上原裕美子のレビュー一覧

  • すべては「先送り」でうまくいく

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    著者フランク・パートノイが意思決定とタイミングを科学する。
    先送りというより、タイミングをどう図るか、いつ意思決定するのか、そういうことが大切なんだなと感じた。

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    2014年10月05日
  • すべては「先送り」でうまくいく

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    行動を取る際のやり方についての本。テニスのレシーブから経営判断まで様々な時間軸でがあるが、一流の人は、その制限の中で最大限の時間を状況の見極めに当てて、実際の行動時間は極小化している。
    例えば一流バッターはトレーニングによりバットスピードをトレーニングで短縮化し、ピッチャーから伝わる情報をギリギリまで咀嚼して行動を微修正していき最後のインパクトの確度をライバルよりも高める。
    一方、もう少し長い時間があるものの場合。現代では情報が多すぎて早すぎる行動をとってしまうが、状況次第でFMAがあるとは限らない。

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    2013年10月03日
  • すべては「先送り」でうまくいく

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    ビジネス書や新書のようなタイトル。このところタイトルに騙され続けているので警戒しつつも、先送りが大好きな僕としてはどうしても気になる。
    何かを行うときにコスト(カネじゃないよ)を先送りして、持てる能力をつかって対応する。恋愛もF16でのドッグファイトも同じで、あるタイミングを待ってそこに判断技術を集約する。
    僕は先送りどころか、何もしないことも大好きなのですが、ずいぶんと自信がついてしまった。とはいえグウタラな人を肯定するための本ではない。
    先送った時間をどこにツケるか。その順番や長さで、人生はあまりにもガラっと変わるんだ。怖いね。

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    2013年05月23日
  • 集合知の力、衆愚の罠 ― 人と組織にとって最もすばらしいことは何か

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    集合知を生み出すには、対話と傾聴が必要。
    一方、自分が正しいと主張を譲らなければ衆愚となる。衆愚を生み出すのは何も構成メンバーの能力が低いからではない。

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    2012年04月01日
  • 集合知の力、衆愚の罠 ― 人と組織にとって最もすばらしいことは何か

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    集合知は魔法の薬だと考えてみよう。
    一口、口に含むと、私たちは意識と認知の変化を体験する。
    問題にとらわれたり、小さく分割して考えたりするのではなく、その結びつきと複雑さに気づく。見えているものが全体像とは限らないと理解する。多くの情報に目を向けるようになり、同時に、他者の視点に好奇心を持てるようになる。

    集合知の薬を二口飲めば、これまでとは異なる形で身体を意識するようになる。頭だけを働かせて問題を解決したり、交渉したりするのではなく、心と直感に耳を澄ませ、身体のさまざまな部分からわきあがる感覚のシンフォニーに気づく。恥ずかしさ、プライド、愛情、怒りといった感情の繊細さ、複雑さが見えてくる。

    三口飲めば、聞く力が変わる。声や雰囲気を察する力が強まる。人の声音に言葉と同じゆたかな意味が感じられ、言葉は詩のような響きを放つ。アイデア、思想、感覚、恐れ、憧れの連なりが聞こえてくる。真っ白な雪にもいろいろな姿があるように、沈黙も多様な形をなし、それぞれ深みをはらむようになある。

    四口目。孤立からは何も生まれないが、何らかの秩序やパターンがあれば、そこには行動を起こすための意味と意義が生じている。一長一短にとらわれ続け、最終的に外から答えがもたらされるような判断プロセスでなく、集団の中にこそ気づきが生じる。

    最後の一口。強い確信がたちのぼる。-人と人は切り離されて別個に存在しているのではなく、大切な目的のためには全員の力が必要とされるのだ、と。

    (以上引用。終章「誰もが必要とされている」P239-P240)


    最近の自己成長や組織変革に関する理論って、ユング心理学や東洋哲学がベースになっているものが多いね。

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    2011年08月28日
  • 集合知の力、衆愚の罠 ― 人と組織にとって最もすばらしいことは何か

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    ネタバレ

    集合知の力と衆愚の罠というソーシャル時代にふさわしいタイトルととてもよさげな装丁に惹かれて購入。

    みんなの意見は案外正しいなど、Web2.0以降のインタラクティブなインターネット空間には様々な情報が転がっている。
    大枠で見れば正しいのかもしれないが、なかなかそうではないケースや、そもそもカオス状態になり集約できない場合もあるだろう。

