上原裕美子のレビュー一覧
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ネタバレRCTと言えば臨床医学の分野がすぐ思い浮かぶ。本書の中でも長く信じられてきた医学上の「常識」がRCTによって否定された例がたくさん挙げられている。
・閉経後の女性に対するホルモン補充療法は心筋梗塞のリスクを低下させるとされており、21世紀の始まりころまでにアメリカ人女性9000万人がこの治療を受けた。しかし、RCTによってホルモン治療は脳卒中のリスクと血栓による静脈閉塞のリスクが高まるだけの負の効果しかないことが明らかになった。
・2000年代初期まで、重度の頭部外傷にはステロイド注射が普通だったが、ステロイドとプラセボの無作為割付試験によって、ステロイド注射群の死亡率21%はプラセボ群の18%よりも明らかに高いことが判明した。
・乳がん検診をうけた女性2000人のうち一人が乳がんによる死亡を回避するが、健康な女性10人が検診を受けなければ告知されなかったがんの宣告を受けて不必要な治療を受ける、されに200人以上が偽陽性の所見により心理的な苦痛を受ける。(CochraneDatabaseofSystematicReviews2013,Issue6,2013,articleno.CD001877)
・ビタミン剤をサプリとして摂っても寿命が延びるというエビデンスはない(JAMA p842-57,2007)し、オメガ3脂肪酸の心臓病予防効果も否定されている(JAMA p1024-33, 2012)
RCTは社会学などの領域でも用いられるようになっている。実際、貧困層に対する放課後プログラムの提供やマイクロクレジットなど、絶賛されてはいるがRCTで評価するとその効果がほとんどないようなものが多いことなどがあきらかになっているし、行政からはナッジという形で市民の行動をより望ましい方向に変える方策が日々模索されている。
ちなみに本書が発行される直前に、「RCT」などの検索語をGoogleで入力した人に対して本書の広告が3パターン表示されるようにして、クリック率の高かったタイトルに本書は設定されているそうだ。(邦訳版はおそらくそのような配慮はない)。一週間で4000回広告が表示され、一番反応がよかったタイトルにしているのだとか。
・経験談の寄せ集めはデータではない -
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ほとんどの大学には「世界情勢」に関する必修科目がなくて、大学生が、今、わたしたちが生きている世界について、なにもしらないままに世の中にでていくことに危機感をもった著者による世界情勢の入門書。
短いイントロという位置づけだが、ページ数はそれなりにあって、分厚い。
本の構成としては、まず歴史があって、つぎに地域別の説明があって、そしてテーマごとに議論が進んでいく。たとえば、今の世界を理解するためのスタート地点は、30年戦争としていて、なるほど、やっぱそこだろうな〜、と思う間もなく、話しはすぐに世界大戦になり、冷戦になり、ポスト冷戦とあれよあれよという間に終わってしまう。
他のところも、同じような感じで、たしかに「短い」。
「フォーリンアフェアーズ」をときどき読んでいる私には、そこまで新しい話しがあるわけではないが、大きなパースペクティヴで整理されているので、頭はすっきりした。
ここでは、書かれていることと同時に書かれていないことも大事な気がした。つまり、膨大なトピックのなかから、なにを選んで、なにを外したかというところ、つまり、著者がどう世界を認知しているのかというのが面白いところ。
もちろん、アメリカ中心で、アメリカの政治エリートが世界をどう見ているのかということではあるのだけど、それでも、世界の現実をしっかりと客観的にみようという姿勢は伝わってくる。
いろいろ限界はあるにしても、日本における現状を考えると、彼我の差は大きい。 -
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「エビデンスに基づく」というフレーズが流行り言葉になって久しい。政策や意思決定の効果を数量的に検証して得られた結果が「エビデンス」だが、数量的な検証と言ってもさまざまだ。本書のタイトルにもある「RCT」はランダム化比較試験の略で、良質なエビデンスを得るためにはRCTが欠かせないというのが著者の立場だ。
