エーリヒ・ケストナーのレビュー一覧

  • 飛ぶ教室

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    最初の読み始めはよく分からなかったけど、素敵な大人がいっぱい出てきて、世の中捨てたもんじゃないなと、読後感がとにかく幸福だった✨ あとがきを読むと、一種の作者の理想、憧れではあるみたいだけど。。また時を置いて読み直すと感想が変わるかも。やっぱり岩波少年文庫は良い。

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    2023年04月02日
  • 終戦日記一九四五

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    1945年ドイツにおける終戦前後の著名作家(反政府的とみなされていた)の生活状況と考察を書いた日記。日本同様ドイツでも終戦前後の混乱はあったようだがその様相は若干違うよう。人名・地名等になじみがないこと、歴史・思想に対する知識不足により少々読みにくかった。それでも全体的な動きは大体理解できたと思う。戦争というものを考える時にその時代の(ほぼ)生の証言は必要であろう。

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    2023年03月15日
  • エーミールと探偵たち

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    普段から疑問に思わないようなことをエーミールが疑問に思っているところが面白かった。クジラの足が何本かとか。
    230ページあってちょっと長かった。

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    2023年02月05日
  • 終戦日記一九四五

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    戦争末期から終戦後にかけて書かれたドイツの作家ケストナーの日記。ナチスドイツでの人々の様子が、作家の細やかで皮肉のこもった筆致で書かれていて、同時代史料としてとても興味深かった。終戦後に強制収容所を生き延びた人物からホロコーストの実態を初めて聞いた際の驚きを極めて冷静に書き残そうとした様子がうかがえる。
    ケストナーが「一九四五年を銘記せよ。」と記したように、このような時代を書き残すことは作家にとっての責任なのかもしれない。

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    2022年12月16日
  • エーミールと探偵たち

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    こんなにも純粋なチビッ子どもが昔はいたんやなぁ、、というのはおそらく幻想だろうけど、多分、著者の願望が色濃く反映されているんだろうけど、にしてもなかなかである。
    ベルリンに着いていきなり構築されるチビッ子どもの輪。これがもう怒涛のように広がっていって、あれだレミングスとかピクミンみたいなイメージ。このチビッ子どもが最後にワルモノを捕まえるシーンとか、もうわちゃわちゃとしてるのよ。何これ楽しそう。
    そして最後のおばあちゃんの演説もちょっと異色というか、なんでこんなこと言わせにゃいかんのか。検閲なのか。
    と、色々と時代がかっていて楽しげで好きなのだった。

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    2022年11月15日
  • 終戦日記一九四五

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    "数字が生きたり、死んだりするだろうか。ポーランドの広場でドイツ軍の機関銃の前に並ばされたとき、ユダヤ人の母親たちは泣いている子どもたちを慰めた。母親たちの列は数列と同じだろうか。 その後、精神科病院に入院させられた親衛隊分隊長は数字だろうか。"(p.14)


    "自他ともに理解することが必要だ。といっても、理解することは納得することではない。すべてを理解することとすべてを許すことは、決して同じではないのだ。"(p.241)

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    2022年09月18日
  • 終戦日記一九四五

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    戦中日記第四弾。高見順「敗戦日記」、「大佛次郎敗戦日記」、「吉沢久子、27歳の空襲日記」の次にお読みください。1945年5-6月の日記。ここで、初めて田辺聖子の日記が登場して、大阪空襲を語る。更には、ケストナーにとってはヒトラー死亡が確定して、ドイツでの「内的亡命」が終わりを告げるのである。また、高見順たちの鎌倉文庫は予想外の好調を示した。

    エーリッヒ・ケストナー(1899-1974)。「エミールと探偵たち」「飛ぶ教室」などで、既に著名な児童文学作家であり、詩人で脚本家であった。翻訳者の酒寄氏は、ドイツ文学者は迎合者、亡命者、内的亡命者の3つに分かれたと書いているが、ケストナーは3番目の内的亡命者だった。本書は1941年から2回の中断を挟んで、「青い本」という束見本の本に速記文字で書かれた日記の、最後の半年分の内容である。「将来書く長編小説のため」の日記であると「まえがき」に書いてある(結局実現しなかった)。確かに日記にしては、「読ませる」工夫に満ちている。しかし、公表は1960年まで待たねばならなかった。ケストナーは3月9日までベルリン、そのあと6月15日までチロル地方のマイヤーホーフェン村へ、6月18日から28日までバイエルンへ、そのあとマイヤーフォーフェン村、またバイエルンのシュリアゼー村へ居を移した。