    そういう見解を得たくて読んでみた。

    本書を読んで思ったのが、「衆愚」について。
    このワードの具体例は「空気」で語られるように、過去の日本の戦争の事例などがあげられる。山本七平の空気の研究よろしくだ。

    つまり、民衆の総意は得られたが、そもそものベクトルに問題があるということである。
    これは一概には言えないが、なかなか防ぐことは難しい。
    そうである事実をまずは客観的に捉え、その上で慎重に対応せねばならないからだ。

    最近twitterのTLで情弱やらバカ発見器だのといった発言もあるが、
    こういった要素も少なからず含むだろう。

    最後に、本文の一部を引用してしめよう。

    "集合知とは、集団やコミュニティ内での相互作用を通じて獲得される知識や洞察のことだ。さらに掘り下げて考えるならば、そこにあるのは人と人との「生きた結びつき」であり、地域や組織や世界における「頼り合い」である"

    内容よかったんだけど、読み進めにくかったので、星は4つで。

    目次
    序章 集合と知が変化を生む
    第1章 集合知とは何か
    第2章 集合知の出現を促すには
    第3章 異なる世界観を生きる
    第4章 集団を愚かにするもの
    第5章 極性化した集団の悲劇
    第6章 合意の幻想
    第7章 無限の共創力
    第8章 集合知を呼ぶ意識
    終章 誰もが必要とされている

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    2011年08月27日
  • 集合知の力、衆愚の罠 ― 人と組織にとって最もすばらしいことは何か

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    未曾有の危機である。このような有事の際には、強いリーダーシップの必要性を感じる一方で、強すぎるリーダーシップには警戒心を払わなければならないのではないかとも思う。「悪魔は救世主の顔をしてやってくる」とは、よく言ったものだ。むしろ今、必要とされるのは、有能なファシリテーターの方であろう。例えそれが小さな集団の中での出来事であろうとも、ファシリテーターの間接的な関与によって形成された連帯感や共有感覚こそが、集合知を開花させ、通常では為しえないパワーを生み出す。本書はその「集合知」をテーマに描かれた一冊であり、今まさに読むべき一冊でもある。

    集団から生まれる大きな力も、一歩間違えると衆愚の罠へと陥る。愚行が生じる危険性を察知するには、二つの大きな動きに注目するとよいそうだ。一つは「分断と細分化」という動きである。認知科学で「確証バイアス」と呼ばれるこの行動は、既存の先入観を裏付ける形で情報を求め、自分が知るものと違うものは、すべて「身内でない」「私には関係ない」と排除してしまうことを指す。もう一つは「いつわりの合意、見せかけの団結」という動きである。集団が沈黙と服従を選び、その結果として現実の正確な理解に結びつくデータや視点の検討を避けてしまうことを意味する。

    それでは、いったい集合知はどのような状況で出現するのか、具体的には以下のようなステップである。

    ◆集合知の出現を促すためには
    ①傾聴する
    その集団の中で何がほんとうに起きているのか好奇心を持つ行為。ただ単に聞く・記憶するのとは異なり、他者と真の意味で対峙する。
    ②確信を保留する
    個人や集団が「わからない」という事実を認めることができれば、その先を行くひらめきが生じる可能性ははるかに高まる。皆で何かを生み出せるかどうかは、個人または小集団の「自分はつねに正しい」という意識を保留できるかどうかにかかっているのだ。
    ③システム全体を見る、多様な視点を求める
    注意の対象を個人から集団へとシフトする。情報はすべて貴重だ。そしてどんな情報も単独ではなく、全体の一部として存在している。
    ④他者への敬意を持ち、差異を識別する
    意見の相違を新たな学びの機会と捉えること。そして、集団に差異を識別する力があれば、新しい考えや、可能性に対する新しいイメージの出現を許すことができる。
    ⑤生じるものすべてを歓迎する
    歓迎のスタンスとは、「異なるニーズを理解し、差異に敬意を払い、共通の人間性を喜ぶ」、これを意識することである。
    ⑥「大いなるもの」に対する信頼
    大いなるものへの信頼とは、人の旅路が刻まれる自然の世界そのものを、広く視野に入れようとすることだ。その信頼があれば、足元が不確かな状況でも揺るがされない。