RCTを使ってエビデンスを得るとはどういうことか。こんな例を考えてみよう。職業訓練プログラムに参加しなかった求職者と比べて、参加者の就職率が有意に高かったことが分かったとする。さて、このプログラムには就職率を高める効果があったと言えるだろうか。必ずしもそうは言えない、というのが答えである。そもそも職探しに熱心な求職者だからこそ、職業訓練プログラムに参加したのかもしれないからだ。ではプログラムの効果を正しく測定するにはどうすればよいか。プログラムに参加するかどうかを求職者にえらばせるのではなくランダムに割り当てる。そのうえで参加者(介入群)と不参加者(対照群)について就職率の違いをみればよい。これがRCTを用いた評価の基本的なアイデアである。
医療の分野にルーツをもつRCTだが、これを活用できる領域は広い。医療・教育・経済についての政策や、ビジネスにおける意思決定を評価することもできる。実際、著者が本書で紹介するRCTは多岐にわたる分野で実施されている。
先ほどの例から分かるように、RCTを使うと単なる相関関係ではなく因果関係を知ることができる。これは得られるエビデンスの質が高いことを意味する。またRCT評価の強みとして、著者はシンプルさを強調する。ここで引くのは経済学者ジュディス・ゲロンのことばである。曰く、「分析の基本は誰でも理解できます。小難しい統計処理はありません」(69ページ)。RCTによって「堅固かつシンプルなエビデンス」を引き出せるのだ。
本書で著者はRCTの魅力を伝えると同時に、まだまだRCTが活用されていない現状を憂いてもいる。著者によれば、印象的な逸話や人間の直感を頼りに政策が導入されたり、表面的な比較に終始する質の低い評価に基づいて効果を判断されたりすることが多い。人間の直感は大してあてにならないと著者は警鐘を鳴らす。実際に「世間一般に受け入れられた常識をRCTが覆した例」は多い。長年、犯罪率の低下に寄与していると思われていた米国の「刑務所見学プログラム」によって、犯罪発生数がむしろ増えていたという事実が発覚したのはその一例だ。あるいは、途上国で貧困を減らすのにマイクロクレジットがさほど効果的ではないことも、RCTを実施して分かった。効果の低い政策を実行するための予算にはもっと別の使い道がある。RCTを用いた高品質の評価によって政策をふるい分けていくことが、より良い社会の実現につながる、そう著者は述べる。
本書の主眼はRCTの魅力を読者へ伝えることにある。しかし当然、RCTには欠点も批判もある。本書を読む限り、RCTを実施するために大きなコストがかかること、RCTを実施できる範囲が限られていること、この2点を著者はRCTの主なデメリットと考えているようだ。
過去に実施されたRCTには多くの被験者、多額の費用、長い期間といったコストを伴う大規模なものも多い。しかし常にこれらが必要というわけではないし、RCTによる評価によって無駄な政策への支出が減らせるのであれば、RCTにかかるコストは十分に報われる。著者は2つめの欠点をより大きな問題だと考えている。限られた範囲の被験者を対象としたRCTの結果は、類似するほかのどんな状況にも当てはまるというわけではない。例えば米国で効果を認められた政策が日本でも効果を発揮するとは限らない。また対象者の規模が大きくなると、思ったような成果が得られないこともある。一方で「結果の解釈には慎重に臨むべし」と述べつつ、他方で経済学者アンガス・ディートンのことばを引いて「他の状況に一般化可能な仮説」が見つかる「最善の実験」を行なうのが望ましいという。
著者によれば、「対照群を設けるRCTは非倫理的である」「対照群をくじでえらぶのは不公平である」という批判が最も多いようだ。これらに対して著者はこう反論する。
評価の対象となるプログラムに効果があるのかどうかは分からない。そもそも効果を知るためにRCTを行なうわけであり、(プログラムからもれた)対照群が必ずしも損な役回りを演じるとは限らない。また、時期をずらして導入するようなプログラムでは全員がいずれは対象となるので、「倫理的でない」という批判は当たらない。さらに「公平性を欠くという理由でRCTを拒否するのは、先進諸国で教育機関への入学や、住宅バウチャーや医療保険の割り当て、さらに投票順序や徴兵の決定にくじが利用されている現実と矛盾する」(204ページ)。どちらも妥当な反論だと私には思える。
