苅谷剛彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「生きる力」を目指す新教育課程(ゆとり教育)であるが、好ましいと私は思わない。「受験教育」や「詰め込み教育」からの解放を謳っているがそれは役所の偉い人が陥っていた状態でマスが感じている部分ではない。むしろ、上流階級の子どもは少子化といえどさらなる受験戦争に巻き込まれているように思われる。「ゆとり」なんて感じられない。勉強の不得意な子どもはさらに勉強しなくなり格差の温床になっている。子どもの主体性を重んじるのはいいことだが家庭や社会階層を考慮しないのは言語道断だと思った。「総合的な学習の時間」は自分が行った事を振り返ってみてもたいしたことはやっていなかった。現場の教師に内容を決めさせるのはいいが
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Posted by ブクログ
筆者が国語嫌いだった理由とあたしが国語嫌いな理由が同じだった。国語ってなんか新しいことを学んだ進歩が感じられないのね。でも、この筆者は大村はま先生の授業受けて国語の印象がかわったらしい。あたしもそういう授業に出会いたかった。自覚的な学習者(自分のやるべき課題に気づく、自分を育てる方法をとる)は大村先生の基本的な姿勢がつくったものだとか。それから、『明日もまた教室に立って』と思えるような魅力を、自分の仕事の中に作り出すこと。』ってのが印象的だった。にしても、今の教師は、教えることが仕事ってことを忘れがちなのかもしれない。部活動に熱心になったり、授業準備を怠ったりなど。
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Posted by ブクログ
(良かった点)
いきなり「複眼思考法」とは何か(複眼思考法の詳しい説明は最終章)を語るのではなく、読書の仕方、論理的に文章を書くこと、問いを立てるなど、複眼的思考を身につけるためのロードマップが丁寧に敷かれていた。どこかで一度耳にしたことがあるような論理や手法と思わないこともなかったが、それは反対にいうと、この本が出版された当時の1996年には新しかったのかなと感じた。
(気になった点)
他の方もレビューに書かれているが、やはり1996年に書かれたものであって、本文に出てくる具体例等が古い。特に、本文中に出てくる「受験競争」についての記述が多用されますが、現代の感覚でいうとあまりピンとこない