    ボストン・フィルハーモニーの指揮者ベン・ザンダーは、ある時ネルソン・マンデラをシンフォニーに例えたそうである。昔ながらの上から下への統率ではなく、すべての声を響かせることを重視していたからである。ネルソン・マンデラの周囲の人々は、自分自身からわきおこる感覚のシンフォニーに気づき、秩序を理解しようとする努力し、それがやがて全体に広がっていったのだろう。

    「基本的な安全の確保」という条件のもと、人は他者と結び付き、相手を認識し、相手の才能に敬意を払うことができる。安全という基本的希求が満たされない場合には、いくら専門知識があっても、全体を構成する身体、認知、精神、真理を組み合わせることができず、自閉症患者の脳のような働きを示してしまうという。

    安全という当たり前のはずのものが、当たり前でなくなった今、我々は衆愚の罠に陥りやすい状況下にある。しかし、せめてコミュニケーションを行う際の「安全」だけでも、もう少し確保できないものだろうか。ここ数日、マスコミやTwitterで、少し理解に苦しむやり取りを見かける。相手の意見に耳を傾け、自分が絶対とは思わず、差異を認識しながらも、相手への敬意は失わない。差異を認識することと、その差異を攻撃することは大きく違う。

    直接的に被災を受けなかったり、支援に関わっていないマジョリティ達が、どのような振る舞いを行うのか、今後の再建に向けてその担う役割は大きい。

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    2011年03月16日
  • GROWTH――「脱」でも「親」でもない新成長論

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    経済成長は重要だが急激に伸びたのはこの200年位の話
    そのトレードオフとして地球環境は飛躍的に悪化している。

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    2026年10月10日
  • 魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話

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    『魚が存在しない理由』というタイトルと、オシャレな装丁に惹かれて衝動買い。著書はアメリカでは有名なサイエンス系ポッドキャストのプロデューサーであるルル・ミラー氏。

    スタンフォード大学の初代学長でもある魚類学者デイヴィッド・スター・ジョーダンの生涯に、著書の等身大の悩みを重ねる(ようにみえる)ストーリーテリングは確かに読みやすい。YouTubeだと話者が自己開示すると再生回数が増えるみたいですが、本書も似た作りになってます。そういうの好きな人にはいいかも(私は好き。本書に関しては「この人、よくここまで自己開示したな」とスゴイなと思った)。

    タイトルの『魚が存在しない理由』もサイエンス系ポッドキャスト(というかYouTube)らしいな、と思いました。YouTube動画だったら気にならなかっただろうけど、書籍の形になっていると、ちょっと違和感の残るタイトルだったと私は思います。「つまり、魚は存在しないということですね!?」と問い詰められた学者さんたちが、苦々しい笑顔で「まぁ…そうですね…」という姿が目に浮かぶ(私の勝手な想像だけど。)。

    分岐分類学の話は知らなかったので面白かったです。まあ、生き物は海から進化したのだから、魚類しか存在しないカテゴリが存在しないのも、そりゃそういう分け方したらそうなるよな、と、思わなくもないですが。デイヴィッド・スター・ジョーダン、ざまあみろ、とは思わないかな。

    本書の冒頭、著書が自分の悩みの解決を求めてデイヴィッド・スター・ジョーダンの伝記を手に取り始めたところの、本を読む時のわくわく感がとても良かったです。

    ---(以下、抜粋)---

    本が届くと、私はその包みにあたたかさのようなものを感じ、うっとりと手にとった。まるで宝の地図が入っているかのように。ナイフを差し込んで包装のテープを破ると、深緑色の分厚い書籍2冊が姿を現した。タイトルの文字が金色に光っている。
    たっぷりのコーヒーを淹れて、ソファに座る。自伝の上巻を膝の上に置く。 カオスに屈することを拒んだ人間がどんな生き方をするものなのか、知るための準備が整った。

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    この本をデイヴィッド・スター・ジョーダンが優生学者であることを知らずに手に取ることは難しいと思うので、後々読むとストーリー性を出すために色々工夫している感じが伝わる部分でもあります。

    ※ちなみにスタンフォード大学の建物の名前が変わったのはジョージ・フロイド事件の影響が大きそう。署名運動は本書出版前からあったようだし、最後は少しミスリーディング。
    ※それともう一つ、デイヴィッド・スター・ジョーダンのよく使っていた毒物ストリキニーネだけど、これも当時は除草剤とかにもよく使われていた、よくある薬品だったのだとか(ChatGPT曰く、裏取りはしていません)。ふーん。