政府が税金を投入して実施する政策の背後には説得力のあるエビデンスがあるべきだ。そして良質なエビデンスを提供する手段としてRCTはとても強力い。本書の重要なメッセージである。より多くの政策がRCTによって評価される世の中は、著者の言うように「より良い社会」だろうと私も思う。RCTの有用性を伝える本書をぜひ多くの人に読んでもらいたい。他方で本書がはらむ、RCTが万能に近いと錯覚させる危うさには注意も必要だろう。RCTを実施できない状況も存在するし、またRCTの結果をどこまで一般化できるのかという外的妥当性は、本書で言及されている以上に実は複雑な問題だ。本書では触れられていないが、RCTに対する批判はほかにもある。こうした論点については例えば、経済セミナー編集部による『新版 進化する経済学の実証分析』(日本評論社)などを合わせて読むことを勧める。 -
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草の根ネットワークから始まる個人の行動力が必要。
GDPの成長は格差拡大につながっている。
成長は必要ない。より少なく生産、少なく消費する生活を指向するべき。
成長には、循環型、永続型、複利型がある。複利型は永遠には続かない。永続型も自然ではない。複利成長を目指すことはできない。
物資使用量と市場取引の拡大を止める。成長なしで豊かな生活を送れる制度をつくる。
成長追及は、負債、不平等、金融危機を生む。新自由主義は、自由ではなく新たなルールを作った。
成長を求めることが本能、ではない。
デンマークの自転車通勤。
グリーンニューディール政策は、緑の成長と繁栄の両方を目指している。
グリーンニューディール債を発行し、公共事業を行う。
ユニバーサルベーシックインカムとユニバーサルベーシックサービス。=全員にいきわたるもの。資格認定が必要ない。
貧困軽減が経済成長の後押しではなく、環境破壊を防ぐ目的として使われる。
ユニバーサルケアインカム=無償のケア活動に対する保障。
カリフォルニア州では、大規模な山火事が原因で、パシフィックガス&エレクトリック社が破綻した。
今は生産性の向上が企業の利潤と株主の配当に回ってしまう。
炭素税でユニバーサルサービスを賄う。労働への課税はやめる。環境破壊には課税する。
ニューディール政策のときは累進課税が効果的だった。
犠牲を強いる緊縮財政ではなく、連帯経済やコミュニティ経済を補強していけるか、がカギ。
自然界効果、ケアワーカー、子育て中の家族、自転車愛好家、ビーガン、ヒッピー、失業者、気候難民、田舎暮らし、帰納運動、などと相性がいい。
環境グズネッツ曲線は、統計データによって否定されている。
資源は安くなると、使用量は増える。これが経済成長の基本。より少ない資源でより少なく生産するべき。
市場は、汚染に対して正しい値段を付けられない。
農業から工業、サービスへと移行するにつれ、資源とエネルギーの使用量は増えた。
GDPは、環境汚染でもその対策をすれば増えるもの。無報酬の働きは計算に入れない。 -
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公共経済学者であり現在はオーストラリアの連邦議員を務める著者が、RCT(ランダム化比較試験)がいかにシンプルでありながら、世界を少しずつ良くしてくために不可欠なツールであるかを多様な分野での実用例と共に示す良書。
対象となるのはもちろん医療をはじめ、教育、犯罪防止、新興国における開発援助のあり方、ITサービスにおけるA/Bテストなど多岐に渡る。また、ある施策の効果を測定するためにランダムに選定された介入群(施策を行う)と対照群(施策を行わない)に分けることから、RCTは”対照群に対する倫理的な問題を孕んでいるのではないか”という批判が常につきまとう。
本書ではRCT批判派から寄せられるこの問題について極めて真摯に議論を進め、
