たかどのほうこのレビュー一覧

  • へんてこもりのなまえもん

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    変な話(笑。主人公のこどもたちは、どうやら幼稚園生のようだけれど、小学生にも見えるので1,2年生なら大丈夫かと思います。でてくるキャラクターとか、そのキャラの特徴とか、とにかく「へんてこ!」。絵本から読み物へと移行するときの本としていいんじゃないかと。男の子が好きだと思われます。

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    2016年01月21日
  • つんつくせんせいとかさじぞう

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    つんつくえんのみんなは、あたまにかぶるかさをつくりました。そして、そのかさをかぶって、おじぞうさんのところへ。もちろん、かさはおじぞうさんへのプレゼントです。ほら、あのおはなしのように、おじぞうさんたちがやってきましたよ!ところが、おじぞうさんたちは つんつくえんをすどおりして…。まってー、おじぞうさーん!
    かさじぞうのおはなしが、ゆかいなつんつくせんせいのおはなしになりました。さいごはみんな「あー、よかった!」って思いますよ。

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    2020年12月25日
  • ねこが見た話

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    ねことゆー噂を聞いて読んでみた。そしたらきのこだったーーー!
    まあ話自体は大半が平和なまちでの人の話。

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    2015年07月23日
  • つんつくせんせいどうぶつえんにいく

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    面白かった!コミカルで子供に受ける。
    つんつくせんせい、最初は嫌な人だなーって思ったけど、最後にがらっと印象が変わるのが楽しかった。

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    2015年04月27日
  • おーばあちゃんはきらきら

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    ネタバレ

    おーばあちゃんっていうのは、小学校一年生のチイちゃんのひいばあちゃんのことだ。

    おばあちゃんのうちのはなれに住んでいて、ときおりおばあちゃんと一緒にチイちゃんのところに来たり、チイちゃんが遊びに行ったりもする。

    チイちゃんはおーばあちゃんが大好きだ。ちいさくてほそくてしわしわで、すきとおった淡いひとみ。もうこの世のガツガツした生活や欲望から遠く、淡い夢の世界、いうなればピュアなイデアに近い世界に生きるひと。あるいは、「この世」の外側に近い場所。

     ***** ***** *****

    子供、年寄り。

    まだ「あちら側」から来て日が浅く、この世に定着して間もない者、まもなく「あちら側」へ召されようとするもの。死後未生のその境界に接している者たち。

    あるいは、いわゆる「女、子供、年寄り」というカテゴリは、一般にこの社会の中枢、中心機能の「周辺」、外側に近いところに位置付けられている。

    更に言えば、ここではおかあさんやおばあちゃんはチイちゃんにとっての「社会」、現実の日常生活、社会の側にいる。対して、「おーばあちゃん」がその外側、この世界のマトリックスの不可思議な混沌への繋がりを担当する役柄を担っているのだ。

    その繋がりの手だては、物語。

    時折チイちゃんにお話ししてくれる、記憶の中の思い出話。あるいはおとぎ話。日々を、日常の出来事を、不思議や喜びや美しいもので満たすためのファンタジイに満ちたイデアの側を語る物語。

    …これは、おーばあちゃんがチイちゃんに語ってくれた小さなお話が8章集められた短編集である。こみねゆらさんの繊細で美しい絵が物語世界を美しく彩る。

     ***** ***** *****

    第一章「赤い鳥と青い鳥」という始まりと第八章「金色のトカゲ」の結びがきれいに対応している構成上の美しさも深い読後の余韻を生む要素である。感銘を受ける見事なうつくしさだ。

    赤い鳥と青い鳥。チイちゃんがよぼよぼしわしわとして弱々しいおーばあちゃんに「年取ってるってかわいそう」と言ったとき、それを否定するために語ってくれた、おーばあちゃんが小さな女の子だった頃の思い出の中の不思議なお話。

    広場で一緒に遊んでいた友達とはぐれたとき見つけた、長い柵にとまっていたきれいな赤い鳥と青い鳥、捕まえられそうで捕まえられなくて、ぴょんぴょんと交互に逃げてゆく二羽をどんどん追いかけてゆく。その果てに、二羽が同時に飛び立ち、赤い鳥と青い鳥が紫の靄に変わってきらきらとあたりを包み込んだとき、変容した世界が現れる。