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    2026年10月09日
  • 魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話

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    ネタバレ

     本作は筆者のルル・ミラー氏が、精神的な救いを求め、生物学者デイヴィッド・スター・ジョーダン氏の生涯から学びを得ようとする物語である。


     ミラー氏は、カオスな世界に絶望し、「生きている意味はあるのか」というテーマに囚われていた。

     そこで出会ったのが、魚の区分に心血を注いだジョーダンである。彼は魚を分類することでカオスな世界に秩序をもたらそうとした。しかし、地震や火災によってコレクションは幾度も破壊。世界は再びカオスに戻る。それでもなお、彼は魚にタグを直接縫い付けるという行為に出た。
     このような一見「意味のない行為」を続けられた彼は、カオス、いわば意味のないことに立ち向かう術を、見出していたのではないかとミラー氏は考え、彼の生涯を追い始めた。


     しかし、調査を進めると、彼はカオス(人生)に立ち向かっていたわけではなく、ただ「自身の信念を正しいことにしたい狂人」であり、自らの保身や地位の確立を絶対とする人物に過ぎないことが判明する。

     そんな中、ミラー氏は「魚という区分自体が科学的に存在しないこと」を知る。ジョーダンが人生を賭けた区分という行為は、人間が勝手に作ったものでしかなかった。

     ならば世界は完全にカオスであり、人生は無意味なのか。と筆者は原点の問題に立ち返ることとなる。

     しかしミラー氏は「魚」という間違った区分を払拭したことで、ミラー氏はそれまで見落としていた、勝手に決めつけていたことに気づく。
     区分はあくまで、人間が作ったものであり、自身の優劣も他人によって作られたものである。そのような評価に縛られず、世界を受け入れ、生きていく事が、人生を満たしていくのだと考える。というのが本誌のテーマであった。

    タイトルの魚が存在しない理由
    「魚」は「絶対的な意味や価値」のメタファーである
    と個人的に考える


    【総括】
    ◯装丁がカッコイイ
    ◯物語序盤は冷静に淡白に進む感じがあるが
     筆者に彼女が出来てから文体がふわふわし
     形容が増え出すため好みが分かれる。

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    2026年09月24日
  • 蒐集める人(あつめる人)

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    なぜ人は蒐集するのか?
    その謎に迫った著者
    あまりこういった観点の研究に触れ合ったことがなかったため、かなり目新しかった
    人は自分の心の安定のため、いろんなものの代替として蒐集するのだというのが本書の主張だ
    母の愛や、名声や、自我の代替えということだ
    イマイチ納得はしてないが、面白い著者ではあった

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    2026年09月08日
  • みんなにお金を配ったら――ベーシックインカムは世界でどう議論されているか?

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    みんなにお金を配ったらー
    ―ベーシックインカムは世界でどう議論されているか?

    毎月1000ドルが生きている限り誰にでも配られたら?
    人は堕落して働かなくなるのか?それともより人間らしい活動を行うようになるのか?
    UBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)という制度に関して、今までに行われた様々な実験や今後雇用を奪っていくであろうAIの側面からの検証などを行っています。
    今の福祉政策は不平等で非効率であることは同意できますが、UBIは本当に貧困を救い人間らしい生活を送ることに寄与するのか?財源はどうすべきなのか?に関してはちょっと物足りない感じでした。
    「働かざる者食うべからず」というフレーズが世界各地にあり、とりわけピューリタンの伝統を持つアメリカでは根強い価値観としてUBIを阻むということを知ることが出来ました。
    また、人種、信条、ジェンダによる差別により、多くの人が最低限の生活を営むことが難しい一方、富める者は使いきれないほどの富を蓄え続けている。
    ビルゲイツ氏が提唱している自動化機器に課税するというアイデアや、資産課税や非効率な福祉予算を原資として、今すぐにでもUBIができる素地は整って来ているのかなと思います。
    あとは、政治的なリーダーシップを発揮して大きく舵を切るだけかな・・・
    それができればもうやっているかもしれませんが。

    竹蔵

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    2026年09月07日
  • 魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話

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    難しかった。
    魚好きの私にとっては、まじか、と思うところもあったけど、そもそも魚類という分類を信じ切って、疑ったことがなかったわけであって、言われてみれば確かに定義なんて考えたこともなかったので、そんなこともあるか、みたいな感じ
    当たり前のことに疑ってかかることで、きっと世界は解明されていくのだろう、解明されていくものが間違いだとしても
    優生学、こえー

