守屋淳のレビュー一覧

  • 『論語』がわかれば日本がわかる

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    会社勤めしていると色々と理不尽だな〜と感じたり、ジェネレーションギャップを感じたりします。トレードオフの概念を素直に受け入れると色々とシンプルになるのにな〜と思うが、実際は難しいですね。

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    2021年07月18日
  • 現代語訳 渋沢栄一自伝

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    2024年から新一万円札の顔に決まり、2021年大河ドラマの主人公(主演は吉沢亮)である渋沢栄一。その大河ドラマは、渋沢栄一の自伝が元になっているというので読んでみた。
    こちらの本は自伝「雨夜譚(あまよがたり)」「青淵回顧録(※せいえん は渋沢栄一の号)」を元に、他の自伝や関連資料や他の人の証言集を組み合わせて幼少期から晩年までの人生を再構築させたという構成となっている。
    幕末に生まれてまさに激動の時代を生き、攘夷を唱える⇒一橋家・将軍家の家臣⇒明治政府の役人⇒民間起業家・福祉家という柔軟性と、しかしダメなものはダメという強い信条も感じられる。
    自伝が元なので、語り口からは本人の資質が感じられる。おそらくこの激動の時代をつねに時代最先端で登用されたのは、渋沢栄一が常に先を考えて準備をして問題があれば解決を探るという論理的思考が直接良い結果をもたらせたので評価されたこと、そしてユーモラスさ、冒険好き、柔軟性と人当たりの良さとそして案外血の気の多さなどが人としても可愛がられたり慕われたりしたのだろう。

    【青年期】
    生まれは武蔵国榛沢郡血洗島村(現・埼玉県深谷市血洗島。私は埼玉県出身なんだが、以前から深谷駅には「渋沢栄一生誕の地」の看板が出ていた。お札に決まったり大河ドラマ化されて観光客増えたかなあ)。豪農の長男だった。このころ岡部藩は年貢だの御用金だのを取り立てるだけ取り立て、能力のない代官が威張り、百姓というだけでバカにされて…という制度にうんざりしたという。
    若い頃は攘夷倒幕の志を持ち、過激なテロを画策したことも(このあたりは大河ドラマで描かれているとおり)ある。
    志のために家を出ようとした栄一へのお父上の言葉が立派だった。「どんな志をもちどこに行こうとも、道理を踏み間違えず仁人義士(じんじんぎし 広い愛を持ち、人の道を守った人間)であれば、生死や幸不幸に関わらず満足だ」
    こういって跡継ぎ息子を金をもたせて送り出したのだから立派な人だ。
    しかし栄一たちのテロは直前で取りやめとなった。しかし故郷にいては捕縛されるかもしれないので、親戚の渋沢喜作と一緒に京都に逃げることにした。この喜作とは「ともに死のう」と誓いあった仲ということで、このあと色々あっても生涯交流しつづけたようだ。
    このあたりも大河ドラマ通りなんだが、自伝によると「幕政を覆すという自分たちの将来につなげるために、塾や道場で名高い人材と交流し、父からもらったお金もあったから、まあ至極面白く遊んでいたんですよ」みたいな生活だったらしい。捕縛されそうじゃなかったのか、剛毅な人たちだ 笑

    【試みに一橋家へ士官したら、そのまま将軍直参になっちゃった】
    故郷で企てたテロ行為が幕府にバレたっぽくちょっとまずいかなってところで、かねてより交流のあった一橋慶喜(大河ドラマでは草彅剛)の側近である広岡円四郎(大河ドラマでは堤真一)より、一橋家に仕えないか、と言ってもらった。
    ここで栄一と喜作は「その前に自分たちの考えを聞いていただきたい」とお願いし、広岡円四郎は「前例がないけど…遠乗りの機会に顔を見てもらえ」と言ってもらった。
    大河ドラマ冒頭は、この慶喜と栄一初めての出会いで始まっている見せ場でもある。
    ただしこの渋沢栄一の自伝では「これには自分も大いに困り果てた。なぜかというと、自分の身体はその頃から肥満しており、とくに背も低いから、走り続けることはきわめて大変であった/それでもなんとか十町(約1キロ)を一生懸命ひた走りに走ってお供した」ということ。
    そりゃー大河ドラマがイケメンすぎるんだよね。豪農の生まれで京都に逃げても大金持ってたから面白おかしくすごしてたんだから肥満にもなるよね 笑

