本村凌二のレビュー一覧
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全8冊の2冊目の副題は“沈黙する神々の帝国”。
1冊目が“神々のささやく世界”で、
個人的には神々がささやく、という現象が
心象風景なのか、
それとももっと物理的な現象を指しているのか
判別がつかなかったのだけれど、
この時期の「沈黙」はよくわかった。
すなわち、文字の発明。
文字により、人類は「知の普及」を可能にした。
結果として、人類は神の声より人の声を聴くようになった。
よくよく考えてみれば、
ユダもムハンマドもキリストも元は人。
一神教と現在見做されているものは、
すべて胸に抱くひとつの信仰を「神」と名付けているに過ぎないのだな、と思った。
ニーチェが「神は死んだ」と言ったのは19世紀後半だけれど、
BC1000年頃には人はもう人の世を生き始めていた。 -
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「ローマ帝国の歴史には人類の経験のすべてがつまっている」(思想家丸山真男)
どんな教科書にも載り、数々の研究書や解説書、小説、映像作品を生み出した時代。
西洋文明の最も誇らしい“古代”
〈興亡の世界史〉というテーマからして、王道中の王道、ローマ
私的ではあるが時代は三つに分けられる。
〈黎明期、イタリア半島統一からカルタゴとの戦い〉
〈絶頂期、カエサル、オクタビアヌス〉
〈衰退期、ローマ帝国とキリスト教〉
千年近いローマの通史を350ページで連ねた本は、よく知られているカエサル時代はサラリと、そのかわり皇帝ネロ以降を極力漏れのないように描いている。
戦いと陰謀に明け暮れるローマ、特に紀元三世紀以降はまともに寿命をまっとうした皇帝が数えるほどという有様には、あらためて驚く。
そして、終盤はキリスト教布教のマッチポンプの役割を果たして、分裂し消えていく。
終章「文明の変貌と帝国の終焉」は、特に印象的。
作者曰く「古代末期はたそがれの時代ではなく、新しい秩序が生まれ、これまでにない考え方や感じ方が芽生えた時代ではないだろうか」
衰亡は誕生につながるということか……。 -
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13世紀に中国を支配した元は、代々の国王がチベット仏教に夢中で、チベット仏教の寺院を建てるために空になった国庫をカバーするために交鈔を乱発したことで激しいインフレーションが起きて経済が傾き、社会が混乱状態に陥ったところに、治水事業の失敗による黄河の氾濫が起きた。
元の宮廷はそうした混乱に対して、人々に重税を貸すことで乗り切ろうとしたが、負担に耐えかねた人々の間で白蓮教徒の乱が起こり、やがて朱元璋が明を打ち建てた。
しかし実は元で信仰されていたのはチベット仏教だけではなく、景教(ネストリウス派キリスト教)、カトリック、道教、イスラム教など、多様な信仰が容認されていた多宗教国家だった。
とくにネストリウス派キリスト教は、元の王室内にも信者が多く、時代によってはネストリウス派キリスト教徒が優遇されるといったこともあった。
元のラッバーン・バール・サウマ(Rabban Bar Sauma)も、元出身のネストリウス派キリスト教徒だった。
彼は1280年頃に、弟子のマルコスを伴いエルサレムへの巡礼の旅に出て、シルクロードをたどりイルハン国へたどり着いた。しかし師弟はそこで、イルハン国とマムルーク朝が激しく敵対しており、モンゴル民族の国家であるイルハン国の方向から、モンゴル民族の国家である元出身の二人がマムルーク朝に入れば、必ずスパイだと疑われ、拷問の末に殺されることが確実だということを知る。
二人はイルハン国にあるネストリウス派キリスト教の教会の高位聖職者と接触したが、折り悪くその頃は、ネストリウス派キリスト教総主教が死去した直後であり、次の総主教選びが難航していた。当時の総主教は、元を含めた周辺のモンゴル民族国家群と友好的な関係を結べるように、モンゴル語やテュルク語に堪能であることが求められていたが、当時のイルハン国には適切な人物がいなかったのだ。
それを知ったサウマは、モンゴル語を含めた東方の言語に堪能で、モンゴル王室とも関係があり、非常に敬虔であった弟子のマルコスを総主教に推薦した。そういった経緯でマルコスは、若干25歳にして東方総主教マール・ヤバラーハー3世として選出され、イルハン国の君主に仕えることになる。
