エーリヒ・ケストナーのレビュー一覧

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    ネタバレ

    悲しんでいる子どもたちに、気づいてくれるおとながいて、本当によかった。クリスマス時期にまた読み返したい。

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    2025年01月07日
  • 飛ぶ教室

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     クリスマスの物語ということで、この時期まで取って置いた、タイトルだけは若い頃から知る本書を読み、改めてケストナーはいつだって子どもたちの味方だということを、強く実感することができ、それは彼に対する紛れもない信頼度の高さを裏付けるには、充分過ぎる程のものを私に残してくれた。

     その根拠の一つに、普段は飄々とした感のある「まえがき」から、既に熱いケストナー節を感じられたことがあり、それは大人も子どもの頃を経て大人になっているはずなのに、時に子どもだからといった見做し方をしてしまう、そんな大人に対する嘆きは言い換えれば、大人と子どもの間に境界線など存在しない平等性なのだと思い、それは本編の登場人物にケストナーが語らせた、『子どものころのことを忘れないでほしい』というメッセージにもよく表れていて、ケストナーの児童書が子どもだけではなく大人が読んでもハッとさせられるのは、そうした忘れかけたものを思い出させてくれるからだと、私は思う。

     また、それを裏付けるものとして、『子どもの涙はおとなの涙よりちいさいなんてことはない』や、『生きることのきびしさは、お金をかせぐようになると始まるのではない』があり、子どもだって何も考えず、ただ日々を楽しく生きているわけではないし、寧ろ、大人以上に繊細で脆い部分も併せ持った複雑な一面もあることを、ケストナーは本書の主要キャラクターである五人の少年たちに投影させているのである。

     例えば、将来はプロボクサー志望の、喧嘩なら誰にも負けない自信のあるマティアスでも、涙を堪えきれないときがあるということ。

     例えば、普段は真っ直ぐな性格のウーリが、時に理解を超えるような行動に出ることだってあるということ。

     例えば、頭の切れる皮肉屋で、どこか他人を見下したような態度を見せるゼバスティアーンにだって、内心は異なる気持ちを持つことだってあるということ。

     例えば、母親に出て行かれた父親に厄介払いされたジョニーにだって、知識欲や将来の夢があるということ。

     例えば、成績が最も良く正義漢も強くて頼りになる、非の打ち所の無さそうなマルティンであっても、決してそうではないということ。

     といったように、子どもというのは、時にどうしようもなくなる瞬間が訪れるときもあって、そんな時に寄り添える人が、もしいてくれればという願いを物語の中で具現化しているのは、単なるケストナーの優しさだけではなく、それがそのまま彼自身が過去に体験した学校での辛い思い出とも重なっているからであり、そうした納得できない過去に対して何とかしたいと人一倍思う、彼の願いがそれだけに留まらないのは、本書を執筆した時代とも大きく関係しているからだと思う。

     その1933年という年が、訳者の池田香代子さんのあとがきによると、ドイツがナチス政権の手に落ちた年であることを知ることで、ケストナーがまえがきに書いた、『勇気ある人びとがかしこく、かしこい人びとが勇気をもつようになってはじめて、人類も進歩したなと実感されるのだろう』という言葉が腑に落ちるようでありながら、おそらくそう思った根拠は、『平和を乱すことがなされたら、それをした者だけではなく、止めなかった者にも責任はある』に表れているようで、そこにはまさに当時の現場で体験した、ケストナー自身の率直でやるせない悲しみや怒りが色濃く滲み出ていながらも、実際に彼の本が燃やされた出来事を物語に反映させていることには、彼のユーモラスで強かな反骨精神が表れているようで、私は心から尊敬の念を覚える。