    その後一橋家の自由闊達な雰囲気の職場環境のなかで、御三卿のため固定の藩も石高も持たない一橋家の経済安定や直轄の兵士集めに尽力していった。
    慶喜が将軍になったら自分たちも将軍直参に。普通は喜ぶだろうが自分と喜作は、どうせ徳川幕府はもう持たない。それなら若い人(田安亀之助とか?)に将軍になってもらって慶喜は実務に専念したほうが良いだろう、慶喜が将軍になってしまったら今までのように直接会って自分たちの意見をお話して取り入れてもらうこともできないと嘆く。
    なお後年渋沢栄一が慶喜に伺ったところによると「慶喜公が将軍職を継がれるにあたっては、すでに一新一族を犠牲にして大政奉還を行う決意をされていた、というご真意を伺って、私自身の浅慮を恥じ入った」ということ。
    徳川慶喜の評価はまさに毀誉褒貶であり本人は隠遁後は沈黙を保っている。そんななかで「わたし直接慶喜公から聞きました!」という証言があるのは貴重ですね。

    【フランス留学時代】
    さて、そんな栄一に突然下った命令が「パリで行われる万国博覧会に、慶喜の弟の徳川昭武が将軍名代として参加するので、その共としてフランスに行け」というもの。
    このフランス行きは密命として、幕府の軍事力増強のためにフランス政府との間に600万ドルの借款契約をしてくるようにという司令があった。
    なお徳川昭武は水戸藩なので水戸からも随行員もいるんだが攘夷だ!とか言って新しいものを取り入れる気がないということで、慶喜自らの命令らしい。
    水戸藩って、桜田門外の変、坂下門外の変、天狗党に関する略奪だの一族皆殺しだのその報復だの、過激すぎる行動しかないというか慶喜も実家でありながら極力避けていたような気がするんだが、フランス随行に対しても頼りにできなかったんですね。この四面楚歌の時代に実家が頼りにできない慶喜も大変だ。

    渋沢栄一が実に柔軟な思考だなあと思うのが、青年期は攘夷だといっていたのが、いざフランスに行くと食事やミルクコーヒー(豆を炒って砂糖と牛乳を入れた飲み物)を胸がすっとすると楽しみ、空き時間はフランス語の家庭教師を雇い、バレエ鑑賞や病院制度や国債制度に関心し、身分に関わらず実力があれば平等という、良いものを素直に良いと見てそれを自分たちにどのように活かせるかと考えて実現させる力がある。
    それにしても「1ヶ月位家庭教師に習ったらフランスでも買い物くらいは片言でできるようになった」っていかなりすごいのでは?!英語を習っても全く習得できていない私にはその語学習得力が素晴らしいわ。
    さらに仕事は期待以上にやってのけた様子。なにしろ限られた財政をできるかぎり節約して余剰金は現地の世話役に相談した上で公債を買って利益を出しました、というのだから素晴らしい。

    しかし栄一がフランスに行っている間に、大政奉還があり、明治政府が樹立し、徳川慶喜は駿河で隠遁し…。凄い激烈の時代。
    この激動にも対応は冷静だった。いま昭武公が日本に帰ってもなにもできない、それならこのままフランスで研鑽を積んでから帰ったほうが日本の役に立てるだろう、として、情報収集のための帰国者、このまま残るための金銭の算段とそれぞれの役割分担を行っていったという。
    結局は水戸藩主徳川慶篤(慶喜の兄)の死去により昭武が水戸藩を継ぐことになりやっぱり帰国することになってしまった。
    この帰国に関しても、公債を買って出た利益で、自分たちフランス留学組の運賃と、イギリスに留学して帰りの旅代がなくて困ってた人たちの運賃も出したという。
    渋沢栄一と喜作が故郷を出てから10年足らず。ええー、まさに激動、よく生き延びた…。