・そもそも介入群の方が確実にベネフィットを得られるという確証はなく、施策が有害なものであった場合は対照群の方こそ(結果的にではあれ)ベネフィットを得ることになる
・RCTの設計次第で、「実験終了後に対照群にも介入群と同じ施策を追加提供する」、「抽選で決まるアメリカ永住権のように、抽選・くじなどで決定されるものをRCTの対象とする(RCTのために抽選を行うのではなく、RCTがなくても勝者・敗者が出る抽選を利用するのだから倫理的な問題はない)」
などの考え方から、倫理の問題を当然考える必要はあるにせよ、むしろその問題を過度に捉えすぎてRCTを行わずに、真にベネフィットがあるかどうかわからない施策を決めることこそ、社会に対する不正義である、という結論づけている。
RCTは、限られた財源を有効に使うために重視されてきているEBPM(Evidence-Based Policy Making)のような公共政策において、一丁目一番地とも言うべき有用なツールである。本書を通じて、RCTの豊富な事例や陥りがちなミスとその防止方法なども含めて、その社会的意義を再確認できた。 -
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・行動嗜癖の6つの要素
1)ちょっと手を伸ばせば届きそうな魅力的な目標があること
2)抵抗しづらく、また予測できないランダムな頻度で報われる感覚があること
3)段階的に進歩・向上していく感覚があること
4)徐々に難易度を増していくタスクがあること
5)解消したいが解消されていない緊張感があること
6)強い社会的な結びつきがあること
・人に行動を促したいなら、太刀打ちできない大きな目標ではなく、具体的でチャレンジしやすい小さな目標を与えるほうが有効なのだ。進歩している実感に励まされるし、ゴールラインが見えているほうが前に進みやすい
・ネットゲームでスペースキーは小さな動きではなく大きな動きに合わせる。物理的な感覚とデジタルの領域での感覚を連動させるのがマッピングの妙
・動機付けられた認知:外れが続いているってことは大当たりが近付いているサイン と認識させることではずれもポジティブに受け止めさせ続けさせる
・ダラー・オークション・ゲーム
・売れるもの、人気になるものを作ろうとするのではなく、好きになるために作ることがゲーム作りの根幹(宮本茂)
・ビギナーズラックには人を依存させる力がある。ビギナーズラックを体験したせいで、人は非現実的な野心を抱き、本来ならば熟練者にこそふさわしい高すぎる期待を抱く
・ほとんどの人間は、何もしないより何かをするほうがよいと考える。たとえそれがネガティブなことであっても。
・課題を片付けているという感覚や、自分がこれを成し遂げているんだという気持ちは、大きなモチベーションになる
・イケアの組み立て済みの収納ボックスを自分で組み立て作業をした被験者の提示した金額は、既製品を見ただけの被験者の金額に比べて63%も高かった
・スロットマシンの「惜しい」と「はずれ」に実質的な違いは何もないというのに「惜しい」を見せることで、大当たりはすぐそこだと思わせる
・現金ではなくクレジットカードを使うと、人は同じ商品が2倍高くても払ってしまう(停止規則の役割を果たさないため)
・自動再生により、「次のエピソードを見ない」という判断をする必要がある(オプトインオプトアウト)
・Facebookとインスタグラムでは予測の立たない刺激がエンドレスで続いている
・人間は肯定的なフィードバックばかりを受け入れたがり、否定的なフィードバックに対して過敏になる
・近づきやすい態度、穏やかな態度、子供の状況について知ろうとする態度、現実的な態度を取ることが親の態度として重要
・自己決定理論によると、人は3つの根幹的なニーズに関わる場合に自主的に行動を起こしやすい
1)自分の人生を自分の意志で進めたい(自律性)
2)家族や友人と確かな絆を形成したい(関係性)
3)周囲に影響力を持っていると感じたい(有能性)
・「○○を考えてはいけない」といわれたときに「そのかわりに何を考えていればいいのか」というのがわからない
・習慣を構成する3つの部品
1)合図(行動を促すもの)
2)儀式(行動そのもの)
3)報酬(これからも同じ行動を繰り返すよう脳に仕向けている見返り)
