米原万里のレビュー一覧
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初めてこの書名を目にした時は、何の事であらうかと思ひましたが、著者がロシヤ語の同時通訳者と知り、「ああ、なるほど」と得心したのであります。元元通訳翻訳を女性に例へる格言(?)のやうなものは昔からあり、実践者は皆「貞淑な美女」といふ二律背反を目指しながら、現実には「不実な美女」と「貞淑な醜女」の狭間で呻吟してゐるのでせう。
ところで、書名の中の「醜女」は「ブス」と読ませるやうですが、現在では(特に男は)中中口に出来ない単語となつてをります。
わたくしなどは日本語で話す事さへ苦手なのに、同時通訳者といふのは本当に同じ種類の人間なのだらうかと訝る気分があります。本書ではそんな通訳者の苦労話がユウモラスに語られます。やはり失敗談が面白い。
翻訳者は原書を前に、腕を組んで考へたり調べたり、人に訊いたりする余裕がありますが(無論翻訳なりの難しさはあるでせうが)、通訳者は孤独であります。沈黙は許されません。
専門用語がポンポン飛び出す会議や商談などに呼ばれる場面が多いさうで、仮に日本語の訳語が分かつても、その概念を理解してゐなければ相手に伝へられません。故にその都度、事前に猛勉強せねばならぬといふことです。
原発言を通訳者を通じて対話者に伝へるプロセスを記号化・視覚化すると、どうしても機械翻訳では対応できぬブラックボックスがあるとか。ここに人間の通訳が失業しない理由があるのですね。しかし最近はAIによる翻訳がその部分にもかなり切り込んでゐるさうです。
苦労話や愉快な失敗談が多く披露されて親しみも湧きますが、やはりそれ以上に「ああ、自分のやうな凡人とは次元の違ふ世界だな」と驚嘆する舞台裏だなと感じた次第であります。単に読物としても痛快なる一冊と申せませう。 -
Posted by ブクログ
何ともショッキングなタイトルですが、これは通訳における「いい訳」がいかに成り立ちにくいかを表したもの。原発言を正確に伝えているかという座標軸を、貞淑度をはかるものとし、訳文がどれほど整っているか、響きがいいかを女性の容貌に喩え、その2つが両立しがたいことを指している。通訳と聞くと、原文を即座に流暢な外国語に訳出すると大雑把にとらえがちだけれど、通訳に携わる人たちが、いかに正確で、自然な訳を作るために心を砕いているかが、ユーモアたっぷりに描かれています。
翻訳と比較した中でも通訳の宿命といえば、圧倒的な時間の制約。「時の女神は通訳を容赦しない」「手持ちの駒しか使えない」と著者も語っているとおり、瞬時に訳出しなければならない苦労が開陳されています。
そして米原女史にかかれば、下ネタだってあけすけ。「空想」のつもりが「クソ」となり、「顧問」のはずが「肛門」、「少女」が「処女」に…。
楽しさ満載の本書ですが、はっとさせられることもしばしば。外国語に通暁する著者が、いかに母国語の習得が重要かを力説している点は注目です。どれだけ外国語を勉強しても、母国語以上には上達しませんからね。
知られざる通訳の内幕。難しそうな依頼があれば、米原女史でも怖じ気づいてしまうことがあったよう。そこで師匠の徳永晴美氏は「どんな通訳者も発展途上である」といって激励したという。「完璧な通訳者なんて、処女の売春婦みたいな二律背反の骨頂みたいなもんよ」。案ずるより産むが易し。とにかく飛び込め。通訳以外の場でも励みになる言葉ですね。 -
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「常識」というある種の「先入観」に凝り固まった「大人」に思いっきり冷や水を浴びせかける軽妙なエッセイ「13」章。
私たちの「常識」では1ダースといえば12。ところが、魔女の世界では「13」が1ダースなんだそうな。そう、この広い世界には、あなたの常識を超えた別の常識がまだまだあるんです。異文化間の橋渡し役、ロシア語通訳をなりわいとする米原女史が、そんな超・常識の世界への水先案内をつとめるのがこの本。
全編を貫くのは、世の中に絶対というものはないという警鐘。いわゆる常識、先入観、思いこみがどれほど当てにならず誤解のもとになるか。例えば体型に関する意識調査では、80%もの日本人女性が自分の体型に不満という結果が。悲しいかなマスメディアもファッション誌もブティックのマネキン人形も、こぞって八頭身欧米人型体型を「理想」として日本人の脳味噌にインプットし続けた結果だと著者は喝破しています。その考えに触れるだけで、ふっと心が軽くなる。
