大石圭のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
大石圭的「ミザリー」
作家のファンだといって近づいてきた美貌の女性は、作家を監禁して自分のために小説をかくように強要する。
そーいや、男が女性を監禁する話があったよね、大石圭。
その「飼育する男」との大きな差は、監禁するものの生活に対する姿勢なのだろう。
「飼育する男」は、衣食住、特に食に対して真摯だ。が、「地下牢の女王」は食べることに全く無頓着というか、無造作なのだ。
食は、イコール生き方だと思う。
結局のところ「地下牢の女王」は他人はもちろん、自分自身も、何もかもを愛せない、否定し続けて崩壊していく。
もっとも、「飼育する男」は自己愛を極めすぎて壊れているのだけど。
対極ある二人が、同じ手法(完全に同じとはいえないけど)にいきつくのが人間っぽいのかもしれない。
にしても、随分エグかったです。 -
Posted by ブクログ
2010年7冊目。
309頁。
友人にもらった。
基本は主人公、その他登場人物の1人称。
後半時々、3人称。
屍姦の快楽に取りつかれてしまった、青年の話。
作者の同級生の女の子が亡くなった際、葬儀で見た彼女の姿に感じた美しさ、作者曰く“死人の魔力”が、本書の内容に大きく影響を及ぼしているであろうことは、疑いない。
よって内容は、主人公がひたすら屍姦を繰り返していくというものである。
2名を除き(恐らく)、相手はインターネットを通じて知り合った自殺志願者である。
自ら死を望む人間を殺しているわけではあるが、それ自体悪であると思うし、何より主人公は自分自身の欲求を満たすためだけにそうした行動をしているわけであり、そういった部分に自分自身を“ヤマネコ”と称する主人公の幼稚さと恐ろしさを感じた。
正常なことではないが、死体を埋める時に、彼がそれまで感じなかった人並みの“寂しさ”を感じるようになったという描写を見、彼がもし、10年もの長きに渡り自室にひとり引き篭もるのではなく、いわゆる“普通”の人生を送っていたなら、こんな常軌を逸した行動には走らなかったのではないかとも思われた。
本書は全体的に1人称で描かれているが、内容が自分自身の日常とはかけ離れているため、逆に中々本書の世界に入り込めなかった。
p.11
僕には普通の人々が当然のことのように生まれ持っている感覚の多くが欠如しているのだ。
欠陥品・・・たぶん、そういうことなのだろう。
・寂しさや人恋しさ、空腹感までも感じないという主人公。
p.25
野生のヤマネコが寂しがったりはしないように、僕は寂しがりはしない。いや・・・・・・僕にはそもそも、『寂しい』という感情がどういうものなのか、よくわからない。
p.25
母の死はショックではあった。けれど、同時に、『解き放たれた』という気がしないでもなかった。
これからは僕の命は、僕だけのものなのだ!もう僕は誰に遠慮することもなく、いつでも好きな時に、この命を捨ててしまうことが許されるのだ!
p.60
僕は人間が怖いのではなく、生きている人間が怖いのだ。
p.168
浦島太郎になること-それは幼い頃の僕が望んでいたことでもあった。
p.231
わからない。ヤマネコには人の悲しみを想像する能力がない。
p.285
ひとつの足跡もない雪の上に最初の足跡を残すのがためらわれるように、完璧なものを汚すのはためらわれる。けれど、もう汚れているものなら、僕がさらに汚してもかまわないはずだ。 -
Posted by ブクログ
あらゆる感情を淡々と語ることに徹した作品。舞台の中で繰り広げられている光景は奇怪で恐ろしい物なのだが、当たり前のように著述された文章に恐怖や悲哀といった感覚を麻痺させられる。登場人物の会話文を鍵括弧を使用しないで綴ることも、この作品から”人間味”や”暖かさ”を殺ぐ効果を持っている。
主人公の視点で描かれているものの、彼の内面を覗かせる文章は殆ど無い。それは、単なる執筆上の手法ではなく、彼が内面を持っていないために必然としてそうなったものなのであろう。彼は自身を見失っていて、また、物語が進むにつれて完全に自身を失っていく。それも淡々と。
痛みも悲しみも恐怖も欲も暖かさも冷たさも。あらゆる人間としての感情を一時だけ失わせてくれるなんとも不思議な物語だった。
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