いまさら全巻読破。
みんなさ、これってシゲタに共感して読むもんなのかな。
で、貴子に反感抱くもんなのかな。
でも多くは結局「貴子」なんだよなぁ、って思う。
シゲタに共感するのは、「結局シゲタも貴子のようなポジションなる」という前提なしに成り立たない気がする。
男捜してうまくいかなくてそれでも自分を幸せにしてくれる男を探す。それは幸せな時の貴子のポジションがほしいからなわけで。
だから、反感抱く論理が結局は「貴子=自分」ってことを認めることなしに読めないんじゃないか。
自分で金稼いで自立してるポジションにいる人以外は。
「タカハシ」に会える可能性ってどのくらいなんだろう。
それで、「タカハシを選ぶ」ことをする人ってどれくらいいるのだろう。
タカハシ・・・東大だけど中退。顔もまあまあ。
顔もまあまあで、大学中退だっていうリスクを背負って、幸せを選ぶ人、実は少ないんじゃないかしら。家庭に入りたい人ならば。
そしてみんな、貴子になる。どんな手段を使っても、手に入れると決めた人を手に入れる。
幸せって、何なんだろうな。