いとうせいこうのレビュー一覧

  • 我々の恋愛

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    恋愛学者たちとBLIND調査メンバーによる第17回「二十世紀の恋愛を振り返る十五ヵ国会議」最高賞受賞恋愛!

    という枠組みが、生かされていたのか……?
    私たちはそれを「我々の恋愛」として享受していくことが出来るという意味だったのかどうかも分からないのだけど。

    テラスハウスという番組を私は見たことがないのだけど、あのリアルタイム(だとされる)な恋愛を、視聴者が画面のこちら側で固唾を飲んで見ている構成が、この小説に似ている。

    そして、私にはまだ靄が残っている(笑)

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    2020年04月19日
  • ノーライフキング

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    小学校四年生の大沢まことをはじめ、子どもたちのあいだで「ライフキング」というゲーム・ソフトが流行し、学校や塾ではそのゲームをめぐるさまざまなうわさが取り沙汰されるようになります。呪われた世界を救うというゲームの世界観は、たちどころにうわさが広がっていく子どもたちの情報網を通じて現実世界へと流れ出ていき、大人たちのさまざまな反応を引き起こしていきます。

    1980年代の消費社会を背景にした作品で、たとえば大塚英志の『物語消費論』(角川文庫など)などによって提示された見取り図のもとで読むことが可能であるように思われます。大塚は、やはり本書と同時期に子どもたちのあいだで流行した「人面犬」にかんする都市伝説を、民俗学的な手法を駆使しつつ分析するとともに、昭和天皇をめぐるメディアと一般の人びとのまなざしが「不在の王」を取り巻きつつ構成されていくことについての分析をおこないました。本作に登場する「王」にも、同様の構造を見て取ることができるでしょう。

    「解説」の香山リカは、時代にあまりにも密着しすぎた本作との衝撃的な出会いと、現在におけるより深刻な困難について語っていますが、たとえば浦沢直樹の『20世紀少年』(小学館)のように、ノスタルジックなあじわいをたのしむという読みかたもありえるのではないかという気がします。

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    2020年03月05日
  • ノーライフキング

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    ゲームが出始めたときはおそらくすばらしく最先端な話だったんだろうなって印象。ちょっと時間が経ちすぎてしまいましたかね

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    2020年02月29日
  • ノーライフキング

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    序盤、おお!?と面白い流れなんだけど、
    中盤からいまやよくある噂と真相みたいな話になってしまった。
    しかし確かにリアルという言葉が今も通用しているし、コンピュータに子供が(大人も)支配されるという、先見の明はスゴイ。
    明確な答えという名のキングがまだ現れてないという結論もまたリアルだ。

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    2020年01月19日
  • 「国境なき医師団」になろう!

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    前作と比べて一歩引いた客観的な視点からまとめられている。これは多くの非医療従業者がMSFの活動を支えていることを、幅広い人に知ってもらいたいという著者の意図に沿ったものであるという。個人的には主観に近付いた前作の方が入り込みやすく心に響いたが、伝えたいメッセージは一貫している。この本が読者の裾野を広げることを願いたい。

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    2020年01月01日
  • 「国境なき医師団」になろう!

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    ネタバレ

    国境なき医師団の組織やポリシーといった基礎知識、様々な現場における実際の活動、そして、その活動を支える様々なメンバーをいとうせいこうが実地で取材している。その名称が与えるイメージと異なり、非医療従事者が多いこと、その活動が個人の寄付によって多く支えられていることを伝え、読者もこの団体で活動したり寄付の形で貢献できるとアピールしている。

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    2019年12月23日
  • 今夜、笑いの数を数えましょう

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    倉本美津留がダウンタウンと出会い、あの伝説の1万円ライブ開催の経緯が面白かった。あと、バカリズムがなぜ出川哲朗が笑えるのかを解説してる内容が分かりやすかった。

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    2019年05月17日
  • 今夜、笑いの数を数えましょう

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    KERAが対談相手だったので買ったみたが,バカリズムの話に出てくる「納得の快感」ってのが俺のダジャレなんだなと腑に落ちた.