    帰国してみたら日本は変わり、親戚や知人で亡くなった人はいるし、まだ戦っている人はいるしという状況。自分は恩義ある慶喜に会いに行ってそのまま静岡で農業または商売をやって静かに暮らそうとする。
    しかしこのときに「フランス留学のうち、水戸の分はこちらです。余り金はこちらです」とちゃんと決済を出したものだから、水戸昭武からは「兄上(慶喜)の様子を聞いたらすぐに水戸に来てほしい」、静岡藩からは「このまま静岡藩に勤めろ」とスカウト。
    このスカウトに栄一は「おれは奉職金が欲しくて静岡に来たわけじゃねーーーー」と怒るんだが、慶喜の意向があったらしい。「渋沢栄一は水戸に行ったら昭武が側に置きたがるだろうが、あの水戸の藩士たちはきっと渋沢の邪魔をするだろう。だからこのまま静岡にいなさい」
    うーん、慶喜はわざわざ会いに来た昔の部下を追い返して「貴人に情なし」とか言われていたが、情は深い人ですね。

    【明治政府 大蔵省時代】
    そんな渋沢栄一に明治政府からもスカウトが来た。
    最初は断ろうとした栄一に、大蔵省の大隈重信が「幕府を倒して王政復古したが、これからは新しい日本を作らなければいけない、だから新政府参与は八百万の神々の国造りのようなものだ。君は賢才の一人として登用された、八百万の一柱である。ぜひともこの大きな仕事のために骨を折ってもらいたい」と説得したのだという。これは凄いことを言いますね。そしてこれじゃ断れませんね。
    このあと日本における造幣、戸籍、出納など制度の元を作り、大蔵省と各省との駆け引きはなかなか興味深い。
    そして渋沢栄一が語る明治維新の元勲たちの姿も興味深いです。
     西郷隆盛とは一橋家家臣時代からの豚鍋を突きあう仲だったんだが、その彼が廃藩置県前に「まだ戦争が足りないようにごわすね」と言ったらその場が凍りついた。
     大久保利通とは馬が合わなかったが、実に底知れず”道具”にはならない人だった。
     木戸孝允は細やかな心遣いをする人。
     大隈重信は、他人の言葉よ聞くより自分の言葉を聞かせようとする人で、なにかを申し上げに言ったつもりでも聞かされて帰ってきてしまう。渋沢栄一と大隈重信はこの後も付き合いが続くためかその後フォローもしています 笑
     伊藤博文は、全然違っても「常に自分が一番偉い!」というふうに持って行きたがる人なんだそうだ。たしかに若い頃は徴収の使いっぱしり的な扱いで、自分の上の人たちが次々暗殺されたり病死して残った人で、どことなく可愛らしさというか未熟さも感じられますもんね。しかしのちに民間に下って事業で苦労した渋沢栄一が伊藤博文に陳情に行ったところ「君の言うことは、自分を褒めるために人を貶していて、それはおかしい。君はいまや実業界の重鎮なんだからそんなんじゃ困る」と忠告され、栄一は大いに反省したという。やっぱり只者ではなかったということ。
     井上馨とは大蔵省でともに仕事をしたがとにかく悲観主義者。このあと渋沢栄一と井上馨はともに大蔵省を辞職することになる。
     江藤新平は有能さでは傑出していたのに、強引で自分の意見を押し通すためには他人と争い人の欠点をさがすという残忍さがあったためあのような結果になってしまった(佐賀の乱で、この明治の時代に斬首晒し首…)。
     三条実美はあっちへふらふらこっちへふらふら、身分は高いが知識がなく性格も弱いのでいろいろな省の間にはさまって苦労しまくった人だという。うーん、地位は高いが無能だって自分でも自覚しているって辛いだろうなあ。。。。
     なお、渋沢栄一は島津久光のことは「島津三郎」と語っている。久光とは気が合わなかった西郷隆盛が「地五郎(田舎もん)の三郎」呼ばわりして久光を激怒させているし、慶喜も久光を散々バカにして(薩摩にやり返されるところがイマイチ甘いところだが)いるけど、やっぱり藩主ではなく先代藩主の弟で今の藩主の国父でしかない久光は、田舎もんがゴリ押ししてくる扱いだったんだろうか。
     そして徳川慶喜のことは、将軍を受けたことや、大政奉還後の薩長との戦い方には不満もあったようだが全体的には「人格が高く敬慕に耐えない」などとべた褒め。徳川慶喜の葬儀では委員長を務め、75歳で経済界からも完全引退して手掛けたのは「徳川慶喜公伝」であり、今日に伝わる徳川慶喜の良い面というのは渋沢栄一の証言が大きいのではないだろうか。

