手塚治虫のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
鳳凰編を収録。
政治と宗教とが結びつき、政治のための宗教が発展した時代を描く。
東大寺の大仏は、現代に生きる私たちにとっては観光名所にすぎないが、創建当時は庶民の苦しみの苦役の根源だった。大仏を作るにあたって、多くの資材が全国から調達された。
例えば東北の金も、大仏に塗るために奈良まで運ばれたものだ。その金を命がけで採掘し、時には命を落としながらも採掘したのは誰だろう。他ならぬ庶民だったのだ。
仏教は本来、庶民を救うためにあるものであるのにも関わらず、仏教の象徴である仏像を作るために庶民が犠牲になるという構図。当時生きていた人々は、大仏を作るという国家的大事業に怒りをおぼえていたに違いない。
完成したものだけを見ている私たちは、この大仏のために犠牲になった多くの名もなき人々の存在感など想像も及ばない。そうした点に着目した作者はすごい。 -
Posted by ブクログ
望郷編を収録。
地球が人口爆発を起こして、住む場所がなくなって…というのが一昔前までの未来予想だった。
しかし現代の日本は、人口が減少していく現象に直面している。この点に関しては、作者が当時の時代背景や危機感から自由ではなく、作者の予想ははずれたと言わざるをえない。
ところが、この望郷編で提示されているものはそのことだけではない。すなわち、地球という惑星が存在する奇跡、というものを作者は示しているのである。
普段私たちは、自分が「地球という星に生きているということ」自体に幸せを感じることはない。確かに、時には大自然の壮大さに感動することはある。しかしその感動は、こんな景色を見ることができる地球に生まれてよかった、というものであろうか。そうではないであろう。そういった感動は、この地球に私たちが存在できることが当たり前であることを大前提としているのである。
作中で、主人公は宇宙を旅することになるが、その旅の途中何度もなんども地球に似た惑星に立ち寄る。しかしその似た惑星のすべてが、本物の地球ではないのだ。似ている星はあれども、主人公にとっての本当の故郷は、地球しかないのである。
この地球に生まれた自体が奇跡であること。そのことに気づくことができる作品だと思う。 -
Posted by ブクログ
復活編と羽衣編を収録。
個人的に復活編は、火の鳥シリーズの中で一番気に入っている。
復活編のテーマは、その人であるということはどういうことか、ということ。
この話のなかではその例として、脳の大半が人口的に作られた人間は、それ以前の人間と同じであるのか、ということが描かれている。
また、中身はその人でありながら、外見が別人である人間は、その人でありうるのか、ということも描かれている。
こうした問題は、医学が発展すればするほど倫理的に問題になるであろう事柄である。その人であるということはどういうことか、すなわち人間個人のアイデンティティとは何か、という問題について、深く考えさせてくれる話である。 -
Posted by ブクログ
ただでさえ面白いブラックジャックを
今風のイケメンにし、医大生時代に巻き戻せばどうなるか。
時は1964年
長い世界大戦は終了し、敗戦から復興した日本。
たった半世紀にも満たない短時間で急成長の上り坂を駆け上がった日本は、その反動として様々な問題を抱え、学生を中心とした若い世代の過激な運動が活発化していた時代。
思想と実体による暴力が吹き荒れ、血は流れ、人の心は蹂躙され続けていた、恐らく最も熱かった時代。
世に溢れる暴力と盲目的な思想
幸福感に飢える民衆は無意識にそれらを渇望し、囃し立てる。
学生が赤ヘルゲバ棒を担ぎ、火炎瓶を投げ、バリケードに立て籠もる。
警察機構は催涙弾と放水、警棒で立ち向かい、暗躍する活動家、赤軍の影。
社会のそこら中で血が流れ、罵声が飛び交い、人が死ぬ。
そんな素敵な時代に、身も心も傷だらけになり、それでも尚立ち上がった青年「間 黒男(はざま くろお)」こと、後のブラックジャック。
彼は知っている。苦痛とは如何なるモノか。
彼は知っている。誹謗中傷の非暴力の醜さを。
彼は知っている。何もせぬ無害な一般人達の残酷さを。
だが、彼には夢がある。
自分を救った医師の様に、様々な病人怪我人を救う医者になると云う夢がある。
全身をどす黒い失望、絶望感で包むが、胸に光る一つの希望。
さぁ、そんな舞台で主人公は如何なる舞を魅せるのか。
いや、この作家。そして原作者も良く判っている。
醜い人物達の争いは、醜いだけだが
美少年、美少女達の争いは、悲劇になる!
短髪の凛々しい美少女が共産主義の思想に感化され、その思想の何たるかを知る前に学生運動へと身を投じ、暴力に晒される!
間はそんな彼女を治療するが、やがて彼女は”総括”を強要される。
総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!総括しろ!
後年、ブラックジャックと呼ばれる様になった間は彼女と再会を果たすが
総括により、凛々しい顔立ちは激しい殴打により変形し、肋骨は折れ、脳出血も起こし自立呼吸もままならない状態で横たわっていた。
思想が人を救うのか?!暴力が人を救うのか?!
崇高なる精神の活動の果ては他の精神の弾圧と蹂躙しかないのか!?
そもそもがその”精神”とはなんだ、思想に盲目的になり、己の望むナニかすら見失った所行ではないのか?!
人を救うとは一体なんだ。
思想家であれ、怪我人病人であれば間は救う。
しかしその患者がまた、誰かを襲う。
時には暴力で、時には思想で、時には本人の幸福の為に。
ならば、人は。
ってまぁね、手塚先生の永遠のテーマ
というか、人類普遍のテーマですが
そいつを今風のイケメンと美少女でやってくださっているのがもうね。
男も女も美しいが
醜く盲目的な思想で他人の心を蹂躙し
その発露として暴力を振るい、振るわれる。
話も面白ければ
描写も手抜かりがない
熱い。
そして面白い。
面白すぎて悔しいくらいだ。