・自分以外の誰かを巻き込む報酬や制裁は、習慣形成において非常に効果が高い
・行動嗜癖に対するアプローチは排除するか、活用するかの2つ。活用して良い習慣にすることもできる
・体験そのものを報酬にする(英単語を学んでいるうちに、成果に応じて自動的にコメを寄付している) -
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ゲーム、薬物、SNSなど様々な依存症について人に依存させる仕組みや人間の心理の観点から、多くの実験結果を含め多面的に解説されている。
中でも、今まであまり注目されてこなかった行動に対する依存 "行動嗜癖" が本作のテーマである。私たちにとってもっとも身近な行動嗜癖はスマホの長時間利用だろう。
本書を読んでいて、今後の未来が少し恐ろしく感じられる点も多かった。
行動嗜癖を見直し、今後も発展を続けるであろうデジタルへの付き合い方を見直すべきだ。
私自身、スマホのスクリーンタイムが6時間を越える日も多い。平均スマホ利用時間は3時間であり、明らかに使いすぎだ。
今後は週平均3時間未満になるよう調整し、何のためにデジタル機器を使うのかを再考したい。 -
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新型コロナによるパンデミックが世界にもたらす影響とその意味合いを、社会的・経済的・政治的・歴史的な見地から紐解くとともに、パンデミック後を展望して世界が今後向かうべき方向性を示した一冊。
今日の世界各国はトリレンマ(どんなシステムであっても開放性・可変性・安定性のうち2つしか備えることができない)を抱えており、パンデミックは世界同時多発テロやリーマンショック同様、市場中心主義の限界と、それに過度に依存してきた米国の脆弱性や影響力の低下をより明白にする一方、マスク外交等で存在感を増す中国への警戒心から各国でポピュリズムや内向きの政策が優先され、近年縮小傾向にあった経済格差が再び拡大しつつある状況に著者は警鐘を鳴らしつつ、今こそ我々は歴史に学び、2度の大戦後に確立された「リベラルな国際秩序」の価値を再認識すべきであり、覇権国による一極集中集中ではなく、二極化でも多極化でもない、新たな他国間協調主義に基づくグローバルガバナンスの必要性を説く。
「人々は専門家の声を聞け、専門家は人々の声を聞け」に代表されるように、著者の視点はリベラルを基軸としつつ、ファクトに基づく冷静で客観的・中立的であろうとするものであり、世界経済のトレンドや中国の台頭に対する見解も、現在の混乱する米国においては抑制的に響く。ともすれば理想論として片付けられがちな他国間協調主義や、「大きな政府 or 小さな政府ではなく”善き政府”を」といったメッセージは、社会主義下のインドで貧しい幼少期を過ごした後に移民として米国でジャーナリストとして成功した著者だからこそ、リアリティがある。 -
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マーケティングや行動経済学に精通した大学准教授である著者がスマホやSNSがもたらす行動嗜癖という依存症について書いた一冊。
SNSなどが普及する中で深刻化している依存症についてそのメカニズムや依存症になった者の症状、そして解決法に至るまでを様々な研究結果などから書かれていて勉強になりました。
物質だけでなく行動にも依存症が起きることや苦痛から逃れるために依存症を発症することなど依存症についてのメカニズムを知ることができました。
そして、目標、報酬、クリフハンガーによるビンジウォッチング、他人のと比較などを駆使してネット上の様々なサービスが展開されていることも勉強することができました。
また、物理的に距離を置くことや罰を与えることなどで依存症の予防策としたりゲーム化することによって楽しく依存症から自分を改善したりと予防策も知ることができました。
スマホなど文明の発達とともにデバイスがどこであったりすることで停止規則が機能せず依存症が悪化することや怪我による慢性的な辛さを依存症の仕組みで和らげることなど依存症のメカニズムを逆手に取った取り組みなどが進んでいることも本書で学ぶことができました。