    【民間での実業家、福祉家】
    そして民間人になってからは、銀行を作り、株式取引所を作り、保険制度を作り…、まあとにかく近代日本を作った人ですね。ちょっと面白かったのは、この保険にかんして「危険なことをするなと言いつつ、危険を保証する保険制度なんて変だろう」と反対されたということ。この考えって他にもあるような気がする。たしかフォード社?も「車にシートベルトを付けたら、車は危険だといっているようなもんだからそんなものをつけるな」と言われたんだとか、現在でも「未成年に性教育をするのは性行為を推奨するから教えるな」だとか、リスクに対する防備をすることを極度に嫌がる風潮てなんだかありますよね。

    またイギリス人事業家と面談した時に言われた苦情「日本人は他人に対しての約束を甚だ守らない。売れそうな注文品はすぐに引き取るけど、売れなさそうになった注文品はなかなか引き取らない、これでは信用できない。いやそもそも日本人は信用というものを重んじていない。さらに税金逃れのために送り状を二枚出せとか言ってくる。このままではこれ以上日本人とは取引できない」といわれたということ。
    うわあ、なんか…日本ってメンツや信頼をすごく重視するように思っていたんだが…、これは面目ない…。

    そして福祉。
    東京に溢れる貧民に対して政府は無策、どころか邪魔・無駄扱い。
    そこで渋沢栄一が音頭を取って、生活困窮者救済事業である養育院を民間で設立した。
    これは別の歴史検証番組で「渋沢栄一自らがでっかい鞄を持って実業家たちを訪ねて回った。『あれではそれなりの金額を渡さざるを得ない』とぼやいていた」とやっていた 笑

    この他、教育、医療、海外との交流や取引など、まさに関わった事業が幅広すぎる。
    この本は自伝が元になっているので、それを語る渋沢栄一の目線の広さやユーモラスさ、そして時々見せる血の気の多さ。まさによく生き延びた、ということはきっとこの時代に不慮の死を遂げてしまった素晴らしい人材もたくさんあったんだろうとも思う。
    渋沢栄一の言葉で「実業界であれ、政治の世界であれ、もっとも困難なのは人材を得ることにある」という。
    まさに日本を作った人がそのまま語る激動の時代と、その時代の人々がどのように生きたのか、どのような日本にしたかったのか。
    あらためて近代日本の基本を見られたようだった。

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    2021年07月10日
  • 組織サバイバルの教科書 韓非子

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    孔子(徳治)と対比しつつ韓非子(法治)の思想を紹介。思想の紹介に留まらず、現在のビジネスに頻繁な言及があり、退屈せずに読み切れる。
    骨子としては、①徳治=優しい統治の問題点(徳を持つ人材の希少性、情に逆らえない)、②法治の有効性と限界(最後は徳を持った人材が必要)、③組織、及び経営陣においては法治と徳治のミックスが必要、というもの。韓非子の思想を持ち上げるばかりでは無い。
    現役の中間管理職として、健全な組織運営のため「どんなに情があって人望があっても、問題や禍根が残っていれば、人が変わったように処断」(282ページ)することが必要とする点について全く同感。