     そして、その最たるものとして、おそらく他の作品のレビューでも書いたのかもしれないが、そうしたナチス政権化の時代に執筆したとは到底思えない、子どもたちにささやかな幸せを運んでくれるような牧歌的で明るい雰囲気が、彼の作品中には始終漂っていることがあり、この人は作家という仕事に、どこまでも忠実で正直で、そして堂々と絶望的な時代に立ち向かっていたのだということが、ありありと目に浮かぶようで、それは本編でも、自然と私の頬を涙が伝い落ちていく場面を何度も見せてくれたように、子どもたちの心からの叫びを伴った痛みに比べれば、彼のそれなんてと思わせる程の、彼自身の人の良さが何よりも物語っていながら、そうした純粋な気持ちというのは、たとえどれだけ時を隔てようが確実に物語から伝わってくるからこそ、こうして私も何とかして、彼の作品の素晴らしさを伝えたくなるのである。

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    2024年12月24日
  • 飛ぶ教室

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    ケストナーの書いた少年たちのいきいきとした様子が目に浮かんで、彼らの喜怒哀楽が全て詰まってて最高だった!
    正義さんと禁煙さんという大人も凄くいい。
    ヨーロッパの人にとってクリスマスって凄く特別のものなんだな〜。
    幸せな気持ちになれた。

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    2024年12月19日
  • 飛ぶ教室

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    舞台はクリスマス間近の男子寄宿学校。わんぱくで個性ある少年達が、様々な出来事に直面しながら友情を交わしていく。その目一杯、懸命な日々が眩しく、切なく、愛しい物語。
    子どもも大人も変わらず、本気で悩み、怒り、悲しみ、思いやり、喜び、感動し、そうして成長していくのだ。

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    2025年04月24日
  • 点子ちゃんとアントン

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    点子ちゃんの奇想天外なところ、ケストナーさんが描く正しいアントンの人柄、この二人の抜群の相性に、読んでいる私はどこか胸がふんわりあたたかくなりました。
    またまたとても心地よい終わりで、心の中で拍手を送りました。
    ポッゲさんが大好きです。

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    2024年10月13日
  • エーミールと探偵たち

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    探偵たち!!とても面白かったです。なんとも痛快!
    というか、探偵たちの規模に笑ってしまいました。子供ってすごい。

    近頃とてもドイツに惹かれている私です。曇りがちな空、すぐに雨が降るところ、なんとなくシャイで実直な感じがする国民性。みんな大好きです。

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    2024年09月28日
  • ふたりのロッテ

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    ロッテとルイーズ、そんなことがあるの?双子なことを秘密にして2人を引き裂いておくなんて!良かった。2人がちゃんと出会えて。ルイーズが初めてお母さんの写真を見せてもらって「私のおかあさん」と写真を抱きしめ、ロッテが腕をルイーゼに巻き付けた。2人の幸せな瞬間。そこからの2人は、一生懸命知恵を絞って、一緒になるという夢を実現させた。最後までハラハラしたけど、私も幸せな気持ちに包まれた。

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    2024年09月25日
  • ふたりのロッテ

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     ルイーゼとロッテは9歳の双子の女の子で、『巻き毛のおてんば』と『おさげのきまじめ』という個性の違いはあるものの、それ以外となると、どっちがどっちなのか見分けがつかない程の瓜二つぶり。

     そんな二人も初めて出会った時は大変で、ルイーゼの方が激しく動揺したために、ついロッテに冷たく接してしまったが、その夜、すすり泣くロッテの髪をぎこちなく撫でるルイーゼに、思わず彼女の指を探したくなったロッテ。

     そして、翌朝にはロッテの前に立って、きまり悪そうにもじもじと足踏みしているルイーゼに(他の女の子が見たら、あのルイーゼがと、きっと驚くだろう)、ロッテは無理してようやく微笑んでくれて、それは見えないくらいに小さかったけれども、ルイーゼはほっとして微笑み返した瞬間、彼女たちの人生は新たなスタートを切ることになる。