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    2026年09月06日
  • GROWTH――「脱」でも「親」でもない新成長論

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    ●従来の経済成長を分析し、成長のジレンマを解消するための新たなアイデアを模索した本。
    ●経済成長のジレンマをいかに解消するか、その知見を学ぶ。→経済成長を最優先に追求するのではなく、価値ある別の目的の方向へ経済成長の舵取りを向けよう、という主張。
    ●経済成長か、それとも環境か」という二項対立に終止符を打つことを模索した一冊。本書は、経済成長そのものを自己目的化させてしまった現代社会の歪みと、それに対する「脱成長」という見当違いの自虐行為について、冷徹な批判を浴びせる。本書の主張で大切なのは、技術進歩の方向性は決して不可避な自然現象ではなく、税や補助金、法規制や社会規範によって人間が意図的に「方向づける」ことができるという指摘だと思う。放任された自由市場の価格メカニズムだけに委ねず、社会的価値と市場価値の乖離を埋める采配を振るうこと。それこそが環境破壊と成長の結びつきを断ち切る「グリーン・デカップリング」を実現し、人類が自らの意志で向かうべき未来を選択するための鍵なのだと著者は強く主張する。

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    2026年08月23日
  • GROWTH――「脱」でも「親」でもない新成長論

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     もう一度整理してみよう。まず数学者たちは、人類がマルサスの罠を脱した経緯の概要を示している。人類は30万年にわたり、収穫逓減の呪いによって生存維持ぎりぎりの状態を続けていた。しかし新しい技術と、 それに伴う生産性向上が、収穫逓減の襲来を押し戻すことを、ソローースワン・モデルが説明した。ローマーがさらに一歩踏み込み、その技術進歩は先駆者たちが思っていたような数学的奇跡ではないと説明した。 アイディアという、特異な性質(非競合的で累積する)をもつ無形のものの発見によって、技術が進歩したのだ。


     ここであらためて考えてみたい。僕たちは近代の経済成長の始まりをどう理解すればいいか。経済成長の 「要因を語る最も優れた説明となるのは、モキイアの文化ファンダメンタリズムとローマーの数学的考察の他合ではないかと僕は考える。モキイアの説は、文化の変容が18世紀に人々を実用的アイディアの追求へと駆り立てたことを示している。そしてローマーのモデルが、それらのアイディアが経済成長に対して驚異的な影響をおよぼした理由を示している。この組み合わせ――「モキイア・ローマー・モデル」と呼ぶことにしよう――はさして意外性はないと思えるかもしれないが、驚くことに、これら二つの説を明確に結びつけている学者はほとんどいない。理由の一つは、経済学のさまざまな流派が、たとえ共通の関心事があったとしても、それぞれ孤立し分散していることだ。また別の理由として、つまらない個人的反感の表れでもある。
     たとえば経済成長を数学的に解明する流派の創始者であったソローは、文化のような非経済的要素で説明するという試みを「まったくの素人社会学」とはねつけた。その点ではモキイアも、経済成長に関する最も高い評価を受けた自著2冊のどちらにおいても、ローマーの研究に言及していない(ある批評家は「モキイアは経済学者の知識への関心の軌跡を細かくたどっているが、ローマーだけは例外で、いっさい取り上げられていない」と指摘した。しかし僕の考えでは明らかに、これらのアブローチを単独ではなく一つにまとめると、はるかにパワフルに、〈ロング・スタグネーション〉が終わりを迎えた理由を説明できる。
     もちろん異論はあるだろう。しかし僕の見る限り、モキイア・ローマー・モデルは、人類の過去について語り得る最も説得力ある説明だ。さらには未来に対するガイダンスとしても非常に役に立つ。モキイアが述べるとおり、近代の経済成長は産業的啓蒙主義で始まったが、彼が説明しているのは、実のところい回目の産業的啓蒙主義だった――人類が初めて、持続的な熱意と道徳的真剣さをもって、実用的なアイディアを追求していくことに本腰を入れた時代のことだ。経済的困難と不確実性の時代にある今、人類が直面している試練について考えるにあたっては、かつて発揮されたバイオニア精神をどうやってもう一度呼び起こすかという視点から考えることができるのではないか。今、2回目の産業的啓蒙主義を、かつてと同様の「できる」という感覚で起動するにはどうしたらいいのか。本書の後半でこのテーマに戻るつもりだ。だがその前に、経済成長が社会においてこれほど圧倒的優先事項になった経緯を調べていきたい。


