに最も殺人が多い。十世紀から続く貴族トーアベルク家のクリスマスの惨劇を描いた表題作と、日本人の女子留学生に恋をしたパン職人の物語「パン屋の主人」、公明正大だった裁判官の退職後の数奇な運命を描く「ザイボルト」を収録。本屋大賞翻訳小説部門第1位『犯罪』のシーラッハによる珠玉の短編を、気鋭の版画家タダジュンの謎めいたイラストが彩る。ふたりの天才が贈るブラックなクリスマス・プレゼント。
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初めて読むシーラッハ。
名前はなんとなく知っていたし、「犯罪」が2012年本屋大賞の翻訳部門で1位を獲得したことも知っていたのでちょっと期待して読んでみたのだけれど、今ひとつ読み応えがなかった。
100頁足らずの中に3つの短編が収録されているので、著者が本領を発揮した作品ではなかったのかもしれない。読みが浅いと言われそうだけれど、内容も何となくありふれた事柄のようにも思える。さらにヒンシュクを買いそうな書き方をすれば、本編よりも「訳者あとがき」の方が読み応えがあって面白かった。
シーラッハは他の作品も積読状態になっているので、そちらに期待。 -
Posted by ブクログ
弁護士である『私』が出会った11の異様な『犯罪』を通して描かれるのは一見その辺にいるような『普通の人々』がふとしたことをきっかけとしてあっという間に『一線を越えてしまう』姿でありました。重いです。
表紙のおどろおどろしさに惹かれてつい入手して読んでおりました。筆者は現役の弁護士にして祖父はナチ党の幹部で全国青少年最高指導者という肩書きを持ったバルトゥール・フォン・シーラッハという方なのだそうです。
ここに収録されているのは全編が短篇小説で、その調書のような独特の乾いた文体で、『一戦を踏み越えてしまった人々』犯罪者達のありようやその人生を描いていきます。全編を貫くのはある種の『不条理さ』であり、一見、何の変哲も無い普通の人があることをきっかけに犯罪者へと転落していく姿がとてもやるせないものを感じさせてくれました。
そこに展開される哀しさや愛おしさというのはあるのかもしれませんが、やっぱりつらいものがあります。筆者はこういうことにおそらく日常的に接しているのでしょう。だからこういう本を書けたのかもしれませんが…。
『フェーナー氏』では『一生愛し続ける』と誓った妻を殺すという話で、『あれはしゃあないわなぁ…』と読み終えた後に感じておりました。
『タナタ氏の茶碗』はとある日本人実業家の家から街のゴロツキが金庫を盗むところから始まります。被害者は家宝の茶碗を是が非でも取り戻したいとあらゆる手を尽くすのですが…。『ガロテ』というキーワードを久しぶりに聞きました。
『チェロ』は裕福な家に生まれながらも、父親を嫌って家を飛び出し、二人だけで生きようとする姉弟のお話です。事故によって弟に障害が残り、チェロで生きていこうとした姉は…。というお話でこれも切なかったです。
『ハリネズミ』は犯罪一家に生まれた一人の人間が、警察に捕まった兄のためにあらゆる術を使って『無罪』を勝ち取る話です。主人公の末っ子は回りからバカにされていますが、実は驚くほど怜悧な頭脳の持ち主で、彼がそれを駆使する姿は圧巻でした。
『幸運』では戦争から逃れるためにドイツに不法入国し、売春で生計を立てる女性と、その恋人のお話です。『仕事中』に死んでしまった名士の遺体をどのように扱うかで物語が展開されていきます。運命に翻弄される二人が切なかったです。
『サマータイム』は不倫相手の女子大生を殺してしまったということで逮捕されてしまった実業家とその女子大生の彼氏との間で繰り広げられる三角関係を描いたお話で、ちょっとしたボタンの賭け違いが大きなずれになっていくということを実感しました。
『正当防衛』これが正直僕の中では一番好きな話で、電車の中で二人のネオナチに絡まれた男が、彼らを冷徹に殺し、警察に拘留されるという話で、彼は正当防衛を適応を検討するかどうかがミソなのですが、彼には自分を証明するものが一切無く…。そこが気に入らないということで、やきもきする刑事と弁護士である筆者とのやり取りは面白かったです。
『緑』は羊の目を恐れ、羊を殺しては眼球をくりぬくというグロテスクなことを続ける伯爵家の御曹司が主人公で、父親が持ち主の農夫にすでに弁済を済ませていたのですが、近所の少女は行方不明になるというお話です。少年が見つめていたものは…。ラストが少しつらかったです。
『棘』は彫像の『棘を抜く少年』の棘がどうなったか気になって仕方のない博物館警備員のお話で、最後の最後のカタルシスによって彼は救われたのかと未だに首を傾げてしまいます。
『愛情』は愛する女性の背中をナイフで切った青年が主人公で、本人は『事故』だと主張するのですが…。ラストを見て複雑な気持ちになりました。
『エチオピアの男』これはとても感動的なお話で、うまくいかない人生の末に銀行強盗をやらかした男がエチオピアに逃れ、逃亡先の町を豊かにするというお話で、この物語が唯一といっていいくらい『希望』をはっきりと感じさせるラストでございました。
何というのか…。全てのお話は『一筋縄ではいかない』ものばかりですが、よろしければ一読をという表現とどめます…。
※追記
本書は2015年4月3日、東京創元社より『犯罪 (創元推理文庫)』として文庫化されました。