     というのも、「ルイーゼ・パルフィー」には父しかいなくて、「ロッテ・ケルナー」には母しかいない、これが何を意味するのかは、なんとなく想像がつくだろうと思う。


     大人も人間なので、夫婦間には色々あって当然だろうとは思うけれども、そこで巻き込まれる子どもの気持ちは、いったいどこに行くのだろうという疑問が湧き、親から見た子どもと、子どもから見た親というのはそれぞれに全く同じだとは思わないことからも、大切なのは、子どもにとって両親の存在とは、どのようなものなのかを、彼らがもっと子ども心に寄り添って考えることなのではないかと、本書を読んで何度も思った。

     エーリヒ・ケストナーという人は、大人の中に於いて、とても稀有な存在なのかもしれない、子どもへの敬意をはっきりと作品に表す作家であり、『点子ちゃんとアントン』では当時のナチスが台頭した世の中に対して、自分たち大人が何も出来なかったことを子どもたちに謝っているし(ケストナー自身は、政府から目を付けられて命の危険にさらされていたというのに)、本書に於いても、双子の女の子の素敵な作戦がきっかけとなって、周りの大人たちの意識を優しく変化させる展開には、子どもの持つ大好きなものに対する一途さがもたらす不思議な力の可能性を感じられたことに胸を打たれた、そんな彼への賛辞は池田香代子さんのあとがきの、『わたしがほしかったのは同情でもはげましでもなく、この尊敬なのでした』からも実感できた、「子どもなのにえらいね」とか、「けなげだね」といった、『いわば一段高いところからのほめことば』では無い点に、ケストナーの作品は児童書の枠を超えた、子どもだけではなく大人が読んでも充分に考えさせられるものが多いのだと思われた、それはまさに本気で世界を良い方向に変えたい、彼のどこまでも強靱で揺らぐことの無い高い信念に基づいた意志が、たとえ今は清らかな魂になってしまったのだとしても、作品の中にいつまでも残り続けていて、しかもそこに必死さは微塵もなく、親しみやすい語りかけるような文章で温かく読み手を迎えてくれる、そんな優しさが子どもたちへの敬意となり、まさに本書の中の言葉のような『新しいしあわせの一瞬一瞬』を、現代に於いても変わらずに運んできてくれるのである。

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    2024年09月08日
  • 点子ちゃんとアントン

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    お金持ちの点子ちゃんと、貧乏なアントン、すてきなふたりの友情物語。

    ケストナーは物語のなかに自我を入れてくるのが面白いんだけど、いまの子供たちはびっくりしそうだな。笑
    「勇気は、げんこつだけでは証明できない。頭がなくてはいけない。」

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    2024年08月25日
  • 飛ぶ教室

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    素晴らしいの一言。ケストナーの他の作品も読み返す。ハンブルク、ベルリン、のワードにキュンとする。映画も観てみたい。夏休みに岩波少年文庫を読むのっていいな。当時の気持ちに戻りつつ、視点はどちらかと言えば、先生方の方が近いっていう感じ。全く新しい物語を読んでいるような気がした。

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    2024年08月22日
  • 点子ちゃんとアントン

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    児童文学の翻訳の勉強をしたいと思い、久しぶりに手に取った。高橋健二訳のケストナーで若い頃読んだ身としては、池田香代子訳はより子どもの視点に立った、時代に沿った読みやすい訳だったと思う。ただ、ところどころに20年経った今はもう使わないと思われる言葉もあった。

    それはさておき、貧富の差を越えた子どもらしい友情、親思いのアントナーという子どもを描きながらも、ケアをされる親の身勝手さまで描くケストナーには、時代を超えて脱帽させられる。何よりも時に入る温かい注釈にほっとする。