    5月1日
    大仏次郎  ○ムッソリーニが殺害せられミラノの広場にさらされし由。新聞には遠慮して出していないが逆さつりにしてモッブの凌辱に任せたそうである。ベルリンもほとんど陥落。ヒトラーも死んだらしい(次の日新聞で正式に報道)。

    高見順 開店。遮二無二、(鎌倉文庫の)開店という感じだ。
    「よくまぁ予定通り開きましたな」
    と言われ、
    全くーと私自身が言うのだった。これで私もひとまずほっとした。引き受けておいて開けなかったら、面目丸つぶれだ。しかしこれからが大変だ。
    久米さん夫婦、川端夫人、中山氏夫妻、小島さん夫婦、横山隆一、清水、大仏次郎、林房雄、永井龍男の諸氏、まず総出動の形で、手伝ってくれる。100名あまりの申し込みがあった。現金千余円。派手なようで、これは預かりの金だ。
    ムッソリーニ逮捕される。
    ドイツ降伏説あり。
    ←大佛次郎はこの時も鎌倉文庫のこと書いていない。

    5月2日
    ケストナー  最新の説によると、ヒトラーは危篤なのではなく、「ベルリンで戦死した」という!死に方にはいろいろあるが、戦死は戦った場合に限るから、ヒトラーが戦闘に加わったことになる。これはありえないだろう。そんな場面は想像もできない。
    シュタイナー家の居間に集まる面々に、下士官2人が加わった。(略)ヒトラーの死にかんするニュースが流れるのを待っている間、2人はいろんな話をした。(略)ロシアやポーランドで行われたユダヤ人銃殺、特にユダヤ人には見えなかった美しい少女や若い母たちを撃ち殺した話。

    ←ヒトラー死亡の確定は、遠く離れた日本よりも、結局2日遅れてやってくる。けれども、みんなヒトラー死亡を確信している。何故ならば、下士官までもが絶対話すこと叶わなかったドイツ軍の非道な仕打ちを打ち明け出したのだから。

    5月4日
    ケストナー  オストマルクは再びオーストリアとなった。断末魔の苦悶は終わりを告げた。クリオ(※)はお子様死亡証明書を交付した。死ぬまいとあがく政権はもはやここには存在しない。※ギリシャ神話の女神。英雄詩と歴史を司る。

    ←人々は基本的にはこの変化を歓迎している。しかし、女教師養成学校の校長の家族と友人の家族5人がピストル自殺を遂げている。

    5月19日
    ゲストナー  西側のプロパガンダはどうしてこうも上品なのだろう。絶好の機会をなぜ利用しないのだろう。民衆は建設的な話をソ連よりも西側からたっぷり聞きたがっている。(略)ドアは開いているのに、西側列強はいつもそのドアの前で足踏みし、スターリンに言う。「どうぞお先に!」
    上品さを履き違えとはどういうことだろう。民主主義は良いものだから、勧める必要はないと思っているのだろうか。負けた者の取り合いは余計なことだと言うのだろうか。品位にかけるとでも言うのか。これは取り返しのつかない重大な勘違いだ。
    私の母は皮肉っぽい気分になるとよくこう言う。
    「気高さが世界を滅ぼす」
    民主主義の世界は、勝利を放棄しないように警戒する必要がある。戦争が終わった今こそ、民主主義の世界が平和を手にしなければ、確かに世界は滅びるだろう。降伏後の最初の数週間は歴史にとって貴重な瞬間だ。いつまでも待ってくれないし、やり直しもきかない。
    ←つくづく、ケストナーは凄い。
     後でも展開するが、日本にはケストナーのような「成功した」文学者で、このような見解を示した文学者は居なかった。

    5月24日
    ケストナー 復讐心を乗り越えなければだめだ。さもないと、勝利のファンファーレが響く中、平和は見失しなわれてしまう。こちらの平和とか、あちらの平和とかではない。あらゆる前線で平和が失われるだろう。破壊はうまくいったのだから、今度は建設を成功させなくては。
    ←日本の文学者が、終戦後20日後ぐらいにこんなことを言っただろうか?


