レイモンドチャンドラーのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ずっと前に買っていて、ブックカバーついていて、タイトルも分からず本棚に置いてあったが、片付けしているときにふと手に取って読み始めたところ、村上春樹さんの小説同様にこの小説世界に引き込まれてゆき、片時も手放せない程ハマりました。
村上春樹さんの小説はほとんど読んでおりまして、この小説は村上春樹さんの世界?と思ってしまうほど、てか村上春樹さんが影響受けたんだから当たり前か!となりました。
しかしながらこんなに面白い小説に出会えて、本当に幸せな気分です、僕にはミステリーや推理小説といったカテゴリーには収まらない素晴らしい内容。
あまりに面白いので、少し読んでは戻り、少し読んでは戻りを繰り返し、内容をきちんと把握したい気分に最初からなりまして、既に積ん読状態
たぶんまた読みたいし、読むだろうなぁ、、、
その他のマーロウのお話も読んでみたくなりました。
是非、寝る前のお供に30代以上の大人にお勧めです! -
Posted by ブクログ
チャンドラーの知識ゼロで読み進めた私は
レイモンド・チャンドラーの知識ゼロで本書を読み進めた私は、主人公マーロウを追ううちに、その人物像がかつて見た映画の探偵と重なった。当時大学生の娘がレポートを課されていた授業の題材で、私も横からちらちら観ていた映画だった。その探偵は、たばこを常にスパスパと吸っていて呼吸の8割は喫煙している感じで、紫煙を文字通り纏っていた。本書読後、その映画を早速探そうと、「映画」「探偵」「たばこ」の言葉でネットで検索した。記憶と重なるのがすぐに出てきた。映画のタイトルは『ロンググッバイ』。この映画の探偵もマーロウと呼ばれていたから、私が本を読んで想像した人物と同じだった。映画のマーロウは想像のマーロウよりやや軽い印象を受けたが、よく再現されていた(俳優さんはエリオット・グールドという人だったのですね)。有能、毒舌、独自の正義感、女にもて友情や尊敬を抱く男は一握りだ。松田優作とルパン三世を足して割ったような人物像だが、年代を考えると、彼らのモデルがマロウなのだろう。本書の筋となった事件は少々入り組んだ部分がある。できるだけ丁寧に読んだ方がいい。読み飛ばしや斜め読みはおすすめしない。かと思えば、作者の書き忘れもある。あとがきに訳者の村上春樹氏が紹介したエピソードが面白い(映画化にあたったハワード・ホークスが、原作者チャンドラーに電報を打って「○○の犯人は、いったい誰なのですか?」と尋ねた逸話はあまりにも有名だが「私は知らない」というのが著者の返した電文だった)。読者がいくら丁寧に読んでも報われない部分があるということだ。でも、マーロウに惹かれて、読み進めるアクセルをいつのまにか深く踏んでいる感じを味わえる。面白い作品に出会った。 -
Posted by ブクログ
饒舌全部で7冊あるマウロウものの長編の5冊目の作品。マウロウは4冊目の「湖中の女」や6冊目の「ロング・グッドバイ」に比べても饒舌で、もしかしたらシリーズで最高に漫談が面白い作品かもしれない。いくつかは声に出して笑ってしまうし、いくつかは気が利いた表現で感心させられる。アメリカン・ジョークは日本人の私には笑うどころか意味が通じないものも多いが、マウロウの呟きはわりに理解できる。日本のお笑いにない表現で、新鮮にも感じる。村上春樹氏の翻訳がうまいせいかもしれない。読みながら、筋はどう展開してもよいから、時間のある限り読み続けたいと思う不思議な作品であった。
-
Posted by ブクログ
本物の生きる屍に会う
主人公の私立探偵マーロウは周囲の人間をスケルトンのように見ていて、彼らの醜い骸骨姿に唾を吐きかけながら接している。しかし、あるときテリーとアイリーンという本物の生きる屍に出会い、強く惹かれていった。魂が抜けた空っぽな人間であるテリーとアイリーン。そこに見たものは何だったのか。あとがきで訳者の村上春樹は、マロウがテリーに見出したのはマロウ自身だと指摘しているが、それはマロウ自身が空であることを述べているに等しい。マロウはたまらなく孤独な人間だった。ラストの場面は、再開した友人との触れ合いをも拒んだ。その徹底した孤独ぶりは、胸に深い読後感を残した。 -