どんなお偉方も権威も、下ネタも、米原女史の手にかかれば相対的に描かれて唸ります。米原氏が師匠と慕う徳永晴美氏に言わせればそこは「宝石箱と汲み取り式便槽の中身を一挙にブチマケタような、おぞましい知の万華鏡の世界。だが、恐れてはならない」。飛び込めば、実に爽快な世界です。 -
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「愛の法則」というタイトルだが、愛について語っているのは、最初の1章のみ、残りの章は翻訳者ならではの国際感覚の話、語学勉強法の話など、タイトルとはそぐわない?というか、今のタイトルではもったいない話が満載。翻訳者を目指している人、国際化が必要と叫んでいるひとには一読を勧めたい。
個人的には、英語ともうひとつの外国語を学んでいたほうが良いという意見が斬新。また、読書が良い学習法というのも、読書好きにとってはうれしい提言である。
以下注目点
・国際化(グローバリゼーション)とは
アメリカ型:自分を世界の基準にしようとする。
日本型:世界の基準に自分を合わせようとする。
・言葉とか文化は、自分たちが自分たちであることの結果の砦、よりどころとする重要なもの。日本人はこれが希薄。
・サミットでは、他の国が直接同時翻訳してコミュニケーションしていたのに、日本だけが、28年もの間、英語経由(英語でフィルタリングして)でコミュニケーションしていた。
・他国語の翻訳者に比べ、話がつまらなく、個性的な魅力に乏しいのが、英語翻訳者。優等生タイプが多く、角が取れてしまっているから。
・外国文化を絶対化する病気。外国語を学ぶと必ずかかる病気。努力して学んだのだから、意味があって欲しいと思うのは、まあ人情。
・英語命より、もう一つ外国語を学んでいるほうが、英語を学ぶ上でも、遠回りのようで近道。
・フランス語とイタリア語とスペイン語とルーマニア語とポルトガル語は非常に近い。
・日本語、ハンガリー語、トルコ語:膠着語
・英語、中国語、ヴェトナム語:孤立語
・ロシア語とかフランス語:屈折語
・三つ目は、屈折語が良い。
・新しい言葉を身につけるためにも、維持するためにも、読書はいちばん苦痛のない学習法。
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Posted by ブクログ
根っからの歴史音痴の私でも、何度もロシアの要人の名前を目にすることで、おぼろげながら輪郭がつかめてきた。また、ちょこちょこ登場する小咄もおもしろい。それでも、本書は、素地のある人の方が何倍も楽しめるだろうとは思う。
ところにより、ロシアのトイレが汚いらしい/ロシア人の温かい人柄/社会主義は失業者を出せない/フィンランドからの酒飲みツアー需要で、売春婦が生まれた?/宇宙開発への特別な思い/ダーチャで自給自足/ロシア人の雄大な空想力/オウムとロシア?/レニングラード→サンクトペテルブルク/日本への感情に疑問/スターリン時代に民族強制移住/コーカサスと旧約聖書との関係/握手は女性から -
Posted by ブクログ
何をどこまでどう訳すか。
同時通訳中、未知の言葉に出くわしたら、ダジャレを連発されたら、ののしり・シモネタ・差別語には…。
いやはや、日々の努力である。機転である。そしてきっと度胸も。
ご本人及び同業者たちの実感のこもった体験談から小咄裏話まで、あふれそうなほどにびっしり!
どれをとってもそのままコントになりそうだし、実際寸劇仕立てのも。
時に殺意を覚えるともいうこれらの話に、絡めて語られているのが論理的に解析された彼女の通訳論。
バサバサときっぷのいい米原節炸裂である。
まだまだたくさんの引き出しをもっていそうな米原さんの話にもう触れることができないのかと思うと、つくづく残念である。
通訳さんって、もっと尊敬されてもいいんじゃないかしら。 -
Posted by ブクログ
読売新聞の書評に載っていたので読んでみる。
ロシアという極寒の地に、撮影クルーと共に行った時のことを綴った一冊。
シーナのエッセイで読んだことあるな、と思ったら、どうも一緒に行っていたらしい? この旅の直前、シーナは真反対の半球オーストラリアで旅をしていたので、寝るばかりだったとか。
米原さんのエッセイは含蓄に溢れていて、実に読みごたえがある。今回は写真付きなので、ロシアの食べ物が想像しやすい。肉料理のオンパレードだ。
ヤクート自治共和国は北極よりも寒い地。
「お元気ですか、こちらはもうすっかり暖かくなりました。外の気温は-21℃。暑いほどです」
9℃になってひぃひぃ言っている世界とは違う世界に生きている。
この一か月で三冊の本で大黒屋光太夫の話が出てきた。
これは今読むべきと言うことだろうか。読んでみよう。