    5月7日
    大仏次郎  宇佐美氏、(略)山下太郎満鉄の社宅造営、台湾の米などを入れて1代で産を作りし人、楠木公同族会長、秋田人。今年の暮れには2千万人が餓死するだろうと言う説があると平然として言う。不思議な神経だし計算違いしているのではないかとこちらは疑う。当人は真面目らしいし動揺がない。1つのタイプであろう。僕らは10人の餓死者が出たと聞いても平気ではいられぬ。帰ってから酉子にこの話をし、いよいよ日本も支那に似てきたよと言う。
    ←この時点で、大陸で横暴のかぎりを尽くした人間からすると、敗戦の場合、そのように予想するのもあり得るかと思う。宇佐美氏は随分荒んだ神経だとは思う。しかし大佛次郎も少しのんびりしすぎているし、支那の現実を作ったのは日本にも責任があるという視点が抜けているのでは?と思う。



    5月31日
    田辺聖子 町会でやっている3月13日の(第一次大阪大空襲の際に)防空壕で蒸し焼きにされた人間の死屍が発掘された。
    (略)
    「どこなの、どこ」と私が言うと「お嬢ちゃん、それ、そこ、そこ」と隣の人があわてて指差した。ぎょっとして思わず飛び退く。土運びの筵の上に、土にまじってなるほど、牛肉の筋に似てぷよぷよと赤い土まみれのひと塊の肉が見える。
    (略)
    このときくらい、人間がいかにも物質的に思われたことはない。
    「ええ肥料になりますやろ」
    と、おばさんが残忍な諧謔を弄してエヘヘと笑うと、日よけの手拭をかぶり直した。そうかと思うと、
    「肉の特別配給だっせ。ご馳走したげましょう」
    と年よりまで言う。あたりの人は胸わるそうに顔をしかめたが、年より婆さんは、きゃらきゃらと笑った。(略)

    ←ここの描写はほとんどそのまま小説として使ってもいいくらい。もちろん「年より婆さん」の素性は、誰が読んでも直ぐに知れると思われるので、作品化されなかったのかもしれない。でも、非常にリアルだ。婆さんの心情は、私は想像がつく。冗談を言わないとやっていられないと言う大阪特有の空気もあったろう。一方で、罹災者の死体はどんな形であろうとも、葬らないといけないという、人としての義務感もあったはずだ。吉沢久子の日記にもあった。つい最近、私は「ウクライナ戦争が五年前に終わった」2030年のウクライナの近未来を描いた「アトランティス」という映画を観た。そこでは、やはり、半分ミイラになりかけている遺体を「発掘」していた。最初主人公はもどしてしまう。義務感としてのボランティア活動である。同時に、人間としての(悲しいという)感覚もなくってゆく雰囲気がリアルに描かれていた。

    6月1日
    吉沢久子  ぜいたくは敵だといわれるけれど、今、私の1番したい贅沢は、二日間くらいぶっ通しで静かに眠ること。それだけ眠ればどんなに元気になれるだろう。

    ←今年、水島空襲に遭った当時7歳の女子の体験を聞いた時に、「戦争中全然眠れなかった。終戦と聞いても3日ぐらいねむれなかった」と言っていた。それほど辛い経験だったのだ。昼間の疲れで、ふとぐっすり眠った時に爆弾が落ちて死んだら、死んでも死にきれない、と思うのは当たり前だったろう。ウクライナは、空襲警報もなくミサイルが飛んでくる。どんな心持ちなのだろう?

    田辺聖子は大阪大空襲(6月1日)の次の日、まるでそれが義務かのように本書にして8ページに渡って、河内小阪の女専寮から大阪駅近くの実家まで歩いていった空襲当日の様子を詳細に書いている。