Posted by ブクログ
本書はレイモンドチャンドラーによる長編小説の二作目である。『大いなる眠り』を書き上げ、一定の地位を築き上げた著者による次回作ということで、野心的であった処女作以上に気合が入っていたであろうチャンドラーは、敬愛するダシールハメットに再度頼りつつも、その影響下から脱却しようと試行錯誤していたであろう点が随所で伺える。
まずフィリップマーロウの性格だ。前作において皮肉を交えつつも一定の静けさを保っていた彼は今作では本当によく喋る。しかもその発言の隅々にまで皮肉を張り巡らせている。必要以上に相手を煽り小馬鹿にするような発言が目立ち、口を開けば捻くれた言葉を吐くような次第でその本意がいまいちつかめない。翻訳の問題もあるのであろうが、その国の事情に通じていなければ理解し得ないであろう言い回しを次から次へと並べ立て、明らかに場違いな状況で鼻につくような皮肉を吐き出し続けるので、彼を尊敬し同情したいと思う読者の神経を逆撫でし続ける。しかし彼はその分今回前作に増して大いに殴られ、その身をかき乱されるので少し胸がスカッとしたりもする。
また話の展開もより複雑になり、読み手のミスリードを誘うような叙述トリックや曖昧な描写が散見されるようになっている。かわるがわる登場する人物達の中に真実を言っている者達も多いが、多くを知らされていなかったり、そもそも事実を誤認していることも多く、真実に辿り着きそうになった瞬間更なる矛盾が浮上し読み手を困惑の渦の中にゆっくりと飲み込んでいくような構造になっている。発言の一つ一つを思い出して反芻していってもいまいち事件の全貌が掴めない。残り30ページほどになるまで読者は混乱と生殺しの二重苦に苛まれながらこの迷宮を探索し続けるのである。
この小説を楽しむのであれば一定の忍耐力が必要だ。しかし、サム・ペキンパーの『ガルシアの首』の前半1時間くらいの生ぬるいメロドラマに耐えられるほどの我慢強ささえ持ち合わせていれば問題ない。それだけで感情を揺さぶられる究極の読書体験をすることができる。これは賭けてもいい。
しかしチャンドラーという男の演出は見事なものだ。私は読み始めた時からしばらくの間、ずっとこの小説は推理小説だと思っていた。しかし大間違いだった。この小説は恋愛小説だったのである。
銀行強盗をやらかす男、人を素手で殺す男、大柄で、凶暴で、残忍で恐ろしく、繊細さとはかけ離れた所にある男、360ページのうち1割にも満たない程に作中に登場しない男、こんな同情の余地もない男に激しく胸を突き動かされ、涙を流すことになるとは思わなかった。うだつのあがらない雲のように曇り不透明な本書の筋の裏では、大鹿マロイという巨人の血が澱みなく流れ続けていたのである。
この作品も王道を行く推理小説ファンからは理解され得ないのかもしれない。しかし推理小説であるという先入観を捨てて本書に挑んでほしい。険しく高く先行きの見えないこの山を登り切った後の感動を、是非味わってほしいものだ。 -
Posted by ブクログ
ハードボイルドの古典。レイモンド・チャンドラーの探偵フィリップ・マーロウシリーズの最後の作品。ハードボイルドとは、主人公の無骨で筋の通った生き方、行動を慈しみ楽しむものだと思う。そこには浮世の経済合理性や名誉はなく、ただた個人的な「筋を通す」「原理原則を曲げない」それだけがある。そんな非現実的な生き方ができる本当の意味で「タフな」男の物語をたのしむというかなりマニアックなジャンルだと思うが、チャンドラーがそれを確立したと思う。村上春樹がなぜ彼を好きなのかよくわからないが、根底には「原理原則を曲げない」生き方への憧れがあるのだろうか。文体のシンプルなところも好きなのだろう。たまに主人公に「やれやれ」と言わせるがこれはちょっと違う(ハードボイルドではない)感じがする(苦笑)
-
Posted by ブクログ
「ハードボイルド」の意味を、ようやくこれを読んで理解できた気がする!!