そしてマール・ヤバラーハー三世の伝手でイルハン国君主と面会したサウマは、当時のハンであったアルグンの使節として、ヨーロッパのキリスト教国の国々に対して、マムルーク朝を挟み撃ちにするための軍事同盟を結ぶという使命を帯びてヨーロッパへ出発した。サウマにとってこの使命は、東方のキリスト教徒を保護し、モンゴル民族の諸国家の安定に重要なものだった。彼にとっては、個人的な巡礼の旅の目的は果たせなくなったものの、神によって意義深い使命を与えられたのである。
そうして1280年後半にヨーロッパへ旅立ったサウマは、後のアナーニ事件(1294年)でローマ教皇ボニファティウス8世を誘拐して憤死させるフランスのフィリップ4世や、ローマ教皇ニコラウス四世など、多くのヨーロッパの君主と面会した。当時、ヨーロッパ世界では東方にプレスター・ジョンが治めるネストリウス派キリスト教国の伝説が有名だった。ヨーロッパの君主たちには、その伝説の通りにネストリウスのキリスト教徒であるサウマは、伝説の国からやってきた人物に感じられたのだ。
しかし、当時のヨーロッパ世界は失敗に終わった度重なる十字軍で疲弊しており、その失敗に終わった十字軍によってローマ教皇の威信は低下し、ヨーロッパ諸国の君主の対立も深刻で足並みがそろわず、再び聖地を取り戻すための十字軍遠征を行える状態ではなかった。
そのうえ、1241年にワールシュタットの戦いでポーランド・ドイツ連合軍を血祭りにあげたバトゥ・ハン率いるジョチ・ウルスと同じモンゴル民族国家への根強い不信感のため、同盟という成果を得ることはできなかった。
しかしサウマのヨーロッパ諸国訪問は、ヨーロッパに東方の情報をもたらし、ローマ教皇ニコラウス四世によって、フランシスコ会モンテコルヴィーノが元朝へ派遣されるきっかけとなった。元を訪れたモンテコルヴィーノは、布教とともに多くの孤児を養い、崇敬と尊敬を集め、元で没した。
ヨーロッパからイルハン国へ戻ったサウマは、弟子が総主教を務めるイルハン国にとどまり、時々故郷である元に西方の情報を伝える便りをするなどして、一生を送ったとされている。 -
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SNSで名作ランキングを検索しても、ハリウッドのスペクタルばかりが上位にきて、何か納得できない。たしかに、そういう作品は娯楽としては楽しいが、違うんだな⁈
感動を、哀愁を、記憶を、ずっと心に刻む作品が知りたい。そこで古代ローマを専門にする大学教授が書いた、この本に行き着いた。21の名作と作品当時の社会状況、歴史を教えてくれる。
「風と共に去りぬ」「スティング」「アラビアのロレンス」「ドクトルジバコ」「ニューシネマパラダイス」「カサブランカ」大好きな作品たち。次は「薔薇の名前」「山猫」「ライフイズビューティフル」を観たい。
「ショーシャンクの空」「ライムライト」「リバティバランスを射った男」あたりの記載がないことは残念。 -
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◾️編年体ではなく紀伝体で書かれた本
◾️古代ローマ史の権威によるローマ史
◾️わかりやすく読みやすい
◾️トスカーナという地名の由来
◾️ギリシャは民主政、ローマは共和政。その違いは…P49
◾️民主政ではポピュリズムへの移行は当然
◾️ではポピュリズムのリスクを孕む民主政を正しく機能させるには…P53
◾️ヒットラーも大日本帝国も、攻撃されたから他国に侵出したわけではなく生存権の主張で侵略。
◾️古代ローマにもファシズムあり。先手防衛という価値観は当時は当たり前だった。
◾️ローマ人は国家に対する強い自負心があった。
◾️ローマの有名なヒト、モノ、コトはほぼ網羅されている。
◾️第5章英雄カエサルとローマ皇帝の誕生や第8章五賢帝の時代は繰り返し読んでしまう。
◾️良書。ローマ史に興味のある方には1400円の価値はある。 -
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古典期の終盤には、ギリシャとアジアを繋ぐアレクサンドロスによる東征が際立つ。
本書は人類史上最初のグローバル化という観点から、その東征が引き起こしたヘレニズム文明を、そこに生きていた人々の心性を丁寧に描いている。
『ヘレニズムは読み書き能力できる人が増える時代、心性が変貌する時代であった』
ここまでの説明で、伏線を回収するように腑に落ちた。
文字を使わなかったソクラテス。
文字を使ったプラトン。
共同体から個人としての救済へ。
心性の変化が神の声を探す密儀へと誘う。
興味深いテーマばかり。世界史の観点から意味をもう一度考えることができ、良い勉強になった。
特に、シンクレティズム(宗教融合)がもたらす動態は世界宗教の胎動を予感させるものであった。
次巻はローマ、発売日が待ち遠しい。