山川紘矢のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
僕の人生がどん底だった2010年頃、成功法則系「あきらめるな教」自己啓発本とは真逆の本書に出合った。そして、この言葉に救われた。
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自分の目指す通りになれば素敵だが、そうならないのも、それはそれでまたよいものだ、という態度さえ持ち続けることができれば、あなたの人生は大丈夫です。そうすれば、間もなく、将来何が起こるのだろうかと、あれこれ考えるのがそれほど興味のあることだとは考えられなくなってくるでしょう。
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そして、次の言葉で「あきらめるな教」から改宗することができた。
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何かをひどく恐れている時、そこにあなたのさとりへの鍵がある場合が多いのです。その恐れは、心理的、肉体的、社会的な事柄に対するあなたの執着の強さを示しているのかもしれません。 -
Posted by ブクログ
前作同様、医者である筆者が、患者に対して過去生への退行催眠を行うことで、改善された症例が記載されている。
大きく違うのは、今回はその臨床例が多数に渡る事。
人間関係や過去からの(虐待やネグレスト、暴行などの)トラウマは元より、腰痛や長年の持病、挙句にはガンなども全て、患者が過去生を体験することで治癒していく。
俄かには信じがたい症例のオンパレードとなる。
自分が過去生への退行催眠を経験してみないことには、否定も肯定も出来ない。
症例が多いが、似たような展開が多く、さほどのページ数だがやや飽きてくる。
また、前回では意味深に登場していた”高次の存在”が今回はほとんど出てこないのも不思議。 -
Posted by ブクログ
どこまでが真実で、どこまでが妄想で、どこまでが偶然で、どこまでが必然なのか…全ては読み手に委ねられている…という印象でした。
「アルケミスト」を読んだときにも「へ? これだけ?」という印象を持ったのですが、山川さんのこちらの本もそんな印象でした。だからといって、この本がダメなものというわけではありません。
本書の中にあるように「信心深くなること」の度合いによって読み手の解釈が大きく異なる本だと思うのです。あたかも、合気道の演武をみて、「ヤラセでインチキだ」と思う人と、「ああいう技はある」と思う人の二種類に分かれるかのように。
特に心に残ったのは「みんな大丈夫なのです」というところ。世の中はどんどん混沌の方へ向かっていて、それを分析しても不安しか生みませんが、「みんな大丈夫なのです」と言い切られて、何かドスンと安心したような気がしました。
起こること、自分が、人生で受け取っていくことにまずは「YES」で対してみる…。
指針になりそうです。
※読み手に委ねられるところが大きそうな内容なので、評価は三にしましたが、是非皆さん読んでみてください。 -
Posted by ブクログ
スペインの片田舎で暮らす女性が、ずっと昔に都会へと出た幼馴染との再会するところから始まる物語。修道院に入り奇跡の癒し手として活躍する彼の導きで、神の女性性と自分の中に眠っていた愛の信仰心に目覚めてゆく姿と葛藤を描く。
神の女性性が繰り返し語られる神秘性の強い作風で、"彼"はキリスト教が新たな段階へと至るために使わされた先駆け者であると幸島の猿の逸話(イモ洗い行動をする猿が一定数を超えると一気に全体の共有知識となった。とされるニューエイジ論)も引きながら語られる。そこが彼の苦悩の元でもあり最後の唐突な主人公の女性との立場逆転へとつながっていくのだが。
まあ、宗教色を除けば幼馴染との葛藤と愛を描いた作品で、そこに宗教が絡んで悩みが深くなったというところか。筆者としては幼馴染との再会は舞台装置で、神を語る方が本論なのだろうが。 -
Posted by ブクログ
キリスト教秘密結社の最終試験に落第し魔法の剣を手にし損ねた主人公が、剣を手にするための追加試練としてスペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を旅し、数々の神秘体験を経て真の教えに目覚めていくまでの物語。
キリスト教の下地を持たない人間には越えられない壁も感じるが、本の中で語られるRAMの実習はメディテーションの類と思えるし、神秘体験の数々もアニミズムの側から見ればもっとしっくりくる気がする。と、頭(知識)中心で考えることを主人公は咎められてもいたのだが。。。
自分自身でこの神性を感じないと自らの血肉にするのは難しいだろうが、ざっくりいうと大いなる意思と一体となり、自分の人生は自分が主人公にならないといけないということかと思った。もちろんエゴに捕らわれるという意味ではなく。