「戦争は『新しい生活様式』の顔をしてやってくる」
戦時プロパガンダと言えば「ぜいたくは敵だ!」「欲しがりません勝つまでは」「進め一億火の玉だ」などのスローガンが思い浮かぶ。今見ると、上から押しつけられる強い言葉にとても違和感を感じる。
しかし、なぜ戦時下の国民がその様な言葉を(なぜか)すんなり受け入れて、出征する我が子を「お国のために」と見送り、見送られる男子も「お国のために死んできます」と出発し、生きて帰ると非国民となじられる、というおかしな思想になったのか。
他の戦争関連の書籍や番組などで、決して受け入れているわけではないけれどそうするしかない状況があったと理解したけれど、何故そのような空気になったのかは常々疑問だった。天皇が神だいう時代だとしてもそのような理不尽をすんなり受け入れるものなのか?
「暮しのファシズム」では、生活のベース(家庭)に戦時プロパガンダが忍び込む様子が解説されている。
戦争へ行く男子だけではなく、そのベースになる家庭を守る女子にも巧妙なプロパガンダがされていたことがわかる。
「ていねいなくらし」「断捨離」「節約」「工夫」現在も使われているこれらの言葉が、「新しいくらしの提唱」の顔をして、戦争に向かう、または戦時下の人々をまるでそれが正しいかの様にコントロールしていたことに驚く。今もあまりにも使われている言葉だし、それの何が悪いのか分からず、しばらく混乱しながら読んだ。
「暮しの手帖」「婦人之友」など今もある雑誌で、婦人向けに柔らかい女性の言葉で「賢い女性」のあり方を説き、戦時下の生活をまるで自分達がそれを賢く楽しんでいるかのように滑り込ませていったのがわかる。
現代の雑誌でも「賢いOLの1ヶ月の着回し」だの「出来る女はメイクが〇〇」みたいな見出しが踊り、流行りのメイクや服を着てるけれど、それと変わらない。誰かが作った流行りが人を動かすと共にそれが一つの思想になる。
少し前に読んだ「この世界の片隅に」では主人公のすずさんが、確かに着物を国民服(もんぺ)に作り変えていた。様々な生活の工夫も自ら楽しんでいるように見えた。
服に関して言えば、確か明治以降洋装文化は発展して大正モダンなどファッション面でも様々な華やかな装いが流行っていたはずなのが、戦時下で世の中が一気にもんぺになる。(すずさんは広島の田舎暮らしなので当てはまらないかもしれない)何故この様なことが可能だったのだろう?
婦人紙だけではなく、小説や漫画などの娯楽の世界でも、戦時下の全体主義的思想を、まるで自分達が進んで行っているかの様に思わせるとても巧妙な思想の統制があった。「上意下達」ではなく「下意上達」に成功していた。
現在、SNSなど人々が触れるメディアが散在して、情報チャンネルが増えれば偏らなくなるのかと思ったら全くそうではなく、まことしやかな噂やデマも多く、鵜呑みにして他者を攻撃する様子も見られる。逆にSNSで暴かれることも増えた。噂だと思っていたエプスタイン島での小児性的虐待の話は事実だという話であった。(文書の真偽はまだ不明)
世界も国内もとても不安定な世の中で「まるで自分達の意思の様に」動かされていることがあるのではないか?この選択をした意思はどこからきたものなのか?と問いながら、メディアの大きな声に注意深く精査しながら過ごしていきたいと思った。