横溝正史のレビュー一覧
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『ひとり横溝正史フェア』久しぶりの今回は「人面瘡」。
こちらも読んだことがないもので、今回のフェアにあたり本屋さんで購入してきた。
正直に言って、また地雷踏んだらとヒヤヒヤしながら比較的安価だったので、これなら失敗しても被害は小さいと言い聞かせて購入。こういう気の小さい選択が死を、じゃない失敗を招くかもしれないけれど。
五篇の短編集。
収録された作品は全体として傾向が似ており、死体愛好と義眼を扱う作品が多い。
小品であるので、意外性も少なくこぢんまりした印象。
表題作「人面瘡」、「蜃気楼島の情熱」は小品であってもきちんとトリックもあり面白く読める。
また、「蝙蝠と蛞蝓」では主人公が小説を書くことと、隣人が金田一耕助なため、その主人公が横溝正史なのかと期待したら違っており深読みしすぎた自分に苦笑した。
そこまで腹も立たず、ガッカリもしなかったので『ひとり横溝正史フェア』厳密には『ひとり金田一耕助フェア』をボチボチ継続することにした。
そんなひといるかどうか、いても少数でしょうが、安心してください、履いてますよ。当然です。
安心してください、読んでますよ。やや古。 -
Posted by ブクログ
『ひとり横溝正史フェア』のつづいての作品は「仮面舞踏会」。
こちらも読んだことがなく今回入手した。映像化されたのかどうかもよくわからない。
ここまで『ひとり横溝正史フェア』をつづけてきて、ふと思った。横溝正史じゃなくて金田一耕助だったかな。金田一耕助の出てくる横溝正史作品をひとりで読んで盛り上がろうというフェアなので、ひとり金田一耕助フェアが正しいかもしれない。何という今更な気づき。
まあ、小さい問題なのでこのまま。
ここまで金田一耕助の出てくる作品を読んできて、あと何作あるだろうと思ったりする。全部読もうかどうしようか、ちょっと悩む。
何故悩むかというと、ここのところの横溝正史作品がいまひとつだから。これは大きな問題。
そして今回の「仮面舞踏会」も実はいまひとつな感じだったのだ。どうするかなあ。
夏の避暑地である軽井沢で殺人事件が起きた。
被害者は画家の槇。映画女優である鳳千代子の別れた夫である。
実は千代子の別れた夫が殺害されたのは今回がはじめてではなく、二年前からひとりづつ殺害され、槇は三人目の被害者であった。
知人に招かれ軽井沢にやってきた金田一耕助は事件の解決に奔走することになる。
面白そうだなと興味を惹かれ購入したのだが、本作はいつも以上に登場人物の整理がしにくい。横溝正史作品は登場人物が多く関係も複雑なことはよくあり慣れていたはずなのに、とっちらかる脳内。
えっと、これ誰だっけ、と目次の次にある登場人物一覧を何回も見て確認した。
登場人物に混乱するのはわたしの問題なので構わないが、構う問題として、犯人がすぐにわかってしまうこと。
登場人物が混乱しているにも関わらず、結構早々に犯人はこのひとだろうなと目星がつく。
なんなんだろう。横溝正史の犯人設定の癖というか、犯人の描写の癖というか、自分でもわからないけれど読んでいると犯人に印がついているようにわかってしまう。
こういうのは、もしかしたら『ひとり横溝正史フェア』の弊害かもしれない。
横溝正史作品では気が触れる、横溝正史の言い方だと発狂したひとというのは時々登場するけれど、ひとってそんなに簡単に発狂なんてするだろうか。
というか、発狂って何。
どういう状態。
横溝正史作品によると、意思疎通が出来ないような状態ではなく、会話は出来たりするけれど、平気でひとは殺してしまったりする感じだが、それは発狂というのだろうか。昨今推理小説に登場するサイコパスとも違い気がするし、一体何なのだろう。謎だ。
鳳千代子の元夫のひとりが亡くなったときに、パンツ(洋服のじゃなくて下着の)一枚という姿でプールに浮かんでいたというものがある。何故そういう姿だったかというと、泥酔しているところを風呂に入るよう誘導されて衣類を脱いでプールに入ってしまったということになっているのだが、入浴するときならパンツも脱ぐのでは、と細かいところが気になったりした。
この作品が少々満足いかないものであったこと、犯人がすぐにわかってしまうということから、次の横溝正史作品まで少し日を置いたほうがいいのかもしれないと思っている。
せっかくひとりで盛り上がっていたのに残念だ。 -
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これで何冊目になるのか「ひとり横溝正史フェア」。
今回はこちら「女王蜂」。
こちらはタイトルがいい感じです。横溝正史のタイトルは、なんとか殺人事件とか悪魔がどうしたといった、ちょっと野暮なものもチラホラですが、「女王蜂」というのはなかなかいいと思います。
伊豆方面にある小島、月琴等。
