小路幸也のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ギターが泣いている。最初にそう言ったのは誰なのか今となってはわからない。
奴がチョーキングすると音が泣き出すんだ。
あなたのギターを聴いているとわけもなく涙が流れてきます。
雨の中を歩けば、誰にも知られず泣くことができる。
お前のギターがまさにそれだ。………
(「クラプトンの涙より」)
こんなこと書いてある本の帯につられて、ギター好きな私はハードカバーなのに買ってしまいました。
・クラプトンの涙
・左側のボーカリスト
・唇に愛を
・バラードを
・笑うライオン
・その夜に歌う
・明日を笑え
7つの音楽にまつわる短編集。
音楽とかバンドとか歌とか人それぞれの物語があるんだなーって改めて思いました。ぜひここに出てくる人たちの音楽を聴いてみたいです。
音楽好きな人ぜひ読んでみてください。
2008年08月25日 -
Posted by ブクログ
21世紀に21歳になる21人――僕らはただの同級生じゃない。
物語は彼らが25歳のときの視点で語られる。特別な絆で結ばれていたはずなのに、なかまの一人が自殺した。場所は当時の教室だった。ミステリーっぽい設定ですけど(っぽいというかミステリーなんだろうけど)、ミステリー色は強くなくて、むしろ同級生の自殺を知ったことで、原因は自分にあるんじゃないか、生きるってなんだよ、とか登場人物が色々考える話です(アバウトで申し訳なし)。
羨ましいなあ。この設定を読んだときに最初に思った。僕が中学生のときはそんな特別なことはなかったから。2010年に21歳になる38人(ぐらい)でしたからね。ただ、こうゆう距離が近くなりすぎると、人とのちょっとした差異が気になるものです。第三者からみれば本当に些細なことなんだけど、本人にしてみれば、ましてや中学生という多感な時期ですから、他人と比べて自分は普通じゃないとか思うことってあると思うのです。ちょっと【ネタバレ】になるかもだけど、本書を開くと最初のページに名簿が載っております。よーく見てくださればわかると思うのですが、自殺した半沢だけが1981年生まれ(2月22日)、つまり、他の皆が21歳になってるときに彼だけがまだ20歳というわけなんです。このわずか数カ月が彼を悩ませ、自殺をする理由の一つになってしまいます。「俺だけ仲間はずれにされないだろうか」という不安を抱えながら。
半沢が作成した〈twenty one〉というサイトがあって、そこに皆の近況を書きこむのですが、その役目を半沢自身が担っていました。半沢が皆に電話やメールをして近況を聞きだすというものです。本文に書かれてるか忘れたけど、そうゆう目的もありながら、一方で皆とやりとりすることで繋がりを確かめるという目的もあったかもしれない。「仲間はずれにされてない」という安心感を得るために皆と連絡を取り合っていたという考えです。あと、同級生の女の子と関係もっちゃうとか、男の子と寝ちゃうとか、しちゃうんですけど、それだって、俺が役に立つならばという気持ちでやってたのだと思いますよ。皆から頼りにされてるんだこんな僕でも。みたいな。
半沢は残念がら死んでしまうわけですけど、彼の死が仲間にもたらしたものは少なくなかったと思います。最初にも書きましたけど、彼の自殺の原因を巡って、皆が思案するんだけど、その過程で秘密にしていたことを仲間に話すことになったり(奥さんに浮気を告白する決意に至ったり)、と半沢の自殺によって皮肉ながら残された20人の絆が強くなったことが感じられます。だからといって「半沢グッジョブ!」なんて手放しで褒める気なんてサラサラなくて、むしろ彼らと同じように「バカヤロウ」と思っております。やっぱり人生思い通りにいくなんてことはあまりないと思うし、楽しいことがあればその分嫌なこと苦しいことつらいこともあると思うし、だからって人生終わりだなんて投げるのは勿体ないと思う。死んだら何も残らない。「残された人たちの記憶の中で生き続けるよ」なんてそんなドラマじみたセリフ言いたくない。本書のラストで糸井が言う。
「生きていくことが、幸せへと向かう唯一の手段だと思ってる」
糸井たちは学んだんだ。残される者たちは悲しい。こんな気持ちにさせるなんて卑怯だよ、と。でも、後悔もしてるんじゃないか。あのとき、半沢の気持ちに気づいてやれなかった。でも、考えてみれば中学生だもん。自分のことで精いっぱいな時期じゃない?勉強、部活、人によっては恋愛。友達のことを深く気にかけることは僕はできてなかったと思う。その点では糸井たちの気持ちがわかる。彼らはこれからそういったつらさ、悲しみを抱えて生きていくんだ。悲しみの涙を拭いて、生き生きとした人生を歩む。それがきっと弔いになると信じて。 -
Posted by ブクログ
文庫本で読みました。この小説の主人公の森省吾は高校3年生。卒業するまでの文字通り青春まっただ中の1年間の出来事を回想する書き出しで始まります。時は1970年代後半、小説の舞台となる喫茶店とフォークソングやロック・ジャズなどの音楽は対になる風景、ギターなどの楽器の小道具も欠かせないアイテム”あの頃”と懐かしがる年代の方々にはそんな思い出深いキーワードが物語の進行と同時に登場します。
主人公の省吾は親友ともいうべき友人、孝生と出会います。友人の家庭には複雑な事情がありました。高校生の省吾が少し背伸びして通う喫茶店”ぶろっく”の店主、カオリさんには明かされない秘密があります・・・そこに集う大人に見える女性たちもそれぞれの事情を垣間見せます。省吾は平凡で平和な自分や家庭環境に息がつまりそうだと毛嫌いする思春期らしい反抗心を抱きながらも、両親も含めて様々な周りの大人がいざという時に発揮する真摯な姿勢に触れて、悩みながらも成長していきます。
おそらくこの小説は作者の青春の一部を切り取ったシーンを描いたものなのでしょう。
些細なことに悩む主人公をはぐくみ、見守る大人たちの態度が頼もしく安心して読める設定になっています。やっぱり時代の背景もどこか長閑なのかもしれません。 -
Posted by ブクログ
48歳の男二人、
同郷の幼なじみで数十年後の再会した時には
同じ大学の同僚?(事務局長と大学教授)の親友同士
ある日目が覚めたら心は48歳のまま
体と自分をとりまく世界は
小学校5年生の野原をかけまわった
懐かしい時へ
それも男二人そろいもそろって同時に!
「これは何かの符号だ」と48歳の頭脳をもった
わんぱく坊主ふたりが
昭和43年に起こったあの”大事件”にからんだ
当時の可愛いクラスメート一家の悲劇を
防ぐべく奮闘するお話!
一種のタイムスリップものですが
主人公二人は就寝することによって
現在の世界と過去の世界を一日ごとに
行き来するので 自分たちが過去の世界で
本来起きていなかったことをするたびに
現在の自分たちの身辺が少しずつ
変化していくのを目の当たりにし
”歴史を変える”という自分たちがやろうと
していることに対する報いに
おののき悩みながらも
二人の同級生だった女の子一家を
救い出す決意を固めていきます。
DSもパソコンもなく
子どもの遊びといったら外で跳ね回ること
今と比べるべくもなく
みんな貧しいながら ただがむしゃらに日々を過ごし
今 がんばれば がんばった分の幸せを自分で掴めると
心底 信じることのできた昭和時代
大人のファンタジーのなかに
のびのぼとした古き良き子ども時代が
キラキラと輝いていて
せつなさあふれる作品でした。