そんな本書の中でも小さいうちからiPadなどのデジタルデバイスに触れさせないことや4〜5歳でiPadなどに慣れることによって人との交流が希薄となり将来に影響を及ぼすことなどは勉強になりました。
本書を読んで依存症になっていくメカニズムを勉強するとともにSNSやゲームとの付き合い方を学ぶとともに次代の子供たちに向けての接し方も学ぶことができました。
そして、本書で学んだテクノロジーとの依存しない付き合い方を実践していこうと感じた一冊でした。 -
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人が物事に依存する原因を、過去の実験や有識者によるインタビューをもとに解説し、どう対応すべきか提示している。
以前は【薬物・酒・たばこ】といった物質的依存が主であったが、現代においては【SNS・ソシャゲ・VOD】といった行動的依存に警鐘を鳴らしている(本書では行動嗜癖と言っている)。
テクノロジーが身近になった故に、僕らはそれに(安易に)抵抗できないのだ。例えば、Netflixが仕掛ける「ビンジウォッチング」について言及している(海外ドラマなど、次のエピソードを自動再生して、2~6話一気見させる仕組み)。この章だけでも、本書を読んだかいがあったと思える。これらの依存ビジネスが、生活のあらゆるシーンに潜んでいることに、ハッとさせられたからだ。
便利な現代において、テクノロジーといかに適切な距離で付き合っていくか。リテラシを見つめなおす良い機会となった。近い将来、より没入感の高いVRやAR、MRなどがメインストリームとなったとき、GAFA、とりわけFacebookがオキュラスをどのような怪物に育て上げ、我々の目の前にお披露目するのか。僕らは、目をキラキラさせながらも、俯瞰した厳しい目で見守る姿勢が必要なのかもしれない。 -
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サブタイトルは「ベーシックインカムは世界でどう議論されているか?」
ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)こそが今後の世界を救う。AIによる仕事の変化あるいは消滅、経済的不平等や貧困、人種差別や性差別、これらを解消し我々をユートピアへ誘う政策、UBI。
ケニアやインド、そしてカナダなどの先進国での実践でエビデンスは揃いつつある。もっとも、人間は複雑で、社会も複雑で、UBIだけで全てが解決するとは著者は言わない。まだ、議論と実践、実験は必要なんだろう。
最終章、「UBIの財源」がちょっと残念。もっと具体的な試算、提言が欲しかった。これまでと違った行政の仕組み、税制が求められるわけで、それあたりが完全にクリアにならないと絵に描いた餅になってしまう。 -
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個人的には面白く、ヒヤッとさせられる言葉が多かったので星4。
しかしコラム集的な感じなので、質の良い粒を集めた知識集と言うところ。統一感という観点では微妙。
○そのログインに「意図」はあるか?
→なさすぎてビビる。無意識的にSNSに癒着してる自分の生活を客観視してしまう。
○時間がないのは、「本当はやりたくないからだ」
恋愛論でも似たような話があるが、本当にやりたい仕事なら時間捻出する。瓶の例えが良かった。瓶には大きいものから入れていかなければ小さなものははいらない。現実でも同じで、やりたいことをずしっかりやらないと後でやろうと思ったことをする時間がなくなる。最初に詰めるのは大きな石から!そうしないとほかのものもきっちり納まらない!
○完璧主義を手放せばすべてがうまくいく
完璧主義のパターン化と対処が記されている。
「完璧主義は高いパフォーマンスを出す一方、多大なストレスを自己にかける」という至極当然のことを完璧主義の自分が気づいてなかったので良い発見。。
○プロとは、、
→自分の内外で良いこと悪いことを問わず何が起きても常に努力と倫理観の高い水準を掲げ、それに沿って仕事をし続けていく人間
さ、刺さる、、。 -
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1.ゲーム理論を現実に活かすためにはどうするべきなのか?