これがザ・ハードボイルドね!って自信満々に言いたい。
ハードボイルドってそもそも何?ってレベルの私なんだけど、文学で、感情を交えず、始めから終わりまで、客観的な態度・文体で対象を描写しようとする手法らしい。
この小説、マーロウという主人公=語り手の感情が全く出ず、淡々と周りの情景、出来事を描いていくスタイルで、王道なミステリーのプロットがこんな風に純文学になるなんて!!そんなことあるんだ、知らなかった!すごい!
と驚いてる!!
ストーリー自体がすごい斬新な設定とか、そういうことではなく、語られ方が斬新!!
すごい簡潔な文体で、タフな私立探偵マーロウが展開する、全く感情に流されない、冷徹で現実的な描写が、とにかく読み手を惹きつける!!!
皮肉ばっかり言って、「まどろっこしいやつだな」とマーロウのことを思いつつも(笑)、かなりの吸引力で惹きつけられてしまう魅力が彼にはある。(か、かっこいい…)
小説の時代も時代(1953年刊行)なので、こういう言い方を許してくださいっ!
「男らしい…」
おばさんの戯言だと思って聞き流してね!すいません!(笑)
今回読んでる間一度も実現できなかったけど、暗めのバーの間接照明の下でギムレットをちびちび飲みながら読んでみたかった本…いつか再読する時にやりたい…
そしてどうしてロング・グッドバイなのか。
最後まで読んで、この胸がキュンとなる感じを、切なさを、肺の奥まで思いっきり吸い込んで、「はぁ〜〜」と吐き出してほしい!!
さよならには色々あるなぁ!
母のおすすめだったんだけど、母は村上春樹訳ではなく、清水俊ニ訳が良いと思うらしい。(母は村上春樹が苦手なので)
私は村上春樹の文がとても読みやすいと思うので、この訳で読めて良かったのかな。(あとがきの解説も長いっっ!ボリュームタップリで大満足。)
ヘミングウェイや特にフィッツジェラルドの「グレート・ギャッツビー」の影響がかなりあるらしく、ギャッツビーを読むのも尚更楽しみになった。
-
Posted by ブクログ
▼(本文より)私には酒が必要だった。高額の保険が必要だった。休暇が必要だった。郊外の家が必要だった。しかし今のところ私が手にしているのは、上着と帽子と拳銃だけだった。だからそれらを身にまとい、部屋を出た。
▼言い回しの次元でしかないとも言えますが、思わずにやりとしてしまいます。小説というのは、物語というのは、結局は言い回しの次元であると言えます。パチパチ。
▼私立探偵フィリップ・マーロウ長編シリーズ第2作。
①大いなる眠り(The Big Sleep, 1939年)
②さよなら、愛しい人(Farewell, My Lovely, 1940年)
③高い窓(The High Window, 1942年)
④水底の女(The Lady in the Lake, 1943年)
⑤リトル・シスター(The Little Sister, 1949年)
⑥ロング・グッドバイ(The Long Goodbye, 1953年)
⑦プレイバック(Playback, 1958年)
(以下、ネタバレ備忘)
▼マーロウはたまたま、ムース・マロイという乱暴な大男と知り合う。マロイは、「昔たれかに嵌められ」長い獄中生活から出所直後。もともと堅気ではない。ショーガールのヴェルマ、という愛人がいた。獄にいる間、ヴェルマからは音信不通。出獄した今、マロイはヴェルマを探す。ヴェルマを深く愛している。
マーロウは一方で、その直後から。
一見、マロイと無関係に(実は関係が大アリ)依頼された調査が発生。そこから殺人事件に巻き込まれて右往左往する。
結論は、以下。
・マロイの愛人だったヴェルマが、成り上がるために昔、マロイを嵌めて排除した。
・ヴェルマはその後、金持ちと結婚して成り上がった。過去を隠した。
・ヴェルマは出所したマロイが自分を探していることを知る。マロイを再び排除(殺し)たい。
・マーロウはマロイを知り合ったことから、ヴェルマに狙われた。殺されかけた。
・最後は全部マーロウが全てあばききる。マロイは最愛の人・ヴェルマに射殺された。ヴェルマは逮捕される。