    子どもの本作りには大人の温かい気持ち、真剣な思いがいかに必要か、改めて学ぶことができた一冊だった。

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    2024年08月20日
  • 飛ぶ教室

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    いろんな方のオススメで出てくるし、雑誌の名前にもなってることから一度は読まねばと思い購入。
    ファンタジーと思って読んだら違った。寄宿学校の中で少年達が自分の持つ問題や傷と共に大きく成長していく話。
    仲間や先生との雑だけど愛があるそんな関わり方を現代で経験出来るだろうか、夢物語ではないのか、でも確かにあったし今もあるのだと思う。本当は無いものだと諦めてはいけないようにも思う。
    こういう事を知ることができるのがまさに児童文学であると思った。

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    2024年07月23日
  • エーミールと探偵たち

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    池田香代子訳で、読書会のための再読。以前読んだ高橋健二訳はケストナーの個性を感じるような、一筋縄ではいかない文章で面白かったが、池田香代子訳は柔らかく、子どもの心を上手に表現しているように感じた。読みやすさで言えば池田香代子訳だろうか。再読して改めて、この物語の温かさと、ケストナーの子どもへの想いを感じ、良い読書体験だった。挿絵も印象的で良い。こういう物語を読める子どもが減っているのは非常に残念。

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    2024年06月25日
  • エーミールと探偵たち

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    懐かしい、小学生の時読んだ!もう大学生だけど結構内容も覚えてたし、なにより読んでる時のワクワク感は今でも思い出せるのが嬉しい!児童書だけど再読してみようかな〜

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    2024年05月09日
  • エーミールと探偵たち

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     前回読んだ、「点子ちゃんとアントン」の3年前に書かれた本書(1928年)は、まだ世界恐慌前の、新しいものに囲まれ目覚ましい発展を遂げたベルリンを舞台に、主人公の男の子「エーミール」を初めとした、子どもたちの活き活きとした個性が、爽やかな余韻を残してくれる、子どもに語りかけるような、ケストナーの文体を見事に日本語で表した、池田香代子さんの訳も楽しい作品となっております。

     そうした個性は、『女なんてあわれなもんよ』と、如何にもな知ったかぶりを得意気に言う姿に、却って、可愛らしさや明るさがある「ポニー」や、『てやんでい』が口癖の「グスタフ」、皆のまとめ役の「教授」、素直な寝言に微笑ましさがある、ちびの「ディーンスターク」等々、様々でありながら、その中でも考え方の違いから浮いてしまう子達も、当たり前のように同等の視線で描いているところが、如何にもケストナーらしいなと感じつつも、そんな平等性の素晴らしさは元より、ただ優しいだけではない点に、更なる彼の素晴らしさがあることを、ここでは、より強調しておきたい。

     というのも、今の世の中で感じられる、ひとつの閉塞感として、その人らしさとして認めてあげながらも、時にはそれは違うと判断が出来、尚且つ、その人を傷つけずに理解へと促せるような、的確な線引きを行える人が少ないような気がしており、ここでは、それをケストナー自身の人生と重ね合わせることで、より説得力を増しながらも、明確なのは、子どもだけでなく、大人にも平等性を唱えていることである。

     例えば、お父さんの人間性を表した教授の言葉に、『父さんがいっしょにいても、おんなじことをするかなって、いつも考えろって。きょうも、そうするだけだよ』があるが、この言葉は、お父さん自身がそうした人格者で無ければ、まるで説得力の無いものとなってしまう事に加え、彼と教授とが、父と息子でありながら、対等な関係性を位置付けていることも良く分かる台詞である点に、家族のひとつの素晴らしさが垣間見え、そうした教えを受けているからか、教授自身の大人顔負けの台詞として、『道徳的には、おまえが正しいよ。だけど、裁判所はおまえを有罪にする。ここんとこ、おとなだって、わかってないやつはいっぱいいる。だけど、そういうことなんだよ』が挙げられ、これには、思わずハッとさせられるものがあった。

