ルイス・キャロルのレビュー一覧
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ネタバレ 購入済み
解説を読んで驚き
本編を読んでいた時は不思議な世界をただ歩き回るだけの話で内容に意味は無いと思っていたが、実際のチェスに対応した話にしていると分かり鏡の国のアリスはより凄い作品に感じた。
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Posted by ブクログ
『鏡の国のアリス』は、イギリスの数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン(1832~1898年)が、ルイス・キャロルのペンネームで発表した『不思議の国のアリス』の続篇ともいえる作品である。
『不思議の国』は、キャロルが、オックスフォード大学在学中に所属していた学寮の学寮長の娘であるアリス・リドルのために即興でつくって聞かせた物語(1862年、アリスが10歳のとき)をもとに、1865年に書籍化されたが、本作品はその後に書かれ、1871年に出版された(アリスは19歳)。
アリスが、見る見るうちにあどけない少女から、大人の女性に成長していく中で、本作品はもはや実在のアリスのためにというより、自分の心の中にいる小さなアリスのために書かれた、思い出の世界、夢の世界の出来事であったといえ、それは、『不思議の国』ではどんなにサイズが変わってもアリスが少女であることは変わらなかったのに対して、『鏡の国』ではアリスが少女(ポーン)から大人(白のクイーン)へと変貌し、いつの間にかキャロル(アリスをエスコートする白のナイト)に別れを告げてアリス自身の人生を歩み出すというストーリーに、象徴的に表現されている。
本シリーズは、聖書やシェイクスピアに次ぐ数の言語に翻訳された、世界で最も読まれた児童小説とも言われており、『不思議の国』の白ウサギやチェシャー・ネコ、『鏡の国』の赤のクイーン(「ここではね、同じ場所にとどまるためには、思いっきり走らなければならないの」という赤のクイーンの言葉は、「生物の種は絶えず進化していなければ絶滅する」という進化に関する仮説の比喩に使われ、それは「赤の女王仮説」、「赤の女王効果」などと呼ばれている)や、「トゥイードルダムとトゥイードルディー」、「ハンプティ・ダンプティ」などのマザー・グースからの引用は、あまりにも有名である。
また、この角川文庫の挿絵は、出版当初の、当時風刺漫画で有名だったジョン・テニエル(1820~1914年)によるものであるが、1907年に英国で作品の著作権が切れて以降、アーサー・ラッカムなど、世界中の挿絵画家によるものが出ている。
本シリーズは、松岡正剛氏が有名書評「千夜千冊」(1598夜/2016年1月)で取り上げているのだが、この作品自体の評価はなかなか難しい。松岡氏は、「ルイス・キャロルには、むろん何か格別に天才じみたところがあったにちがいありませんが、この人は全体としてはもともと変な子であり、長じても変な大人だったと思います。まずは、そう思ったほうがいいでしょう。・・・案の定、へんてこ世界のアリスを誕生させた。」と書いているのだが、このシリーズは、大人の理屈を持ち込んで読むのではなく、子どもが子どもの感性で楽しむ世界なのだろう。
また、『鏡の国』については、上述のような、キャロルが、どんどん成長して自分から遠ざかっていく実在のアリスを思いながら執筆したという背景を知ると、大人にとっては、少し異なった印象を与える作品になるのかもしれない。
(2021年2月了) -
Posted by ブクログ
ノスタルジーをナンセンスで隠した作品。
実世界のアリス・プレザンス・リドルとの関係性を知ったうえで読むと、より楽しく読めるように思えました。
そもそもアリスのためだけに作られた『地下の国のアリス』から派生したもの。というのはかなり有名な話ですが、子供から大人になっていってしまうどうしようもなさ、遠い存在になっていくアリスとの距離感を思うと、かなりノスタルジックな内容のように思えてきます。冒頭の詩や最後の言葉遊びも含め、本の形式をとった手紙のようです。
ルイス・キャロル、ロリコン説、非ロリコン説は色々と言われていますが、アリスとの関係なしにこの作品を語ることはできない、作家にとっても、パーソナルな物語だと思いました。 -
Posted by ブクログ
『不思議の国のアリス』は、イギリスの数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン(1832~1898年)が、ルイス・キャロルのペンネームで創作した児童小説である。キャロルが、オックスフォード大学在学中に所属していた学寮の学寮長の娘であるアリス・リドルのために即興でつくって聞かせた物語がもとになっており、キャロルはこの物語を手書きの本にして彼女にプレゼントする傍ら、知人たちの好評に後押しされて出版に踏み切ったという(1865年)。
本作品は、聖書やシェイクスピアに次ぐ数の言語に翻訳された、世界で最も読まれた児童小説とも言われており、冒頭の、白ウサギが「たいへんだ!どうしよう!まにあいそうにもないぞ!」とひとりごとを言いながらアリスのそばを通り、チョッキのポケットから取り出した時計を確認して、再び走り出す場面や、不思議の国で出会った、木の上にいるチェシャー・ネコが、しっぽの方から消えていき、にやにや笑いだけが枝の上に浮かんでいる場面など、その後、数多の引用、言及の対象となっている。
ただ、本作品には英語による言葉遊びが満載で、挿入されている詩や歌の多くは当時よく知られていたもののパロディだというが、それらの面白さは、他言語に翻訳され、時代も異なる我々に、十分に楽しめない点は残念である。(訳者は、その点を苦心しており、原文では伝わらない冗談を別の冗談に置き換える工夫をしたりしているという)
また、この岩波少年文庫の挿絵は、出版当初の、当時風刺漫画で有名だったジョン・テニエル(1820~1914年)によるものであるが、1907年に英国で作品の著作権が切れて以降、アーサー・ラッカムなど、世界中の挿絵画家によるものが出ている。
私は、今般、松岡正剛氏が有名書評「千夜千冊」(1598夜/2016年1月)で取り上げていたのを知って、改めて読んでみたのだが、この作品自体の評価はなかなか難しい。松岡氏は、「ルイス・キャロルには、むろん何か格別に天才じみたところがあったにちがいありませんが、この人は全体としてはもともと変な子であり、長じても変な大人だったと思います。まずは、そう思ったほうがいいでしょう。・・・案の定、へんてこ世界のアリスを誕生させた。」と書いているのだが、この作品は、大人の理屈を持ち込んで読むのではなく、子どもが子どもの感性で楽しむ世界なのだろう。そういう意味で、大人にとっては、子どもの感性を一時でも取り戻すために手に取ってみるのもいいのかもしれない。
(2020年4月了) -
Posted by ブクログ
英語での言葉遊びなど、きっと英語で読めればもっともっと楽しめるんだなぁと思います。
日本語では限界があるけれど、それでもアリスの世界観は楽しくステキだと思えて楽しいです。
ほんとに子供の頭の中を覗いているみたいで、めちゃくちゃで都合良くて、子供の理由もない恐怖もあって・・・大人なのにこんな世界を作れるなんて…と感心してしまいます。
あと、やっぱりアリスの挿絵はこの絵!挿絵がすばらしいし、子供の頃この挿絵を見たから、他のいろんな本の挿絵にも興味がもてたと思います。
いろんなきっかけをくれた不思議の国のアリス。英語を勉強していつか英語のアリスを読めるようになってみたいです。