その月琴等に暮らす大道寺智子は、亡き母の遺志により18歳になったら東京の義父のもとへ行くことになっている。
加納法律事務所から、智子の月琴等から途中立ち寄る修禅寺を経由して東京まで移動に付き添ってもらいたいという依頼を受ける金田一耕助。
修禅寺のホテルで、智子にまつわる殺人がはじまる。
孤島である月琴等、そこに暮らす大道寺家は頼朝の後裔であるといった歴史を絡めた家系や、元宮様といった余り推理小説ではなさそうな人物だったり、横溝正史の好きな美しいヒロインなど魅力溢れる設定が揃っている。
また、推理小説ファンなら悦びそうな、開かずの間で起きた惨殺事件。
殺人事件のトリックや恋愛などもある盛り沢山な内容だ。
この作品はそれ程戦争を匂わせる描写はなく、ホテルでの滞在や歌舞伎を見物に行くといった描写のある、どちらかというと華やかさのある作品だ。
とにかく智子は美しいらしく、可能な限りの美しさを想像してもしたりない程に美しいらしい。やはり推理小説には美人は必須だ。
美しいヒロインを巡ってこそ事件は起きる。
気になったこととして、智子の結婚相手候補の男性の人物描写でデブというものがある。
デブって。
デブは無いんじゃ、肥満気味とか、せめて肥ったとか。
デブはちょっといかんでしょ。
差別語とかよく知らないけれど、それ以前に子供じゃないのだから、余りにも稚拙な表現ではないかと思ったりする。その、デブという表現がまた多い。
作品自体と関係ないところを気になってしまった。
ラストはまさに大団円という感じではあった。
でも金田一耕助がもう少し犯人の心情を斟酌していたら、とも思える。
何というか、こういう形で真実をすり替えるというか、形を変えるというのか、うまく言えないけれど、いたわるというのはこういうこととは違うのではないかと思ったりする。
小説をまだ読んでいないひともいるかと思うので、ズバリ書けない歯にものが詰まった気持ち悪い書き方になってしまう。もどかしい。
この作品は舞台も月琴等から修禅寺、東京から再び月琴等へと変わり、ひとつの場所で事件が起き解決することの多い横溝正史作品の中では少し異色かもしれない。
人間の心に秘めた思いが描かれており決して明るくはないが、重苦しさもそれ程強くないところも珍しいと言えるかもしれない。 -
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長編、殊に映像化作品においては、金田一は単独の探偵で、ホームズに対するワトソンのような所謂「助手」はいないと感じられる。
ところが、本書のような短編においては、バディとしての磯川警部や等々力警部の姿が、鮮やかに浮かび上がってくるのである。
長編においても(読み直してみれば)彼らの協力が、事件の解明に不可欠であることが分かるのだが、短編においてはそれが際立っている。
特に磯川警部の如きは、遠方まで静養に来た金田一を何くれとなく世話する様子が、じつに微笑ましい。
事件の内容自体は、金田一の短編においては定番の、ネクロフィリア、首無し、男女入れ替えと若干マンネリ気味である。 -
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金田一ジッチャンの方の事件簿。
冒頭に登場人物一覧ページがあって、非常に助かる作品。
登場人物が多い上に、血族・姻族の関係が複雑なので、中盤までは一覧を見返すことしばしば。
トリック全般はどうということはないが、タイトルに「惨劇」とある通り、一部被害者のやられ方が、まぁ酷い。
それと、金田一作品には珍しく犯人が救いようの無いワルで(※)、金田一も嫌悪感を顕わにしている。
※孫の『金田一少年の事件簿』でも共通しているが、大抵は被害者の方がどうしようもない奴で、犯人には酌むべき事情がある場合がほとんど。
加えて、全編通してのヒロインが存在しないのも珍しい。
強いて言うなら、迷路荘の主の娘、陽子だが、タマッペこと女中のタマ子と合わせても、他の作品のヒロイン一人分にも満たない程度の存在。
もちろん面白い作品ではあるのだが、若干冗長か。 -
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金田一ファンというより、杉本画伯の描く横溝世界に惹かれて古本屋さんを歩き回って集め、事件年代順に読むという金田一祭りを一人開催中。やっぱり、寝苦しい夜は横溝だなぁ。
読んだ本は、昭和51年発行の杉本画伯が表紙を飾る文庫版でタイトルは「花園の悪魔」。表紙絵は表題作の犠牲者がおどろおどろしく描かれています。
収録作は同じです。
死体陵辱等異常者による猟奇的な事件など、都会においてのおどろおどろしさを出そうとすると、こういう要素が必要になるか。田舎の因習に縛られた一種閉鎖環境での異常性と対比すると興味深い。
金田一は吃音癖があって地方訛りも少し残っているという設定ではなかったっけ?表題作中での口調が「・・・でさぁ。」って。他ともまったく違う感じになっていて、これはこれで謎・・・