    6月2日
    田辺聖子 土曜日 曇ときどき雨 風加わる
    母とのいさかいや、死体の発掘などの平和的事件の次に、こんなにもおそろしい、終生忘れられ得ない様な、痛手を与えられた事柄が起ころうとは、誰が一体予知し得たであろうか?
    (一時限目の授業の時に空襲警報、その後、「大阪がやられた」との報に、鶴橋まで電車で行き、実家が心配で級友と共に歩いてゆく)
    (略)
    梅田新道はものすごい。まだ炎炎と燃えさかっている。真っ赤な火だ。
    のどが痛く、目がしむ。第百生命は全滅だ。きれいに中が抜けている。閉じたガラス窓からプゥーと黒煙が噴き出している。ざわめきながら通る通行人は、それぞれの家が心配らしく目もくれない。わずかな荷物を持ち出して、呆然と立っている罹災者。
    (略)
    お母さんは、私を見つけて見るみる目をうるました。
    「聖ちゃん、家が‥‥家がやけてしもうた‥‥」
    その声は涙で曇って鼻声になっている。私は不覚にも涙がこぼれた。
    「あんたの本なあ、たくさんあったのが出してあげたかったんやけど、出すことが出来なんだ‥‥」
    「‥‥」
    私は何も言えなかった。鼻がじんと痛くなり、涙がぽとぽと水槽の水の上にこぼれおちた。
    (略)

    ← こんな日記が、今まで全く発見されず、彼女の死後2019年に見つかったのは、改めてビックリする以外にはない。昨年12月に刊行されたが、もっと読まれるべき(近いうちに必ず文庫化されると思う)「作品」だと思う。

    ←この後田辺聖子一家は、知人宅を転転とし、6月27日、尼崎市稲葉荘という所に小さい家を借りた。田辺聖子は家の仕事をしながら、小説を書いて過ごす。

    高見順 
    平和な時代に彼は月並を嫌い、にくんだ。
    異常な時代になって、いち早くそして最も月並みな男になったのは、その彼だった。
    彼は利口ぶることが好きだった。
    彼は愚鈍な男だったから。
    愛想よくしようと努めるほどいっそう無愛想になる彼。

    ←だんだんと心情の吐露が多くなっている。

    6月4日
    大佛次郎 10時過ぎに起床、沖縄のために 朝を完了。朝刊を見ると那覇首里もいよいよだめらしいので全編について多少調子を変える必要が生じた。「急迫」と報道せられると玉砕と続くものとみなければならぬ。(略)米国は31日に沖縄占領を発表した。また通信連絡は既に絶えているのである。例によって発表は遅くその間「急迫」やら何やらが穴埋めするのだ。1番戦争を知らぬが戦争の専門家なのである。
    ←この意見は達見。

    高見順
    店へ行く。夜、川端さんと久米家に行き、配当金を封筒に入れる。
    久米正雄 911.44円
    大佛次郎 659.20円
    高見順  472.33円
    (略)
    川端康成 129.46円
    片岡鉄平  89.30円
    (略)
    吉屋信子  56.38円
    (略)
    小林秀雄   2.82円

    沖縄の急迫化を新聞は伝えている。那覇市内、首里城跡に敵は侵入したという。沖縄も駄目なのだろうか。沖縄が敵の手に落ちたら、どうなるのだろう。

    ←高見順が第三位の本の供出をしていたとは驚いた。大佛次郎は、やはりこのことを記していない。小林秀雄の少なさにはビックリ!(←よほど蔵書がなかったか、出し惜しみしたか)高見順は沖縄の「急迫」をそのまま受け止め、大佛次郎は「玉砕」と読む。


    6月22日
    大佛次郎 夜に鎌倉文招待にてニ楽荘に集まる。長田秀雄老もいる。久米正雄より報告あり本の保証金一万五千円終始減らず会員700名を超ゆと。
    ←鎌倉文庫に大佛次郎も関わっている事を初めて明らかにした。

    高見順 二楽荘の集まりのこと記す。「鎌倉文庫も軌道に乗ったので、雑誌を出そう」との提案。小林秀雄が責任者。「自らのジャーナリズムをつくってお互いに仕事をさせること、これが肝要だ」
    ←大佛次郎とは視点が全く違う。

    一応、田辺聖子の日記原作で15日(月)11時よりNHKドラマがあります。原作の雰囲気は全くないと予想はされますが‥‥「セイコグラム 転生したら戦時中の女子学生だった件」。

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    2022年08月15日
  • 点子ちゃんとアントン

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    2022/05/18
    エーリヒケストナーいいなぁ、、、。個人的に飛ぶ教室がナンバーワンだけどこの話もアントンの健気で勇敢なところと点子ちゃんのお転婆なところが好き。ただラストが「え?」ってなった。別に二世帯が同棲する必要なかった感じがする。

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    2022年05月19日
  • エーミールと探偵たち