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    2019年03月29日
  • 見仏記3 海外篇

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    あいかわらずいとうせいこう氏の筆致は見事であるが、外国の文化や通訳・コーディネーターに遠慮して、いまいちのびのび感がないように思う。

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    2018年11月17日
  • 見仏記

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    著者の肩に力が入っている感じで、前半はちょっと読みにくい。最後半くらいからいい具合に力が抜けてきて、読みやすくて楽しい。
    最後、あんなセンチメンタルに終わる、はず、だったんだね。

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    2018年10月14日
  • 見仏記

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    (01)
    仏像を見る際に,どのように既存の文脈から切り離して自分の目の前にあるものを見るか.この難問に著者の二人は取り組んでいる.寺院からのアプローチ,由来や縁起などの創作,フェノロサ,和辻,亀井といった近代の批評,他の観光客や観光産業関係者など,著名な仏像を取り巻く言説を華麗にいなし,かわしつつ,自らのポップやサブカルの文脈に近づけつつも,仏師や仏像そのものの想いや方法をダイレクト(*02)に見る方法に挑戦している.

    (02)
    そのとき,眼は興奮し,恋愛やエロスなどに類似したフェティシズムの視線によって仏像が捕らえられる.みうら氏は吉祥天に向かい,いとう氏は文殊菩薩に向かったその視線(*03)は,仏像や寺院の造立以来に向けられてきたファンの目線とどのように交差し平行するのだろうか.
    著者らの視線は,仏像側にある事情を由来か伝来かで選別し,インドや中国,朝鮮や日本といった仏教の伝来にともなわれた視線も解きほぐし,海の内外や,東北や九州といった都からの辺鄙における事情が仏像にどのように反映されているかを見極めようとする.

    (03)
    視線の人は,同時に観光の人でもあるが,観光と現代の仏像鑑賞の関係に立ち入らざるをえない.仏像の鑑賞や消費の大衆性と批評性がどのように相互に保管されつつ,日本の仏像見物を盛り上げてきたのか,またある方面で廃れさせてきたのかについても考えさせられる.
    本の構成としての文と絵(イラスト)のバランスも絶妙であり,写真に頼らない表現を選択していることも,本書の趣意に即している.

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    2018年07月08日
  • 鼻に挟み撃ち

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    初読み作家さん。
    文通相手と文通読書会しようと持ち掛け、その第一冊目に選んだ本。文庫本発売の時購入。表紙いいよね。
    一応短編集の仲間に入るのかな。


    『今井さん』
    テープ起こしで生計をたてている鵜殿さんが編集者から「その場で話していない内容が書き足されているようだが」と電話を受けて、それについて、テープ起こしとはいったいどんな仕事なのかを説明というのか、説得をしている、電話で、と思い込んで読んでしまった私への、オチ。
    『私が描いた人は』
    大学時代に出会ったPQを私は長い時間をかけていくつかの絵を描いた。PQとの思いでと、その絵たち。
    『鼻に挟み撃ち』
    ある日男はマスク姿で公共の場で唐突に演説を始めた。
    彼はゴーゴリの鼻を語りながら、自らの鼻もかの小説のごとく消えたのだと語る。そんな彼の反対側には朝起きた瞬間に自分が鼻であることに気付いた男がこれからを、そして自身が書いた小説の話を追いかけだす。
    そして世界は挟み撃ちの果てに。
    『フラッシュ』
    女に舐めさせた薬は、彼女を何かに駆り立てた。彼女は机の下で屑籠のなかから拾い出してきたコピー用紙に自分のことを、そして彼女と男の境目を舐めて崩す砂糖菓子のように壊していく。そして時間までが溶けることもなくくっついていく。

    お話、と言っていいのかわからないけれど、何故か引きつけられていく文体なのか言葉選びなのかが面白かった。今度は同じ作者の『存在しない小説』も読みたい。

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    2018年06月19日
  • 鼻に挟み撃ち

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    文通友だちさんからいただいた本です。
    いとうせいこうさんの本を読むのは久しぶりですが、登場人物の語りにぐいっと惹き付けられました。面白かったです。
    どの語りも奇妙でしたが、表題作が好きでした。
    わたしも病で一時期マスク人間だったのですが、確かにあれは安心します。
    誰でもない人になって、誰でもない人を眺める。例え、鼻が無くても分からないよな、と思いました。
    「民族衣装かと思うくらいマスク。」に笑いました。
    読んでしまった今の気持ちを上手く表現出来ないですが、風変わりな読書体験でした。

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    2018年05月29日
  • 見仏記7 仏像ロケ隊がゆく

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    『新TV見仏記』も観ている人なら2倍楽しめそう。私は本しか読んでいないから、「TVだとこういう苦労があるんだなー」くらいの感想でしたが。