    そしてそこにはひどく年取ったお婆さんが、…今のおーばあちゃんが、小さな女の子だった自分をにこにこと迎えたという。

    「よくここまできたこと。いつかまたいらっしゃいね。鳥をおいかけてずうっときたみたいに、少しずつ。ずうっとずうっといらっしゃいね、きっとよ。」

    と、小さな女の子だったおーばあちゃんに言ったのだという。

    自分がおばあさんになったときの未来を見たという子供の頃の未来幻視の不思議な記憶のお話なのだ。人生のはじまりのときに、そのゴールまでの時間が、象徴的なフィールドで描かれているお話。

    赤い鳥、青い鳥は、人生のさまざまな場面でそのときそのとき追いかける、さまざまの目的、美しいもののかたちのメタファ。そして、ひたすら追いかけた末、それらがそれらとしての具体性を失い、雲散霧消したようにみえた人生の終わりのとき、けれどそれは具体性としての赤と青の鳥のかたちを失った果てに、違う姿、赤でもなく青でもなく、けれどその両方の属性を失うことなく紫の靄というアウフヘーベンされた姿できらきらと美しく、幸福に主体を包み込む。

    ーーそこに今たどり着いた、今のこのおーばあちゃんの姿にたどり着いたのだというのだ。

    長い人生、そのひとつの物語の不思議な美しい風景が、ただ目の前の時間、目の前の赤い鳥と青い鳥を夢中で追いかけて長い長い柵(時間)を駆けてきたその長い人生、それを成し遂げて赤と青、それらすべてを得た紫の靄の輝く美しい約束の地、目的の地にたどり着いた充足のことを彼女は語っているのだ。

    その地は、世界のすべてを、己の人生の輝き、広い広い果て無い広場(世界の無限)のすべてを感じながらひとすじの慎ましい自分の時間(うつくしい赤い鳥と青い鳥の明滅するひとすじの長い柵。)をまっとうした先の完璧な場所、過去のすべてがトータルにインテグレードされた特異なフィールド。

    ーーーそれから、おーばあちゃんは、きらきら目をかがやかせながら、
    「ほおら、ちゃあんとこうしてついたんだもの、だから、ちっともかわいそうなんかじゃないの、とってもうれしいのよ」
    っていったのよ。ーーー



    そうだ、それがこの上なく美しい全肯定された世界であることを、今まで生きてきた世界と自分とがすべて肯定される美と喜びの満足で満たされた場所であることを感じ、無事そこを人生の最終フィールドとしてたどり着いた自分の年月を、老いた形をも含めて祝福されたものとして彼女は喜ぶのだ。

     ***** ***** *****

    この物語構成は、宮澤賢治の「マグノリアの木」という小品を思い起こさせる。

    賢治のお話の方は、諒安という主人公が、じめじめとした霧の中、苦難に満ちた道のりを修業として上り続けるというものであるが、彼が頂上にたどり着いたときに、すべての今までの道のりが美しいマグノリアによって祝福され、光り輝いていたのを発見するというストーリーになっている。

    ひたすら目の前のことに夢中になって無心に歩んできた道のり。ゴール、目的地についたとき、ふりかえると、その歩んできた道のりこそが輝き、価値そのものであり、目的地をトータルな形で輝かしいものにしているいう意味あいをもつ物語構成だ。

    「マグノリアの木」はこちらに全文が掲載されているので参考に。


    ***** ***** *****

    2章から7章にかけても、チイちゃんの日常やおーばあちゃんの記憶の中の物語が魔法やファンタジーを交えて楽しく語られる。現実なのか夢なのか分からなくなってくるような、子供の頃の魔法や夢に満ちた豊かな世界が現実にまじりこんでくるような、不思議な味わいの物語。おもちゃたちの会話、空き家のもつファンタジー、お人形たちの生き生きと活躍するお話。

    そうして、結びの短い第8章が、おーばあちゃんのお話の魅力の秘密をかたるお話「金色のトカゲ」である。

    さて、この前の7章のお話では、夢や不思議を打ち壊す現実、という冷ややかな種明かし的な展開がある。(小さなときの夢を果たしてポルトガルのお屋敷で老後を過ごしているはずのおーばあちゃんの友達のその葉書の景色が、別荘地の老人向け介護マンションの部屋の風景であることの暗示)