     経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスは1950年代後半の著作で、「生産が重要であるという点は、 共和党も民主党も、右翼も左翼も、白人も黒人も、カトリックもプロテスタントにも違いはない」と書いた。
    「共産党書記長にとっても、アメリカ民主化連盟の議長にとっても、アメリカ商工会議所の代表にとっても、 全国製造者協会の会長にとっても、共通の地盤だ」。ガルブレイスはこれを批判として書いていたし、彼は経済成長を優先事項とすることについて冷笑的だった。だが、これらの指摘は経済成長の多大なる実用的魅力をはっきりととらえ、浮き彫りにしている。これは「万国共通の魅力」をもったブロセスであり、分断された社会を団結させられる「見えない糊」であり、「優先事項の違いや・・・・・・集団間に生じる不愉快な選択を避ける、またはぼかしておく道」なのだ。政治リーダーたちが熱心に追い求めたのは当然のことだった。たとえばケネディ大統領は「上げ潮はすべての船を持ち上げる」という有名な表現を使って、この世界観をまさに正確に表現した。成長は社会に属する全員に利するものであり、それゆえに、ぜひ追い求めていくべきものというわけだ。


     しかし、経済成長の追求は具体的にどのように、これらの多様な問題の原因となっているのか? 本章では、その答えが技術に見つかるということを示したい。今の社会で選ばれ、開発・採用されてきた技術は、 経済成長を推進する力がある。前章までに見てきたとおり、持続的な技術進歩が〈ロング・スタグネーション〉の終焉をもたらし、近代の経済成長の開始を叶えた。そして人類の繁栄を示す指標のほぼすべてが上向いた。それこそが経済成長というものが差し出す約束だったのだ。だが、そうした上昇を維持するために僕たちが頼っている、まさにその同じ技術の数々が、経済成長を促すと同時に気候破壊、不平等拡大、雇用への脅威、政治の毀損、コミュニティ荒廃をもたらしている。こうした有害な影響全体が、僕たちが物質的繁栄のために支払っている代償だ。人類が作り出してしまった試練の根幹が技術であること、こうした技術に二面的な性質があることを理解して初めて、これらの問題に対処できずにきた経緯も見えてくる――そして、 未来のために何ができるのか学んでいくこともできる。


    ふたたび、成長のジレンマについて
     これまで、ほとんどの社会が成長のジレンマに対して同じ反応をとってきた。さらなる経済成長を追求するのか、それとも人間が大事にする経済以外のものごとを守るのか、二つに一つだと迫られて、圧倒的に前者を選んできたのだ。本書で確認してきたとおり、20世紀初頭には、この選択を意図して選んでいると感じられていた。経済成長という新しい概念の約束は実際に叶えられつつあったし、わくわくするようなスピード感もあった。だが今日において、その選択は、むしろあきらめの行為に感じられる。成長のジレンマを何とか解消する方法はないものか、と想像力をめぐらせようとせず、多くの国が過去から引き継いできたアプローチ――ただただ同じような成長を同じように求め続ける―――にしがみつき、今回は何かうまいこと違うふうになるのではないかと希望的観測を抱いている。
     この第9章では、それとは別の道もありうると論じた。技術進歩の方向性を僕たちが形成できる、それに伴って経済成長の性質も変えていけるという発想は、1世紀にわたる知の変遷の果てに生まれてきたものだ。
     ここまでの章で見てきたとおり、経済成長に対する理解は1950年代に始まった。ソロー-スワン・モデルが、経済成長を生み出すカギは技術進歩だと示した。従来の資源利用では収穫逓減が生じるが、技術進歩だけは、その呪いに打ち勝てるのだと証明した。1990年代にはこの考えに進化があり、ボール・ローマ ―が、技術進歩で産出が増える理由を説明した。新たに生産性の高いアイディアを生み出すこと、そしてアイディアというものがもつ特異な性質を生かすことで、経済成長が促されるのだ。そして現在から20年ほど前に、この知はいっそう明確になった。人間は市場メカニズムから飛び出してきた技術を黙って受け入れるだけでなく、むしろ技術のあり方を決めていくことができるのだ、とダロン・アセモグルが明らかにしたからだ。そして何より今の僕たちにはわかっていることがある。経済成長を促す技術は必ず環境を破壊し、必ず不平等を広げ、必ず地域コミュニティを空洞化し、必ず自分たちでは制御できないテクノロジーに依存させるようになるという、そんな経済の法則は存在しない。経済成長に伴う有害な特徴の数々は、過去の技術的選択の結果なのだということが、今の僕たちにはわかっている。意図的であろうとなかろうと、そのとき目の前にあった具体的なインセンティブに反応して、それに沿った技術進歩が選ばれてきた結果なのだ。 とすると、勇気をもって大胆になる意欲が僕たちにあるならば、ここから僕たちが新たな任務を担っていけばいい。どれだけ成長したいかという決断だけでなく、どのような成長をしたいのかを決めていくのだ。次の章では、その具体的な方法を示していきたい。今直面しているトレードオフを、とりうる対策を、そして僕たちにつきつけられる道徳的問いを、正しく理解していくのである。