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    2018年09月08日
  • 孫子・戦略・クラウゼヴィッツ--その活用の方程式

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    「孫子」とクラウゼビッツの「戦争論」を比較しながら、状況に応じて取るべき戦略について解説した本。「孫子」「戦争論」の概要がわかりやすいだけでなく、時代背景や具体的な戦争の例も用いながらの解説がとてもわかりやすい。
    複数の敵に囲まれて負ければ滅亡というときに用いるべきは孫子の兵法。1対1で強力な敵に長期間対する必要があるときはクラウゼビッツ。人間関係にも応用できそうだ。

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    2018年06月10日
  • 渋沢栄一の「論語講義」

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    本書は、渋沢栄一が85歳の時に刊行した『論語講義』(講談社学術文庫版で全7冊)から編訳者である守屋淳氏が選んだものがまとめられている。2500年も前の偉人である孔子、そして100年近く前の日本に生きた偉人渋沢の思想がコンパクトに学べるつくりになっている。

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    2015年04月28日
  • 渋沢栄一の「論語講義」

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    【読書その66】渋沢栄一が論語を解説した本。何度読んでも新しい発見がある。特筆すべきは2点。
    論語の文章を文章そのまま受け取るのではなく、現代に通ずるものかどうかをしっかり判断した上で紹介していること。
    あくまで実践があること。評論家ではなく、常に現実の世界、ビジネスの現場、政策立案などに生かそうという姿勢であること。

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    2014年03月18日
  • 現代語訳 渋沢栄一自伝

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    明治幕末。いつも注目されるのは坂本竜馬や志士たちの戦いですが、日本を発展させる為経済面からあらゆる手だてを打った澁澤栄一の生き方が眩しい。

    500を超える会社の起業に携わり、日本で興した事業には ・銀行 ・保険 ・肥料 ・製紙 ・砂糖 ・証券取引所 などがあり、企業では ・帝国ホテル ・京阪電鉄 ・東洋紡 ・キリンビール ・東京ガス 等がある。

    本書は大きく3部で構成されている。
    ①志士活動から幕府重役へ
    ②海外での視察活動
    ③明治後の事業家

    澁澤栄一の自伝を抜粋して現代語訳されている。
    明治政府樹立後の重鎮達とのやりとりも面白い。

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    2012年03月07日
  • 渋沢栄一の「論語講義」

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    渋沢栄一が、自身が重んじていた「論語」の解説をしている。
    その時代の人物を交えて、自己の考え方を織り交ぜて解説しているので面白い。渋沢栄一の生涯を詳しく知れば、もっと面白く読めるのだろう。
    礼を重んじ、仁を尽くすこと。
    礼:人が守るべく、定められたルール。
    仁:自分がしてほしくないことは他人にもしない。

    悪意には理性を。
    善意には善意を。

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    2011年09月16日
  • ビジネス教養としての『論語』入門

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    昨日から読み出したのはコチラ。
    今まで『論語』とはほど遠い読書生活だったので、新鮮です。
    まだ読み始めですが、面白い。

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    2011年08月03日
  • 勝負師の条件 同じ条件の中で、なぜあの人は卓越できるのか

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    『孫子』を入口に、将棋、経営、金融、ものづくり、インテリジェンス、スポーツなど、さまざまな世界の勝負師を取り上げながら、その共通点を探っていく。

    面白かったのは、卓越した判断力を才能のようなものとして片付けず、「長く深い経験」「振り返り」「定点観測」「幅広い教養」「相手を知る」「己を知る」といった構成パーツに分解している点。

    その中でも印象に残ったのが、経験は積むだけでは意味がなく、振り返って初めて経験値になるという話。羽生善治氏の感想戦や、勝ったときほど「本当にこの勝ち方で良かったのか」を検証する姿勢は勉強になる。

    仕事でも、うまくいかなかったときは原因を考える。一方、うまくいったときは「良かった」で終わらせてしまうことが多い。採用でも、偶然良い候補者が来たのか、施策が機能したのか、担当者が頑張ったのか。結果だけ見ていると、勝ち筋を勘違いしてしまう。