    だが、このラストではそれでも夢の方を信じよう、「信じる」ことの真実、換言すれば、現実と真実は違うのではないか、という命題が浮き上がってきている。

    その命題が、最終章にきれいなかたちで語られ、おさめられているのだ。
    現実と真実、お話の力、物語の力、想像の力のこと。

    …さて、最終章「金色のトカゲ」である。

    おーばあちゃんのこころのなかにある思い出のおうち。思い出を管理する門番が金色のトカゲだ。

    「むかしのことを思い出すときは、この門番さんにおねがいするの。(中略)思い出のほこりをはらって、いたんだところをなおしてくれたあと、あちらこちらにきれいな色をぬってくれるの、ここはクレヨンで…ここは絵具で…って考えてね。それからわたしにとどけてくれるんだよ。だからね、どの思い出も、まるでさっきあったことみたいに、つやつやしてるんだよ。」

    「わたしは、(中略)思い出のお話、ほんとうは違っていて、金色のトカゲがあんなふうにしてくれたことだったのかなあって。」

    「だからね、じっさいには、もっとくすんでいたのかもしれないの。…だけどもね、…そう、だけどもね、金色のトカゲは、ほんとうのほんとうは、こうだったんだって色を、ちゃあんとしってて、その色をぬってとどけてくれるんだって、わたしは思ってるのよ。」

    「ほんとう」がくすんで色あせた「現実」であったとしても、そのもっともっと深いところにある「ほんとうのほんとう」はきらきらした「真実」の色で彩られているのだ、という…まるでイデア論のような「思想」「信念」「哲学」なのだ。

    「おとうさんとおかあさんが、こっちにむかってわらいながら歩いてきた。そのとき、とつぜん、ぱっとわたしは思った。わたしがずうっとずうっと大きくなって、おとうさんとお母さんのことを思い出すとしたら、おこってるときの顔じゃなく、今、見えてるみたいなふたりの顔を思い出すだろうなあって。ときどきこわい顔をしておこるのも、ちゃんとほんとうのことだとしても。」

    「チイちゃん」もまた、己の行き着くべき未来の場所をここで幻視する。1章での小さな女の子だったおーばあちゃんの物語の時間がここにきれいに重なってゆく。

    目の前のひとつひとつの具体的な小さな現実たちをやがて凌駕するべき大きな真実を選び取る。自らそのフィールドを創造する力。心の奥底にそのような力に満ちた大きな暖かな場所があれば、外側でどんな嵐が吹き荒れているように見えるときも、いつでもそれはどこかで自分の人生を支えてくれる心のセーフティネットとなっていてくれる。

    これがおーばあちゃんからチイちゃんに受け渡された物語の力だ。

    幼いころ夢に見たようなポルトガルでの暮らしを、現実の老人介護マンションの部屋の中に重ね、その想像力の中で「幸せを感ずる力」をくみ取る手法、方便とすることができるとするならば。

    人形やおもちゃたちの王国やドラマを想像することで、日々が輝き、それらを大切にし美しく価値づけることができるようになるならば。

    世界はふわりとふくらみ、豊穣な輝きを帯びる。心は何か現実のかたちに壊滅的に壊されたりとらわれ過ぎることなく、どこかに解放空間を保持することができる。そこに対抗する心の力を生み出す祝福され肯定された、誰にも侵されるいことのない輝きの力に満ちた超越フィールド。

    「真実」は心の中のきらきらした光、既にかたちを失ったその輝きのエッセンスにのみ存在する。そこでは、かたちとしての現実は既に心を落胆させたり振り回すような力を持たない、解放されたフィールドを心の中にもっていること。嘘や本当、というかたちはそこでは意味を持たないということ。

    大人が読んでも、子供が読んでも深く残る絵本というのはあるものだ。これもその中の一冊であると私は思う。

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    2015年04月04日
  • ルゥルゥおはなしして

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    ネタバレ

    たくさんの人形達を登場させてお話を語るルゥルゥ。始めは決った型の話だが、即席の話に。そして、実世界が融け込み...
    灯台守の木曜小人に高楼ワールドが香っている。