     また、そうした親子の対等性は、エーミールとお母さんも同様であり、父を幼い頃に亡くした彼は、それ以来、自分が周りの子どもたちからも見劣りしないように、お母さんがどれだけ身を粉にして働いているのかを、よく理解しており、そんなお母さんに応えてあげたいと行動で示す彼の思いは、まさに二人だけだからこそ、上下関係ではない共に生きていく対等で大切な存在であることを裏付けた、読んでいて、とても心が温かくなる関係性だと感じつつ、それぞれの自由を認めながら言いたいことも言い合える、懐の深い素敵な関係性でもあり、それは、彼の思いに寄り添ったケストナーの言葉からも感じられた、生きていく上でとても大切な、相手の気持ちに寄り添い、それを思うことなのです。


    『エーミールはお金を思って泣いたのだ。母さんを思って泣いたのだ。これがわからないような人は、どんなにごりっぱな人でも、たいしたことはない』

     私も同感です。

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    2024年03月02日
  • エーミールと探偵たち

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    小学生の頃、何度も読み返した本。本当に面白くて、ワクワクしながら読んだ。50年以上経っても、今だに数々の場面が浮かんでくる。小学生の時にこんな素晴らしい本を読めたのは幸せだったなあと思います。

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    2024年01月22日
  • 飛ぶ教室

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    ドイツのクリスマスの話

    五人の子どもたちの仲間を思いやる気持ち、家族への思い、大人への思い
    たくさんの思いがこの本にぎっしりつまっています

    どの時期も大切ですが、思春期を迎えはじめる時期というのは、かけがえのない時期です

    周りの大人がどう導いていけるのか
    子どもは何を学んでいくのか
    大切なことが、厳しくも優しい言葉で書かれています

    この本を読むときは、書かれた時代を思い浮かべながら読むことをお勧めします

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    2023年12月12日
  • 飛ぶ教室

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    勇気とかしこさについての物語

    寄宿学校で生活する個性豊かな少年たちのクリスマスのお話。悲しみを抱えながら一生懸命生きている少年たちや、彼らに寄り添う素敵な大人たちに出会えます。先生は「正義さん(ベク先生)」が好きで好きでたまりません。作家ケストナーの熱の込もった珠玉の言葉の数々も心の奥底を響かせます。何度読んでも味わい深い、先生の大好きな本です。

    「人生、なにを悲しむかではなく、どれくらい深く悲しむかが重要なのだ。誓ってもいいが、子どもの涙はおとなの涙よりちいさいなんてことはない。」

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    友達を救出するために「無断外出」した少年たちに正義さんが話をする場面、ウーリが名誉のために飛び降りる場面、正義さんと禁煙さんが再会をする場面、きっぷ代がなくクリスマスに帰省できないマルティンに正義さんが手を差し伸べる場面、そしてマルティンが家の呼び鈴を鳴らし両親に会う場面など、いくつもの大好きな場面がある。

    登場人物もみんな魅力的。粗暴に見えて、ウーリをいつも気にかけているマッツは優しい心根をもっているし、正義先生の話を聞いて心を打たれたかっこつけテーオドールなんか、物語の序盤は憎いやつだったのに、後半はすごく可愛く思えた。不幸な境遇にいるはずのジョニーが「心配するな。ぼくはすごくしあわせってわけじゃない。そんなこと言ったらうそになる。でも、すごくふしあわせってわけでもないんだ」と言って、マルティンを安心させられるのはすごい。尊敬する。家に帰ったマルティンが両親に真っ先に言った言葉「帰りのきっぷ代ももってるよ」には、じーんとした。

    大人も最高。正義さんみたいに信頼できる大人になりたいと思うし、禁煙さんみたいに「正義さんには言いづらいけど、禁煙さんには言える」と思われるような大人にもなりたい。司書としては、禁煙さん的な存在を目指したい。最近は、そんなふうに、先生に言えない話や相談をしてくる子もちらほら現れるようになってくれて、少し緊張するがうれしい。

    ケストナーの心のこもったメッセージもたくさん入っていて、少し教訓的で苦手な人もいるかもだけど、自分は好き。この物語の大きな魅力だと思う。ケストナーは、「子どもたちに届けたいメッセージ」をストレートに伝えてくれる大人で、それを楽しい物語の中に散りばめることができる稀有な存在だ。ナチスの時代に書かれたという背景を知って、その思いがさらに強まった。本当にすごい。