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     深緑野分さんの「ベルリンは晴れているか」という小説で、主人公の女の子が小さな頃から肌身離さず大切にしていた本がこれ。
     ドイツのある小さな町に住む母子家庭の男の子“エミール”が、ベルリンに住む叔母さんとお婆さんの家に遊びに行くことになる。エミールはお母さんから交通費と“お婆さんにあげるお金”を渡され、「絶対になくしちゃだめよ」と言われて、一人電車に乗る。
     ところが、電車で眠ってしまったうちに、そのお金が盗まれてしまい、エミールは“犯人はあいつだ”と目星をつけた、山高帽を被った男の跡を付けて、叔母さんの家の最寄り駅ではない所で降りる。
     お婆さんと従兄妹が予定の駅に約束の時間(18時頃)に待っていたのに、ほったらかしで、犯人を追いかけ、そこで出会った男の子たちが“探偵団”を結成し、犯人探しを手伝ってくれた。エミールは正直、「お金が盗まれて良かった」と思ったくらいワクワクする冒険をした。
     話の展開が面白いかどうかより、「子供たち一体何時まで遊んでるの?」(遊びじゃないけど)というほうが気になった。だって、お婆さんたちと駅で会うはずだった時間が18時で、それよりもあとから始まった探偵ごっこでしょ。で、調べてみるとドイツの夏は日が沈むのが22時半くらいで20時、21時頃まで子供たちが外で遊び回っているらしい。ふーん、そんな時間にリアルどろ警?リアル逃走中(のハンター側)?確かにワクワクするかもしれない。
    どんでん返しなどは無くて、子供たちが追いかけていた男が本当に犯人で、捕まえた子供たちは警察に褒められて、賞金までもらうという、“子供は善良”という人生観にたったハッピーエンドで、今の大人の私には物足りなかった。けれど、1928年に書かれたこの児童書をナチスの時代にも肌身離さず大切にしてきた「ベルリンは晴れているか」の主人公のことを思うと感動する。



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    2022年05月09日
  • エーミールと探偵たち

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    エーミールとベルリンの男の子達が、エーミールのお金を盗んだと思しき犯人を追うお話。エーミール達はてきぱきと作戦をたて役割分担し、勇ましく頼もしい。
    (エーミールが自分の悪戯に罪悪感をもつところとかもリアル。)

    登場する大人達も含め、世の中こうあって欲しい、という祈りや願いがこめられた物語のような気もする。

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    2021年09月09日
  • 点子ちゃんとアントン

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    天真爛漫な点子ちゃんと、誠実で賢いアントンは魅力的なキャラだ。大人が読んでも楽しめる、解説のような“立ち止まって考えたこと”というコーナーがある。

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    2021年02月03日
  • 点子ちゃんとアントン

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    1931(昭和6)年に発表された児童文学。舞台はベルリン。
    楽しいお話だった。
    訳されたのもその頃(1936)のものを今回読んだので、なんせ言い回しが古くて読みにくかったけど、でも当時としては抜群におもしろい読み物だっただろうな。
    点子ちゃんはハツラツとしててかわいいけど、両親に放っておかれて寂しいんだろうなと親の立場では考える。
    また1931年の時代背景もとても気になって調べてしまった。
    この4年後にオリンピックがベルリンで開かれ、さらに4年後に第二次世界大戦が始まったのだった。
    点子ちゃんがかわいい、とか友だちっていいな、とかだけではない、余計なことまで考えてしまう。

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    2020年05月25日
  • エーミールと探偵たち

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    ケストナー1928年の作品。児童文学としては最初の作品だそうですが、これがめちゃくちゃおもしろい!
    
    田舎町から大都会ベルリンに遊びにきた少年エーミールの大冒険。こんな素敵な冒険、男の子だったら誰でも(もちろん女の子も大人も)してみたいはず。
    
    登場する男の子たちがみんな元気で楽しい。その中を男の子顔負けで通り抜けていくポニー・ヒュートヒェンのかっこよさ。
    
    「いい子」であろうとして「いい子」なエーミールとお母さんとの関係や、ベルリンで突如めばえた友情、話がうまくいきすぎるとは思いますが、児童文学なんだからそれでいいのだ。
    (『飛ぶ教室』のときも思ったけど、ケストナーはちょっと先生っぽい。子供たちにこうあってほしいという願いを描く。それでもあまり説教くさくならないところがいい。)
    
    「合言葉エーミール!」
    
    以下、引用。
    
    「だったら、いいことをおしえましょう。いちばんいいのはね、あなたが知っていることを書くんです。つまり、地下鉄とかホテルとか、そういうことをね。毎日、あなたのすぐ目の前を走りまわっている子供たちについてなんか、いいですな。わたしたちも、昔はあんなだったんですからな」
    
    なんだかテストみたいなことになってきたぞ。
    やれやれ!
    でも、だれも点なんかつけない。
    よかった、よかった!
    