    今回の見仏記では時間の流れ、そして、変わらないようで変わっている様々なことについて考えさせられました。
    お二人も「年を取った」と感じているようですし、お寺(仏像)の方でも、LEDライトが導入されたり、配置換えがあったり、と変化があって。
    驚いたり、寂しく感じたり、嬉しく思ったり、色々ですが・・・全てをひっくるめて愛せるようになってこそ『見仏人』なんでしょうね。

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    2018年04月30日
  • 見仏記6 ぶらり旅篇

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    ますます自由度が増したお二人の旅。確かに「ぶらり旅」ではありますが、行動範囲は広い!並々ならぬ仏像愛を感じます。
    それにしても、「ゆるキャラ」を広めたみうらじゅんさんが、売店でゆるキャラグッズの豊富さに翻弄されるのは面白いですね(笑)。
    色々な所で買い込んだ沢山のゆるキャラグッズ、それに仏グッズ(誕生仏のレプリカとか)は、みうら家でどんな風に飾られているんだろう・・・。

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    2018年04月18日
  • 漱石漫談

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    三四郎は、東京の当時の学生生活を描く、最先端な、おしゃれ小説だった。
    なんとなく、クリスタル 的小説

    漱石の孤独は、人とコミュニケーションして、失敗しちゃう孤独

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    2017年08月04日
  • どんぶらこ

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    表題の「どんぶらこ」は、介護をする側される側の心情を描いていてよかったのだけれど、そのほかの作品は間延びしてしまった。いとうさんの自伝?話が飛びすぎて日記をそのまま書いているようでこちらだけなら☆2つだな。

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    2017年05月28日
  • 存在しない小説

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    この著者の小説を読んだのは始めてでしたが、こうゆう小説を書くのですね~と意外でした。存在しない小説なのだから小説ではないのかな?いやでもこうやって読めるわけだし...といささか頭の中をとっ散らかしながら読みました。短いお話(でも内容はけっこう濃ゆいと思った)の合間に挟まれる(わたしにとっては難解な)解説によって考えをあちこちに飛ばされるかんじで、あれ何を読んでたんだっけ?となりましたが、概ね面白かったです。

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    2017年04月30日
  • 能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵

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    我が家から五十メートルばかし行ったところに「口の芝居跡」という碑が立っている。その昔、京・大阪の芝居小屋にかける前、全国から伊勢参りに来る旅人目当てに、ここで演じて評判が良ければ大受けまちがいなしとして、試演される芝居小屋だったと聞く。有名な歌舞伎役者もこの芝居小屋の舞台に立ったこともあって、古市は歌舞伎とは縁が深い。『伊勢音頭恋寝刃』の舞台となった油屋跡では町の若い衆によって小屋掛けの地芝居も演じられた。父は坂東庄雀という名を持つ立女形で、「伊勢音頭」ならお紺、七段目ならお軽というのが役どころだった。

    芸事の好きな人も多かったのだろう、歌舞伎衣装や大道具小道具を扱う道具方や浄瑠璃、義太夫を語る人もいなければ幕は開かない。ほんの子どもの頃、父に手を引かれて夜道を歩き一軒の家を訪れたことがある。小さい頃のことで、覚えているのは老人が何か唸っていた記憶があるだけだ。浄瑠璃か義太夫か、どこぞのご隠居の趣味につき合わされたわけだが、おぼろげに首実検の話だったと記憶しているのは、幼心に気味悪かったからだろうか。

    そんなこともあって、小さい頃から父につき合ってテレビの歌舞伎番組を見るようになった。地方公演があれば劇場にも足を運んだが、『仮名手本忠臣蔵』なら七段目、『義経千本桜』なら鮨屋、『菅原伝授手習鑑』なら寺子屋と、限られた場面しか目にすることができないのが常。有名な場面ばかりをぶつ切れで見せられても、今一つよく分からないのが歌舞伎のお約束、吉野下市の鮨屋の弥助、実は平維盛、といわれても何のことやら。

    もともとは通し狂言で演じられてきた演目が、見た目の美しさや、歌舞伎らしいスペクタクル性、人情の機微に触れる口説き場面の有無などから、ひんぱんに演じられる場面とそうでない場面の差が生じ、現在ではいくつかの場面に限って上演される形態が普通になった。国立劇場などでは、現在でも通し狂言がかけられることもある。ただし、全部見ようと思えば一日がかりの観劇になるので、見る方にもそれなりの覚悟が必要になる。

