忘れたい記憶を本当に手放せる、そんな奇跡があるのなら、すがりたくなる人は少なからずいるだろう。
ここを訪れる人たちの中には、都市伝説として語られるその奇跡を頼ってきた人が確かにいた。
ある人は門前払いを食らい、ある人は実際に記憶を手放した。
その先に何が待っているかを、予測することなく。
手放したい人の記憶の内容もその理由も様々だ。
心が壊れてしまった人を救いたい。
失われた命に関わる後悔を涙を消し去りたい。
読み手側の同情を誘うには十分な理由。
ただ記憶を失った場合の代償は後から分かる。
その記憶を失えば救われるかと言えば、そうとは限らない。
その記憶の消去と辻褄を合わせるため、人間の脳は更なる補正を重ねる。
そうやって、ある少女の記憶からは実の父親の記憶が消え去ってしまった。
ある命を通して培った友情も消えてしまった。
影響は時には広範囲に及ぶ。
中には多少救いのあるパターンもある。
病んだ期間を消し去った結果、初恋の淡い想いが残ったパターンが一例。
これならやり直しはできそうだ。
ただ、それも難しいパターンもある。
オーナーの奥さんに関わる件はそうだろう。
タイトルの意味にも関わる話になるが、ここは記憶を手放す場所でもあるが、反対もできる場所である。
そのせいで、一人の女性が人格崩壊に近い形にまで陥る羽目になる。
この後半の展開とオーナーの態度の変わりっぷりには大いに驚かされた。
特にオーナーの彼女への寄り添いっぷりは唐突な感じがして戸惑った。
彼女越しに愛しの人が見えたからだろう。
人は二度死ぬと言う。
一度は肉体が活動をやめた時。
そして、もう一度は忘れ去られた時。
オーナーの奥さんは、まさしくこれを体現することになる。
正直、これに付き合わされた彼女は災難だったと思う。
全くの他人を家族の、しかも夫婦の事情に付き合わすものではないと正直思った。
彼女はオーナーに惹かれつつも、その想いが自分のものだと確固たる自信で言うことができない。
オーナーは変わらず奥さんのことを見ている。
例え受け継がれたものを手放したところで、オーナーはこの先も彼女越しに奥さんを見続けるだろう。
オーナーから仮に想いを寄せられたとして、それは本当に彼女に向けられたものになるだろうか。
ラスト、二人は再び関係性を構築しようとする展開ではあったが、個人的には正直この二人が上手くいく気はしない。
少なくとも、彼が奥さんの記憶を手放さない限りは、きっと。
普通に読めば未来につながるいいエンドな気はするが、捻くている自覚を十分持った上で思う。
自分は決して幸せなラストには見えなかった。
救いは、実の父親を認識できなかった娘とのやり直し自体は上手くいきそうな点か。
フィクションの世界でも一事が万事全て上手くいくとは限らない。
父と娘が上手くいきそうなだけでもよしとしたい。