    もう一つ印象的だったのが、「教養とは外部への通路」という考え方。知識を増やすこと自体が目的ではなく、自分や自社、自業界の常識を相対化するために使う。専門性を深めるほど、その専門性に縛られる可能性もあるという話は、生成AIによって知識そのものの価値が変わりつつある今、より重要になる気がする。

    ===

    ▼個人的に印象深かった点(感想)

    ・勝ったときほど検証する。
    └失敗から学ぶのは比較的やりやすい。成功したときに「運ではなかったか」「本当の勝ち筋は何だったか」と考えられるか。

    ・定点観測しないと、変化は見えない。
    └情報を持っていることと、変化に気づけることは違う。競争環境の変化を何で定点観測するのかは考えたい。

    ・教養は、自分の常識の外に出るためにある。
    └専門性を高めるほど、その世界の常識に染まる。自分たちの「当たり前」がまだ正しいのか、外から見る視点を持っていたい。

    ・「相手の立場に立つ」と「相手になり切る」は違う。
    └相手の立場で考えているつもりでも、結局は「自分だったら」で考えているだけかもしれない。相手が何を恐れ、何を大事にしているのかまで見に行けるか。

    ・自分を知ることが、一番難しい。
    └成果が出ているときほど、自分の判断を疑いにくくなる。諫言してくれる人や、もう一人の自分の視点を意図的に持つ必要がある。

    ・経験年数と経験値は違う。
    └同じ一年を何度繰り返しても、たぶん強くならない。経験→振り返り→修正までを一つのセットにできるか。

    ・勝負の瞬間より、勝負ではない時間の過ごし方。
    └卓越した判断は、その場のひらめきというより、それ以前にどれだけ準備してきたかの結果なのだと思う。

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    2026年09月21日
  • NHK「100分de名著」ブックス 渋沢栄一 論語と算盤 対極を両立させる知恵と才気

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    渋沢栄一の会社経営と道徳の考え方について、「論語と算盤」の中に書かれている文章を取り上げて解説してくれている。

    利潤の追求(言いかえれば私利の追求)という資本主義の根本と、公益や社会性を重視する道徳とは、国力を強くするためにはどちらも重要だけれど、対極にあるもので相性が良くない。どこで折り合いをつけるかを考える場合、バランス感覚が問われる。

    渋沢栄一は公益を重視した「合本主義」という考え方を重視している。自分が生きた明治維新前の幕藩体制の欠点を考えてのことだと考えられる。あの時代においてかなり先進的だったのだと思う。

    何事にも盲信することなく、物事や思想の良い悪いを冷静に客観的に見ながら判断できる感覚が素晴らしい。

    人の使い方、任せ方、関わり方などは、思想がちゃんとしているというか、腹が据わっているというか、懐が大きい。常人ではとても真似できない。

    同時代の他の事業家たちとの比較もあって面白い。

    以下、章立て。
    高い志が行動原理を培う
    「信用」で経済を回せ
    「合本主義」というヴィジョン
    対極にあるものを両立させる
    渋沢栄一と同時代の実業家たちの「論語と算盤」

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    2026年08月23日
  • NHK「100分de名著」ブックス 渋沢栄一 論語と算盤 対極を両立させる知恵と才気

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    渋沢栄一の成し遂げたことと物の考え方がわかりやすくまとめられている。
    彼は、国民が富む社会を作るために実業(500の会社)と社会事業(600の事業)を手掛け、利益は大事としつつ得た利益は次の会社や事業に投資することで社会に貢献しようとした。
    西洋の友人から日本人は約束を守らないと批判され、商業道徳の重要性を痛感して『論語と算盤』の両立を説いた。
    公益を前提とする合本主義である。

    読んでいて、ドラッカーとの考えの共通点が極めて多いと感じた。
    事業の究極の目的は公益であり、利益は目的ではなく手段であるという考え方である。
    正に我が意を得たり。

    星4つです。

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    2026年08月09日
  • 現代語訳 論語と算盤