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    2026年08月07日
  • 蒐集める人(あつめる人)

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    私たちは何かを集めずにはいられない。その衝動はなぜ生まれるのか。精神分析医の視点から縦横無尽に語られる一冊。収集家の心理や具体的な事例は興味深いものの、全体としてはやや内容が薄い印象。期待して手に取っただけに肩透かしを食った感じだった。

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    2026年07月31日
  • 魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話

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    魚類というものやその学術的な歴史に関心をもったことが無かったので、未知のものを知っていく面白さがあった。タイトルと内容にはずれがあると思う。純粋な「魚が存在しない理由」についての本ではなく、ジョーダンの記録を通して作者が自身や世界を見つめ直すエッセイ的な要素が強い。私にとってはそれが物語的な読み易さを与えてくれて良かった

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    2026年07月19日
  • 壊れた世界で“グッドライフ”を探して

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    ポスト資本主義的な本をいろいろ読んでいる。この本では、環境保護、脱資本主義、格差や差別のない生き方、地球に負担を与えない暮らしなどを実践している3つの家族と、その家族が主宰しているコミュニティを訪ね、実際に一緒に暮らし、その良さと、葛藤、矛盾などを飾らずに生々しく描いている。作者自身が、地球に負担をかけ、自分自身をも犠牲にながら働き続けなければならない苦しさから逃れようと、お手本になる活動を探っている。そのことを取材、執筆して生活をしているわけだが、その活動を維持するために、妻や家族を犠牲にしていることに気づき、さらに葛藤を深めるという二重構造。シンプルでスローで自然な生き方をするためには、実は複雑で忙しくて矛盾だらけで政治的で独裁的で一方的になるという皮肉。自分にどこまでできるか自信はないが、ほどほどに、できることを、長く、続けようと思いました。

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    2026年07月13日
  • 魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話

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    世界の見えかたが、変わるかもしれない。単純すぎるかな。影響を、受けすぎかな。でも、信じたい。そのほうが、面白そうだから。世界が変わるかもしれないと思ったから。こんな、クソったれな世界が!

    見かたを変えてみる、そんな意図した目的がなくても、ずっと僕は、そんな感じだったかもしれない。周囲の人々と同じ方向を向くことの違和感。目標があるなら、その過程は自由でいいと思っている。プロセスの煩雑さに価値を見出すことなんて、僕には、ばかばかしくて、なぜ周囲の人々は、そんなものに価値を、悦びを付与するのか。僕にはまったく理解できない。もっと理解できないのは、皆で同じ方向を向くことへの強制。“ルール”を、やたらと有り難がること。まったく合理性がないことへの強制。従っていればいい、そんな自己放棄。生きているのか?あなた方は。

    著者から読者への挑戦のような読後感。“魚が存在しない”なんて。著者自身の見解だけでなく“裏付け”があるという説得力。僕は、受け入れてみたい。

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    2026年06月13日
  • GROWTH――「脱」でも「親」でもない新成長論

    Posted by ブクログ

    経済成長は当たり前ではない。
    むしろ人類史では“例外”だった。

    『GROWTH』は、これまでの成長の前提を問い直し、
    これから何を優先するべきかを考えさせる一冊。

    成長か、それとも別の価値か。
    そのトレードオフにどう向き合うかが問われている。

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    2026年04月18日