苅谷剛彦のレビュー一覧
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まえがきに書いてあるとおり、「自分の頭で考えて、自分の言葉で考えを表現する」とはどういうことなのか、その具体的な方法は何かが述べられている。
受験戦争、セクハラ、いじめなど今となってはやや古臭さを感じる事例が多い。
ビジネスパーソンの書くロジカルシンキング本とは違って、実務的というよりはアカデミックな物事の捉え方やコラム内容であり、大学教授の書く思考法の本ならではの興味深さがある。(なんとなく、読者層はこれから大学で学ぶ学生に向けているのではと感じた。)
特に心に残った批判的に考えるためのポイント
・著者と対等の立場で読書し、書いてあること鵜呑みにしない。
・「どうなっている?」で実態を -
Posted by ブクログ
自分自身あまりこういった類の本を読んでこなかったので新規制があって面白かった。「知的複眼思考法」という題名の通り、物事を多角的にみる方法論について書かれていた。この本のメインの主張としてはステレオタイプにとらわれずさまざまな視点からそのものをみることで「常識」をもとに考えた場合よりもはるかに多くのものを得られるというものであった。自分は割と「常識」というものを元にして目の前のことを考えてしまうため、その傾向を治すためにも本書に書いてある方法論は有用だと思った。
個人的には、物事を○○化として関係論的に捉えることで、実体論的な見方から脱出し、要素の分解を行うことで、それぞれの要素の相互作用を抽出 -
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大学の大衆化。
翻訳語でできている大学。
classの階級と階層の日本での使われ方の曖昧さ。
社会的な変遷、過去の資料を使いながら、日本の大学の成り立ちを、自身の研究手法を開示しながら説明してくれている。
いつまでも西洋に、追いつき追い越せのキャッチアップ型で、学問の大学ではなく国家の大学になってしまう仕組みもわかりやすく説明されている。
カリフォルニア・マスタープランが目指した高等教育の卓越性と接近可能性のような理想も持たず、国家からの独立性を保たない日本の国立大学は、人的資本や機会の平等に目のいかない施策に今も振り回されている。そして、中身より学歴につながってしまう。
丁寧に、丁寧に説 -
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1996年8月刊行。
オックスフォード大学で社会学を教える著者による、「知的複眼思考法」の概要と習得について書かれた本。
本書にて著者は、常識やステレオタイプに囚われた「単眼思考」から脱却し、自分自身の視点からものごとを多角的に考え抜く「複眼思考」への切り替えを勧める。
「複眼思考」とはどのようなものか、そして複眼思考を身につけるための具体的な方法が説明される。
具体的な方法もいくつか解説されるが、「ものごとの多面性に注目する」ことが一番腹落ちした。
プロセスとしては以下。
①目の前の事象がどのような要因を持っているかを考える(分解)
②それぞれの要因の関係性を考える(相互作用の抽 -
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1番の発見は
「実体論ではなく関係性論で見る」という視点
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常識,ステレオタイプ,パターン,レッテル,絶対的価値観,神話,善悪二元論,正解がある
→単眼思考
非常識,クリエイティブ,相対的価値観,非二元論,正解はないが問いはある
→複眼思考
・複雑な問いを一面的にとらえず多面的にみる
・問いの対象そのものを見るのではなく、対象を取り巻く人・モノの関係性を見る(実体論ではなく関係性論で分析する)
例: 紙幣はそれ自体が価値を持たないが人々の経済上のやり取りに欠かせないものであるから価値がある
「やる気」は個人だけでなくその個人を取り巻く人やモノといった環境によってか -
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単行本が1996年刊行となっていますので、四半世紀以上前に書かれていたことになりますが、現在でも十分通用する内容だと思います。固定観念や、「わかりやすさ」のための安易な要約が広がる状況は、時代を問わず問題となるということでしょうね。
「答案の端に、教師が書いたとおぼしきA~Dの文字…受け取った生徒は、Aだと喜び、Dだと落ち込む?Aが優秀で、Dが劣っていると誰も言っていないのに?」常識にとらわれた単眼思考を行っていては、いつまで経っても「自分の頭で考える」ことはできない。自分自身の視点からものごとを多角的に捉えて考え抜く-それが知的複眼思考法だ。
聞き飽きてもなお言われ続ける「近頃の若者