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    なぜ1万円札の肖像が渋沢栄一になったのか?
    この「論語」と「算盤」というわけがわからないタイトルの本を読んで少しわかった気がする。

    渋沢栄一が言いたかったことは要するに、「商売をして儲けるには、人として立派でなければならない」ということなのではないか。
    立派とは、別に人徳溢れる仏様みたいな人になれと言っているのではない。正しい道を正しい歩き方で進みなさい、と言われているような気がした。

    つまり、「算盤」をするために「論語」を学べ、ということ。まだまだ人として未熟である。

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    2026年08月01日
  • 現代語訳 論語と算盤

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    また読んだ。
    自分がもつべき態度がここに載っている。実業家だけではなくて、若手の会社員やリーダーを務める人にも刺さると思う。
    また立ち止まって読むようにしたい。

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    2026年06月27日
  • 現代語訳 論語と算盤

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    現代語訳の論語と算盤です。
    同じ書の旧版が愛読書でしたが、現代語訳になることで、すごく入ってきやすいです。
    時代に合った書体で伝えるということはすごく大事なことなんだなと思いました。
    内容は言わずともですが、この漢、凄すぎです。

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    2026年06月04日
  • 現代語訳 論語と算盤

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    現代経済の祖たる渋沢栄一の考えに触れることができた。過去に執筆されているが時代を超えても古さを感じないところに凄さを感じた。現在でも通ずる部分が多々ある

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    2026年05月29日
  • 現代語訳 論語と算盤

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    ネタバレ

    現代日本の経済発展の要となった渋沢栄一の言葉がわかりやすい形で記されている。道徳を重んじて経済活動を行っていくことで自ずと経済発展していくという思想が語られている。

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    2026年05月17日
  • 現代語訳 論語と算盤

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    渋沢栄一がどういった人間か。それを表していると感じたのが以下の抜粋である。
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    わたしは常に、事業の経営を任されるにあたっては、その仕事が国家に必要であって、しかも道理と一致するようにしていきたいと心がけてきた。たとえその事業がどんなに小規模であって、自分の利益が少なくても、国家に必要な事業を合理的に経営するなら、心は常に楽しんで仕事ができる。だからわたしは、『論語』を商売するうえでの「バイブル」として、孔子の教えた道以外には一歩も外にでないように努力してきた。それによってわたしは、
    「一個人の利益になる仕事よりも、多くの人や社会全体の利益になる仕事をすべきだ」
    という考え方を、事業を行ううえでの見識としてきたのだ。そのうえで、多くの人や社会全体の利益になるためには、その事業が着実に成長し、繁盛していくよう常に心がけなければならない。
    -----
    彼にとって『論語』とは、生きるうえでも商売のうえでも「バイブル」であった。仁愛や孝行を説く論語を私生活の道徳に留めるのではなく、商売においても道徳の価値観を重視し、道徳と経済活動の調和を図り、明治の動乱期において実業界から日本の文明発展へ寄与する。現在にも続く多くの企業の設立を支援しており、今日の社会の形成にも繋がっている。
    同時代、福沢諭吉も学問の世界から変わりゆく社会の人々を導く啓蒙をしていた。
    分野は異なれど昨今の文明が発達した日本へと貢献した数少ない日本人であり、今一度知っておくべき人物であることを知れた。

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    2026年04月29日
  • 現代語訳 論語と算盤

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    人が利益に走ってしまう部分まで見据えて、経済発展をするためにどうせねばならぬかまで考えているのが改めてすごいと思った。知・情・意のバランスに関する記載は特に印象的。

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    2026年04月24日
  • 最高の戦略教科書 孫子

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    三国志の諸葛亮や、戦国時代の竹中半兵衛など、多くの名参謀がこぞって参考にした人物が孫子で、その考え方は今の時代も色褪せることなく学ぶことができます。
    仕事ではかなり活かせると思いますし、プライベートでも妻や子供たちに使えそうな戦術もあったりして、為になる一冊でした。

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    2026年04月21日