『告白』が湊かなえの代表作であれば、この本は"金戸美苗の1番の代表作"とも言えるのではないかと思った。著者自身が母親であり、自伝的な側面もあるのではないかと思った。言葉の在り方についても思考を巡らせる一幕があり、語を操る小説家としての思いも込められているようだった。母と娘の感情の機微、すれ違いを描く上手さは流石。親子関係だけでなく、姉妹関係に対する見方の違いも深みをもたらしてくれている。
(清佳はルミ子を守ろうとするように"母性"を顕現させている人物であり、また春奈との交流から"姉"となることへの憧れも芽生えていた。
一方のルミ子はいつまでも母に執着する"子"であり、敏子との交流から"妹"でありたい気持ちもあったのではないかと感じさせられる。)
どんでん返しの衝撃も効いている。まんまと勘違いしていた。冒頭で述べられているのは清佳の自殺未遂ではなく全くの別事件であり(清佳が過ごした田所家は一軒家であり2階建て。4階は存在しない。)、その新聞記事を追っている教員こそ、夢(?)を叶えた清佳その人…(ということで合っているはず)だということに合点がいった時は巧みな筆運びに拍手を送らずにいられないと感動した。
また、独特の"イヤ味"もあった。今作はミステリー感が強くないとは思うが、登場人物(主に清佳とルミ子)の感情や考えが時系列を追って濃密に描かれており、ダイレクトに思いが伝わりやすかった。結局、子を産んだだけでは"母"になりきれなかったルミ子が大好きな母を自殺させる結果となってしまったこと(実際母が死亡することで母性は顕現したと思う。だから桜には"母"としての慈愛があったはず)や、それでも結局最後には孫の誕生に際し、自分ではなく母の意見を代弁するかのようなことしか言えなかった残念さは「人って簡単に変われないな。」とも思い、呆れると同時に悔しさ・後味の悪さもあった。
……が、他作品と比べてもスッキリした終わりだとは思う。何よりこの作品においては"被害者"とも言える清佳が生存しており、家庭を築き次のステップに進められるような締め方だったため希望は見出せた。
以上が星4評価について述べたところだが、この作品を評価する上ではやはり、展開やトリックに嵌ってしまいそうな構造について書きたかったためネタバレは避けられなかった。
展開に関して言えば、私はスピリチュアルなネタが好きなので、中峰さんの件は個人的に読んでいて楽しかった。"オルグ"とか実際に言っている団体もありそうで凄い。
以下は、この小説から考えさせられたことや得た学び・登場人物についての雑感↓
・"母性"が持つ責任について
家庭においては母親の力が父親よりも大きい方が上手くいくのは本当なのかもしれないと思った。それは"母性"には家庭をコントロールする程の力があり、母親にはそれを行使する権利と責任があるのではないかと感じたからだ。
こんな書き方をすると、私の嫌いな性別による役割分担を支持しているようにも見えて嫌だが、どうしても子供にとって母親の存在はあまりに大きく、母親からの愛情が子供を如何様にも変容させてしまいかねないことは否定できないだろう。それには父親も影響を受けるのではないだろうか。実際、ルミ子の半端な"母性"によって娘が苦しんでいた側面があったからこそ田所は逃げ場を求めた訳だし、田所家に関しても母親より父親が強かったせいで破綻していた面もあったと思う。"母性"は言葉から連想できるような偉大な加護にもなるし、イメージとは裏腹に凶悪な魔の手にもなり得るのだと感じさせられた。
・親子関係と本能について
今作では"異なる"視点を担っていた清佳とルミ子だが、根っこの部分では普遍性のある本能のようなもので繋がっており、共通している部分も大きいと思った。
私が本能のようだと思ったのは「母親に愛されたい。」という欲求である。2人に限った話ではなく、今作に登場する人物は皆、少なからず誰かしらの愛情を求めていたように見える。ただ、清佳とルミ子の場合は「母からの愛」を求めている点で共通しており、そのアプローチも「母に理解してもらう→母と同一となる」ようなもので似通っている気がした。ルミ子の殆どが彼女の母親を通して行われるように、清佳の殆ども彼女の母親であるルミ子を通して行われるよう期待されていた。しかし実際そうはいかず、そのすれ違いが悲惨な結果をもたらしてしまったのだろう。