2.本書の目的は、適切に駆使することでゲームチェンジャー、つまり変革者になれるということです。そのためには「ゲーム認識力」、すなわち、問題発見力を鍛え上げ、ゲーム理論の根幹となっている「囚人のジレンマ」を使いこなしてく必要があるということです。
本書では、囚人のジレンマを前提に、コミット、規制、共謀、報復、信頼構築、関係性の活用の6つの要素を用いて事例分析をしています。
ゲーム理論を一通り学んだ方向けの一冊となってます。
3.ゲーム理論を語る上で欠かせないのは「囚人のジレンマ」だと思いました。お互いの一手で最適解がどう変化していくのか、最悪の結果を招かないためにどうするかなど、単純な図の中に様々な思いが入ってることに面白さを感じます。もちろん、世の中はこんなに単純な図で表しきれないですが、要点を掴むくらいであれば十分適用できると思いました。 -
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日本の政治経済や経済政策の専門家としてUCバークレー教授を務める著者が、マーケットデザインに関する種々の誤解を解きながら、日本経済が復調するために取り入れるべき政策的含意をまとめた論考集。
マーケットデザインとは近年になり着目を集めている経済学の一種である。従来の経済学が市場というものを比較的スタティックなものとして捉えるのに対して、マーケットデザインでは、市場そのものを種々の政策によって操作することで、経済的ベネフィットを獲得することを目指す。周波数オークションのような政策はその一種であるし、様々な分野でマーケットデザインの注目は集まっている。
さて、マーケットデザインが対象とする市場を考えるときに、その対概念として我々は国家の存在を想起する。そして、あたかもア・プリオリに、”自由市場”なるものを想起する。著者によればこの全てが間違っている。なぜなら、完全に自由なる市場というものは存在せず、その市場が成立しているのは、明らかに何らかの規制・政策によるものだからだ。本書では、一見日本に比べて自由市場だと思われているアメリカの金融市場が、実は規制により制御されたものであるという事実などを示す。そうしたエビデンスを経て、我々は日本の経済成長のためには、自由市場を求めて規制緩和するよりも、むしろ適切な規制により自由な市場を創出すべきだという示唆が提示される。
本書の学びとして、マーケットデザインという観点で読むのは当然面白い。また、いわゆる日本的経営に関心を持つ人にとっても、各種の規制改革がどのように日本の高度経済成長を実現したかなどの示唆が得られるだろう。一見難解な本であるが、真っ当な経済学の書籍として様々な人にお勧めしたい。 -
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ネタバレ残念ながら(?)やらなければいけないことを先延ばしにすることを正当化してくれるような本ではなかった。
原題は”The art and science of delay" とあるように、直感的な判断に従うことの危険性を論じたもの。プロの手にスプレイヤーでは数ミリ秒の余裕を持てるだけでパフォーマンスが劇的に改善するし、マシュマロ・テストのように先延ばしの能力の重要性を物語っているものもある。
私達の判断の多くはプライミングのように瞬間的な思考(カーネマンのファスト&スロウでいうType1)によって決められており、それはだいたい正しいのだが、少し取り掛かるのを待って熟考したほうがよいこともある。ToDoリストは戦略的に先延ばしするものと、すぐ処理するものの2つに分けたほうがよいのだ。
ポピュラー・サイエンス本のお手本のような書きぶりで、アカロフとスティグリッツの箱の話やシン・スライシングなど、興味深いエピソードをたくさん挙げつつ脳科学の結果も引用するなどスタンダードな構成で読みやすい。 -
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「対話」関係の本。
最近、本当に沢山ある「対話」の本で、何か新しいことが書いてあるわけではない。
手法的な新しさはほとんどない。
どちらかと言えば、思想的というか、集合知と衆愚がどのようにして生じるかといういうことが中心かな?
という話しは、実は「U理論」で、思想的に、これでもか、というまで深められているので、そういう意味でも新しくはないかな?
「U理論」が難しすぎるので、その「対話」に関する部分を実例を踏まえながら、比較的分かりやすく説明してある、ということかな。
とかなり客観的なコメントではあるが、これだけ同じような本があるなかで、直球勝負で、かなり読ませてしまうところは、著者たちの長年の「対話」活動の実践からくるものであろう。
一読の価値はある。