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    2015年02月01日
  • ねこが見た話

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    ネタバレ

    猫が見たいろんな話。
    奇妙…というよりも不気味寄りの短篇集ですが、ハッピーエンドなので読後感が良悪くないです。

    【キノコと3人家族】
    小さな家に引っ越して来た3人家族。怪しい大家のおばあさんに教えられ、床下のキノコを食べると毎日毎日家の中では小さなキノコのようになってしまいます。
    それでも朝にはちゃんと人間に戻り、しかも以前より元気はつらつになったみたい。

    【もちつもたれつの館】
    大金持ちの男は、自宅に7つの寝室を作って曜日ごとに違う部屋で眠る。それに目をつけた風来坊たちは、男が使わない曜日の部屋にそれぞれ眠る。
    明日の自分も元気に生きられるか不安な大金持ちの男は、大事な招き猫に自分が明日も元気かどうか未来が知りたいと頼む。
    今週使う予定の部屋を次々と覗いてみると、自分のパジャマを着た男の後ろ姿が見える。それを自分の未来の姿だと勘違いした大金持ちは、安心してぐっすりと眠れるようになりましたとさ。

    【おかあさんのいす】
    人の入れ替わりの激しい社宅の1室で、不思議なことが起こるようになった。
    どうやらこれは古道具屋で買った椅子の魔法らしい。
    調べてみると、椅子の裏には「この椅子にに座っておかあさんが子どもたちに言ったことは、全て本当になる」と書かれていた。
    「子どもたちのテストはずっと100点」「お年玉がざっくりもらえて、その半分はお母さんがもらえる」
    魔法の期限ギリギリにそんなお願いをしたお母さんと子どもたち。それがほんとに叶ったかというと…
    「それがなんと、わからないのさ」猫が次にその家を訪れた時には、既に家族は次の転勤で引っ越してしまっていた。
    「ま、そうぞうして楽しもうじゃないか「すっげえ!こんどの転校生、百点しかとらないぜ!」といわれてるきょうだいのすがたなんかをね。え?そうぞうがつかないって?じつはオイラもだよ、ハッハッハ」

    【天国か地獄か?】
    ねこが気がつくと、ふわふわと霧が立ち込める中で列に並んでいた。前にいたおばあさんの番になると、おばあさんと係の男の人が言い争っている。「天国なんか冗談じゃない!」「あなたのピアノの音色が人を幸せにしていたので、あなたは天国行きです」
    そうだ思い出した。自分もおばあさんのピアノを聞いていた。雨から逃れようと誤っておばあさんの家に入ってしまい、ほうきで追いかけられて、二人してベートーベンの石像の下敷きになったのだ。
    「ばあさん。いっとくけどな、あんたのピアノで、オイラの心はしあわせになったんだぜ。ほかのれんちゅうだって、きっと同じさ。だからあきらめて、天国に行きな」
    結局亡くなる予定だったのは別の人たちで、おばあさんとネコは地上に返される。どういうわけかおばあさんはネコの言っていることがわかるようになっていた。
    おばあさんは人(とネコ)の心を幸せにできていたことに喜び、ねこも人をこんなによろこばせることができて嬉しかった。
    そしてふたりは、一緒にしあわせに暮らすようになりました。

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    2014年08月17日
  • へんてこもりのきまぐれろ

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    母は、他のへんてこもりシリーズと同じ評価だったけれど、娘は、とにかく気に入って、読み聞かせが終わった後は、自分で何度も読みかえしていました。おかげで、きまぐれろの歌も完璧です。まあ、子どもには、大人になんかわからない世界があります。きっと、大人は、世の中の半分も子どもより楽しめてないんだろうなー

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    2014年02月22日
  • へんてこもりにいこうよ

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    へんてこもりへ遊びにきた子どもたち。
    しりとりに行き詰まって、「まるぼ」と言ったら、本当に「まるぼ」が現れた!
    空想の世界で遊ぶ子どもたちが想像できて楽しい。

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    2014年02月05日
  • トランプおじさんとペロンジのなぞ

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    村はずれに住んでいる哲学者のトランプおじさんは変わり者で評判です。がんこで理屈っぽくて皮肉屋で、でも一番変わっているところは動物と話せるってこと!
    哲学者のおじさんはたくさん本を読みます。新聞も町の新聞と村の新聞、そして森の動物の新聞までとっています。その中の一つ、もぐらクラブの新聞がここのところ真っ白で文字がないのです。ある日集金にきたもぐらのもぐろうに皮肉を込めて尋ねると、わっと泣き出してしまいました。

    可愛らしい絵。探偵ものです。続きものなんですね。2作目を先に読んでしまいましたが、問題なく読めました。
    本をよく読める低学年向けという感じかな。探偵、推理ものの導入としていいなと思いました。

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    2013年11月15日
  • へんてこもりのまるぼつぼ

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    ネタバレ

    ここは へんてこもり。

    満月が三日つづいたら、ことばぐさを つもう!