    この町はとてつもなく大きいのだ。そして、エーミールはちっぽけな男の子だ。なぜエーミールがお金をもっていないかなんて、なぜ自分がどこでおりればいいかわからないかなんて、だれも興味がない。
    
    「ベルリンはすごいところだね。映画を見てるみたいだ。でも、ずっと住みたいかどうかは、わかんない。ノイシュタットは、市のたつ広場がふたつと駅前広場。それから、川っぷちとつぐみ公園にグランドがある。それでぜんぶだ。でも教授、それだけあれば、ぼくはたくさんだと思うな。年じゅう、カーニバルのお祭りさわぎみたいで、道だとか広場だとかかぞえきれないほどあるっていうのは、どうなんだろうなあ? ずうっと迷い子になっているような気がするんじゃないかな。」
    
    「いっしょにいることしか、ぼくたちにはできないんだよ。だからって、ぼくは母さんっ子じゃないよ。信じないやつは、壁に投げつけてやる。そんなの、あったりまえじゃないか」
    

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    2020年03月18日
  • エーミールと探偵たち

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    子供向けの本とはいえ、サスペンス要素と解決の方法を楽しみにしながら最後まで楽しめました。
    母子の愛情や友達との友情、団結しての問題解決と、小学生に刺さる要素で大人も楽しめる。
    ハッピーエンドは約束されているとはいえ素敵な終わり方に満足です。

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    2019年10月31日
  • エーミールと探偵たち

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    ネタバレ

    児童文学ってやっぱり良い!『飛ぶ教室』が大好きで、この本も読んでみた。やっぱり愉快で仕方なかった。冒頭の「話はまだぜんぜんはじまらない」が大好き。
    『飛ぶ教室』と同じで、貧乏の切なさ、それを受け止める子どもが出てくる。とても素敵。
    印象に残っているのは「昔の方が良かったと言う人はどうしても満足しようとしない人だ」という文。
    最後にケストナーが出てきたときは「これこれ!」ってなった

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    2019年08月24日
  • 点子ちゃんとアントン

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    ケストナー独特のいいまわしがしんどいような、おもしろいような。
    広すぎる心のこととか、尊敬についてとか、反省することしきり。

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    2019年03月06日
  • 点子ちゃんとアントン

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    むかし、むかし読んだんです
    新鮮でわくわくしたことは覚えているのに内容はすっかり忘れていました
    懐かしくて楽しくて、やはりワクワクして読みました
    戦前のドイツ
    この時代に生きて捜索したケスナー
    他の作品も愉快です
    子供たちも大きなものを背負わされて、でも明るく生きていく
    また他の作品も読み返してみようかな
    ≪ まっすぐで 人を愛して 点子ちゃん ≫

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    2015年08月30日
  • 点子ちゃんとアントン

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    重松清の作品を読んだときも、「こんなに子どもの気持ちを覚えている大人がいるんだな」と心から思ったものだが、ケストナーもそうだった。
    子どものころに読んだらもっと面白かったかもしれない。
    面倒見のいいアントン。
    子どもが生まれたら、ぜひ読ませたい本。
    ずーっと読み継がれていってほしい作品。

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    2015年03月23日
  • 点子ちゃんとアントン

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    ネタバレ

    母親想いの心優しいアントンと、おてんばで奇想天外な点子ちゃんが繰り広げるものがたり。
    アントンみたいなやさしい男の子は素敵だなぁと思いました。

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    2013年09月08日
  • 点子ちゃんとアントン

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    やっぱり、ケストナーは好き。エーミールと飛ぶ教室が一番好きで、これはちょっと一章ごとについている説明がうっとうしい人もいるかもしれないが、これは、ケストナーが大人に言いたい事だと思って、とばしてもいいので、読むこと。

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    2012年12月06日