    大学生のときに初めて読んで以来何度も読んでいるが、そのたびに心が揺さぶられる。クリスマスのたびに読みたいと思える作品。

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    2023年11月30日
  • ぼくが子どもだったころ

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    読後感の重いものを読むのが好きなので、好みの本の中で、読み終わって幸せな気持ちになる本はあまりないのだが、児童文学の名作は、読むと幸せを感じることがある。それは単に明るく軽々とした気持ちではなく、不幸やアクシデントが人生には必ずあるが、幸せに生きることは不可能ではないという思いが満ちるといった感じ。そしてその中でも特に切ない幸福感を感じられるのがケストナーの作品である。
    そのケストナーのその人となりがどのように形成されていったかがわかるのがこの本である。
    ケストナー自身が、祖先から始まって、第一次世界大戦までの自分自身のことを書いた、前半生の自伝である。
    子どもにも読めるように書かれているが、ケストナーの家庭の特異さは伝わる。二十歳のイーダは、姉たちに、結婚は生活だからと説得され、「ぜんぜん好きになれない」と感じた、真面目な職人のエーミールと結婚する。これがケストナーの両親である。
    これは非情な選択というわけではなく、ちょっと前の日本も同じ感覚だった。ましてや1892年である。
    「結婚とは家事とやりくりと料理と子どもを産むことでできているのだから。愛なんて、よそいきの帽子くらいには大切かもしれない。でも、とっておきの帽子がなくたって、人生ちっとも困らない!」(P60)
    結局イーダ、すなわちケストナーの母は生涯夫を好きにはならなかった。夫エーミールは真面目で穏やかで、子どもを可愛がったのに。イーダは一人きりの子どもであるエーリヒだけを愛した。エーリヒと母は気も合ったし、趣味も合った。そしてお互いに愛しあっていた。
    たった三人の家族で二人だけが愛し合う。残された一人はどんな気持ちでいる?
    そしてその一人の思いに、気づかないような二人ではないのだ。気づいていながら、それには触れない。それは、二人がどんなに朗らかに過ごしていても影を落とさないわけにはいかない。
    ケストナーは子どもの心を忘れないからたくさんの子どもを主人公にした名作を書けたわけだけど、忘れられなかったというのが本当のところなのだろう。そのことが、彼自身の家庭を作ることにストップをかけたのではないか。
    しかし、お陰で私たちは彼の作品を読むことができる。
    不思議なことだし、ありがたいことだと思う。

    「ぼくたちは幸せで不幸だ。不幸の中にも幸せがあったりもする。」(P207)
    「忘れてしまったのは古いことで、忘れられないことはきのうのことだ。そこでのものさしは時計ではなく、大切さだ。いちばん大切なのは、楽しかろうが悲しかろうが、子ども時代だ。忘れられないことは忘れてはいけない!」(P20)

    コルドンの書いた評伝も読まなくちゃ!

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    2023年11月25日
  • ぼくが子どもだったころ

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    存在は知っていたものの未読だった本で、新訳を機に初めて読みました。ケストナーらしい、優しく、たまに鋭く斬り込む文章で、まるで物語を読むのと変わりなく楽しみましたが、奥に秘められた故郷や家族親族への大きな想い、時代に対する深い慈しみと怒りのような、生身の感情が溢れていて、小説とはまた違ったケストナーの言葉を感じました。
    タイトル通り、少年時代の終わりと共に終わっていて、あくまでも子どもの目線で見たままの世界がそこにあり、苦しさよりも、生き生きとした少年の日常の印象が強く、戦争の気配はまだないですが、ケストナーが生きた時代をより深く知るなら、この後、終戦日記を読むと、理解が深まるのかなと思っています。

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    2023年11月02日