    まるぼにさそわれて、みんなは 大きな木の下に ことばぐさをつみに出かけます。
    けれども、まるぼそっくりな`まるぼつぼ`を持つツボミカがあらわれて・・・

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    2013年02月19日
  • ケチルさんのぼうけん

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    よくばりなケチルさんが金貨を増やそうと山へ出かけると、盗賊に襲われてします。なんとか人形劇で切り抜けたものの、ふっかり金貨でなく人形を増やしてしまう。失敗が思わぬ成功に?!

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    2012年04月24日
  • つんつくせんせいとくまのゆめ

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    「お笑い系」絵本である。先生が道化役なのだから、子どもにはたまらないだろう。最後に、食べたごちそうをお返しするあたりは、若干教訓くさいが、それもまたよし、といったところか。

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    2012年03月13日
  • つんつくせんせいとつんくまえんのくま

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    小1の娘のお気に入り。繰り返して読んでもらいたがる、秘密はどこにあるのだろう。

    古典的だが、大人はけっして賢くない!というのが、このシリーズの奥底にあると思う。そこが、子どもに好まれる一番の理由かな。

    今回は、お話しがループになっていて、そこだけ見ていても面白いつくりになっています!

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    2012年02月27日
  • お皿のボタン

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    ネタバレ

    ほうこさん、絵もかくんだなあ。
    色合いがポップな感じでとてもかわいらしい♪

    とあるお宅の飾り棚の上にお皿の中にいるボタンたちのおはなし。

    ホワイト夫人、かわいすぎだー。
    ちょっとするとイヤミなおばさんになっちゃいそうなところだけど、
    なんだか愛くるしくなります。
    ボタンならぬ犬の鼻にちょっと笑い。
    草原みたいなとこって・・・・。
    タビくんは今度はどのように旅するのかなあ?
    ころころころと上手い具合にいってほしいものです。

    さてさてホワイト夫人はお皿へといつ戻ってくるのか?
    碁石さんとの涙の別れはあるのか?

    想像ふくらむ、
    すてきな一冊でした。

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    2012年02月05日
  • つんつくせんせいといたずらぶんぶん

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    物置の片付けを始めたつんつくせんせいと子供たち。
    物置の中から出てきた「つぼ」のようなもの。
    つんつくせんせいが開けてみると…
    さぁ!!大変
    つんつくせんせいの口から出てくるのは
    でたらめなものばかり

    幼児~
    自分:小低~

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    2011年06月18日
  • へんてこもりにいこうよ

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    ようちえんの裏にある、外国人のヘンテ・コスタさんの森だから「へんてこもり」。

    すげー、すげーベタ、かつキュートなネーミング!!
    4人が始めた動物しりとり。つまったブンタが適当な名前を叫んだら・・・・・

    大人が読んでもくすくす笑えるナンセンスな展開は、『ゾロリ』に並んでしかもちょっと品がある。(や、これを「品」というかは、どーだかなあ^^;)
    何度も読んでは、けらけら笑ってるうちの兄弟です。
    母も好きです。これ。

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    2019年01月16日
  • つんつくせんせいとくまのゆめ

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    つんつくせんせいシリーズはどれも好きですが、このつんくまえんのくまさんと、つんつくえんのみんなが出会うお話が大好きです。
    くまのみんなは出会った、ってことになるのかな…?

    先生がとてもいい味出してるので、大人も楽しめます。

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    2010年09月28日
  • つんつくせんせいどうぶつえんにいく

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    つんつくせんせい面白い!!
    先生がこんなんでいいの?と思ったけれど、素直な子どもたちがまったく気にしていなくて・・・。力の抜ける絵本です。
    子どもも大好きなシリーズ。

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    2010年03月23日
  • へんてこもりのコドロボー

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    へんてこもりへいこうよシリーズ。
    いつもの4人、
    それから

    まるぼ。

    このメンバーで繰り広げる、
    またしても面白いお話。

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    2009年10月25日