すれ違いに関して言えば、"お嬢様"と呼ばれながらもよくできた人間に見えるルミ子。彼女の恐ろしさについて記しておきたい。私はこの人物が怖い。湊かなえ作品には(私の感覚で)おかしな母親が複数登場するが、ルミ子は中でもトップクラスの恐ろしさを持っていると思う。出産前の娘に対する憎悪(に似た感情)から、(究極の状態だったとは言え)「子どもはまた産めばいい」などと本人を前に言えてしまうところなど、随所に"母親になってはいけない"と思える要素を窺わせていた。いつか暴発するのではないかという底知れなさで、ドキドキしながらページをめくっていた。
このキャラクターはとことん自分勝手なのだと思う。他者の気持ちを察し、相手が望む通りに動けるのは素晴らしいが、それも母の教えによるもので、「母に褒められたい」という子としての自分の気持ちを1番に考えているからなのではないだろうか。周囲に気を配っているようには見えるが、実のところ彼女の矢印は本当は自分1人にしか向いていなくて、「素敵な母の子として褒められる自分」「立派な娘の母として評価される自分」自分 自分……ではないだろうか。
ルミ子と清佳は一人っ子同士という点でも共通しているのだが、ルミ子は大切に育てられた結果、自我意識が肥大化した甘えん坊となったのではないだろうか。その甘えの対象は両親(特に母)であり、2人が他界してからは心の支えを失うようでありながらも懸命に頑張っていた。ところがこれは「母に見られている。」というある種の呪縛がそうさせているのであって、やはり「母に褒められたい。甘えたい。」という意識が常にあったのだろう。この人物の恐ろしさはここにもあって、とことん自分勝手なだけなら私も人のことは言えないのだが、呪縛を呪縛とも思わない/思えないほどの幸せを手にしてしまっているところがあると思う。母と一体となり、「母の子」であることに何よりの悦楽を見出しているルミ子であるため、自分が自分のルールで縛られていることにも気付かない。これについては、母親の愛情がルミ子を壊してしまったのだとも思う。とにかく、縛られていることに幸福を感じているルミ子はそれを悪いことだと思うはずがない。むしろ良いことだと信じて疑わず、結局はそれを娘にも求めてしまっている。ここが問題なのだ。親子と言えど異なる人間なのだから、考え方や感覚は違っていて当然だろうに、ルミ子にとっては母と娘が同じことが幸せであるから矯正しようとしたのだろう。"娘の為を思って"。エゴによる強要である。
一方の清佳は、田所家の人間に振り回されて疲弊し自分のことを見る余裕もない母親、頼りなく思える父親の中で育った結果、自立心の芽生えが早く"しっかりした"子になったと思う。兄弟がいれば依存して助け合うようなことも1人でこなせるような子に育ったが、母親からの愛情に飢えているため奥底では幼稚なのだろう。母親以外の人物に対する行動は稚拙な面も目立つ。
この作品において被害者と言えば清佳であり、先述した通りルミ子(加害者とも言える)に対して恐怖を感じていれば清佳を擁護したい面が多い。……が、清佳を被害者たらしめ、またルミ子を加害者たらしめている最大の要因は清佳にあるのではないかとも感じる。彼女は"親思いのしっかりした子"に成長したあまり感情を隠すようになって、愛される子としての性質を喪失してしまったように見える。本人はそれも母のためを思っており、最終的に褒められるためのことだったのかもしれないが、ルミ子はそれを陰気で気味の悪いもののように受け取ってしまい、悲しいボタンの掛け違えが起きていた。
親子と言えど異なる人間である。だからこそ対話はきちんとするべきで、思考もひた隠しにするべきものではないと思う。「受け入れてもらえるか」という猜疑心を少しでも捨てて感情を発露していれば、ルミ子が清佳に歩み寄る余地もあったのではないだろうか。そう思わずにはいられない。