米原万里のレビュー一覧
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小咄(とこの本の中でひとまとめにした、短いジョークの類)に関して、その創作の仕方を方法論で語った本である。
実話から何から、実例を多く取り入れて、非常にわかりやすい内容になっている。
採った話はピンキリだが、なかなかクスリと笑えるものも多いし、方法論を語る点では充実した内容だった。
惜しむらくは政治談義。小泉政権批判にはユーモアの欠片もなく、なぜハウツー本に加えたのかはなはだ疑問である。内容の強度がその時事部分の量に比例して下がっている。
この手のハウツー本では時に見られる政治談義であるが、あたかもハウツーは撒き餌であって自分の主張をこそ聞かせたいように見えて、読者に対して不誠実に思えるところだ。
料理のレシピ集で政治談義をする人はいないだろう。同じように、プロ意識を持ってもらいたいと切に願う。
また、日本の政権と野党と国民を嘲笑い、哀れむ一方で、例えばプーチンを扱った135ページなどではその論調はなりを潜めていて不可解である。むしろ、事情に明るいロシアでこそ、その舌鋒は鋭くあるべきだと思うのだけど。 -
Posted by ブクログ
「こんなとこ住まなきゃいいのに!」まさにこれが正直な感想。極寒の地、というか「極寒」なんて言葉ではとうてい表すことなどできないであろう、まさに想像を超えた寒さ。マイナス50℃の世界は「寒い」という言葉を通り越して、「寒い」ことから連想される様々なことが(たとえばスケートとか氷柱とか)、実は日本での「寒さ」を想定した事象に過ぎないことを教えてくれる。
こんな寒い地ならわざわざ住む必要などないのでは?というのが最初の単純極まりない疑問。それゃそうだ。飛行機は飛ばない。バスだって霧によって危険極まりない。それでもヤクートの人々は、たとえヤクートより暖かいところへ行ったとしても、「体の調子が悪い」なんて言っては再びこの極寒の地に帰ってくるのである。愛着?そして体に染み付いた"何か"が彼らを故郷へと返すのだろう。その"何か"とは、米原氏一行が極寒の地でなんとか必死に日本料理を作ろうとしたのと同じように、それぞれの人の体にしっかりと染み付いた"文化"と呼ぶべきものなのかもしれない。 -
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ネタバレ最後のエッセイ集。
コラムが多いからか、まとめて読むのには向かない。
こんなに、日本人の自覚を持ちながら、国際感覚に優れた人は、もうでてこないのではないか。
「わたしの中でルーマニアは10パーセント以下,もう完全なイギリス人なの」「国境なんて21世紀にはなくなるのよ」「民族とか言葉なんてくだらない」などという。番組はアーニャの言葉を追認し美化する形で終わっている。国や民族や言葉から自由になる,なんて格好いい生き方なのだろう,という感じで。
しかし,わたしにはこのアーニャの発言が心に引っかかった。番組を録画したビデオを見たリッツァやヤスミンカの反応は,さらに過激だ。「胸くそ悪くてアーニャの発言のところでスイッチを切ったわ」。
どうして二人の優秀なテレビウーマンが納得し,多くの日本人視聴者が感動したアーニャの発言に,わたしや他の旧友達が欺瞞と偽善の臭いを嗅ぎ取ったのか。そこに日本人の考えるグローバル化と本来の国際化のあいだの大きな溝があるような気もした。
~『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を書いた理由~より -
Posted by ブクログ
ネタバレ人並に美味しい食べ物が大好きなので(と言っても、持ち前の貧乏性で美食は牛丼、天玉そば、カツカレーに留まるのだが)、食べ物に関するエッセイも大好きだ。本書にも登場する東海林さだおはもちろん大好きだし、ブリア=サヴァラン「美味礼賛」から某有名グルメマンガまで何でも読む。一方で、惜しまれつつ亡くなった米原万里は大好きなエッセイストの一人。その米原万里の食べ物エッセイなのだから、まぁそれだけでも及第点。
気に入ったエッセイは、幼い頃に一口だけ食べた幻のお菓子を追い求める「トルコ蜜飴の版図」、ちびくろサンボの謎を解き明した「サンボは虎のバター入りホットケーキをほんとに食べられたのか?」、極寒世界の描写が秀逸な「冷凍白身魚の鉋屑」。