エーリヒ・ケストナーのレビュー一覧
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天真爛漫でなんとも独特なキャラクターの点子ちゃんと、健気で母想いのアントン。
お互いを思いやる2人の友情と、それぞれの家庭の事情やいくつかの出来事が絡んで物語は進みます。
2人も(もちろんワンコのピーフケも!)とっても魅力的なのですが、周りにいる大人たちが様々すぎる。いろんな種類の大人を集めた図鑑みたいで、コレ子どもも楽しく読むだろうなぁ。
そしてやっぱりケストナー、まえがきからガンガン話しかけてくるのですが、そこで「章が終わるごとに立ち止まって考えるよ」と前置きがあります。
章の終わりに差し込まれるこの部分、語り口は軽快なんだけどなんかもう深くて重い。
この作品が発表された1931年のドイツ -
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Posted by ブクログ
ケストナーの作品は、決して夢見る甘い出来事ばかりが起こる物語ではない。そこにリアリティがあるが、ちゃんと希望を持てる話しであるところが好き。
登場する子どもは、真っ直ぐで、目の前の出来事に夢中で一生懸命で、それ故に無謀さもあるけれど、とっても勇敢だ。
読んでいてスカッと、そして胸が震えるのは、主軸のストーリーに加えて、物語の主役としては地味でも本質的に素晴らしいことをした登場人物にも万遍なくスポットライトをあてる大人が登場すること。
そして、胸がキュンとするほどいじらしく、勇敢な子ども達とその周りの大人とのやりとりに心底気持ちがあたたまる。 -
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Posted by ブクログ
ケストナー作品では『飛ぶ教室』『二人のロッテ』『点子ちゃんとアントン』をこれまでに読んでいて、どの作品でも子どもの健気さや、親子の関係性にぐっと来ていたけれど『エーミールと探偵たち』でもエーミールとお母さんの関係性に憧れてしまう。エーミールと教授くん、2人が親について話し合う場面、かなり好きなんだよなあ。
登場する子どもたちは《こんな子いたな》《いそうだな》と思わせられるリアリティがあるのに、絶妙なバランスで《こんな子(友達)いたら良いなあ!》が混じる。現実的で理想的って、そりゃあ夢中になれる物語じゃないか。
探偵たち全員、エーミールを助けたいって動機はたぶんあるのだけれど、それより何より、 -
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クリスマスの物語ということで、この時期まで取って置いた、タイトルだけは若い頃から知る本書を読み、改めてケストナーはいつだって子どもたちの味方だということを、強く実感することができ、それは彼に対する紛れもない信頼度の高さを裏付けるには、充分過ぎる程のものを私に残してくれた。
その根拠の一つに、普段は飄々とした感のある「まえがき」から、既に熱いケストナー節を感じられたことがあり、それは大人も子どもの頃を経て大人になっているはずなのに、時に子どもだからといった見做し方をしてしまう、そんな大人に対する嘆きは言い換えれば、大人と子どもの間に境界線など存在しない平等性なのだと思い、それは本編の登場人 -
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ルイーゼとロッテは9歳の双子の女の子で、『巻き毛のおてんば』と『おさげのきまじめ』という個性の違いはあるものの、それ以外となると、どっちがどっちなのか見分けがつかない程の瓜二つぶり。
そんな二人も初めて出会った時は大変で、ルイーゼの方が激しく動揺したために、ついロッテに冷たく接してしまったが、その夜、すすり泣くロッテの髪をぎこちなく撫でるルイーゼに、思わず彼女の指を探したくなったロッテ。
そして、翌朝にはロッテの前に立って、きまり悪そうにもじもじと足踏みしているルイーゼに(他の女の子が見たら、あのルイーゼがと、きっと驚くだろう)、ロッテは無理してようやく微笑んでくれて、それは見えない -
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児童文学の翻訳の勉強をしたいと思い、久しぶりに手に取った。高橋健二訳のケストナーで若い頃読んだ身としては、池田香代子訳はより子どもの視点に立った、時代に沿った読みやすい訳だったと思う。ただ、ところどころに20年経った今はもう使わないと思われる言葉もあった。
それはさておき、貧富の差を越えた子どもらしい友情、親思いのアントナーという子どもを描きながらも、ケアをされる親の身勝手さまで描くケストナーには、時代を超えて脱帽させられる。何よりも時に入る温かい注釈にほっとする。
子どもの本作りには大人の温かい気持ち、真剣な思いがいかに必要か、改めて学ぶことができた一冊だった。