    ところが、この巻では人気の高い『仮名手本忠臣蔵』、『義経千本桜』、『菅原伝授手習鑑』の浄瑠璃を初めから終わりまで通して読むことができる。それも人気作家による現代語訳で。何というありがたい企画だろう。通して読めば、吉野の鮨屋が平家の跡継ぎという設定も、それなりにではあるがのみ込むことができる。なにしろ、維盛だけではない。知盛も能登守教経も、実は死んでおらず、生きて潜伏していたという設定なのだ。この辺のいい加減さというかアヴァンギャルドさが歌舞伎(浄瑠璃)ならでは。SFでいうパラレルワールドである。

    橋本治がその著『浄瑠璃を読もう』のなかで『仮名手本忠臣蔵』を論じ、お軽という腰の軽い女と、それにすっかり夢中の勘平という若侍の、時と場所をわきまえぬオフィスラブが原因で起きた悲劇と説いている。本を読んだとき、それが今一つよく分からなかったのだが、今回『仮名手本忠臣蔵』を通して読んで、初めてその言わんとするところがよく分かった。

    年末になると、テレビでもよく取り上げられる忠臣蔵だが、忠義の臣が主人の恨みを晴らすため、艱難辛苦に耐え、晴れて仇討に成功するという、日本人大好きのストーリーは、小説、映画をはじめ、講談や浪曲などのサイドストーリーを入れてふくらませたもので、『仮名手本忠臣蔵』そのものは、まったくの別物。お軽、勘平、加古川本蔵の娘小浪と大星力弥、天河屋義平とその妻園らの男女の愛が物語の中心になっている。吉良邸ならぬ高師直邸内への討ち入りなどもあっさりとしたもの。

    討ち入りの合言葉といえば、「山」「川」だが、実は天河屋の義に感じ入った由良之介が「天」と「河」にしたところ、後世誤ってと伝えられたとか。地名尽くしやら、掛けことば、地口、洒落、かなり際どい性的なくすぐりも入れた浄瑠璃は語り物。それを読み物として読むのは、目からウロコの体験だった。儒教倫理にからめて、あたかも忠義がメインテーマのように持ち上げられがちな忠臣蔵も、浄瑠璃で読んでみると、その内実はもっとおおらかで、猥雑さすら感じさせるエンタテインメント性に溢れている。また、そうでなくては町人に喜ばれるわけもなかったろう。

    『義経千本桜』も、「鮨屋」や「寺子屋」では、自分の妻や子の首を切り、主人の身代わりとする場面にばかり目を止めがちだが、空気の読めない弁慶のキレッキレの暴れっぷりに義経主従が閉口する場面や、渡海屋銀平実は平知盛や横川の覚範実は能登守教経の胸のすくような奮闘ぶりがふんだんに用意されていて、明暗のバランスもよく考えられている。

    浄瑠璃は他に『曽根崎心中』と『女殺油地獄』を含む。特に後者における主人公与兵衛の描き方は、義理や忠孝といった観念的な倫理観に縛られた当時の浄瑠璃に登場する模範的人物像とは異なり、どうしようもない大阪商人の次男坊を描いて、駄目人間のかなしさをこれでもかとばかりに追求している点で瞠目に値する。真面目に生きようと思ってもそれができない与兵衛のような男は、現代でもそのままで通用しそうだ。人間観察のリアルさが半端ない。

    他に能、狂言、説教節を収録する。説教節『かるかや』は、これも小さい頃、高野山の土産にもらった『石堂丸』の絵本を思い出し、当時の切ない気持ちが改めて胸に迫った。大衆に仏教を信心することの大切さを宣伝する目的があっての説教節だが、突然、道心を発した父親のせいで、妻や子の一生が左右される、その理不尽さ。まさに宗教とは阿片だ。伊藤比呂美の訳も出色の出来。文学というと書かれたものにばかり目が行きがちだが、こうして語り芸に光を当ててみたとき、日本文学の底流を成すものとして、その果たしてきた役割の大きさを改めて感じる。

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    2016年11月21日
  • 好色一代男/雨月物語/通言総籬/春色梅児誉美

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    それぞれ初めて読みました。
    井原西鶴 好色一代男
    上田秋成 雨月物語
    山東京伝 通信総籬
    為永春水 春色梅児誉美

    それぞれ、江戸文化の良さや面白さについていまいち
    理解できないというか、合わない感じがしました。

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    2016年08月12日